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一章 帝都で夜遊び

025 エイラの過去

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 カールスタード学院の話が出てからというもの、フィリップの周りは騒がしくなった。服やら家具、カールスタード学院に持って行く物が多いから家臣たちが慌ただしく動いているのだ。
 そんなことになっているのに、フィリップは一日中寝てる。てか、夜には出歩いている。どうせ仮病で行かないから、いつも通りだ。
 いや、いつもよりちょっと体温を高くして、体調が悪化しているように演技しているから、確実に遠い他国に連れて行かれないと思って遊び歩いているのだ。

 そんな日々はあっという間にすぎて、ついに旅立ちの前日となった。この日のフィリップは、午前中は酷い発熱があることにして、午後には落ち着いたフリ。
 どうしてもエイラを連れて行くことは、人数制限や能力的に皇帝から許可が下りなかったので、エイラが日に日に悲しそうな顔になって行くのが耐えられなくなって、お別れの前の夜ぐらいは共に過ごそうと思ったみたいだ。

 しかしその夜、事件が起こる。

「おめでとうございます。ついに大人となられましたね」

 エイラが上に乗ってマッサージしている時に、フィリップの体が大人の体となってしまったのだ。この事態にはフィリップも驚きすぎて身動き取れず。
 エイラがタオルで汚れを綺麗に拭き取り隣に寝転んでも、フィリップは背を向けてしまった。

「どうかなさりましたか?」
「いや、その……こ、子供が……」

 そう。フィリップはまだ10歳。今までは子供だからと好き放題していたけど、責任を取らないといけないようなことをしてしまったから、焦りを通り越して蒼白なのだ。

「そのことでしたら問題ありません。私は子供ができない体なので……」

 フィリップが震えているので、エイラは後ろから優しく抱き締めて自身の過去を語る。

 エイラの生まれは、メリーン子爵家の三女。文官の先祖から続く家なので領地はなく、帝都の貴族街でも端に住み、貴族としては貧乏な部類に入る。
 しかしながら、運良くエイラが領地持ちの伯爵家の長男に見初められ、親族総出で喜ばれたそうだ。長男もそれはもうエイラのことを溺愛し、エイラもそんな長男と添い遂げられて幸せだった。

 だがしかし、結婚から5年経っても子宝には恵まれず。親戚一同は早くしろとエイラを責めたが、長男は気にしなくていいと言ってくれた。
 凄まじいプレッシャーを感じていたエイラはその言葉を信じていたようだが、翌年、長男とメイドの間に子供が生まれた。

 浮気だ。いや、長男も自分のせいかもしれないと悩んでいた時に、優しくしてくれたメイドに身を任せてしまったのだ。

 それから長男はメイドと子供に愛情を注ぎ、エイラは孤立する。愛する人が他の女ばかりを見ているのならば離縁してくれたほうが有り難いとは考えたが、伯爵家は体裁を気にして離縁は言い出さない。
 子爵家もせっかく正妻のまま置いてくれているのだからだとか、援助が途絶えると困るだとか、離縁することに反対し続けた。

 その寂しさのなか5年も流れると、エイラにも笑顔がなくなった。このまま自分のことを愛してくれないならば、いっそ死んでしまったほうが……

 そんな不穏なことを考えていた時に転機が訪れる。伯爵家に皇家の査察が入って、家長が逮捕されたのだ。
 そこでエイラの置かれた状況を知った皇帝が離縁を勧め、行く当てがないならメイドとして働かないかと誘う。
 その業務内容に、こんな自分でいいならばと半ば投げやりに引き受けたが、仮初めの関係でも女として愛してもらえると期待したらしい……


「なんて酷い男なんだ! 父上も父上だよ!!」

 話を聞き終えたフィリップは、プンプンだ。自分も酷いことに加担していることには気付いてないな。

「私のために怒ってくれてありがとうございます。ですが、陛下には感謝していますので、そう怒らないでください」
「でも、他にもやりようがあったと思うんだけどな~」
「他とは??」
「だって、子供がいらない男だっていると思わない? 子供のいる貴族の後妻になれば、前妻の子供の家督を脅かさないじゃない? 三男坊とかに嫁げば、家督争いに巻き込まれないかもしれない。あ、エイラがそれでいいならだけど……」
「考えもしませんでした……」

 エイラはその手があったかという顔をしているので、フィリップはさらに続ける。

「どうしても子供がほしいなら孤児院から引き取ればいいし、貴族間でも扱いに困る子供がいると思うから、引き受けてもいいじゃん。これもエイラがかわいがれるかが問題だけどね。
 でも、いくらでも幸せになれる方法なんてあるんだよ? 家庭に入らず仕事に生きてもいいし、さっき言ったような幸せな家庭を作るのもいい。父上も、もっとエイラの幸せを考えてあげていたら、こんなに無駄な時間を過ごさなくてよかったのにな~」

 珍しくフィリップが長々と喋るので、エイラはキョトンとした顔になってる。

「どうかしたの??」
「いえ……殿下が初めて賢いことを言っているので……」
「アレ? なんで僕、こんなこと知ってるんだろ? アハハハ」

 フィリップは馬鹿な回答しかしていなかったことをいまさら思い出して、空笑い。エイラも何度も目をこすってる。どうしてもフィリップの賢さが信じられないみたいだ。

「まぁ今度、父上に相談してみるよ。エイラと離れ離れになるのは寂しいけどね」

 フィリップが頭を掻きながらごまかしていると、エイラはフィリップに抱き付いた。

「そんなことは必要ありません。殿下と出会えて、私は凄く幸せでした。最初はフレドリク殿下に断られたので、殿下にも必要としてもらえないのだろうと思っていたのに、こんなに愛してくれるなんて……いえ、愛してるは言いすぎました。日々上手になる殿下に、女の喜びを思い出させていただき、本当に感謝しています」

 エイラの感謝の言葉にフィリップはいたたまれない。マッサージの先生からこんなに感謝されると、フラグを知っている人には今生の別れに聞こえてしまうのだ。

「立場上、愛してるとは言えないけど、僕はエイラのこと大好きだよ。初めてがエイラでよかった。これからもよろしくね」
「殿下。私も大好きです……今日は朝までいてもいいですか?」
「うん! 寝かさないよ~? がお~」

 言葉を軽くしても言っていることは同じこと。フィリップはフラグをへし折るために、本当にエイラと朝まで、マッサージの勉強に明け暮れたのであった……


「あ~……疲れた。今日はもう出発できそうにないな~」

 窓から光が差し込んだ頃、フィリップは打ち止めと言わんばかりに晴れ晴れした気分で大の字になっていたら、エイラが裸のまま水差しを取りに行った。

「私も膝と腰がガクガクです」
「アハハ。エイラも凄かったもんね~。今日はこのまま一緒に何もかもサボろうか」

 エイラはおぼつかない足で戻って来ると、ベッドに腰掛けてフィリップの頭を撫でる。

「ウフフ。殿下のせいにしてもいいですか?」
「いいよ~。全部、僕のせいにして。父上が怒ってるなら、全て僕が引き受けるからね」
「ウフフ。申し訳ありません」
「そこはありがとうじゃない? む? んん……」

 フィリップが訂正したその時、エイラが口移しで水を飲ませた。

「なんかいつもより甘く感じた。もっとちょうだ~い」
「はい。申し訳ありません」
「ん、んん~~~……だから……アレ? なんか急に眠気が……これは、頑張りすぎちゃっ…た…な……」

 再びエイラが謝りながら口移しで水を飲ませると、フィリップは心地よい眠りにいざなわれたのであった……





「へ?? ……ここどこ!?」

 次の瞬間、フィリップの目に入ったのは窮屈な空間。ガタンゴトンという音と揺れを感じて跳び起きた。

「お目覚めになられましたか。もう間もなく宿場町に到着いたします」
「えっと、お姉さんは……ダグマーだっけ? カールスタード学院に一緒に行く予定だったメイドの……」
「予定ではなく、現在向かっております」
「はい? ……はあ!? なんで~~~!?」

 ダグマーの言葉に、フィリップは意味がわからず叫び声をあげるのであった……
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