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一章 帝都で夜遊び
001 例のアレ
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松田圭吾(32歳)の勤める会社は、都内某所にある立派なビルの中の、休みなく朝から夜遅くまで働いて残業代もつかない立派なブラック企業だ。
働けど働けど給料の上がらない圭吾は都内に住むことを諦め、会社が交通費をギリギリ出してくれる郊外の家賃が安いマンションを借りて、一人暮らしをしている。
だから通勤時間は長い。しかし圭吾は、この長い通勤時間を睡眠時間に当ててなんとか体をごまかしていた。
その日も終電近くまで働いた圭吾はクタクタの体で電車を待っていた。このまま次の電車に乗ると、座れるのはかなりあとになる。なのでいつも通り1本ずらし、通勤客が捌けた一番前に陣取った。
圭吾のこの時間は、唯一の楽しみの時間。昔から好きだった同人誌の絵師が乙女ゲームの作画をしているから、この待ち時間に遊んで癒されていたのだ。
乙女ゲームじたいは好みではないのだが、電車での移動時間は睡眠を取らないといけないので、10分そこそこで楽しむにはちょうどいい。
そんな圭吾が乙女ゲームの大好きなキャラを見ながら至福の時間を楽しんでいると、急な目眩が襲った。
過労だ。働き過ぎたのだ。
圭吾はそのまま前に倒れ込み、線路に落ちてしまった。そして運悪く、乗る予定だった電車に轢かれてしまうのであった……
「ハッ!? はぁはぁ……」
圭吾が気付いた場所は、黒の背広やドレスを着た外国人の集団の中。目の前には立派な棺があり、右手は誰かに握られていた。
「フィリップ、大丈夫か? 体調が優れないのか??」
手を握っている人物が優しく声を掛けるので、圭吾はその人物を見上げたら金髪の美少年。何がなんだかわからない圭吾はマジマジと見るしかできなかった。
(なんだこの金髪ショタは……それにここは……葬式?? 俺は電車を待っていたはずじゃ……いや、倒れたような……ツッ!?)
圭吾は急な頭痛に、頭を押さえてしゃがみ込んだ。
「フィリップ……やっぱり無理してたんだな。もう少しだけ我慢してくれ。母上の最後なんだから、花だけ手向けよう。な?」
美少年は涙目で支え、圭吾はわけもわからず指示に従う。しばらくして、持っていた花を棺に入れるように促された圭吾は、横になっている人物に目を奪われた。
「は、母上……母上~! 母上母上~!! どうして僕を置いていっちゃたんだよ~~~!!」
とめどなく流れる涙に圭吾は不思議に思いながらも、叫ばずにはいられないのであった……
それから美少年に抱きかかえられ、メイドに託されてその場から離れた圭吾は、豪華な部屋の大きなベッドに寝かせられて泣きじゃくってはいたが、頭は冴えていた。
(あの綺麗な人は俺の母親だった。でも、俺の母親は日本人……似ても似つかない。いや……さっき、頭の中に綺麗な人との思い出が一気に流れ込んで来た。綺麗な人が呼ぶ、フィリップって言葉が大好きだったんだ……俺のことだよな??)
圭吾は涙を拭った自分の手を見詰める。
(小さくてツルツルで白い手……子供の手みたいだな……そして、この記憶……日本のモノではない。中世ヨーロッパのような城や人物ばかりだ。これって……そういうことか??)
ここで圭吾は自分の置かれている状況に気付いた。
「異世界転生してるぅぅ~~~!!」
そう。ラノベ好きの日本人ならお馴染みの、車や電車に轢かれて違う世界に旅立っちゃうアレだ。
しかし、涙ながらにそんな大声を出したからには、ベッドの近くに控えていた奇麗なメイドが不思議に思って顔を覗き込んで来た。
「イセカイ? どうかなさりましたか??」
「な、なんでもない……えっとその……手鏡ってある??」
「はあ……」
なんとかメイドの質問をやり過ごした圭吾は手鏡を受け取ると、自分の顔を凝視する。
(金髪パーマショタ……ビックリするぐらいかわいい顔だな……これって俺?? あ、そうだ。確か記憶では、帝国って国の第二皇子だったか……てことは、さっきの金髪イケメンショタが兄のフレドリク。なんて勝ち組に生まれてるんだ、俺!?)
圭吾は口には出さなかったがガッツポーズをしてしまい、不思議そうにするメイドと目が合ってしまったので体を横に向けた。
(でも、何か引っ掛かる……この顔、どこかで見たことがあるんだよな~……俺の名前も兄の名前も……フィリップ、フレドリク……う~ん……あっ! 乙女ゲーム……あのゲームの攻略キャラと同一人物じゃね? まさか俺は、乙女ゲームの世界に取り込まれたとかか? もしくは、夢を見ているだけとか……)
いくら圭吾が考えても答えは出ない。そんなことを考えていたらフレドリクが部屋に訪ねて来たので会話を合わせ、時間が過ぎて行くのであった。
(夢の線は消えたかな??)
数日後、姿鏡の前で圭吾は……いや、フィリップは自分の顔を揉んでいた。
(こんなに長い夢はありえないだろ? 腹も減ったりメシを食べてお腹いっぱいになるんだからな。となると、そろそろ現実と受け止めようか)
皇族生活を満喫しながらもどこか線を引いていたフィリップも、この世界で生きて行く覚悟を決めた。
(問題はな~……ここが乙女ゲームの世界だとすると、俺の出番って、シナリオの中盤からなんだよな~……これってどうなるんだ??)
乙女ゲームの舞台は帝都学院という学校内で、ヒロインである少女がイケメンの数々を攻略して行くことが醍醐味。
その中でも皇帝候補のフレドリクと結ばれることが正規ルートなのだから、ここが現実世界だとしたらフィリップの登場は手遅れだ。
「なんで途中参加の第二皇子なんだよ~~~」
せっかく異世界転生したのに、早くも未来に嘆くフィリップであった……
*************************************
一週間ほど毎日2話更新します。
ブックマークなど、宜しくお願いします。
働けど働けど給料の上がらない圭吾は都内に住むことを諦め、会社が交通費をギリギリ出してくれる郊外の家賃が安いマンションを借りて、一人暮らしをしている。
だから通勤時間は長い。しかし圭吾は、この長い通勤時間を睡眠時間に当ててなんとか体をごまかしていた。
その日も終電近くまで働いた圭吾はクタクタの体で電車を待っていた。このまま次の電車に乗ると、座れるのはかなりあとになる。なのでいつも通り1本ずらし、通勤客が捌けた一番前に陣取った。
圭吾のこの時間は、唯一の楽しみの時間。昔から好きだった同人誌の絵師が乙女ゲームの作画をしているから、この待ち時間に遊んで癒されていたのだ。
乙女ゲームじたいは好みではないのだが、電車での移動時間は睡眠を取らないといけないので、10分そこそこで楽しむにはちょうどいい。
そんな圭吾が乙女ゲームの大好きなキャラを見ながら至福の時間を楽しんでいると、急な目眩が襲った。
過労だ。働き過ぎたのだ。
圭吾はそのまま前に倒れ込み、線路に落ちてしまった。そして運悪く、乗る予定だった電車に轢かれてしまうのであった……
「ハッ!? はぁはぁ……」
圭吾が気付いた場所は、黒の背広やドレスを着た外国人の集団の中。目の前には立派な棺があり、右手は誰かに握られていた。
「フィリップ、大丈夫か? 体調が優れないのか??」
手を握っている人物が優しく声を掛けるので、圭吾はその人物を見上げたら金髪の美少年。何がなんだかわからない圭吾はマジマジと見るしかできなかった。
(なんだこの金髪ショタは……それにここは……葬式?? 俺は電車を待っていたはずじゃ……いや、倒れたような……ツッ!?)
圭吾は急な頭痛に、頭を押さえてしゃがみ込んだ。
「フィリップ……やっぱり無理してたんだな。もう少しだけ我慢してくれ。母上の最後なんだから、花だけ手向けよう。な?」
美少年は涙目で支え、圭吾はわけもわからず指示に従う。しばらくして、持っていた花を棺に入れるように促された圭吾は、横になっている人物に目を奪われた。
「は、母上……母上~! 母上母上~!! どうして僕を置いていっちゃたんだよ~~~!!」
とめどなく流れる涙に圭吾は不思議に思いながらも、叫ばずにはいられないのであった……
それから美少年に抱きかかえられ、メイドに託されてその場から離れた圭吾は、豪華な部屋の大きなベッドに寝かせられて泣きじゃくってはいたが、頭は冴えていた。
(あの綺麗な人は俺の母親だった。でも、俺の母親は日本人……似ても似つかない。いや……さっき、頭の中に綺麗な人との思い出が一気に流れ込んで来た。綺麗な人が呼ぶ、フィリップって言葉が大好きだったんだ……俺のことだよな??)
圭吾は涙を拭った自分の手を見詰める。
(小さくてツルツルで白い手……子供の手みたいだな……そして、この記憶……日本のモノではない。中世ヨーロッパのような城や人物ばかりだ。これって……そういうことか??)
ここで圭吾は自分の置かれている状況に気付いた。
「異世界転生してるぅぅ~~~!!」
そう。ラノベ好きの日本人ならお馴染みの、車や電車に轢かれて違う世界に旅立っちゃうアレだ。
しかし、涙ながらにそんな大声を出したからには、ベッドの近くに控えていた奇麗なメイドが不思議に思って顔を覗き込んで来た。
「イセカイ? どうかなさりましたか??」
「な、なんでもない……えっとその……手鏡ってある??」
「はあ……」
なんとかメイドの質問をやり過ごした圭吾は手鏡を受け取ると、自分の顔を凝視する。
(金髪パーマショタ……ビックリするぐらいかわいい顔だな……これって俺?? あ、そうだ。確か記憶では、帝国って国の第二皇子だったか……てことは、さっきの金髪イケメンショタが兄のフレドリク。なんて勝ち組に生まれてるんだ、俺!?)
圭吾は口には出さなかったがガッツポーズをしてしまい、不思議そうにするメイドと目が合ってしまったので体を横に向けた。
(でも、何か引っ掛かる……この顔、どこかで見たことがあるんだよな~……俺の名前も兄の名前も……フィリップ、フレドリク……う~ん……あっ! 乙女ゲーム……あのゲームの攻略キャラと同一人物じゃね? まさか俺は、乙女ゲームの世界に取り込まれたとかか? もしくは、夢を見ているだけとか……)
いくら圭吾が考えても答えは出ない。そんなことを考えていたらフレドリクが部屋に訪ねて来たので会話を合わせ、時間が過ぎて行くのであった。
(夢の線は消えたかな??)
数日後、姿鏡の前で圭吾は……いや、フィリップは自分の顔を揉んでいた。
(こんなに長い夢はありえないだろ? 腹も減ったりメシを食べてお腹いっぱいになるんだからな。となると、そろそろ現実と受け止めようか)
皇族生活を満喫しながらもどこか線を引いていたフィリップも、この世界で生きて行く覚悟を決めた。
(問題はな~……ここが乙女ゲームの世界だとすると、俺の出番って、シナリオの中盤からなんだよな~……これってどうなるんだ??)
乙女ゲームの舞台は帝都学院という学校内で、ヒロインである少女がイケメンの数々を攻略して行くことが醍醐味。
その中でも皇帝候補のフレドリクと結ばれることが正規ルートなのだから、ここが現実世界だとしたらフィリップの登場は手遅れだ。
「なんで途中参加の第二皇子なんだよ~~~」
せっかく異世界転生したのに、早くも未来に嘆くフィリップであった……
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