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ウソツキ5(非エロ)
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「──以上の事から、ベイガー副長が戻ってくるまで今しばらくこの村に滞在する予定だ。各自、何か質問は?」
朝から開かれた村酒場で酒を楽しむ傭兵たちだったが、仕事終わりを祝した宴会もひと区切りしようとしていた。
レックスが今後のサンダーライトの方針を話し終えた頃には、すでに日も昇りきっており、二日酔いに苦しめられていたルヴィ団長の姿もすでに見えなかった。
「……それとケント、ハーヴェイ、マラーク。3人はあとで来てくれ」
レックスが名前を呼んだ瞬間、ケントの胸が締め付けられるように鼓動が早くなった。
ケントとマラークだけではなく、そこにハーヴェイの名も混じってたという事は間違いなく──昨夜の件だ。
恐らくレックスはすでに知っているという察しから、余計に不安になりそうなものだが、以外にもケントの思考は冷静だった。
*
いつもレックスが雑務を行っている民家。
穏やかな日差しとは裏腹に、その民家では作戦概要を伝えていると思うほど、どこか緊迫した空気だった。
二日酔いだったはずのルヴィもサラマンダー酒が抜けきったのか、椅子に座るその顔色はいつもの団長としてのりりしい表情だった。
そんなルヴィと対面するようにハーヴェイ、ケント、マラークと並び立っている。
ケントとハーヴェイは両足を肩幅くらいに開き、自身の両手を背裏で組み、胸を張って部下としての姿勢をとっている。
そんな2人とは立場が違うからか、それとも余裕から来るものなのか、ともに並んでいるはずのマラークだけが、小指で耳をほじくりながらふてぶてしい体勢をとっている。
向き合う4人を離れて見るようにレックスとグリフが傍観(ぼうかん)しているその絵面は、やはり作戦説明を受けている軍隊のようだ。
しかしそんな空気とは反し、ルヴィの以外な言葉から始まった──
「昨日はすまなかったな、ケント」
「──え?」
思いも寄らない団長ルヴィの切り出し方に、ケントは困惑した。
「あんな時間に部下の寝床に押し掛けるなんて、私の行動が浅はかだった。すまんな」
「あ──いえ、その……」
急に上の立場の人間に謝られると、自分も謝るべきだという気分にはなるもの。
しかし起点となったのは自分のはずなのに、何に謝るべきかの本質がいまだ見えてなかったケントは、言葉を詰まらせた。
そんな空気に茶々を入れるかのように背後からグリフが口を開く。
「ったく昨日は大変だったんだぜぇ、ルヴィが戻ってくるやいきなりサラマンダー酒を全部飲み切ってしまいやがった。それで二日酔いとは大したモンだねぇ」
(二日酔いだったんだ……)
ケントとハーヴェイはシンクロするように脳裏で言葉を浮かばせた。
ルヴィは冷静に目を閉じているが、グリフの余計な一言のせいか眉間がピクピクと怒りがこみ上げているようだ。
「グリフは黙ってろ。それとその名で呼ぶな」
「へいへーい」
「さて、本題といこう。昨夜の件を知っているのはこの場にいる者だけだ。答えたくなければ答えなくてかまわん。それでおまえたちは──いつからあんな事をやっている?」
空気が変わった。
つまりここまでの会話はただの前置き。ここから先は返答がそのまま結論に直結する。そうケントは考えたのか、すぐに口を開く事ができなかった。
答え方次第で結果が変わるほどの緊迫のせいか、普段なら決して耳を傾けでもしない限り聞く事のない部屋のきしむ音や、風で揺れる窓の音などの環境音が異様に耳に入る。
おそらくそう感じているのはこの場においてケントだけなのだろう。
(マラーク……が答えるわけがないよな。ハーヴェイもああだし──)
真ん中にいるせいか、問いに答えるべきは自分だとケントはすぐに察した。
目を背けたいのを我慢しながらルヴィの目を見ると、静かにその尋問のような問いに答えるべく口を開いた。
「──大体、ひと月ほど前からです」
「そうか。レックス、思い当たる節は?」
「そうだな……まぁ3人とも何かあるなとは思ってはいたが、まさかその正体が性行為だったなんて思いもよらなかった──というのが率直な言葉だ」
「なるほど。つまりおまえたちの行為が当事者以外で見知ったのは私という事だな?ケント」
「……はい、断言はできませんが」
「……わかった──おまえらがしていた行為は認める認めないといったモノではないと私は考えている。しょせんは金で何でもするのがモットーの傭兵だからな。常人の倫理観などとうに捨てた連中がなるような仕事だ。そう考えれば、村の住人に迷惑をかけなかった事を考慮すれば幾分かマシとも言える。
しかし私はおまえたちに何らかの罰を言い渡さないといけない。おまえたちの一番の失敗は何だったかわかるか?」
「仲間と性行為をしたこと──でしょうか」
「違うな。隠し通せなかった事だ」
ケントとルヴィだけで進んでいく会話にハーヴェイはまったく理解が及ばなかったが、ケントはルヴィの言葉からおおよその流れをくみ取っていった。
「それは、もし見られてたのが、オルバーやルッツだったら──という可能性も含めた話でしょうか?……仮にルッツなら騒ぎ立て、オルバーなら酒の席のつまみにされ、下心を持った他の人たちが裏で行為を強要し──それが目に見えた頃には手遅れだと」
「さといな。そこまで分かっていながらずいぶんと下手をうったものだ」
「いえ、団長の言葉があってたどり着いた結論です」
ケントもそういった可能性は考えなかったわけじゃない。
しかしケントには万が一にでもそうなるとは思えなかったのだ。
「……ごめんなさい団長。俺が言うのもなんですけど……もし、仮に見られたのがルッツやオルバーだったとしても、多少のいざこざはあれど、先ほどの自分の発言のような結果には恐らく至らないと思います」
「──なに?」
「うまく言えないですが──マラークがそうさせないはずです」
頭の回転の速いケントが突然、根拠ともいえない言葉をルヴィに返した。それも、誰もが絶対に納得をしないであろう言葉で。
マラークという男の強さは、サンダーライト傭兵団の誰もが絶大な信頼を置いている──が、マラークの品性や言動に信頼を置く者などないに等しいからだ。
その言葉を理解できないのか、ルヴィだけではなく周りにいたレックスをもあぜんとさせた。
しかし一見、むちゃくちゃだとも思えるマラークだけが見えてるものがあり、そこに何か強い根拠があるように思えた事がこれまでに存在していたのも事実。
ゆえにルヴィは、ただのケントの戯言だと簡単に切り捨てられなかった。
そんな言葉を放ったケントの目は、何かを悟ったように優しい目をしているのに、その隣にいる肝心のマラークは、関せずといったように相も変わらずふてぶてしい態度をとってるせいか、余計にルヴィを困惑させた。
(ケントは賢いヤツだ。それが理由にならないのは本人もわかっているはず。しかしそれでもケントは言葉にした。そうさせるほどのマラークへの信頼はいったいなんだ?誰も理解できないマラークという男をケントは理解してるというのか?あるいは──)
うまく言えないと言ったケント。
つまりは言語化ができていないだけで、経験則に元ずく勘のようなものがケントの中にはあるという事。
具体的な言葉がケントから出てこない事を察したルヴィは、当事者のマラークに目線を向けて口を開いた。
「マラーク」
「あ?」
「おまえはどう思っている?」
「ハッ知るかよ。いつまでやんだこの茶番はよ」
マラークの一言は、部屋に張り巡らされたガラスをたたき割ったように空気をぶち壊した。
(マラークさん勘弁してほしいッス……)
(……マラーク……)
これがマラークが異物とされてるゆえんだろう。
すべてをぶち壊すような言葉から、その先の真意を確かめる術はないとルヴィは悟った。
先を諦めたルヴィが冷静に口を開いて結論へと言葉を走らせていく。
「もういい。わかった。これ以上は時間の無駄のようだな。……おおかたマラークが手を出し、ケントを誘惑したのだろう。ハーヴェイもそれに乗じただけ──そうだな?」
細かいいきさつを聞くまでもなく、ルヴィは団長としてそう結論づけようとした。
しかしルヴィの言っている結論と事実はまったく異なる。
最初に性行為をのようなものを求めたのはケントであり、マラークはそれを受け入れただけである。
しかも目的は性行為自体ではなく、精変換のユニークスキルの発動が目的だった。
それを伝えてしまえば道理の説明はつくだろう。
しかし昨夜、精変換に関してのマラークの助言がケントの脳裏に浮かぶ。
「……憧れの俺から忠告しといてやる。団長たちが戻ってきても、てめぇのスキルの話は黙っとけ」
今でもケントにはマラークがそう忠告した理由がなにひとつわからない。
しかし自分に責任を押し付けられそうになっているにも関わらず、マラークはまるで他人事(たにんごと)かのようにふてぶてしい態度を続けている。
(マラークはこの状況を茶番と言った。多分、マラークはそれが一番丸く収まるってわかってるんだ。憎まれ役が責任を引き受けるのが一番合理的な落とし所なんだと。きっと団長も同じ思惑だ。でもその結末は──)
ケントはこの結末を受け入れれば、今まで通りには戻れないと思っていた。それは理屈でおさまる話ではない。
恐らくマラークの相棒から外されるだけではなく、彼を追いかける事もかなわない。
(これに乗じたら、きっと俺はもうマラークの隣に立てない。立つ資格もない)
ケントは背裏で組んだ両手をわずかに震わせながら、深く息を吸った。
合理的なウソをつく事に大してためらいはなかったはずのケントが、今この瞬間だけ、ウソツキでいる事をやめた。
「──団長」
「なんだ?」
「俺が、マラークに求めました。ハーヴェイにも求めたのは俺です」
「……ケントさん?」
ケントの言葉に、部屋が静寂に包まれる。
その部屋にいた全員の視線がケントを注視する。
ふてぶてしい態度だったはずのマラークでさえも、横目でケントを気にかけるように視線を送った。
「──聞き違いか?それではまるでおまえが──」
「2人を誘惑したのは俺です。だから責任はすべて俺にあるはずです」
「おいおいケント、団長はなぁ……」
「黙ってろレックス」
真意をわざわざ伝えようとするレックスの言葉をルヴィはさえぎった。そんな真意などとうにケントは理解しているとルヴィにはわかっていたからだ。
何かを覚悟したかのような目で、まっすぐとルヴィを見つめるケント。
ルヴィもまた、座ったままケントの目を見ている。
「見習い傭兵であるおまえが、マラークとハーヴェイを誘惑して性行為を行った。本当にそれでいいんだな」
「はい」
「その結末を理解した上でか」
「はい。一人前にもならない見習いが仲間の傭兵に色を求めた。それは追放に相当する罰を与えられても仕方のない事かと」
「そうだ。戦力にならん男婦など傭兵団にとっては害にしかならん。そこまでわかっておいて──」
ケントの迷いのない目を見て、ルヴィは言葉をのみ込んだ。
ここから先の問答に何の意味ももたない事を理解していたからだ。
(これ以上は無粋だな。……そんなおまえの傭兵らしくない所こそ気に入っていたんだがな──思いのほか不器用なヤツだ。わたしは嫌いじゃないぞケント)
「──言い残す事はあるか?」
「ひとつだけ……許されるならひとつだけお願いがあります」
「言ってみろ」
「マラークと自分の明確な差は力。そしてその差が、今の結果の差異なのだと俺は思ってます。だから──」
ケントは勢いよく頭を下げ、張り詰めた声でルヴィに懇願する──
「俺と戦ってください!」
突拍子もないケントの言葉に、またもや全員が驚きの反応を示した。
道理として確かに力を示せば、退団とまではいかない。だが好戦的な傭兵団をまとめる団長ルヴィと見習い傭兵ケントの戦力の違いは一目瞭然。
考えるまでもなく結果が見えているケントの提案は無意味なもの──ルヴィはおろか、レックスやグリフでさえ頭では思っていた。
しかしケントが懇願するその熱意に、グリフは興味を示すように笑みをこぼし、レックスは目を見開き、ルヴィはただただ静かに見つめた。
そしてそれ以上にケントの懇願に、ひと際強く興味を示した男が笑みを浮かべて小さくつぶやいた。
「ハッ……おもしれぇ」
そう口にするとマラークは動き出し、後ろからケントとハーヴェイの間へと割って入り、両腕を2人の肩にひっかけて口を開いた。
「相棒の頼みだ、3対3の小隊戦といこうや」
朝から開かれた村酒場で酒を楽しむ傭兵たちだったが、仕事終わりを祝した宴会もひと区切りしようとしていた。
レックスが今後のサンダーライトの方針を話し終えた頃には、すでに日も昇りきっており、二日酔いに苦しめられていたルヴィ団長の姿もすでに見えなかった。
「……それとケント、ハーヴェイ、マラーク。3人はあとで来てくれ」
レックスが名前を呼んだ瞬間、ケントの胸が締め付けられるように鼓動が早くなった。
ケントとマラークだけではなく、そこにハーヴェイの名も混じってたという事は間違いなく──昨夜の件だ。
恐らくレックスはすでに知っているという察しから、余計に不安になりそうなものだが、以外にもケントの思考は冷静だった。
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いつもレックスが雑務を行っている民家。
穏やかな日差しとは裏腹に、その民家では作戦概要を伝えていると思うほど、どこか緊迫した空気だった。
二日酔いだったはずのルヴィもサラマンダー酒が抜けきったのか、椅子に座るその顔色はいつもの団長としてのりりしい表情だった。
そんなルヴィと対面するようにハーヴェイ、ケント、マラークと並び立っている。
ケントとハーヴェイは両足を肩幅くらいに開き、自身の両手を背裏で組み、胸を張って部下としての姿勢をとっている。
そんな2人とは立場が違うからか、それとも余裕から来るものなのか、ともに並んでいるはずのマラークだけが、小指で耳をほじくりながらふてぶてしい体勢をとっている。
向き合う4人を離れて見るようにレックスとグリフが傍観(ぼうかん)しているその絵面は、やはり作戦説明を受けている軍隊のようだ。
しかしそんな空気とは反し、ルヴィの以外な言葉から始まった──
「昨日はすまなかったな、ケント」
「──え?」
思いも寄らない団長ルヴィの切り出し方に、ケントは困惑した。
「あんな時間に部下の寝床に押し掛けるなんて、私の行動が浅はかだった。すまんな」
「あ──いえ、その……」
急に上の立場の人間に謝られると、自分も謝るべきだという気分にはなるもの。
しかし起点となったのは自分のはずなのに、何に謝るべきかの本質がいまだ見えてなかったケントは、言葉を詰まらせた。
そんな空気に茶々を入れるかのように背後からグリフが口を開く。
「ったく昨日は大変だったんだぜぇ、ルヴィが戻ってくるやいきなりサラマンダー酒を全部飲み切ってしまいやがった。それで二日酔いとは大したモンだねぇ」
(二日酔いだったんだ……)
ケントとハーヴェイはシンクロするように脳裏で言葉を浮かばせた。
ルヴィは冷静に目を閉じているが、グリフの余計な一言のせいか眉間がピクピクと怒りがこみ上げているようだ。
「グリフは黙ってろ。それとその名で呼ぶな」
「へいへーい」
「さて、本題といこう。昨夜の件を知っているのはこの場にいる者だけだ。答えたくなければ答えなくてかまわん。それでおまえたちは──いつからあんな事をやっている?」
空気が変わった。
つまりここまでの会話はただの前置き。ここから先は返答がそのまま結論に直結する。そうケントは考えたのか、すぐに口を開く事ができなかった。
答え方次第で結果が変わるほどの緊迫のせいか、普段なら決して耳を傾けでもしない限り聞く事のない部屋のきしむ音や、風で揺れる窓の音などの環境音が異様に耳に入る。
おそらくそう感じているのはこの場においてケントだけなのだろう。
(マラーク……が答えるわけがないよな。ハーヴェイもああだし──)
真ん中にいるせいか、問いに答えるべきは自分だとケントはすぐに察した。
目を背けたいのを我慢しながらルヴィの目を見ると、静かにその尋問のような問いに答えるべく口を開いた。
「──大体、ひと月ほど前からです」
「そうか。レックス、思い当たる節は?」
「そうだな……まぁ3人とも何かあるなとは思ってはいたが、まさかその正体が性行為だったなんて思いもよらなかった──というのが率直な言葉だ」
「なるほど。つまりおまえたちの行為が当事者以外で見知ったのは私という事だな?ケント」
「……はい、断言はできませんが」
「……わかった──おまえらがしていた行為は認める認めないといったモノではないと私は考えている。しょせんは金で何でもするのがモットーの傭兵だからな。常人の倫理観などとうに捨てた連中がなるような仕事だ。そう考えれば、村の住人に迷惑をかけなかった事を考慮すれば幾分かマシとも言える。
しかし私はおまえたちに何らかの罰を言い渡さないといけない。おまえたちの一番の失敗は何だったかわかるか?」
「仲間と性行為をしたこと──でしょうか」
「違うな。隠し通せなかった事だ」
ケントとルヴィだけで進んでいく会話にハーヴェイはまったく理解が及ばなかったが、ケントはルヴィの言葉からおおよその流れをくみ取っていった。
「それは、もし見られてたのが、オルバーやルッツだったら──という可能性も含めた話でしょうか?……仮にルッツなら騒ぎ立て、オルバーなら酒の席のつまみにされ、下心を持った他の人たちが裏で行為を強要し──それが目に見えた頃には手遅れだと」
「さといな。そこまで分かっていながらずいぶんと下手をうったものだ」
「いえ、団長の言葉があってたどり着いた結論です」
ケントもそういった可能性は考えなかったわけじゃない。
しかしケントには万が一にでもそうなるとは思えなかったのだ。
「……ごめんなさい団長。俺が言うのもなんですけど……もし、仮に見られたのがルッツやオルバーだったとしても、多少のいざこざはあれど、先ほどの自分の発言のような結果には恐らく至らないと思います」
「──なに?」
「うまく言えないですが──マラークがそうさせないはずです」
頭の回転の速いケントが突然、根拠ともいえない言葉をルヴィに返した。それも、誰もが絶対に納得をしないであろう言葉で。
マラークという男の強さは、サンダーライト傭兵団の誰もが絶大な信頼を置いている──が、マラークの品性や言動に信頼を置く者などないに等しいからだ。
その言葉を理解できないのか、ルヴィだけではなく周りにいたレックスをもあぜんとさせた。
しかし一見、むちゃくちゃだとも思えるマラークだけが見えてるものがあり、そこに何か強い根拠があるように思えた事がこれまでに存在していたのも事実。
ゆえにルヴィは、ただのケントの戯言だと簡単に切り捨てられなかった。
そんな言葉を放ったケントの目は、何かを悟ったように優しい目をしているのに、その隣にいる肝心のマラークは、関せずといったように相も変わらずふてぶてしい態度をとってるせいか、余計にルヴィを困惑させた。
(ケントは賢いヤツだ。それが理由にならないのは本人もわかっているはず。しかしそれでもケントは言葉にした。そうさせるほどのマラークへの信頼はいったいなんだ?誰も理解できないマラークという男をケントは理解してるというのか?あるいは──)
うまく言えないと言ったケント。
つまりは言語化ができていないだけで、経験則に元ずく勘のようなものがケントの中にはあるという事。
具体的な言葉がケントから出てこない事を察したルヴィは、当事者のマラークに目線を向けて口を開いた。
「マラーク」
「あ?」
「おまえはどう思っている?」
「ハッ知るかよ。いつまでやんだこの茶番はよ」
マラークの一言は、部屋に張り巡らされたガラスをたたき割ったように空気をぶち壊した。
(マラークさん勘弁してほしいッス……)
(……マラーク……)
これがマラークが異物とされてるゆえんだろう。
すべてをぶち壊すような言葉から、その先の真意を確かめる術はないとルヴィは悟った。
先を諦めたルヴィが冷静に口を開いて結論へと言葉を走らせていく。
「もういい。わかった。これ以上は時間の無駄のようだな。……おおかたマラークが手を出し、ケントを誘惑したのだろう。ハーヴェイもそれに乗じただけ──そうだな?」
細かいいきさつを聞くまでもなく、ルヴィは団長としてそう結論づけようとした。
しかしルヴィの言っている結論と事実はまったく異なる。
最初に性行為をのようなものを求めたのはケントであり、マラークはそれを受け入れただけである。
しかも目的は性行為自体ではなく、精変換のユニークスキルの発動が目的だった。
それを伝えてしまえば道理の説明はつくだろう。
しかし昨夜、精変換に関してのマラークの助言がケントの脳裏に浮かぶ。
「……憧れの俺から忠告しといてやる。団長たちが戻ってきても、てめぇのスキルの話は黙っとけ」
今でもケントにはマラークがそう忠告した理由がなにひとつわからない。
しかし自分に責任を押し付けられそうになっているにも関わらず、マラークはまるで他人事(たにんごと)かのようにふてぶてしい態度を続けている。
(マラークはこの状況を茶番と言った。多分、マラークはそれが一番丸く収まるってわかってるんだ。憎まれ役が責任を引き受けるのが一番合理的な落とし所なんだと。きっと団長も同じ思惑だ。でもその結末は──)
ケントはこの結末を受け入れれば、今まで通りには戻れないと思っていた。それは理屈でおさまる話ではない。
恐らくマラークの相棒から外されるだけではなく、彼を追いかける事もかなわない。
(これに乗じたら、きっと俺はもうマラークの隣に立てない。立つ資格もない)
ケントは背裏で組んだ両手をわずかに震わせながら、深く息を吸った。
合理的なウソをつく事に大してためらいはなかったはずのケントが、今この瞬間だけ、ウソツキでいる事をやめた。
「──団長」
「なんだ?」
「俺が、マラークに求めました。ハーヴェイにも求めたのは俺です」
「……ケントさん?」
ケントの言葉に、部屋が静寂に包まれる。
その部屋にいた全員の視線がケントを注視する。
ふてぶてしい態度だったはずのマラークでさえも、横目でケントを気にかけるように視線を送った。
「──聞き違いか?それではまるでおまえが──」
「2人を誘惑したのは俺です。だから責任はすべて俺にあるはずです」
「おいおいケント、団長はなぁ……」
「黙ってろレックス」
真意をわざわざ伝えようとするレックスの言葉をルヴィはさえぎった。そんな真意などとうにケントは理解しているとルヴィにはわかっていたからだ。
何かを覚悟したかのような目で、まっすぐとルヴィを見つめるケント。
ルヴィもまた、座ったままケントの目を見ている。
「見習い傭兵であるおまえが、マラークとハーヴェイを誘惑して性行為を行った。本当にそれでいいんだな」
「はい」
「その結末を理解した上でか」
「はい。一人前にもならない見習いが仲間の傭兵に色を求めた。それは追放に相当する罰を与えられても仕方のない事かと」
「そうだ。戦力にならん男婦など傭兵団にとっては害にしかならん。そこまでわかっておいて──」
ケントの迷いのない目を見て、ルヴィは言葉をのみ込んだ。
ここから先の問答に何の意味ももたない事を理解していたからだ。
(これ以上は無粋だな。……そんなおまえの傭兵らしくない所こそ気に入っていたんだがな──思いのほか不器用なヤツだ。わたしは嫌いじゃないぞケント)
「──言い残す事はあるか?」
「ひとつだけ……許されるならひとつだけお願いがあります」
「言ってみろ」
「マラークと自分の明確な差は力。そしてその差が、今の結果の差異なのだと俺は思ってます。だから──」
ケントは勢いよく頭を下げ、張り詰めた声でルヴィに懇願する──
「俺と戦ってください!」
突拍子もないケントの言葉に、またもや全員が驚きの反応を示した。
道理として確かに力を示せば、退団とまではいかない。だが好戦的な傭兵団をまとめる団長ルヴィと見習い傭兵ケントの戦力の違いは一目瞭然。
考えるまでもなく結果が見えているケントの提案は無意味なもの──ルヴィはおろか、レックスやグリフでさえ頭では思っていた。
しかしケントが懇願するその熱意に、グリフは興味を示すように笑みをこぼし、レックスは目を見開き、ルヴィはただただ静かに見つめた。
そしてそれ以上にケントの懇願に、ひと際強く興味を示した男が笑みを浮かべて小さくつぶやいた。
「ハッ……おもしれぇ」
そう口にするとマラークは動き出し、後ろからケントとハーヴェイの間へと割って入り、両腕を2人の肩にひっかけて口を開いた。
「相棒の頼みだ、3対3の小隊戦といこうや」
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