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日常7(非エロ)
しおりを挟むあたたかな日差しとほどよい風が吹く昼過ぎ頃。
そんな心地のいい気候の地にいるとは思えないほど、まるで猛暑の中を歩くゾンビのように肩を落として、村の中をゆっくりと走るハーヴェイの姿があった。
額から頬、そして体のいたる部位から汗を垂れ流し、その疲労からか目の下は、どこか隈(くま)のように暗くなっている。
そんなハーヴェイを見かけた傭兵仲間がすれ違い様に声をかける。
「ようハーヴェイ。なんだおまえ、またなんかやらかしたのか?」
「はぁ……はぁ……なんもやってねーっすよ……」
(あー……魔力を維持しながら走るって……こんなきっちぃんだなぁー……あーもう夜になったら絶対ケントさんにあんな事やこんな事をしてやるっす……)
「あー、そういや今日おまえ、夜番だよな?」
ハーヴェイの足がピタリと止まった。
突然故障した機械のように静止するハーヴェイの背中を、不可解そうに見つめる傭兵仲間。
傭兵仲間からは見えないが、その背中のハーヴェイの表情は、まさにこの世の終わりかと思えるほど真っ青で、ハーヴェイは脳内で絶望に打ちひれ伏していた。
(そ……そ……そうだったぁああああああ!今日夜番じゃん俺!はぁ!?ってことは夜になっても天幕でエッチが事できねぇって事!?あぁぁぁ……)
疲れているせいかあくまで頭の中で叫んでいるハーヴェイ。
無言の中、傭兵仲間がその背中を見つめていると、壊れて止まっていた機械が突然動き出したかのように、ハーヴェイは再びゆったりと動き出した。
「ふっ……ふっ……ふっ……」
ハーヴェイは不気味に何かをたくらむように笑いだした。
その挙動不審の背中に、傭兵仲間は困惑と興味を交えながらも黙ってみていた。
もはや走っているとは言えないほどの速度でハーヴェイは動き出すと、傭兵仲間は黙ってそれを見送った。
体力や運動能力の高いはずのハーヴェイがここまで疲れている理由、それは今朝の会話にさかのぼる──
*
「あ?知るか、とりあえずそのクソセンスねぇ槍は捨てちまえ」
「ひ、ひでぇっす……」
マラークからキツイ一言で殴られてるにも関わらず、ハーヴェイはそのリアクションに反して、心の中ではどこか大して気にも留めてない様子。
そんな根から明るくて素直な所が、ハーヴェイの長所と言ってしまえばそれまでだが──ケントはふとハーヴェイの性格について考えた。
(そういえば……ハーヴェイが何かに悔しがったり、本気になってる所って見た事がないんだよな)
傭兵仲間でさえ、マラークに対してはどこか言葉を選んでいる節がある。
しかし言葉選びなんてものと無縁のハーヴェイが、ああも真正面からマラークと平然で話す事ができているのは、その度胸からなのか。
やるべき仕事はきっちりやるし、不真面目というわけでもない。
一見ただのバカみたいなその愛嬌(あいきょう)のせいか、仲間たちからは好かれている。
恐らく話しかけやすさでいうなら、サンダーライトの中で群を抜いているんじゃないだろうか。
ハーヴェイの生い立ちは本人から聞いた事がある。
山の村に住む大家族の末子だったが、不作が続いて回らなくなった借金の代わりに人売りに売られたとか。
家族に売られる──そんなの一生、心に傷を追う重い話なのにも関わらず、驚くことにハーヴェイ自身はまったく気にもしていないように話してくれた記憶がある。
現実世界に比べて、この世界の人たちが人の縁というものに無頓着なのか、それともそういう事がよくある世界なのか。
それとも、ああやって何にも固執しない事が、ハーヴェイが身に着けた生きるための処世術なのだろうか。
もしかすると、この2人は少し──似ているのかもしれない。
さらにケントは頭の片隅に疑問に残してた事をふと思い返すと、前にいるマラークへと問いかけた。
「──なぁ、マラーク」
「あ?」
「もし、マラークが何かに気を取られてて、近くで隠れてる人間がいても気づかない──なんて事ってある?」
何を意味のない『たられば』の戯言をほざいてるのかと、興味なさげにため息をはいてケントを見るすら事なくマラークは答えた。
「ねぇよ。いたとしても熟練された暗殺者(アサシン)くらいなもんだろうよ」
「だよなぁ……実はさ、戦闘訓練の日の夜、倉庫で俺たちの事をのぞいてる人がいたんだ」
「あ?」
マラークは目を開け、その鋭いまなざしでケントを見た。
するとケントは黙って指を指し、その指はハーヴェイを指していた。
「へ?」
「──おいクソ犬──覗き見たぁ趣味がわりぃなァ?」
(おまえがそれを言うのか……)
威圧的な態度でハーヴェイへと詰め寄るマラーク。
「不可抗力っすよ!仕事ほったらかしていなくなったケントさんを探してたら、たまたま倉庫で見つけちゃっただけっす!そしたらケントさんが全裸でマラークさんのを咥えてて、マラークさんが出すまで全部つい見ちゃったんす。ケントさんも先っちょからダラダラ糸引いてたんでつい」
「……そこまで具体的には言わなくていいんだけど」
マラークはハーヴェイの話に驚くこともなく、ただ黙って何かを考えているようだった。
「あとその2日前くらいからっすかね?ケントさんからどこかで嗅いだ事ある匂いがすると思ってたっすけど、あれマラークさんの精液の匂いだったんすね」
「なっ──はぁ!?そんな事初めて聞いたぞ!?」
「俺も最初は気づかなかったんっすよ。でもその辺りから寝てるケントさんに近づいただけで、ケントさん寝ながら俺のチンコをズボンの上から舐め始めるし、そっからチンコを近づけるだけで勝手に咥えるもんで興奮したっすねぇ」
「なっ──」
「クハッ!たいした先輩っぷりだなァオイ!」
「だから倉庫で見た時から、ケントさんは絶対変態だってわかって俺嬉しくて──」
ハーヴェイに近づくケント。
その満面の笑顔による圧力は、まるで背後に混沌(こんとん)の神でも憑いているかのようである。
「──ハーヴェイくーん」
「はい?」
「やっぱおまえ、村10周」
「ええ!?」
訂正。
一見ただのバカみたいなこの愛嬌(あいきょう)と言ったけど、やっぱコイツは本物のバカだったみたいだ。
しかしそんなハーヴェイにわずかに好奇心を抱いたのか、マラークがハーヴェイに問いかける。
「──クソ犬、おまえどこ出身だ?」
「出身っすか?ケルディアっすけど」
「山育ちか。狩猟経験は?」
「もちろんあるっすよ!あ、でも狩りの時はずっと弓を使ってたっすねぇ」
「あ?ならなんで槍なんか使ってやがる?」
「そりゃもちろん槍の方がカッコイイからっす!」
自信満々に答えるハーヴェイに反して、ケントはしかり、さすがのマラークでさえも思いもよらない返答に言葉を失っていた。
たしかにハーヴェイが弓なんてものを使ってる所は一度として見た事はない。
洗ったはずの顔からマラークの精液をかぎ取る鼻の良さ、光のない場所でも視認する事の出来るその目の良さ、そして体を動かす身軽さ。
ケルディアという地域がどういう場所かまでは知らなかったが、山育ちと聞いてすべてに納得がいった。
「おい、今すぐ弓を持ってこい」
「──へ?」
*
ケントが傭兵の物資置き場から、誰も使っていない弓と3本の矢を走って持って来ると、ハーヴェイに渡した。
木製なのにどこか淡く、若干の光沢が混じった滑らかな弓幹と、伸縮するラッドスパイダーの糸から作られた弓弦で作られたショートボウ。
サンダーライトの傭兵で、弓を扱うのは傭兵フェイだけなのか、物置き場に置かれていた弓はこれだけだった。
3人のいる場所から離れた大樹の枝からは、ロープで吊るされた薪(まき)が吊るされている。
マラークはその薪(まき)を的にするように、アゴで指しながらハーヴェイに命令をした。
「あれに射ってみろ」
「えー弓とかやっぱカッコ悪いっすよぉ、傭兵といえば剣と槍!いやーやっぱそれが男のロマン──」
「うるせぇ、とっとと射てや殺すぞ」
「こわっ!」
「チッ」
茶番に付き合うのが面倒なのか、舌打ちをしながらマラークはハーヴェイの耳元に近づけ、悪魔のようにささやいた。
「……1発で当てたら、次は相棒のケツを掘らせてやらぁ」
ハーヴェイの目の色が変わった。
マラークの言葉に反応したのか、ハーヴェイは何も喋ることなく体を動かし始めた。
両足を開き、体を横向きに、顔と視線は目標物へと送りながらも、まっすぐ──というよりは若干弓全体を前斜めに構えた。
そして弓弦から矢を引く無駄のない動作。
特筆するべきは、矢を引く際の持ち手の形は、人それぞれの個性的な所ではあるが、一朝一夕でできるようなものではないはずの引きの動作が異常に速かった。
しっかりと狙いを定めるような間もなく──右手が弾けるように解放された。
弓弦がしなりあげる──
マラークもケントも、あまりにも流動的な構えから発射までのその動作に、何が起こったかもわからず矢の放たれた先を見ていなかった。
2人のはるか後方から、薪(まき)の割れる心地のいい音が鳴り響くと、慌てて振り返った。
弓先から離れた矢が、空気を貫くように飛び──薪(まき)に突き刺さるどころかその勢いに耐えきれなかったのか、薪(まき)は水平に真っ二つに割れていた。
「──は?」
「うっしゃ!へへっ約束っすよマラークさん!」
驚くべきはその速さ、そして使い慣れていない予備の弓を扱ったにもかかわらず、1射目で当ててしまうその精度。
弓を長らく扱うフェイでさえもこんなに早くは射てない、その流動的な弓さばきに、ケントだけでなく珍しくマラークも大きく目を見開いて、どこか驚いた表情をしていた。
「見てたっすかケントさん!俺もやるときはやるんすよ!」
「は……はは……ちょっと頭に来るくらい、今のはカッコよかったよ」
「そうっすか?──いやー子供の頃は山で弓ばっか射ってたっすからねぇ」
はしゃぐハーヴェイを見ながら、静かにマラークは頬を上げて口の隙間から八重歯を見せて小さく笑った。
(ハッおもしれぇ──)
それからマラークは、ハーヴェイに『村を走る時は、足に微量の魔力を維持して走れ』という命令をしていた。
マラークいわく、どうも魔力の使い道は魔法として使うという事だけでもないらしい。
マラークが他人にああやって技術を伝えるなんて事は、傭兵仲間たちでさえ見た事のない光景なのかもしれない。
俺自身、マラークと会ってから少しは変わったなんて思っているけど、もしかしたらマラーク自身も少しずつ変化が起こっているのだろうか。
こんな楽しい時間がずっと続けばいいのに──
そう思いながらケントは2人を見ていた。
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