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日常5(非エロ)

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村のすぐそばにある森の中。
森といえども、日の光は入り、獣道というほど、雑草や茂みだらけというほどでもない。
森の中に落ちた枯れ葉や小さな枝木を、踏み蹴って駆け走る足は、どこかおぼつかない様子だった。

「ハァ──ハァ──ハァ──」

必死の形相で、何かから逃げるように走り抜けるケント。
鉄剣を片手に全力で逃げるその姿は、敗走兵かのように駆け走っている。
ケントは自分を追いかける何かを警戒するため、前のめりに走りながら横目で見るように背後をのぞいた。

自分が走って来た道中を確認するも、大きな木が乱立しているだけで、自分を追いかけている者の姿は見えない。

(──いない!?)

風で揺れる木の葉がかすれる音がする──その音に紛れるように、何かが大樹の枝木で踏み込んだ。
枝を足場に、次々と大きな樹へと飛び跳ねて動く影。
それはまるで熟練の暗殺者かのように、素早く、静かにケントに襲い掛かる。

(──いや違う……!)

見えない影が、枝の上で大きく踏み込んだ──
太い枝木をバネのようにしならせ、跳び箱のジャンプ台のように高い軌道を描いて空中へ跳んだ。
木漏れ日の光を背に、逆光でシルエットのように見えるその影が徐々に近づく。
振りかぶって日の光に反射するカトラス、腰元にヒラヒラした布、快楽殺人者のような形相──赤い瞳がケントに降りかかる。

駆け走るケントは慌ててその足を止め、右手に持っている鉄剣とともに体全体で振り切った──


重い金属音が森の中でこだまする──

歯を食いしばり、余裕のひとつもない表情で、ケントは空からの剣撃を受け止めるも、その一撃の重さに耐えられず片足を着いた。
そんなケントに対して快楽殺人者のようにカトラスを上から押し付けているのは相棒のマラークだった。

(重いッ──!)

突然マラークは、ケントに押し付けているカトラスを跳ねるように上に持ち上げた。
いきなり力の行き場を失ったケントが体勢を崩す中、マラークはカトラスを宙に浮かせ、即座に逆手持ちに切り替えた。
静かに振りかぶり、カトラスの切っ先を地面に突き立てるようにその殺意がケントを襲う──

「まずっ──!」

体勢を崩してる中も、決死でその剣先から逃げるようにケントは無理な体勢で横に転がった。
マラークのカトラスが湿った土を突き刺す。
転がった先で慌てて体勢を整えながらも、マラークを見るためにその顔を上げる。
──その時、ケントの肩横から大きな衝撃がぶつかりケントは転がるように吹き飛んでいった。

マラークの素早い蹴り。

土にまみれ、息を整えようとするケント。

「ゲホッ!ゲホッ!──ッ!」

「そんな暇ねぇだろ、テメェはもう死んだ──」

ケントの呼吸が止まった──マラークの剣先が、ケントの喉元へと突き出されている。
わずかに息を整えようとするその隙すら、マラークほどの相手では死に直結する。

風で木の葉がかすれる音がする。
どうしてこんな状況になったのか、時間はほんの数刻ほどさかのぼる──


     *


マラークが天幕で寝た日のその翌朝、朝日が辺りを照らす中、日影の混じった大樹に背をもたれて、なにやら眠そうにあくびをしているマラーク。
その体が向く先には、遠くでじっと立つケントと、その周りをハーヴェイが全力で走り回っていた。

「──ふぅ……まぁこんくらいっすね」

「おまえ、足が早いんだな」

「へへっ追いかけっこには自信があるっすよ!」

「わかった、じゃあいいか?今から支援魔法をかけるぞ?何か変な所があったら言ってくれよ」

「オーライっす!」

ケントはハーヴェイを実験台に新しい支援魔法を試そうとしていた。
初めて使う魔法。
目を閉じ、昨日見たハーヴェイの足のイメージを頭の中でゆっくりと形成していった。
太ももの筋肉、足の長さ、指の大きさ──うまく言語化できないハーヴェイの足のイメージを頭の中で作り上げていく。


ハーヴェイの足──ムカつくけど昨日あれだけ強烈に間近で見せられたおかげで、イメージしやすい──ムカつくけど。
走るといえば足の速さってイメージがあるけど、実際は体全体の筋肉に影響されるよな。
だとしたら、体全体に強化を入れるべきか?
でもミレイユさんは足の話をしていた──つまり体全体の負荷を下げるための強化をするって事か?
なら、ハーヴェイの足の……つま先とかかと辺りに、反重力のような仕組みを入れたうえで、足全体を魔力で強化してみるか?
魔力で強化?そもそも強化ってなんだ?付与すればいいだけ?いや違う、性質の違うものを付与するイメージで──


ケントは1人で黙々と小さくつぶやいていた。

「あー……ケントさん?」

ケントの脳内で、ハーヴェイの足の強化部位と可変部位を決め打ち、そこに性質の違う魔法を当て込むイメージをしていく。

「……ハーヴェイ、行くよ」

「ウッス」

「……スピード」

ケントが手をかざして魔法言葉を唱えると同時に、ブーツの中のハーヴェイの素足がやや青く光った。

「お、おお──?」

「ハーヴェイ、それで走ってみて」

「ウッス」

ハーヴェイは走るための構えととると、1歩目を踏み込んだ──

「──へ?おわぁあああ!」

走るための一歩目の動作なのに、ハーヴェイはまるでカエルのような軌道で高く跳んだ。
体勢を崩す中、ジタバタしながらもなんとかハーヴェイは草の上に着地した。

「ケントさん──」

「いい、言わなくてもわかってる、リリース」

(ふー……シールドみたいにただ具現化する方がよっぽど楽だな。反重力のイメージをもっと方向的に組む方がいいのか?それとも──)


     *


何度も繰り返し、頭の中で細かい魔力イメージの形成を繰り返し、何度も試行錯誤を行って、はや半刻が過ぎようとしていた。
そして14回目の試行──

「いくぞハーヴェイ──スピード!」

目に見えない魔力の風脈のようなものがハーヴェイの足にまとわりついた。

「じゃあ行くっすよ」

ハーヴェイが踏み込むと、まだ1歩目にも関わらずまるで走幅跳びの低い軌道と最高速度を出し、さらに2歩目の踏み出しでいっきに加速した。
その速さで追いかけられたら、常人では秒で捕まる事が間違いないと思わせるほど、恐ろしく早い速度でハーヴェイは駆け抜けた。

「うはっ!なんすかこれ!すげぇっす!」

雪によろこぶ犬をほうふつとさせるように、ハーヴェイは飛び回りながらケントの周りとグルグルとひたすら走って跳び回った。

「よっし!成功みたいだな!止まれるかハーヴェイ!」

「ほい!」

ハーヴェイは着地をするとともに、その勢いをすでに使いこなしたかのように、その反動を利用して後方にバク宙をして着地した。

「へへっどうっすか!」

「リリース。スピードの感触はどうだった?」

「サイコーっす!あとは俺の方も慣れれば、もっと細かい動きができるかもっすねぇ」

「そっか、なら定期的に練習してみようか──マラーク!」

ケントは遠くで木に背をもたれているマラークの元を走っていった。

「どうだ?これで少しは味方の援護が──」

「オーオー、おめでてぇこった。」

マラークは自身の耳を小指でほじりながら、冷静に話し始めた。

「ま、ガキの遊びだな」

「え?」

マラークはそういうと、自身の指に息を吹きかけた。

「ハッ、まぁ昨日の礼だ、御託よりも実戦で教えてやるよ。武器を持ってこい」


     *


ケントはその手に鉄剣を、ハーヴェイは愛用の槍をその手に握り、神経な表情でマラークを見ていた。
マラークは武器を持っておらず、どこか気だるそうにしていた。

「──で、ガキの遊びってどういう事?」

「言っただろうが、御託よりも実戦ってなァ。2対1だ、かかってこい」

「かかってこいって……武器もないじゃないっすか」

「あ?図に乗るんじゃねぇぞタコ──テメェらなんざ武器なんてなくても100人いようがぶっ潰してやるよ」

これがマラークという男のすごい所だ。
この言葉は虚勢でもなく、慢心でもなく、あおりでもなく、ただの現実を言ってるつもりなのだ。
そしてそれは確実に実行される。
マラークが突飛な言葉を言い出すのは、決まって俺たちには見えない何かを感じている時だ。


「いいぜ、いつでもかかってこいや」

余裕そうな表情、一見隙だらけのように見えるその立ちしぐさ。
黒い髪がヒラヒラと風に揺れている。

(かかってこいって言ったって──)

(どうやっていけばいいんすか──)

ケントとハーヴェイは武器を握りしめるも、どうやって攻めていいのかわからず、立ち往生していた。

「こねぇならこっちからいく──ぜ!」

マラークの目つきが変わると、その赤い瞳が殺気を帯びた。
ケントとハーヴェイは突然の悪寒に襲われた。
マラークは地を蹴り、そのとてつもない瞬発力は、すでにスピードの支援魔法をかかってるのかと思うほどに素早く、ケントとハーヴェイは慌てて臨戦態勢になった。
殺意を向けながら初手で向かった先は、ハーヴェイだった。
拳を握り、腕を引いてハーヴェイに殴りかかろうとする──

「げっ──」

「シールド!」

ハーヴェイの周りに青いシールドが形成された。
シールドに守られたハーヴェイに向かうマラークは、その足を止める事なく、攻撃のモーションへと入った──

(止まらない!?いや大丈夫だ、シールドは割れな──)

ハーヴェイの周りのシールドに触れようとしたその寸前で、マラークは足を大きく踏み込み、横に跳ねてその軌道を変えた。

(──はっ!?)

(跳んだ!?)


その小さな横への跳躍から着地の反動を利用し、再び方向転換して前に飛び跳ねるマラーク。
どうしていいからわからず、武器を構えたまま立ち往生しているハーヴェイの隣をマラークは跳び抜ける。

(違う──マラークの狙いは最初から──)

瞬く間に、獣のような速度で飛び掛かるマラークの拳が、ケントの目の前で止められた。
拳の風圧が、ケントの髪を静かに揺らした。

「…………あ」

その電光石火ともいえるほんの数秒の出来事に、ケントたちは言葉を失った。

何もできなかった。
というよりは何もさせてもらえなかったというのが正しいだろう。
この電光石火、そして変幻自在、その中に効率的なロジックが存在するのがマラークの戦い方。

「もうひとつ土産だ」

「え?」

マラークは体をケントに向けながらも、後方へと手を伸ばした。
その手を向けた先は、いまだシールドに包まれているハーヴェイだった。

マラークの手のひらから赤く薄い魔力圧のような小さな球体が浮かび上がると、ハーヴェイに向かって発射した。

「マラーク!?」

「ちょ──」

朝の空に、小さな爆発音がこだまする。
ハーヴェイに向かって放たれて消えた魔力弾は、その威力に殺傷能力のある事を証明するように煙を巻きあげていた。
シールドがあったおかげかハーヴェイは無傷だったが、それでもハーヴェイ自身は驚いた表情でドキドキしていた。

マラークは確かに『手土産』といった。

「──リリース」

ハーヴェイの周りに形成された青いシールドが消えていくとともに、言葉足らずのマラークの真意を読み取るため、ケントはすぐ冷静に思考を巡らせた。

──まず最初にマラークはハーヴェイを狙った。
いや、ハナから狙いを定めていたのは──俺。
それはつまり、敵がフロントをすり抜けて、支援魔法師に攻撃を定めてくる事が可能という事。
支援魔法師は珍しく、しかも有用は支援魔法師ともなれば、真っ先に狙われる──考えてみれば当然だ。

ならシールドで自分を守る?
いや、マラークはシールドに囲まれたハーヴェイに向かって何かの魔法をぶつけた。
あのシールドは魔力も通らないという事がマラークにはわかってたのか?
それはつまり、自身にシールドをかけてしまうと、味方への支援魔法が通らないという事を意味する。
もしくは、自身の魔力で形成されたものでも、シールドを通過すれば魔力情報が書き換わる、という可能性もある。

つまりこのままだといくら強力な支援魔法が使えても、俺はきっと役には立たない。
それどころか、そこに気づかないまま戦場に出ると、今みたいに俺はすぐに死んでたかもしれない。
どうすれば──?

ケントが思考を巡らせる中、ふと思いついた言葉を口に出す。

「──避け続ける?」

「ハッ妥当だな──ま、センスは絶望的にねぇけどな」

マラークほどの戦士相手に攻撃を避け続けるなんてできるわけがない、けど──

「どうしたらいい?」

「知るか、って言いてぇ所だがよ、せっかく仕込んだメスは大事に育ててやんねぇとなァ」

マラークはまた悪だくみでも考えているかのような表情で、ケントの肩へと腕を回した。

「はぁ?」

「いきがって俺の隣に立つって吠えたんだろ?相棒さんよ」

「……やるよ。で、どうすればいいんだよ」

「クックック……慣れろ。今からテメェをいたぶってやるよ、死ぬ気で避けるんだなァ」

「──は?」

後ろからゆっくり歩いてきたハーヴェイが言葉を挟む。

「えーっと……俺はどうすればいいっすか?」

「あ?知るか、とりあえずそのクソセンスのねぇ槍は捨てちまえ」

「ひ、ひっでぇっす……」

こうしてマラークの元で、ケントは攻撃を避け続けるための地獄の戦闘訓練の日々が始まった。


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