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日常2(非エロ)
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ワイワイと活気のいい声が村はずれの広場で飛び交っており、傭兵たちの訓練も後半に差し掛かっていた。
地面にあぐらをかいている傭兵たちが、その広けた大地で大きく輪を作るかのように、その中心部を見ながら座っていた。
彼らは、円の中心で戦う者たちに対してヤジやガヤを飛ばしていた。
訓練とはいえ、傭兵たちが楽しそうに騒いでいると、もはや個人訓練とはいえ楽しむ余興のようにも思える。
「よし、次はケントとマラークだ」
順番にコンビ間の戦闘訓練を終え、ケント達の順番が回ってくると、2人は大きな円の中へと入っていき、距離を置いて向かい合っていた。
さすがに戦闘訓練ともなれば、ある程度の兵装は必要である。
ケントはいつもの上下の布服だけではなく、ヒザ当てや胸当てなど、戦闘用の軽歩兵の兵装をしている。
しかしそれに対して──
(マラークは防具なし──これっぽっちも攻撃を当てられるなんてカスりも思ってないって事か。ここまで堂々としてると……ちょっとムカつくな──)
「ケントー!一発くらい当てろよー!」
「マラーク!しっかり教えてやれよー!」
「態度がでけぇんだよマラーク!」
そんな傭兵たちのヤジを全て無視するかのように、マラークは右手に持ったカットラスを肩に担ぐように乗せ、左小指で耳をほじくっている。
どこかふざけているようなのに──どうしてあんなにも強い存在感が出るのか。
さすがはサンダーライト傭兵団の中でも屈指を争うほどの強い戦士。
技術だけじゃない、その傲慢(ごうまん)さ、利己的な思考さえもつい納得させてしまうほど、そのセンスに裏打ちされたその強さ。
(まぁ……そんなアイツだから俺は──憧れたんだよな)
半年もの間、アイツの戦いを見てきたけど、その法則性は、いまだにわからない。
というか、そもそも俺が理解できるような領域の相手じゃない──胸を借りるつもりで全力で挑んでみよう。
鉄の剣のグリップを、ギュっと握りしめるケント。
「はじめッ!」
レックスの声が大きく空に響くとともに、最初に動いたのはケントだった。
片手剣を両手で持ち、下から上段へと斬り上げる構えをとると、まっすぐ──全力でマラークの正面に走っていった。
自分の元へ一直線で向かってくるケントを見ても、気だるそうにカットラスを肩に乗せたまま微動だにしないマラーク。
それでも両者の剣の間合いまで詰めるように走るケント。
(まずは試しだ──変則には変則で──あと5歩──3歩──ココッ!)
ケントの姿勢が低くなった。
「おっ」
「早くなった──」
遠巻きの傭兵たちが、ケントの加速に反応する。
剣撃を捌くタイミングを狂わせるために──ケントの走るスピードが、間合いに入る直前になって──前のめりに加速して剣を振る──
しかしそんな間を狂わせるケントのフェイントにも動じず、マラークは動かずにケントを見ていた──まるですべてを見透かすような瞳で。
(動かない──マラークッ!?)
ケントの下から斜め上へと斬りかかる剣撃がマラークの腹部に届こうとする寸前──
マラークはまるで口笛でも吹いてるのか、小さく息を吐くとゆっくりと後ろに倒れた。
(え──)
突然、マラークが倒れるように後方へと下がった事で、ケントの剣は紙一重で空振った。
手ごたえもなく、行き場もなく──剣を空に掲げているようなケントの隙を狙って、マラークは左足を大きく真上に上げ、ケントの剣のグリップを狙って蹴り上げた。
(あ……)
ケントの手を離れた剣が、土に吸収される金属音とともに、地面を跳ねるように落ちた。
ケントは目を大きく開き──驚きと──まるでウソだろうと思えるほど、一瞬で無力化されてしまった事に、マラークという男との『遠さ』を理解してしまった。
戦闘前からあらゆる可能性を考えていた。
剣で弾かれた場合──蹴りなどの体術に転じる事、もっとわかりやすく避けてた場合──魔法と同時に距離を詰めるだとか、何度もシミュレーションをした。
でも、そんな次元じゃない。
自分の頭の中の想定で戦うなんて戦略が、はなから通用する相手じゃない。
マラークは、あきれたような表情で言葉を投げた。
「オマエ──それ俺ンだろ?」
「え──?」
「ハァ……いいぜ、時間はあるんだ──かかってこいよ」
空気が変わった。
マラークはまっすぐとケントを見つめている。
獲物を見る目──しかし殺気のようなものではない。
強さを裏打ちするマラークの存在感。
ケントは歯を食いしばった。
すぐさま地に落ちた自分の剣に向かって走り、グリップを左手で拾い上げると、跳躍するようにさらにマラークとの距離をとった。
足で小さく土煙をあげながら体勢を整えると、空気をわし掴みするかのように右手を正面に掲げ、ケントの短い髪が無重力になったかのようにふわっと浮いた──
「エアショット!」
波紋が弾けるような現象とともに、ケントの手のひらから、黄緑色の矢のような魔法弾が発射された。
今まで使わなかった魔法を突然使い始めたケントに、遠巻きで見ているレックスや他の傭兵達が驚いた。
「えっ──はやっ!」
「ほぉ──いつのまに」
ケントの手のひらから放たれた風の矢は、一直線にマラークへと襲いかかる。
エアショットの動作が終わるとともに、それを着弾するかを確認するまでもなく、ケントは追撃をするためにマラークに向かって全力で走り出す──
口を閉じ、据わった目で、風の矢が発射されるのを見ていたマラークは、自身の肩に乗せていたカットラスをまっすぐと突きだした。
風の矢と、剣先同士が正面からぶつかるように──
(なにをッ──?)
風の矢が、カットラスの先端に着弾した。
カットラスの切っ先が、まるで見えない風の矢の中心点を捉えたかのように──波紋のごとく広がって、風の矢は拡散して消えた。
その残り風が、衣服と髪を揺らすそよ風となって、マラークを通過していった。
全力で走っていたケントの足が突然止まった。
無駄な動きがなにひとつなく、何を仕掛けても、1手目がすべて悪手へと変わってしまう──他のどんな手も通用しないと思わせるその圧倒的なまでの風格。
堂々としたマラークの戦い方を見て、他の傭兵たちが騒ぎ出す。
「──アイツ、やっぱすげぇな」
「ああ性格にさえ問題なければ、団長とも引けを取らないしな」
「ああ、性格は悪いけどな」
「うるっせぇ!スリおろすぞゴルァ!」
「げっ聞いてやがる」
クールに決めていたかと思えば、外野のヤジにケンカを売るマラーク。
「レックスさん、さっきのマラークさんの動きってどうやったんすか?」
「ん、いい質問だハーヴェイ──恐らくカットラスの先端にほんのわずかに魔力の点を作って、風の矢を拡散させたんだろう」
「ええ、そんな事できるんすか?」
「もちろん普通はできないしやらないさ、そんな度胸もセンスも……アイツ以外には──な」
「ええ……とんでもない人と相棒になったんすねケントさん」
ケントは攻めるための手段を失っていた。
いや、正確には何をどうやってもフェイントを混ぜてもあしらわれる。
利己的で傲慢(ごうまん)さが裏付けされたそのセンスが、まるで『お前とは違う』という事実のみをケントに突き付けているようだった。
戦意をすり減らしていくケントに、マラークはゆっくりと一歩──また一歩と土を踏んで、立ち尽くすケントへと近づいていった。
ケントの間合いに立つと、マラークはかすれた声で、言葉を投げかけた。
「──避けろよ」
「──え……?」
何にも興味がないような、そんな冷たい目をしながらマラークは大きくカットラスを振りかぶった。
ケントは慌てて、両手でグリップを握り、剣で水平に受け止めようと──
──突然、右横腹に衝撃が走った。
マラークの振り上げた剣に、全力で上段を意識をしていたケントは、思いもよらぬ横方向へと吹き飛ばされた。
滑るように土煙をあげたケントの体──モロに入った打撃にケントは何度も咳き込んだ。
「ゲホッ……ゲホッ……」
苦しいのを我慢してすぐに振り返ると、マラークの左足が伸びているのを見て、それが左足蹴りによる打撃だとケントは理解した。
剣撃を受けるために両手を上げた際に、右側が死角になってしまい、マラークの蹴りに気づけなかったのだ。
必死に立ち上がるケントに、再びマラークはゆっくりと近づく。
ケントが歯を食いしばって剣を構えると、マラークは再びカットラスを振り上げた。
(右……左……どこだ──!?)
あらゆる方向を警戒していたケント。
マラークのカットラスの切っ先が、ケントの目と鼻の先で寸止めされる──
「あ……」
ケントは言葉を失った。
「そういう事だ、向いてねぇんだよオマエ」
「ッ──!」
ショックだった。
少しは近づく事ができたと思っていたのに、あまりに突き放されたその一言が、ケントの心を突き刺した。
「終わりだァ──オッサン」
独り言のように、マラークはレックスに終わりの合図を促す。
うつむきながら、それは絶望か、悔しさか、ケントは手足を震わせる。
その場から立ち去ろうとするマラーク。
しかし何かを感じたのか、後ろを振り返ると、エアショットと比べ物にならないほど、凝縮された赤い魔力がケントの手のひらに集まっていた。
今にも泣き出しそうなほど、悲しい黒い瞳の先はマラークを見ている。
「チッ……バカが」
次の瞬間、鈍い衝撃とともに、ケントは意識を失った──
*
ケントの視界がゆっくり開いていくと、レックスの横顔が映っていた。
「あ……」
「お、目を覚ましたか、起き上がれるか?ケント」
夕暮れに差し掛かりそうな空の下で、ケントは上半身を起こし、周りの状況を見渡した。
正面で他の傭兵同士が戦っているのを見ると、まだ戦闘訓練は続いているようだった。
「俺──どれくらい気を失ってた?」
「まぁ、ほんの半刻くらいだな──しかし驚いたぞケント。まさか魔法を使えるようになってるとはなぁ」
「……」
レックスは褒めてくれているが、ケントはどこか、うつむいた表情でその言葉が刺さっていないようだ。
「向いてないって──」
「んん?」
「マラークに……言われた」
拳を握りしめ、落ち込むケントから出てきたその言葉に、レックスは困ったように頭をかきながらレックスはフォローの言葉を探した。
「アイツに何を言われても気にするな。アイツは規格外なんだ。それに──ケントはまだ入団して半年だろう。俺は十分だと思うがな」
「……。」
そんな落ち込むケントを、遠くから少し心配そうに見ているハーヴェイ。
そしてその遠くで草むらに横たわり、自身の両腕を枕替わりに目を閉じているマラーク。
それぞれが何かを思う中、レックスの声が広場に鳴り響いた。
「そこまでだ──!これで訓練は終了だ──」
地面にあぐらをかいている傭兵たちが、その広けた大地で大きく輪を作るかのように、その中心部を見ながら座っていた。
彼らは、円の中心で戦う者たちに対してヤジやガヤを飛ばしていた。
訓練とはいえ、傭兵たちが楽しそうに騒いでいると、もはや個人訓練とはいえ楽しむ余興のようにも思える。
「よし、次はケントとマラークだ」
順番にコンビ間の戦闘訓練を終え、ケント達の順番が回ってくると、2人は大きな円の中へと入っていき、距離を置いて向かい合っていた。
さすがに戦闘訓練ともなれば、ある程度の兵装は必要である。
ケントはいつもの上下の布服だけではなく、ヒザ当てや胸当てなど、戦闘用の軽歩兵の兵装をしている。
しかしそれに対して──
(マラークは防具なし──これっぽっちも攻撃を当てられるなんてカスりも思ってないって事か。ここまで堂々としてると……ちょっとムカつくな──)
「ケントー!一発くらい当てろよー!」
「マラーク!しっかり教えてやれよー!」
「態度がでけぇんだよマラーク!」
そんな傭兵たちのヤジを全て無視するかのように、マラークは右手に持ったカットラスを肩に担ぐように乗せ、左小指で耳をほじくっている。
どこかふざけているようなのに──どうしてあんなにも強い存在感が出るのか。
さすがはサンダーライト傭兵団の中でも屈指を争うほどの強い戦士。
技術だけじゃない、その傲慢(ごうまん)さ、利己的な思考さえもつい納得させてしまうほど、そのセンスに裏打ちされたその強さ。
(まぁ……そんなアイツだから俺は──憧れたんだよな)
半年もの間、アイツの戦いを見てきたけど、その法則性は、いまだにわからない。
というか、そもそも俺が理解できるような領域の相手じゃない──胸を借りるつもりで全力で挑んでみよう。
鉄の剣のグリップを、ギュっと握りしめるケント。
「はじめッ!」
レックスの声が大きく空に響くとともに、最初に動いたのはケントだった。
片手剣を両手で持ち、下から上段へと斬り上げる構えをとると、まっすぐ──全力でマラークの正面に走っていった。
自分の元へ一直線で向かってくるケントを見ても、気だるそうにカットラスを肩に乗せたまま微動だにしないマラーク。
それでも両者の剣の間合いまで詰めるように走るケント。
(まずは試しだ──変則には変則で──あと5歩──3歩──ココッ!)
ケントの姿勢が低くなった。
「おっ」
「早くなった──」
遠巻きの傭兵たちが、ケントの加速に反応する。
剣撃を捌くタイミングを狂わせるために──ケントの走るスピードが、間合いに入る直前になって──前のめりに加速して剣を振る──
しかしそんな間を狂わせるケントのフェイントにも動じず、マラークは動かずにケントを見ていた──まるですべてを見透かすような瞳で。
(動かない──マラークッ!?)
ケントの下から斜め上へと斬りかかる剣撃がマラークの腹部に届こうとする寸前──
マラークはまるで口笛でも吹いてるのか、小さく息を吐くとゆっくりと後ろに倒れた。
(え──)
突然、マラークが倒れるように後方へと下がった事で、ケントの剣は紙一重で空振った。
手ごたえもなく、行き場もなく──剣を空に掲げているようなケントの隙を狙って、マラークは左足を大きく真上に上げ、ケントの剣のグリップを狙って蹴り上げた。
(あ……)
ケントの手を離れた剣が、土に吸収される金属音とともに、地面を跳ねるように落ちた。
ケントは目を大きく開き──驚きと──まるでウソだろうと思えるほど、一瞬で無力化されてしまった事に、マラークという男との『遠さ』を理解してしまった。
戦闘前からあらゆる可能性を考えていた。
剣で弾かれた場合──蹴りなどの体術に転じる事、もっとわかりやすく避けてた場合──魔法と同時に距離を詰めるだとか、何度もシミュレーションをした。
でも、そんな次元じゃない。
自分の頭の中の想定で戦うなんて戦略が、はなから通用する相手じゃない。
マラークは、あきれたような表情で言葉を投げた。
「オマエ──それ俺ンだろ?」
「え──?」
「ハァ……いいぜ、時間はあるんだ──かかってこいよ」
空気が変わった。
マラークはまっすぐとケントを見つめている。
獲物を見る目──しかし殺気のようなものではない。
強さを裏打ちするマラークの存在感。
ケントは歯を食いしばった。
すぐさま地に落ちた自分の剣に向かって走り、グリップを左手で拾い上げると、跳躍するようにさらにマラークとの距離をとった。
足で小さく土煙をあげながら体勢を整えると、空気をわし掴みするかのように右手を正面に掲げ、ケントの短い髪が無重力になったかのようにふわっと浮いた──
「エアショット!」
波紋が弾けるような現象とともに、ケントの手のひらから、黄緑色の矢のような魔法弾が発射された。
今まで使わなかった魔法を突然使い始めたケントに、遠巻きで見ているレックスや他の傭兵達が驚いた。
「えっ──はやっ!」
「ほぉ──いつのまに」
ケントの手のひらから放たれた風の矢は、一直線にマラークへと襲いかかる。
エアショットの動作が終わるとともに、それを着弾するかを確認するまでもなく、ケントは追撃をするためにマラークに向かって全力で走り出す──
口を閉じ、据わった目で、風の矢が発射されるのを見ていたマラークは、自身の肩に乗せていたカットラスをまっすぐと突きだした。
風の矢と、剣先同士が正面からぶつかるように──
(なにをッ──?)
風の矢が、カットラスの先端に着弾した。
カットラスの切っ先が、まるで見えない風の矢の中心点を捉えたかのように──波紋のごとく広がって、風の矢は拡散して消えた。
その残り風が、衣服と髪を揺らすそよ風となって、マラークを通過していった。
全力で走っていたケントの足が突然止まった。
無駄な動きがなにひとつなく、何を仕掛けても、1手目がすべて悪手へと変わってしまう──他のどんな手も通用しないと思わせるその圧倒的なまでの風格。
堂々としたマラークの戦い方を見て、他の傭兵たちが騒ぎ出す。
「──アイツ、やっぱすげぇな」
「ああ性格にさえ問題なければ、団長とも引けを取らないしな」
「ああ、性格は悪いけどな」
「うるっせぇ!スリおろすぞゴルァ!」
「げっ聞いてやがる」
クールに決めていたかと思えば、外野のヤジにケンカを売るマラーク。
「レックスさん、さっきのマラークさんの動きってどうやったんすか?」
「ん、いい質問だハーヴェイ──恐らくカットラスの先端にほんのわずかに魔力の点を作って、風の矢を拡散させたんだろう」
「ええ、そんな事できるんすか?」
「もちろん普通はできないしやらないさ、そんな度胸もセンスも……アイツ以外には──な」
「ええ……とんでもない人と相棒になったんすねケントさん」
ケントは攻めるための手段を失っていた。
いや、正確には何をどうやってもフェイントを混ぜてもあしらわれる。
利己的で傲慢(ごうまん)さが裏付けされたそのセンスが、まるで『お前とは違う』という事実のみをケントに突き付けているようだった。
戦意をすり減らしていくケントに、マラークはゆっくりと一歩──また一歩と土を踏んで、立ち尽くすケントへと近づいていった。
ケントの間合いに立つと、マラークはかすれた声で、言葉を投げかけた。
「──避けろよ」
「──え……?」
何にも興味がないような、そんな冷たい目をしながらマラークは大きくカットラスを振りかぶった。
ケントは慌てて、両手でグリップを握り、剣で水平に受け止めようと──
──突然、右横腹に衝撃が走った。
マラークの振り上げた剣に、全力で上段を意識をしていたケントは、思いもよらぬ横方向へと吹き飛ばされた。
滑るように土煙をあげたケントの体──モロに入った打撃にケントは何度も咳き込んだ。
「ゲホッ……ゲホッ……」
苦しいのを我慢してすぐに振り返ると、マラークの左足が伸びているのを見て、それが左足蹴りによる打撃だとケントは理解した。
剣撃を受けるために両手を上げた際に、右側が死角になってしまい、マラークの蹴りに気づけなかったのだ。
必死に立ち上がるケントに、再びマラークはゆっくりと近づく。
ケントが歯を食いしばって剣を構えると、マラークは再びカットラスを振り上げた。
(右……左……どこだ──!?)
あらゆる方向を警戒していたケント。
マラークのカットラスの切っ先が、ケントの目と鼻の先で寸止めされる──
「あ……」
ケントは言葉を失った。
「そういう事だ、向いてねぇんだよオマエ」
「ッ──!」
ショックだった。
少しは近づく事ができたと思っていたのに、あまりに突き放されたその一言が、ケントの心を突き刺した。
「終わりだァ──オッサン」
独り言のように、マラークはレックスに終わりの合図を促す。
うつむきながら、それは絶望か、悔しさか、ケントは手足を震わせる。
その場から立ち去ろうとするマラーク。
しかし何かを感じたのか、後ろを振り返ると、エアショットと比べ物にならないほど、凝縮された赤い魔力がケントの手のひらに集まっていた。
今にも泣き出しそうなほど、悲しい黒い瞳の先はマラークを見ている。
「チッ……バカが」
次の瞬間、鈍い衝撃とともに、ケントは意識を失った──
*
ケントの視界がゆっくり開いていくと、レックスの横顔が映っていた。
「あ……」
「お、目を覚ましたか、起き上がれるか?ケント」
夕暮れに差し掛かりそうな空の下で、ケントは上半身を起こし、周りの状況を見渡した。
正面で他の傭兵同士が戦っているのを見ると、まだ戦闘訓練は続いているようだった。
「俺──どれくらい気を失ってた?」
「まぁ、ほんの半刻くらいだな──しかし驚いたぞケント。まさか魔法を使えるようになってるとはなぁ」
「……」
レックスは褒めてくれているが、ケントはどこか、うつむいた表情でその言葉が刺さっていないようだ。
「向いてないって──」
「んん?」
「マラークに……言われた」
拳を握りしめ、落ち込むケントから出てきたその言葉に、レックスは困ったように頭をかきながらレックスはフォローの言葉を探した。
「アイツに何を言われても気にするな。アイツは規格外なんだ。それに──ケントはまだ入団して半年だろう。俺は十分だと思うがな」
「……。」
そんな落ち込むケントを、遠くから少し心配そうに見ているハーヴェイ。
そしてその遠くで草むらに横たわり、自身の両腕を枕替わりに目を閉じているマラーク。
それぞれが何かを思う中、レックスの声が広場に鳴り響いた。
「そこまでだ──!これで訓練は終了だ──」
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