戦国魔法奇譚

結城健三

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ネボア一人旅

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もう一つの並列した思考を、それぞれが、どれほどの距離が離れても共有する事が
可能なのかを検証しようと思う 
脳内地図を広げ、母竜ベヒーモスの記憶を追体験した経験から、母が辿った道程を踏襲し
この国の都を観察し、権力者達の情報を集める事が、並列思考の距離を確かめる事と
同様に大事な事であると判断した
西へと向かい、御嶽山を後にする ネボア

生物探査、気配察知を最大限に拡げながら飛ぶ
御嶽山から50kmほど離れるが、人間を含む大型の生物の気配を察知することはなく
しばらくすると、母竜ベヒーモスが焼き払った岐阜城の跡地が眼下に見える
ここにも生物の気配が無く、焼け跡から母竜の魔力の残滓をわずかに感じる
御嶽山から100km、赤と黒のバハムートとの意識の共有を確認する
問題無く彼等の意識がネボアの脳内に流れ込み、暗い火口内の視覚も共有できている
3つの並列した思考が常時、脳内に流れ込んでくるのでは無く
意識を切り替える事により 主と副といったように割合を変えれるようだ
3つの視覚を同時に展開したり、他の2つを遮断したりと自分の出来る事を、試行錯誤を
繰り返し、自分の能力に急速に慣れていくネボア

そして御嶽山から、およそ200km。。。沢山の人間の気配を察知する
人間が城と呼ぶ、一際大きな建築物を中心に、城下町と呼ぶ集落が広がる
岩村城や春日山城など、いくつかの城下や集落を観察し、数人の人間に憑依した事により
この世界の社会の仕組みを理解しつつあるネボア
あの城と城下町、そして周辺に散らばる集落を、管理している人間が、あの城内に居り
その領地の大小等で、その権力者の権威を測かる指標となる
城下町に入る前に、近くの集落で作業をしている男の頭に一瞬だけ憑依してみる
男の名は、吾作43歳、妻は3年前に病で他界、子供が3人 生まれてから、この村で育つ
遠くに見える城の名前は、大垣城 現在の城主は前田利家 概ね好印象を持つ
一瞬の憑依で情報を引き出し 脳内地図に城名を書き込む

そのまま低空を飛び、大垣城下町に入り 商店の軒先で話し込む男女にすれ違いざまに
憑依する 男は、この商店·桔梗屋の主人で女は、その妻
これから大垣城内に納める、食材の話をしていた 数日前より、500人以上の人間が増え
噂の天女様が来られており、特に味噌や米などにうるさいらしく 桔梗屋の主人である
この男は、天女様の為にと、高品質の食材を揃えるべく奔走しているようだ
数日前に、天女様自らが、桔梗屋を訪れるという幸運に恵まれ
柔らかい物腰に、目の覚めるほどの美しさを誇り、城下町の様子など世間話の後に
長年の悩みであった腰痛を治療してくれ、その後に蔵の1つの内部を、ほぼ永久に溶けないという、氷張りにして下さり 食材の長期保存を可能にして下さった

天女が大垣城内に居る!? ネボアは一瞬、射るような視線を感じ 大垣城から離れるように高空へと飛ぶ 気配探知を、大垣城に絞り目を凝らす
城内の一角に覚えのある魔力を、感知する 同時に向こうからも感知されている事を認め
逃げるように、さらに高空へと上昇する
天女と似た魔力が。。。1つ。。。2つ。。。準じる魔力が、1つ。。2つ。。全部で9つ
背筋に冷たい物を感じ、大きく迂回して都を目指す事にする ネボア
気取られたことは誤算だが、これだけの戦力を揃えていた事を知れたのは、収穫だった
ルイという男の魔力が無かった事に気づく、もっとも、我らを手こずらせた狐の物の怪も
死んだのか?致命傷には近かったのだが。。。他にも、これ程の魔力を持つものが存在するのか? 
様々な疑問を胸に、京へと飛ぶ ネボア

「気づきましたか!?」

「何にだ?」食事中の箸を止め、エヴァに聞き返す ブルート

「そうか、ここに居る中で、ネボアに遭遇したことがあるのは、私と忠勝殿だけですね」
名前を呼ばれ、不思議そうにエヴァを見る 本多忠勝

「ネボアと言うと、大嶽丸様が憑依されたとか言う、霧の魔獣でしたな!」
ようやく思い出し、得意気に胸を張る 忠勝

「ああ ある意味で一番厄介な奴か。。。」

「城下町の端で、こちらを伺っていました 岩村城の戦いで2匹のバハムートからネボアの気配を感じていたのですが 今は、単独で行動しているようですね」

「2匹のバハムートから気配を感じていたと言うのは、バハムートに融合していたという事か?」

「融合というよりは、憑依していたのだと思いますが。。。バハムートの動きにネボアの意識を感じられなかったので、命令系統つまり脳への憑依ではないかと思うんですよね」

「そんな事まで、解るものなのか?」 
興味深そうに聞いてくる ブルート

「だって融合していたら、ネボアの痛みが聞こえてくるでしょう? バハムートの苦痛しか聞こえませんでしたから。。。」

「エヴァ。。。お前。。。怖い。。。」

「違うんですアラン!!あの時は、狂戦士モードになってしまって。。。」

「まぁ それは置いておいて、偵察に来ていたと考えるべきか? ここにほぼ全ての戦力が集結している事が知られたという事だな」

「岐阜城に移動するのを、早めたほうが良いかもしれませんね。。。」

「そのネボアの目的地は、ここだったのだろうか?」

「権力者に憑依するために、京の都に向かった可能性は高いですね 各所を結界で囲んでいますので大丈夫だとは思いますが。。。」



眼下に広がる、想像していたよりも、はるかに広大な、この国の都に目を剥くネボア
ほんの数ヶ月前に母竜ベヒーモスが火の海と化した区画も、確認できないほどに
整然と建築物が並んでいる
脆弱だと思いこんでいた 人間という種族は、これだけの都市を築けるほどに優れており
あれほどの被害を出しながらも、わずかな期間で復興させるほどに忍耐強いというのか?
低空を飛行しながら、すれ違いざまに数名の人間の頭の中を覗いてみる
商人、職人、武士、書生等 様々な人間に憑依する事により、この国の体制などもより
理解する事が出来た 
太古より、天皇という君主が国を統べており、政治の中枢を担う
そして武家の頂点に将軍が据えられ、本来であれば都の、さらには国全体の治安を担う
という 二極化した形態を採っており
言い換えれば、天皇、貴族のいる朝廷が頭部で 将軍、武家のいる幕府が身体と言える
本来であれば、頭部である朝廷の命令を、それを受けた手足である幕府が、朝廷の意に沿い動くと言うのが建前なのであろう
しかし その時代、その時代で朝廷の影響力が大きくなったり 幕府の力が大きくなったりと、振り子のように貴族側に振れたり、武家側に振れたりを繰り返してきた
人間というのは、実に興味深い生き物だ 権力のために親兄弟、肉親に手を掛ける
かと思うと 己の主君の為に容易に命を投げ出すという
ネボアが理解に苦しむ矛盾した生態を持っている 
天皇あるいは、将軍に憑依できない物だろうか? 居場所は掴んでいる
天皇が内裏と呼ばれる、都の中心部の広大な敷地に居り
将軍·武田信玄なる者は、下鴨神社と言われる神殿に滞在しているようだが
そのどちらもが、強力な結界魔法で護られており、進化したネボアでも侵入することは
困難であった
そして その両名ともに、その敷地から出ることがないという 情報も掴んでいた

思い出したかのように、赤と黒のバハムートに意識を向ける 300kmほど離れていても、問題なく意識を共有できている事に安堵する
黒いバハムート“ナーダ”の傷はほぼ癒えており “フォゴ”の傷は、あと数日で全快となるだろう それまでの間、この人間共の都で情報を集めるとしよう

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