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第2章 魔導帝国の陰謀

魔法魔術講座

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 赤の王の生誕祭より一ヶ月ほど経ったその日、刺青屋の若き店主は、グランデル王国の王宮に来ていた。勿論、別に来たくて来たわけではない。赤の王に是非にと請われて、仕方なく訪れたのだ。
 ここ一ヶ月の間、あの王は、仕事は大丈夫なのかと心配になるくらい、ちょくちょく少年の店へと遊びに来ていた。赤の国と金の国を往復するとなると、通常であればかなりの時間を要するのだが、王はどうやら王獣に乗って移動していたようで、本人曰く日帰り旅行のようなものだそうだ。だが、それにしたって週に二日も来るのはどうかと思う、と少年は思っていた。
 まあお陰で、少しではあるが王と同じ空間にいることには慣れてきた。本来ならば、少年が他人に僅かでも心を許すなどそうそう有り得ないことだったが、少年にとって王はこの上なく美しい存在であるために、心にほんの少しだけ隙が生まれたのだろう。いや、もしかすると、あのとき王が少年に差し出した真摯な愛情を、少年が信じたからこそ起こった奇跡なのかもしれない。
 真実は少年にも判らなかったが、彼が赤の王に対して心を開きつつあるのは事実だ。だからこそ、こうして王宮などという畏れ多い場所に足を踏み入れているのである。
 少年が今いるのは、王宮の中では比較的小ぢんまりした書斎のような一室だった。高級そうな木製の書斎机を目の前に、これまた高級そうな椅子に座った少年の視線は、机の向こう側に設置された簡易式の黒板に向いている。そして、その黒板のすぐ傍で白墨を握って立っているのは、赤の国唯一の魔術師であるグレイ・アマガヤだった。
「それじゃあ始めるぞ」
 グレイの声に、少年がこくりと頷く。
 そう、少年がわざわざ仕事を休んでまでこの国に来たのは、魔術や魔法についてグレイから教わるためだった。少年としては、教わったところで自分がそれを扱えるとは思えないので、あまり意味はないのではないだろうかと思ったのだが、今後帝国に狙われたときに少しでも役に立つように学んでおくべきだ、ということらしい。
 そこまではまあ良いのだが、講師役を務めるのがグレイだというのには少年も驚いた。
 冠位錬金魔術師などという大層な肩書を持つ人物に教わるなど畏れ多いと、謹んで辞退しようと思ったのだが、張本人であるグレイに許して貰えず、結局こうして大人しく講義を受けることになってしまったのである。仕事の都合で今回滞在できる期間は四日ほどしかないのだが、どうやらグレイはその短期間で、ある程度の知識を叩きこむつもりのようだった。あまり頭の作りに自信がない少年はとても不安だったが、来てしまった以上は頑張るしかないだろう。
「お前、魔術はおろか魔法についてもほとんど知識がないんだっけか?」
「あ、はい……。魔法は適性がないと使えないものだってことくらいは知っているんですが……。すみません……」
 この少年は、興味がないことに対する知識はとことんないのだ。しかし、魔法に関する知識はこの大陸では一般常識のようなものだろう。その一般常識を知らないというのは申し訳なく、思わず謝ってしまった少年に、グレイは少しだけ顔を顰めた。
「別に謝らなくて良い。今から覚えりゃあ良いんだから。なるべく初心者にも判りやすいよう、簡単に説明するが、それでも判らないことがあったらその都度言えよ。判らないことをそのままにしてると、余計判らなくなるからな」
 そう言ってから、グレイが黒板に文字を書きながら話を始める。
「お前もなんとなく知ってるみたいだが、魔法ってのは生まれ持っての才能ですべてが決まる能力だ。生まれつき、どの精霊にどの程度気に入られているかで、使える魔法と、魔法発動によって消費する魔力が概ね決まってる。……魔力ってのは判るか?」
「ええと、魔法を使うときに必要な力、としか……」
 自信がなさそうな少年にグレイは、まあそんなところだと頷いた。
「魔法ってのは、自分が持っている魔力を精霊に差し出してお願いをすることで、精霊の力を引き出して現象を起こすものでな。要は、魔力は精霊に渡す対価なんだよ。つっても、俺も魔法は使えないから具体的なこととかはいまいち判らねェが、まあ、取り敢えず魔力を対価に精霊の力を借りるものだってことが判ってりゃいいだろ。あとは、……そうだな。今のところ人間が扱える能力で魔法を越えるものはない、とかか」
「魔法が一番すごい、ってことですか?」
 あの、帝国の軍人だとかいう男が使った空間魔導とやらも、相当に強力な力のように思えたのだが、魔法はあれよりもすごいことができると言うのだろうか。
「今のところ、な。正直、俺らも帝国の魔導がどの程度発展してるか知らねェから何とも言えねェが……。少なくとも、腹立たしいことに、魔術が魔法を越えられることはないだろうな」
「そう、なんですか?」
 少年の言葉に、グレイが頷いた。
「魔法は、そのルーツが神そのものである力だからな。……神は知ってるよな?」
「……ええと……」
 金の王城で二人の王から神についてのなんとなくの説明を受けたような覚えはあるが、正直詳しく覚えているかというと、とても自信がない。
 少年が曖昧な微笑みを返せば、グレイは数度瞬きをした後、深くため息をついた。
「お前、神も知らねェのかよ……」
「……すみません……」
「エトランジェの俺よりも知らないって相当だぞ……」
 グレイの言葉に、やはり少年は曖昧な微笑みを浮かべた。
 諸所の事情があって、レクシリアの秘書官になるためにたゆまぬ努力をしたグレイと違い、少年は刺青の勉強以外のことはほとんどしてこなかったので、知識が少ないのも仕方がないことなのだ。それに、少年だって元は魔法適性者の少ない遠い地から来た人間である。この地の人々よりも魔法に関する知識が少ないのは、当然のことだった。
「あー、じゃあ、まずは神の説明からだな。もうざっくり行くぞ。良いか、人間が神と呼称する存在は大きく分けて二種類ある。一つは、信仰が存在の拠り所となっている神。もう一つは、人を含む生き物たちの理解が及ばないが故に神と呼ばれているだけの何か、だ。前者は、各地に存在する神話に出てくる神様とかだな。ああいうのは、いわばその地の生き物がある概念を神だと信じることによって生まれたものだ。その概念を神と信じる誰かがいる限り、その神は存在し続けるが、信仰が薄まればその力は弱まってしまう。これを俺たちは、“概念の神”や“信仰の神”と呼んでいる。こういった神々は、この次元だけでなく様々な次元に存在していると言われ、その土地の生き物と強く結びつき、時に幸いを、時に災いをもたらす存在だ。ここまでは良いか?」
 少年の頭は既にいっぱいいっぱいだったが、なんとか説明を飲み込み、頷いた。
「今グレイさんが言った神様というのは、生き物というよりはひとつの概念のようなもの、ということですよね?」
「そうだ。信仰を基盤にした神々というのは、信仰を作った生き物によって生み出されたものだからな。無数の信仰の末に、ひとつの生命に似たものが誕生した結果が“概念の神”だ。だが、リアンジュナイルの人間の多くが神と呼んでいるものは、それとは全く違う」
 そう言いながら、グレイは黒板に掌くらいの大きさの円をいくつか描いた。
「この円それぞれがひとつの次元だとしたとき、“概念の神”は、それぞれの円の内部に存在していることになる。だが、俺たちが神と呼んでいる存在は、その外にいるんだ」
 そう言って、彼は複数の円を一際大きな円で囲んで見せた。
「この大きな円が、仮に箱庭だとしよう。その箱庭の内部に、いくつもの村がある。この小さな円がその村に当たる訳だが、それらひとつひとつが次元だ。俺たちの言っている神というのは、この箱庭の管理者みてぇなもんだと思えば良い。……判るか?」
「はい、なんとか……」
「で、この神様ってのが、俺たちのいる次元を含めたすべての次元を生み出した張本人、いわば、箱庭の作成者な訳だ。そんでもって、魔法ってのは、この神様が生み出して箱庭に与えた力なんだよ。だから魔法が一番強い。単純な話だろ?」
 ようは、一番強い生き物が作った力だから一番強い、ということだろうか。その神とやらがどれくらいすごい存在なのかを知らない少年にはいまいちピンとこなかったが、恐らくはそういう話なのだろう。
「ということは、魔術と魔導は神様が作った力ではない、ということですか?」
「ああ。魔術は、魔力を持たない俺みたいなのでも使えるように、人間が長い年月をかけて開発した学問だ。勉学に得手不得手があるように、できる奴できねェ奴の差はあるが、学べば大抵の奴が使える」
「学問……」
「魔法紛いとも言う」
 言って、グレイはポケットから緑色の石を取り出した。
「魔術を使うのには、魔術鉱石っていう、魔力に代わる媒介が必要でな。例えばこれは風の精霊の力を秘めた魔術鉱石なんだが、この中にある燃料みてェなもんを使って術式を編むことで、魔術を発動させるんだ」
 緑の石を握ったグレイが、空中をなぞるようにして指を動かす。すると、彼の指先が滑った軌道が、淡い光となって宙に浮かび上がった。その光はグレイが指を動かすままに複雑な紋様のようなものを描いていき、やがて小さな陣のようなものが完成したその瞬間、窓もドアも締め切った部屋の中に突然風が生まれ、驚く少年の髪を優しく揺らした。
「今、この部屋に風が吹いたのが判ったか? これが魔術だ。さっき描いたような模様の種類で、発動する魔術が決まってる。まあ、数学の公式なんかに似てるな。色んな公式が持つ意味を理解し、それらを複合することでより高度な魔術に昇華することもできるんだが、当然ながら複雑性を増せば増すほど難易度も上がる。……すげぇ勉強しねぇと複雑な公式は理解できなくて、覚えた公式を色々組み合わせて新しい魔術を生み出すのは更に賢くならねェと無理って感じだ、って言えば判りやすいか?」
 グレイの言葉に少年が頷く。
 このときグレイは面倒だし必要がないからと言わなかったが、新しい魔術を生み出すことができる魔術師は非常に稀で、冠位錬金魔術師になるための必須条件のひとつであった。
「んで、これはまあついでだから覚えなくても良いんだが、こういう魔術を金属器に転写する技術のことを錬金術、魔術が転写された金属器のことを魔術器って言う。そんでもって、魔術の発動と転写ができると、錬金魔術師って呼ばれるようになる訳だ」
「転写……?」
「通常、魔術ってのは、魔術式を書き終えると同時に自動的に発動しちまうもんなんだが、それをうまいこと抑え込んで、未発動のまま金属器に封じ込めるのを、魔術の転写って言う。じゃあ魔術を転写した魔術器がどんな物かっつーと……、例えば、俺が今つけてる指輪とかがそうだな。ほら、指輪に赤い石がついてるだろ? これは火の精霊の力を秘めた魔術鉱石で、リングの内側に俺が刻んだ魔術式に呼応して魔術が発動できるようになってる。簡単に言うと、これを使えば、さっき空中に魔術式を書いたみたいな工程をスキップして、即座に発動できるんだ。これは俺用に組んだ魔術式だから他の奴が使うのは難しいが、自分以外も使用できるような一般向けのものを作ることもできる。つっても、他人が利用できるようにするとなると、どうしても発動する魔術の威力やら精度やらは落ちちまうが。ま、取り敢えず、ほとんどの魔術師は自分で作るなり人から買うなりして魔術器を持ってて、それを使って魔術を行使する場合が多いってことが判ってりゃ良い」
 詳しいことはやっぱりよく判らないけれど、魔術というのもまた難しそうなものなんだなぁ、と少年は思った。少なくとも、勉強したところで少年が扱えるようになるとは思えない。
「こんな感じで、俺たち魔術師が風を起こそうとすると、魔術鉱石を消費した上で、魔術式を描くか魔術器を使うかしなきゃならねェんだが、魔法師がさっきみたいなそよ風を起こそうとした場合、大抵は、風霊、ってひとこと呼びかけるだけで済む」
「え、魔法って確か、呪文? 詠唱? みたいなものがありましたよね……?」
 そう言ってから、少年ははたと思い出した。そう言えば、あの炎の王も、詠唱などなしで魔法を発動していたような気がする。どういう仕組みなのだろうか。
「そこら辺は感覚的なものらしくて俺も詳しくないんだが、リーアさん、……ロンター宰相が言うには、魔法ってのは精霊にするお願いごとみたいなもの、らしい。詠唱っていうのは、目上に対して丁重にお願い申し上げるのに似ているんだとさ。使いたい魔法に対応する精霊の加護が弱い人間、まあ、魔法適性が低い人間のことだな。そういう奴は、ちょっとした魔法でも詠唱をして丁寧にお願いせざるを得ない。だが、精霊の加護が強い人間は、もっと気軽に頼み事をしても聞いて貰えるから、わざわざ詠唱をするまでもない、っつー話だ。例えば、うちの王様なんかは火霊魔法の適性が最高ランクだから、ほとんどの火霊魔法は火霊の名前を呼んだだけで発動できる。それだけで、何をして欲しいんだか察した火霊が勝手に実行してくれるんだ。たまに詠唱することもあるみてェだけど、あれは大体が火力調整のためにしてるんだろうな。もともと魔法は火力やら発動範囲やらの調整が難しいせいで、詠唱することできちんと意思を伝えないと予想外のことをされる場合もあるみてェだから」
「……ええと、仲が良い精霊が関わる魔法は簡単なお願いで発動できるけど、あまり仲が良くない精霊が関わる魔法の場合はきちんとお願いをしなきゃいけない、ってことですよね……? あと、あの人の火霊魔法適性が最高ランクってことは、魔法適性にもランクがあるってことですか……?」
 おずおずと尋ねた少年に、グレイはがしがしと頭を掻いた。
「あー、そうか。そうだよな。それも知らねェよな」
 そう言ってから、グレイは一度黒板に書かれた文字やら図やらを全部消してから、新しい文字を書き始めた。
「魔法適性には、各四大精霊に応じて上から順にSSS、SS、S、A、B、C、D、Eっていうランクがある。ランクが上がるほど、その属性の精霊魔法を使う際の魔力消費が少なくなり、使える魔法の種類も豊富になる。つっても、明確な判断基準はなくて、魔法師たちが雰囲気で判断しているらしい。一応、Eランクが初級魔法使用者、Dランクが中級魔法使用者、CランクとBランクが上級魔法使用者ってな感じの目安はあるみたいだが、そもそもこの魔法の等級自体も適当に決まってるらしくてな。同じ等級の魔法の中でも難易度にかなりのバラつきがあって、あんまアテにならねェんだよ。まあ、自分の力を知るためのおおよその目安、程度に思っときゃあ良い」
「……なんだか、ものすごく適当なんですね……」
 魔法と言えばこの大陸の主たる力なのだから、もっとしっかりと決まっているものだと思っていたのだが。
 少年の呟きに、グレイはわざとらしいため息をついてみせた。
「やっぱお前もそう思うよな? この大陸の人間は、魔法を特別なものだと思ってねェんだよ。だから、いちいちそれに対して細かいことを決めようなんて思わなかったんだろうな。中級くらいまでの魔法だったらほとんど誰もが使えるものだし、上級以上の魔法なんて戦にでもならない限りそうそう使う機会もねぇしで、魔法というものに対するそもそもの理解が全然追いついてねぇんだ。理解してなくてもできちまうから」
 精霊にお願いすればなんとなくなんとかなってしまうもの、程度にしか捉えていないのだろう、というグレイの言葉に、少年はぱちぱちと瞬きをした。
 なるほど。自分やグレイのような人間からすれば非日常に見える魔法だが、それが当たり前なこの地では、わざわざそれに対する知見を深めようなどという考えは浮かばなかったのだろう。
「こんな感じで腹が立つほど適当な魔法だが、一応、ある程度しっかりとした定義に基づいた区分もある。魔法の等級は、下から初級、中級、上級、超級とあって、ここまでは本当に適当だ。でもまあ、超級魔法が使えりゃ、各国の国王に及ばずとも遠からずっつった実力者って認識で良いだろう。だが、その上に存在する、極限等級ってのには明確な基準がある」
 その等級は少年も聞いたことがあった。確か、赤の王が帝国の竜を退けた際に使っていた魔法が極限魔法と呼ばれていた筈だ。
 少年の表情から察したのか、グレイが頷いて見せた。
「うちの王様がこの前使ったのが、この極限等級の火霊魔法だ。極限等級の魔法は、火、水、風、地の属性にひとつずつしかない。そして、この魔法を使えるのは、それぞれ、赤、青、緑、橙の国の王のみだ」
「始まりの四大国の王様だけ、ということですか」
 少年の言葉に、グレイが頷く。
「単属性の極限魔法を発動するには、それぞれの属性の強力な加護が不可欠だ。赤の国なら火霊、青の国なら水霊、といった風に、この四国の国民は皆、対応する精霊の加護が強く表れているからな。強力な加護を得られる素質があるのが、始まりの四大国の人間だけなんだよ。それに加え、基本的に王家の血筋の人間は魔法適性が高く、生まれつき超級魔法までは難なくこなせる人間が多い。となると、極限魔法を使える可能性のある人間は四国の王族にまで絞られる。とまあ、これだけなら何も国王しか使えないって話にはならねェんだが、もう一つ重要なのが、極限魔法を発動する際に消費する魔力量だ」
 言いながら、グレイは黒板に、そこそこの長さの柱と、それより二倍以上長い柱を並べて描いた。
「例えば、王族の中で最も魔力量が多い奴が持ってる魔力量がこの短い方くらいだとしたとき、極限魔法を発動するのに必要な魔力量が長い方だとしよう。この状態で極限魔法を発動しようとした場合、何が起こるか判るか?」
 問われ、少年は黙って首を横に振った。魔法を知らない少年が、そんな質問に答えられる訳はない。
「難しい話じゃない。使用量が貯蔵量を越えたとき、魔法は発動せず、魔法師の持っていた魔力は全て失われ、死ぬ。……つまり、そういうことだ。極限魔法を発動するために必要な魔力ってのは桁違いに多くて、どんなに適性の高い人間でも普通は使えねェんだよ。……ただ、国王として即位すると、そこに王獣の加護が加わる。国王になるってのは、王獣と契約を結ぶようなもんだからな」
 言って、グレイは短い柱の上に長い柱を描き加えた。
「王獣の加護は、国王の貯蔵魔力を劇的に底上げしてくれる。何がどうなって底上げされてんだかは俺も知らねェけど、そうやって初めて、極限魔法を使用できるだけの条件が揃うんだ」
 その説明を受け、少年はようやく、赤の王がものすごい魔法を使ったのだということを知った。国王しか使えない魔法というのは、そういうことだったのだ。
「で、この極限魔法を使えると、その属性の精霊魔法のランクがSSSってことになる。という訳で、最高ランクの魔法師ってのは実質始まりの四大国の国王しかいない」
「……それじゃあ、この前のとき、あの人は切り札を使ったんですね……」
 極限魔法とやらを発動してのけた赤の王はすごいが、それはつまり、切り札を使わなければあの状況を打破できなかったということではないだろうか。それほどまでに、帝国軍というのは強いのだろうか。
 ほんの少しだけ不安そうな色を滲ませた少年だったが、しかしグレイはあっけなく彼の言葉を否定した。
「いや、それはちょっと違うな。確かに極限魔法は四大国の王しか使えない脅威的な魔法だが、実は更に上がある」
「更に上、ですか?」
「ああ、極限魔法を越え、真の最高威力と難易度を誇る、究極の魔法。……始まりの四大国の王のみが奇跡的に発動できるという、神性魔法だ」
「神性魔法……?」
 それこそ、耳に馴染みのない単語だった。しかし、少年が知らないのも無理はない。この魔法については、知っている者の方が少ないくらいだろう。
「神性魔法ばかりは、俺もほとんど知らない。何せ文献がほとんどない上、滅多に使われることがない魔法らしくてな。ここ千年以上使用された記録がねェんだ。だけど、その魔法が存在するのは確かだし、四大国の王に受け継がれてるのも確かだ。なにせ、うちの王様がそう言ってたからな」
 そう言ったグレイが更に説明を続けようと黒板を振り返ったそのとき、窓の開く音と共に、少し冷たい冬の風が部屋に吹き込んできた。何事かと振り返ったグレイと少年の目に映ったのは、
「そうは言うが、神性魔法などそうそう簡単に発動できるものではないからなぁ。実質、極限魔法が切り札だという認識で良いのではないだろうか」
 他でもない、赤の王国グランデルの国王、ロステアール・クレウ・グランダであった。
「テ、テメェ! どっから湧いた!」
 がたいの良い身体を器用に丸めて窓から入ってきた王に向かい、グレイの罵声が飛ぶ。
「こらこら、仮にも自国の王をそのように呼ぶものではない。なあキョウヤ?」
「は、はぁ……」
 正直少年の方もグレイと似たような心境だったりしたのだが、空気を読んで曖昧な返事をしておいた。
「しかし、到着早々このような堅苦しい勉強ばかりでは、疲れてしまうだろう。 大丈夫か?」
 そう言って頭を撫でてきた王に、少しだけ居心地の悪さを感じつつも、少年は大人しく頷いた。
「はい。グレイさんの教え方は、とても判りやすいので」
「お聞きになりましたかね国王陛下? お聞きになりましたら、さっさと執務に戻られるべきかと。国王陛下におかれましては、例によって例のごとく執務を抜け出してのご登場かと察せられます訳ですが、それでは今頃ロンター宰相閣下が血眼になっていらっしゃるのでは?」
「いやいや、キョウヤのことが気になって気になって、執務が手につかなくてな。これはいけないと思った私は、ほんの少しだけキョウヤの様子を見に行こうと思い至った次第だ。これも執務をこなし、国を良くするため。であれば、宰相たるレクシィがそれに異を唱えるなどあろう筈もない」
 そう言いながら、王がさり気なく少年の腰に手を回した。そして次の瞬間、王は少年が驚く暇もないほど素早く少年を抱き上げてしまった。
「おいこらポンコツ!」
 叫んだグレイは、恐らく王のその行動を予期していたのだろう。王が行動を起こす前から密かに組み上げていた魔術式を以て水の弾丸を王に向けて放ったが、それらは全て王の、風霊、のひとことで弾き飛ばされてしまった。
「~~っ! これだから魔法は嫌いなんだ! クソが!」
「はっはっは、相変わらず口が悪い子供だなぁ」
 楽しそうに笑いながら、少年を抱えたままの王が窓から身を躍らせる。
「仕事しろクソポンコツ野郎ーッ!」
 グレイの罵声を聞きながら、王と少年は重力に任せ自由落下していった。王は相変わらず楽しそうな笑い声を上げていたが、少年の方はそうはいかない。可哀相な少年は、全く慣れない浮遊感に、王の服にしがみつくことしかできずにいた。
 そんな二人を華麗に受け止めたのは、少年もすっかり見慣れてしまった炎の王獣である。
「ナイスキャッチだ、グレン」
 そう言った王に首筋を撫でられ、王獣は甘えたような鳴き声を上げた。
「え、えと、あの、貴方……?」
 事態を飲み込めずにいる少年が、困惑しきった顔のまま問うように見上げれば、炎を孕む瞳と、ばっちり目が合ってしまった。思考が蕩ける前に慌てて目を逸らしてから、少年が改めて疑問を口にする。
「あの、なんで、あそこに来たんですか? というか、……何処へ行くんですか?」
「お前と一緒に城下街でも散歩しようと思ってな。折角恋人が来ているのだ。デートのひとつやふたつしても、罰は当たるまいよ。だというのに、レクシィは仕事をしろ仕事をしろとうるさいし、グレイはお前を独り占めにするしで、もうこうなったらお前を攫って抜け出してしまえとなったのだ」
 何がどうなったらそうなるのか全く判らなかったが、取り敢えずこの王が無断で出奔したことだけは理解できた。そして、理解した瞬間、少年の顔がさっと青ざめる。
 当然だ。少年はごくごく普通の一般庶民なのである。そんな庶民が王と共に勝手に城を抜け出して遊びに行くなど、きっと大目玉を食らってしまうだろう。少年は怒られることが心底苦手だったので、そんな未来を想像して怖くなってしまったのだ。
「そう心配そうな顔をするものではないぞ。大丈夫だ。連中の怒りは全て私に向くのだから。お前を勝手に連れ出して飛び出したのは私なのだから、お前が怒られる筈がない。レクシィもグレイも、そんな理不尽な怒り方をするような愚か者ではないこと、お前も知っているだろう?」
 優しい声で宥められ、それもそうだと思った少年は少しだけ安心した。しかし、そこまで判っているのに何故この王はほいほいと城を抜け出そうとするのだろうか。
 そんなことを考えながら、ちらっと王を見た少年は、今さらながら王の姿がはっきりしていることに気づき、首を傾げた。
「……あの、そのままで城下に出て良いんですか? 今の貴方、王様だって簡単に判ってしまう気がするんですが……」
 赤銅の長髪に、美しい金色の瞳。そして何より、国王の肩書に恥じない立派な服。この出で立ちは、どこからどう見ても国王陛下その人である。
「うん? ああ、国内ではこれで構わんのだ。私が城下をうろつくことなど、民は皆慣れっこだからな」
 安心しろと言わんばかりにそう言った王だったが、それはそれでどうなんだろう、と少年は思った。
「さて、何か見たいものや欲しいものはあるか? 金なら持ってきたからな。私が買える範囲のもので良ければ、何でもプレゼントしよう」
 やたらと機嫌の良い王がそう言って笑い、そんな王の様子を喜ぶように、王獣が楽しそうに吠えた。
 そんな一人と一頭に挟まれた少年はやはり困ったような顔をしていたが、きっとこの王が離してくれないだろうことは知っていたので、少し迷った後、そっと王の胸に自分の体重を預けるのだった。

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