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第1章 かなしい蝶と煌炎の獅子

金の王2

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 王城に着いてすぐに、一行は国賓用の応接間へと通された。無論、意識のないレクシリアだけは別室のベッドに寝かされているが。
 なんだかんだでここまで連れてこられてしまった少年は、金糸で刺繍が施されている豪奢で柔らかなソファに恐る恐る座りながら、あまりの居心地の悪さにずっと下を向いていた。
 そんな少年に、隣に座っているグレイの探るような視線が突き刺さり、彼はますます委縮してしまう。そんな少年の様子を見かねたのか、王が少年の頭を撫でた。その際に少年の肩がびくりと跳ねるのは、当然のごとく気にする様子がない。
「そうじろじろと見るな。キョウヤが怖がってしまう」
「いや、本当にオレに似ているなと思いまして。そういえば、国王陛下はその理由についてご存知なんですよね? そろそろ教えて貰えませんか?」
 口調こそ丁寧だが、醸し出す雰囲気が、教えないとただじゃおかねぇぞ、というグレイの内心を伝えてくる。だが、別に隠すつもりなど最初からなかった王は、グレイの予想に反してあっさり頷いた。
 グレイが自分と似ている点については少年も気になっていたので、そっと耳を傾ける。
「確証はないが、まあ、別の次元での兄弟だとか、大方そんなところだろう」
「……ハァ? どういうことだ」
「そのままの意味だ。魂というものは、基本的に輪廻の中にある。例えばお前が死ねば、お前の魂は輪廻を経て再びどこかに生まれ落ちるわけだが、その先が同じ次元とは限らんという話だよ。だがまあ、魂はひとつしかないのだから、基本的に同じ時間軸に同じ魂が二つ存在することはあり得ない。しかし、そこでまた厄介なのが、次元を隔てれば時間軸もずれるという事実だ。それにより、すべての次元を眺められる大局的な視点、まあいわば神の視点なわけだが、そこから見れば全く同じ時に同じ魂が二つ存在する、ということもあり得てしまうのだ」
 王の説明に、既に少年は理解することを諦めそうになっていた。少年には難しくて、内容がよく判らないのだ。しかし、それはどうやらグレイも同じだったようで、彼は眉を寄せて王を睨んだ。
「おい、要点がはっきりしねェ。もっと簡潔に話せ」
「つまりだな、キョウヤは恐らく、どこか別の次元のお前の血縁者の魂が、この世界にリサイクルされたものである可能性が高い。無論、この世界のキョウヤの血縁者の魂がリサイクルされたのがお前だ、という可能性もあるが、どっちにしろ変わらん。順番など、大して意味を持たんからな」
「……ということは、オレとこいつは……?」
「いつかどこかの次元で血縁関係にあっただろう、他人だ」
 結局のところ、他人らしい。
 なんだそのオチは、と思ったグレイだったが、まあこの王が言うからにはそうなのだろう。
 だが、王は少しだけ考えるような顔をしてから、しかし、と口を開いた。
「ことお前に関しては、基本法則が成り立たない可能性がある」
「……オレがエトランジェだからか」
「ああ、お前は元々この次元にとっては異物だからな。基本的に同じ次元に同じ魂が複数存在することはあり得ないが、お前はその法則の外にある。これにより浮上するのが、お前とは別にこの次元のアマガヤグレイがいるという可能性だ。だからと言って何がどうということはないから、特に気にすることもないだろうが。ただまあ、キョウヤが本当にエインストラで、その血縁者としてのアマガヤグレイが存在していた場合、お前とそれを混同した帝国が、間違ってお前を狙うことはあるかもしれんな」
 さらっと飛んでもないこと言った王だったが、その可能性は低いだろうし、グレイはそれについては気にしないことにした。
 一方の少年は、やはり王の説明は難しく、いまいち理解できなかった。判ったことと言えば、グレイと自分が他人だということくらいである。
「あ、あの、そういえば、えいんすとら? って、」
 そういえばそれについても説明して貰えるはずだった、と思った少年が言いかけたとき、扉をノックする音が部屋に響いた。
「どうぞ」
 赤の王が扉に向かってそう言えば、ゆっくりと開いた扉からギルヴィス王が入ってきた。彼一人しかいないところを見ると、どうやら付き人もつけずに来たらしい。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
「いいや」
 赤の王が笑ってそう言えば、ギルヴィスも微笑みを返した。
「それじゃあ、オレは休ませて頂いてもよろしいですか? なにせどこぞの王陛下が無茶を言ったせいで、ろくに眠れていないものでして」
「それはすぐに休んだ方が良いですね。部屋を用意させましょう」
 そう言って使用人を呼ぼうとしたギルヴィスだったが、グレイがそれを制止した。
「お心遣い感謝しますが、そこまでお手を煩わせるわけには。ロンター宰相と同じ部屋で休ませて頂きますので」
「しかし、あの部屋にはベッドがひとつしかありませんよ?」
「空いてる隙間に適当に潜り込むので、大丈夫です」
 どうやら同じベッドで眠るつもりらしいグレイに、少年は少しだけ驚いてしまった。自分だったら、誰かが隣にいるような落ち着かない状況で眠るなんて不可能だ。そもそもあの宰相は体格が良いし、一緒のベッドに入るのは窮屈そうである。
「そうですか。それでは、ロンター宰相がお休みになっている部屋まで案内させましょう」
 少年のやや的外れな心配をよそに、グレイはギルヴィスに命じられてやってきた女官に連れられ、出て行ってしまった。どうやら本当に同じ部屋で休むらしい。
 そこまでの流れをぼうっと眺めていた少年は、部屋に残った面子を改めて認識して、グレイと一緒に出て行けば良かったのではないかと今更ながらに思った。いや、グレイだって多分高貴な人のようだし、一緒にいて居心地が良いわけがないのだが、それでも今の状況よりは幾分か良かっただろう。
 隣に赤の王、正面に金の王。とてもではないが、一般庶民の少年が存在して良い場所ではなかった。
 内心でおろおろしている少年をよそに、至極真面目な表情をしたギルヴィスが、赤の王を見据えて口を開いた。
「ロステアール王、率直にお尋ねします。キョウヤさん、でしたね。彼は何者なのですか?」
 何者もなにも、ただの一般庶民である。
「ふむ。何者か、ときたか。失礼ながら、その質問の意図をお聞かせ願おうか」
「ロステアール王が深く関わり、お守りした方です。ただの一般市民であるわけがない。可能であれば、私にも教えてください。彼がギルガルド国民ならば、私には王として彼を守る義務があります」
「……と、言われてもな。そもそも、キョウヤが連中に狙われるきっかけを作ったのは私なのだ。私のせいで危ない目にあってしまったのだから、それを守るのは当然のことだろう」
「そのお言葉は尤もだと思います。しかし、本当にそれだけですか?」
 ギルヴィスの言葉に、彼をまじまじと見た赤の王は、次いで笑みを深めた。
「いや、やはりギルヴィス王は優秀な王だ。その歳にして人の心の機微を読み取れるとなると、末恐ろしいな」
「え、あ、いや、そのような、……ありがとうございます」
 急に褒められて驚いたのか、ギルヴィスは真剣な表情を崩して照れ笑いのようなものを浮かべた。
「貴殿の言う通り、それだけではない。いや、恥ずかしい話なのだが、私はキョウヤに惚れていてな。愛した子を守るために必死だったのだ」
 この期に及んでまだそんなことを言っているのかこの人、と思った少年だったが、勿論口にはできないので黙っている。しかし、こんな話をギルヴィス王が間に受ける訳がない。ギルヴィス王はまだ幼いが、民からは名君であると尊敬されているお人だ。そんなお方がこんな世迷言で納得するなど。
「なんと! 想い人なのですね! それはおめでとうございます!」
(納得、しちゃった……) 
 呆然とする少年をよそに、ギルヴィスは何故だか知らないがとても嬉しそうだった。
「お二人はもうお付き合いされていらっしゃるのですか?」
「いや、キョウヤは少々恥ずかしがりやでな。心の準備をする時間が必要なようなのだ」
「ああ、確かに、偉大な王の恋人となれば、それは準備も必要というものでしょう。しかし、本当にめでたいことです。心より祝福申し上げます」
「ああ、ありがとう」
 少年をそっちのけでどんどん会話が進んでいるが、少年は少しどころか盛大に待って欲しかった。色々とおかしいというか、最早おかしくないところがない。だが、だからと言って王同士の会話に口を挟む勇気もない。
「キョウヤさんも、おめでとうございます」
「え、あ、えっと、僕は、その、…………はい……」
 ものすごく歯切れが悪い肯定を返し、少年はぎこちなく微笑んだ。笑顔のギルヴィス王の祝福を否定することなど、庶民の少年にはできなかったのだ。
「まあ、私の方の理由はそれだけと言ってしまえばそれだけなのだが、どうやら帝国側にとってはそうではなかったようでな」
「と、言いますと」
「これは正真正銘私も想定外のことだったのだが、どうやら帝国は、キョウヤをエインストラだと思っているらしい」
 その言葉に、ギルヴィス王が目を見開く。
「エインストラ!? それは本当なのですか!?」
「帝国がそう思っているだけだ。……が、今思えば、キョウヤの右目が特徴的なのは、それが理由なのかもしれんな」
 右目、という単語に、少年は目に見えて肩を震わせた。その頭を、赤の王がそっと撫でる。
「心配するな。ここでその目を晒せとは言わん」
「……はい」
 二人のやり取りを見て、ギルヴィスは慎重に言葉を選びつつ口を開いた。
「彼の右目が、エインストラの証拠足り得るのですか?」
「書物にある記述に酷似している、というだけだ。だが、あれは本来次元を越えるときにのみ現れる特徴のはず。この子の場合は、どうやら常にその状態なようだし、そもそもその特徴が出ているのが片目だけだ。まあ、力のコントロールがうまくできない幼体である可能性がないとは言い切れんが……」
 そこで言葉を切った赤の王が、優しい顔をして少年を見た。
「お前は、エインストラではないのだろう?」
「し、知りません、けど……、僕は、ただの人間だと、思います……」
「だそうだ。キョウヤが嘘を言っているとは思えぬし、仮にエインストラだったとしても、少なくとも本人にはその自覚がないのだろう」
 赤の王の言葉に、ギルヴィスはなるほどと頷いた。
「しかし本当にエインストラだったとしたら、それは一大事ですね」
「そうだな」
 二人のやり取りに、少年は内心でとても不安になってしまった。一大事、とは、どういうことだろうか。
 そんな少年の心を読んだように、赤の王は少年に目をやった。
「そういえばお前はそもそもエインストラを知らないのだったな」
「あ、……はい」
「エインストラとは、神の目とも呼ばれる伝説上の生き物だ。幾千幾万もある次元渡り歩いている存在で、神の僕とも呼ばれる。その次元に合わせて姿を変える、不定形のなにか。……聞いたことはないか?」
 赤の王の問いに、少年は首を横に振った。もともとそんなに教養がある方ではないし、そうじゃなかったとしても、この話はあまり一般的なものではない気がする。
「では、次元の存在は知っているか?」
「聞いたことはあります。確か、僕たちがいるこの世界とは全く異なる世界がたくさんあるとか」
「その通りだ。……そうだな、ギルヴィス王、なにかこう、水盆と浮き球のようなものはないか?」
 言われ、ギルヴィスがすぐさま女官に命じてそれらを用意させる。女官から水盆と浮き球を受け取った赤の王は、それを机に置いて、水面にいくつか浮き球を浮かべた。そして、浮き球のひとつを指先でつつく。
「これが私たちの存在する次元だとすると、他の浮き球たちが別の次元にあたる。そして、これらの浮き球全てを含む水盆を管理しているのが、リアンジュナイル大陸の人間が神と認識している存在だ。ああいや、宗教の中に存在する神とは違う。あれらは全て、ヒトの信仰が創り出した概念のようなものだからな。勿論、概念が命を持つことはあり、神話や宗教の上に成り立つ神というのはその集大成のひとつであるが、私が言っている神とはまったく違う。私が今“神”と呼称しているのは、ありとあらゆるものを統括管理している生命体のことだ。それを便宜上、我々は“神”と呼ぶことにしている」
 赤の王の言葉に、ギルヴィスが頷く。
「キョウヤさんも、この大陸の創世の物語は聞いたことがあるでしょう? 天界における最高権力者、太陽神と月神の直属の配下である四大神によってリアンジュナイル大陸が形成された、というあれです。炎の神は赤のグランデルを、水の神は青のミゼルティアを、大地の神は橙のテニタグナータを、風の神は緑のカスィーミレウを、それぞれお作りになられた。それがいわゆる、始まりの四大国です。そしてそこに他の地からやってきた人々が根付くことによって、今のリアンジュナイル大陸ができあがった」
「は、はい。それは、なんとなく聞いたことがあります。でも、あれって神話のお話なのでは……?」
 少年の疑問に、赤の王が少し笑って首を横に振った。
「今となってはそう思っている者も多いが、あれは神話ではなく伝承だ。実際に起こったことなのだよ。神、という表現に関しては、他に良い言葉が見つからず、最も近い意味を持つだろう単語を選んだだけだろうが。まあとにかく、エインストラとは、その神が数多ある次元を監視し管理するために使っている生き物のことを指す。故に、エインストラには己が意思で自在に次元を越える力が与えられているのだ。他にも次元を越えることができる生き物もいるにはいるらしいが、それらには皆、例外なく制約がついている。例えば、隣り合う次元にしか行けなかったり、同じ法則で動いている次元同士しか行き来できなかったり、と言った具合にな。だが、エインストラは違う。この世でエインストラだけが、何の制約もなく全ての次元を自在に行き来できるのだ」
「は、はあ……」
 少年は馬鹿ではなかったが賢いわけでもなかったので、正直に言うと男の言っていることの半分は理解できなかった。
「ふむ、少し難しかっただろうか。ではもう少し簡単に説明しよう。なに、言うほど難しいことではない。つまりは、普通の生き物は基本的にこの浮き球の世界を出られずに一生を終えるところ、エインストラは好き勝手に浮き球から浮き球へと水を泳いで渡ることができる、という話だ」
 言いながら、赤の王が浮き球をつついた指を水に潜らせ、別の浮き球のところまで運んで見せる。
「中には、偶発的に生じた次元の隙間に飲まれて次元を越える者もいるが、それらは皆己の意思で次元を渡ったわけではないからな。その点、エインストラは自由に好きな次元を選んで飛ぶことができる」
「そして、神の目であるエインストラの瞳は、普通では見えないものを見ることができるとも言われています。一体その瞳に何が映るのかは判りませんが、一説によると、全ての生き物の魂の色や形が見えるとか」
「そ、そうなんですか……。エインストラって、とてもすごいんですね……」
 あまり賢くない返答をしてしまったが、実際それくらいしか返しようがないのだから、仕方がない。
「そうなのだ、エインストラはあらゆる意味で規格外の生き物。こと次元能力に関しては、右に出るものなどそれこそ神しか存在せん。だからこそ、帝国はエインストラが欲しいのだ。連中は十年以上前から、次元魔導にやたらとこだわっていたからな。エインストラの能力を使い、どこか別次元から強大な魔物でも召喚して使役するつもりなのだろうよ」
「はあ、なるほど……」
 気の抜けた返事をした少年だったが、ギルヴィス王の方は深刻そうな表情を浮かべていた。
「キョウヤさんが本当にエインストラかどうかは置いておくにしても、現状帝国側にそう思われてしまっている以上、今後も貴方が狙われる可能性は高いです」
「そ、そうなんですか……」
 いきなりそんなことを言われても全く実感が湧いて来ず、少年は困惑してしまった。それをどう受け取ったのかは判らないが、ギルヴィスは優しそうな笑みを浮かべて少年を見た。
「心配することはありません。貴方は我が国の民です。ギルガルド国王の名に懸けて、必ず守ってみせます」
「幸い私も隣国に住んでいる身だ。お前に何かあったときは、グレンに乗ってすぐに飛んでこよう」
 王様がそんなに簡単に国を空けて良いのだろうか。そう思った少年だったが、やはりそれを指摘することなどできないので、曖昧な微笑みを浮かべて礼の言葉を述べておく。
 相変わらず話の全てについていけたわけではないが、それでも判ったことはある。
(まず、帝国が僕をエインストラという希少生物だと勘違いしていること。そのせいで今後僕は帝国に狙われるかもしれないこと。そして、ロステアール国王陛下はとてもきれいな人で、……僕のことが好きなのかもしれない、ということ)
 最後のひとつに関しては未だに半信半疑だが、少なくとも少年が見る限り、赤の王が嘘をついているようには思えなかった。
(でも、もしそうだったとしたら、僕みたいな汚い子供のどこか良いんだろう……)
 そっと窺うように赤の王に視線をやれば、ぱちりと目が合った。慌てて目を背けようとした少年だったが、その前に王が金の目を細めてふわりと微笑んでしまったので、少年の思考と表情はとろんと蕩けてしまうのだった。
 
 
 
 今回の一件と今後の対策について、ひと通りの説明をした後、結局少年は自宅へ帰すことになった。赤の王としてはもう少し共にいたいところだったが、慣れない王宮に気疲れを起こしているようだったため、ギルヴィスが気を回して帰宅させたのだ。勿論、抜かりないギルヴィスは、自宅に就くまでの間の護衛をつけたし、少年の私生活の邪魔をしないようこっそりとではあるが、周辺に警備を敷くよう指示も出してある。
「しかし、本当に一大事ですね」
 二人きりになった部屋で、ギルヴィスが赤の王を見上げる。
「大事も大事だぞ。キョウヤの手前ああ言ったが、キョウヤがエインストラでないとは限らん。仮に本当にエインストラだった場合、帝国の手に渡れば脅威となる。それだけは阻止せねば」
「帝国は、次元魔導を使って何を喚び出す気なのでしょうか……」
「さてな。何にせよ、ろくなことにならんことだけは確かだ。……帝国側がそこまで間抜けだとは思いたくないが、万が一ドラゴンでも召喚しようものなら、この世界が丸ごと滅びかねんぞ」
 赤の王の呟きに、ギルヴィスは目を丸くした。
「そんなにも、ドラゴンとは強大な生き物なのですか? いえ、しかし、そもそもドラゴンの召喚はもう成功しています。だからこそあの黒い竜が襲ってきたのでしょう? そしてロステアール王は、そのドラゴンを圧倒したではありませんか」
 相手の発言の矛盾を正そうとしたギルヴィスだったが、赤の王はゆっくりと首を横に振った。
「それは違う。何故なら、あれはドラゴンではないからな」
「ドラゴンでは、ない……?」
「ああ。あれはドラゴンではなく、ドラゴンと呼称されているトカゲだ、とでも言えばいいのか。私もドラゴンについて詳しいわけではないのだが、あれが違うことくらいは判る。というよりも、恐らく、ありとあらゆる世界においてそう呼称されているもののほとんどはドラゴンではないのだろう。……貴殿はドラゴンがどんな生き物か知っているか?」
 問われ、ギルヴィスは少し考えた後に口を開いた。
「私たちのいる次元には存在しない生き物です。固い鱗で覆われた肌と皮膜のある翼を持ち、人と会話が成り立つほどの知性を持つ有力種です」
「ふむ。それは恐らく、世間一般的には正しい知識だ。或いは、ほとんどの次元でそういう認識なのやもしれぬ。しかし、貴殿のその知識は間違っているな」
「間違っている、ですか。では、正しいドラゴンとは何なのですか?」
 ギルヴィスの当然の疑問に、赤の王は苦笑した。
「正しいドラゴン、と言われると私も困ってしまうが、……そうだな。会えば自然と判るのだ」
「会えば判る、のですか……?」
「ああ、判るとも。一目見ただけで判る。ギルヴィス王、貴殿はドラゴンを有力種と言ったが、それは違う。本当の竜種とはすなわち最強種。ありとあらゆる次元に生きる存在の中で最も強く、気高く、賢い。それがドラゴンなのだ。故に、人間がいくら束になろうとも、ドラゴンに敵うことはない。それどころか、傷のひとつすら付けられないだろう。そしてそれは何も人間のみに限ったことではない。恐らくは、全次元に生きるほとんどすべての生き物が、ドラゴンの足元にも及ばない存在なのだ。エルフの王ならば或いはその高みに届くこともあるのやもしれんが、それでも竜種の地位は揺らがない」
 ふ、と息を吐き出した赤の王が、ギルヴィスを見つめる。
「ドラゴンに勝てる生き物がいるとすれば、それはもう、我々が神と呼称している存在しかない。尤も、私がそう思い込んでいるだけかもしれんが」
 静かな声に、ギルヴィスはただ黙って赤の王を見つめ返した。
「……ロステアール王は、ドラゴンに会ったことがおありなのですね」
 確信を持ったその発言に、赤の王はふっと微笑んだ。
「たまたま次元の歪に遭遇したときに、一度だけ。まあ、好き好んで経験するようなものではないぞ。あれは一種の臨死体験に近い。目が合った瞬間、私は本当に死んだと思った」
「武勇に優れたロステアール王をも、そう思わせるのですか……」
「それなりに武に明るいからこそ、だろうか。なまじ力量差が判ってしまうからこそ、その絶望的なまでの格差に恐怖するのだ。それから、私だろうと誰だろうと、ドラゴンにとっては人間という時点でおしなべて同じだ。全て同じ、道端の石ころにも及ばぬ存在だよ。だからこそ、あの黒竜がドラゴンではないと言い切れるのだ。あれには私の攻撃が通用するからな。そんなものはドラゴンとは呼べない」
 赤の王の言葉に嘘はない。そのことはギルヴィスも良く判っていた。だからこそ、自分が思っていたよりも帝国の脅威が大きいことに、驚きを隠せないでいた。
「……それでは、仮にキョウヤさんがエインストラで、帝国の手に渡ってしまい、ドラゴンを召喚されてしまったら、この世界は帝国に滅ぼされてしまうということでしょうか」
 ギルヴィスの問いに、しかし赤の王は首を横に振った。
「それは違う。まず、帝国の目的は恐らく五年前と変わらず、リアンジュナイルの中心にある神の塔を得ることだ。よって、彼らに世界を滅ぼす意思はない。そんなことをすれば、神の塔もどうなるか判らんからな。そしてこれはそもそもの話になるが、帝国にドラゴンを使役することなどできんよ。本当にドラゴンを召喚できたとしたら、そのヒトの領分を遥かに越えた行いに彼らは怒るだろう。いや、もしかすると怒りはしないのかもしれん。道端に石ころがある分には気にならんが、それが転がって足にぶつかったら邪魔だと蹴り跳ばす。それと同じ感覚なのかもしれん。だがどちらにせよ、邪魔だと認識された時点で終わりだ。この世界はドラゴンに滅ぼされる」
 そこで、赤の王は深々とため息を吐いた。
「まあ、仮にもドラゴンを召喚しようと思ったのならば、それこそ集められるだけの文献を集めてかかるだろう。その中には私が今話したような正しい知識も含まれているはずだ。よもやその上でなおドラゴンをどうこうしたいなどとは考えないと思いたいが、……さて、どうだろうな。少なくとも帝国の次元魔導は著しい発展を見せている。もう彼らにドラゴンの召喚などできるはずがないと言い切れはしないだろう。エインストラの力が加わったとすれば、なおさらのことだ」
「……なるほど。私が思っていたよりも遥かに大事だということがよく判りました。これはもう、我ら二国間でどうこうできる問題ではありません」
「その通りだ。よって、貴殿には私の名の元に、円卓会議の開催を要請して頂きたい」
 円卓会議。それは、円卓の連合国である十二国が一堂に会し、リアンジュナイルの全国家に関する事柄を相談する場である。
「私も急ぎ本国へ戻るが、グレンの足でもそれなりに時間がかかってしまう。故に、私に代わって先んじて開催の要請をするようお願いする。この年末の忙しい時期に臨時会議を開かせる以上、早めに連絡するに越したことはないだろう。緊急につき、各国“門”を使って貰うことになってしまうが、これも合わせてご容赦あれと伝えておいて欲しいのだ。頼めるだろうか?」
 赤の王の言に、ギルヴィスは敬意を込めて浅く一礼した。
「ロステアール王の要請、このギルヴィスがしかと全国家にお伝えしましょう。……ロンター宰相への伝達もお任せください。お目覚めになったらすぐに事の次第をご説明しましょう。そんなことをすれば彼の場合、起き抜けにすぐさま帰国してしまいそうで少し気の毒ですけれど」
「あれはあれで私に尽くすのを楽しんでいるのだ。気にすることはない」
 そう言ってのけた赤の王に、ギルヴィスは赤の国の宰相の心中を思って苦笑した。
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