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最終章 伝説の最果てで蝶が舞う
帝都へ
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帝都征伐部隊の全構成員への詳細な采配が終わり、王を含む全員がこのあと待つ戦闘のための休息を取っている最中。順調に空を進んでいたはずの輸送装置に、突如として異変が起きた。
その異変に誰よりも早く気づいたのは、装置を操作している金の王だった。何の前触れもなく、舵が利かなくなったのだ。
まず最初におかしくなったのは、左右の方向を定める舵だ。といっても、すでにおおよその進路は定めてあり、細かな微調整に使っているだけの舵であったため、それだけでは致命的な問題にはならない。だが、その不調に触れた金の王の判断は早かった。
周りに注意を促すよりも早く、素早い指の動きで装置の高度を一気に下げ、同時に速度を限界まで引き上げる。急激な変化に装置が大きく揺れ、兵や騎獣たちが驚いた声を上げたが、金の王はそれをも無視して装置の操作に専念した。
「おーいおい! ちょっと待てギルヴィス王! 突然どうしたんだ!?」
たまたま近くにいた黄の王が慌ててそう声を掛けると、金の王は装置から目を離さないまま叫んだ。
「左右の舵が利かなくなりました! 恐らく、この装置はこのまま段階的に瓦解します! それまでに、可能な限り飛行距離を稼ぎます!」
その叫びに、他の王たちが騎獣による飛行準備をするよう一斉に声を上げた。それを確認してから、黄の王が金の王へと言葉を続ける。
「左右の舵が利かなくなったってのは、それが判りやすく、かつ一番支障のない部品だからだな? 最悪突然崩壊するんじゃないかって思ってたくらいだから、そこまで配慮して貰えたのはありがてーや。問題は、その部品が消えたのか分解されたのか、だけど、……さすがにそこまでは判らねーんだよな?」
「はい、申し訳ないのですが、そこまでは判りません。ですので、装置自体が消滅するのが先か、繋ぎが解けて分解するのが先かも判断がつかないです」
「いや、異変を察知できただけで上出来だ。あとは、……現在地と予想される持続飛行距離から、予定の場所にどれだけ近づけるか判るか?」
その問いに金の王は暫し沈黙したあと、口を開いた。
「現在、装置の限界ぎりぎりの速度で飛行しています。これにより他の部分に不調をきたさないかどうかが不安要素ではありますが、……この速度で行けば、恐らく、予定の場所よりも少しだけ帝都より離れた位置での崩壊、に留められるのではないかと。……地図で言うならば、帝都よりやや北に離れた、このあたりでしょうか。ただ、高度だけは予定よりもかなり低い位置になってしまいます」
その答えに、黄の王が頷く。
「環境的に、あんまりにも高い場所だと生命維持に割く魔力が馬鹿にならねーからな。ナイスな判断だと思うぜ。……よっしゃ! じゃあお前はその方向で集中しろ。装置がぶっ壊れたときのことに関しては考えなくていいぞ。その辺の白の国の連中にでも、お前を拾ってやってくれって頼んどくから」
ギリギリまで装置の操作に従事しなければならない身では、騎獣に乗る準備もできないだろうという、黄の王なりの配慮である。それに礼を述べつつ、金の王は徐々に機能を停止していく装置の制御に心血を注いだ。
その間に、各王の指導の下に征伐部隊の準備が整えられていく。先ほど黄の王も言っていたが、装置の崩壊までの時間がある程度確保できたのは、非常に喜ばしいことだった。元よりいつ外に投げ出されても良いように、最低限の準備は整えていたが、到達地の予想がある程度立てられたのは大きい。
予想される到達地点からの動きを細かく指示した黄の王は、次いで緑の王に声をかけた。
「パウリーネ殿、現在地がこの辺なんですけど、仮に今から風霊に頼んで敵さんの戦力を調べてもらうとしたら、結構な魔力消費になっちゃいます? それとも時間がかかる?」
「規模によりますわね。帝国兵がいると予想される、帝都とその周囲全域、となると、それなりの数の風霊を動員する必要があります。当然、その分必要な魔力の量も増えますわ。それに、風の速度にも限界がありますから、どうしても時間がかかってしまうでしょう。……例えば今すぐ風霊に指示を出したとしても、この装置の崩壊に間に合うかどうかは定かではありませんわ」
「あーなるほど。やっぱそうですよね。あまりに距離がありすぎて、範囲が広すぎますもんね。……パウリ―ネ殿でそれってことは、他の誰かに頼むわけにもいかないっすしねぇ……」
うーん、と唸った黄の王は、次いで少し離れた場所にいる薄紅の王に声を掛けた。
「ランファ殿ー!」
「あらん、妾を呼びつけるなんて、図々しいわねぇ。まあ良いわ。何の用?」
「いやぁすいません。あの、不躾で恐縮なんですけど、今のランファ殿って、どれくらいの規模の幻惑魔法まで使えます?」
「まあ、本当に不躾だこと。……そうねぇ、ヴェールゴール王と組んで戦うことを考えて、その余力を残すとなると……、……まあ、一万人くらいまでなら、どうとでもできると思うわ。それ以上は、相手の精神力にもよるかしらぁ」
薄紅の王の答えに、黄の王が思わず苦笑する。
「いやぁ、ランファ殿の今のコンディションを考えると、一万人分どうにかできるだけで十分すごいっすよ」
「引っ掛かる物言いをするお口ねぇ」
薄紅の王の綺麗な指先に頬を引っ張られ、黄の王が緩み切っただらしのない顔で、痛いですぅと笑う。それを冷えた目で見つつ、緑の王は黄の王へと言葉を発した。
「それで、戦力調査の件はどうするんですの?」
「あー、はい。えっと、やっぱパウリ―ネ殿と風霊ちゃんに任せるのは結構な負担になりそうなんで、俺が率いる征伐部隊が相対する分は、ぎりまで近づいたとこで俺の魔法で把握します。俺んとこの担当区域の戦闘要員数の把握程度なら、そこまで魔力消費することもないですし、俺の魔法の特性上、発動から把握までのタイムラグもあんまないですし。まあその代わり、四大国の王様たちには各自勝手に頑張ってくれってことになっちゃうんですけど……」
そう言った黄の王の背中に、棘のある声が放たれた。
「己のことを己で処理するのは当然のことでしょう。貴方のような軽薄な男に心配をされるなど、甚だ不愉快です。他人の心配をする余裕があるなら、ご自分の人としての在り方を今一度見直してはいかがですか」
嫌味の限りが尽くされた声の持ち主は、青の王である。
「あっはははー。そうっすねー俺からの心配なんかいらねーっすよねー。でも俺も男の心配する気はないんでー。俺が心配してるのはパウリーネ殿だけなんでー」
「それはそれで失礼ですわ。わたくしも四大国の王を務める身。心配には及びません」
「仰る通りですぅ! すみませんでしたぁ!」
やはり顔を緩ませて謝罪した黄の王に、軍全体を見回って戻ってきた赤の王と橙の王が呆れた顔をする。同じく治療部隊への最終確認を終えてやって来た白の王は、相変わらずの光景にただ微笑みを浮かべただけだった。黒の王は未だに姿を見せないが、彼が行方をくらますのはいつものことなので、誰も気にしない。一応必要なときにはきちんと仕事をする王なので、そのあたりの心配はしていないのだ。
可能な限り平常時と変わらぬやり取りを続け、ここまでは順調であることが伝わる雰囲気を作ろうと努めていた王たちだったが、最後に王から激励の言葉でも述べておいた方が良いのではないか、と橙の王が提案したところで、装置が大きく揺れた。その異変に、各王が間髪入れずに飛行の号令を叫んだ瞬間、装置の壁に無数の線が走り、そこからパキパキとひび割れるようにして崩れていく。
結界魔法の繋ぎが解け、崩壊が始まったのだ。
自身の騎獣に飛び乗った黄の王が、すかさず金の王に向かって叫ぶ。
「ギルヴィス王! 位置は!」
「っ、概ね予想通りです! 打ち合わせ通り、各部隊は想定した行路で配置につけば問題ないかと!」
「よっしゃ! じゃあ後は俺らに任せとけ!」
装置が崩れ落ちていく中、兵たちが次々に空へと滑り出していく。白の国の兵によって騎獣に乗せられた金の王は、崩れ行く装置を振り返って、その様子に安堵して息を吐いた。
仕方がないこととは言え、最終的に予定を遥かに下回る高度で飛行してしまったため、崩れ落ちた破片から自分たちの位置が悟られてしまうのではないかと危惧していたのだが、装置の破片はすべて、ある程度落下したところで砂塵となって風に散っていった。
紫の王と萌木の王が連絡を取り合って成し得た連携なのか、元々崩壊の時点でそうなるように設定されていたのかは判らないが、少なくとも金の王が思いつく程度のリスクは把握した上で、それをカバーできるような手筈が整っていたようである。
こうして、帝都征伐部隊はついに帝都へと降り立ったのだった。
その異変に誰よりも早く気づいたのは、装置を操作している金の王だった。何の前触れもなく、舵が利かなくなったのだ。
まず最初におかしくなったのは、左右の方向を定める舵だ。といっても、すでにおおよその進路は定めてあり、細かな微調整に使っているだけの舵であったため、それだけでは致命的な問題にはならない。だが、その不調に触れた金の王の判断は早かった。
周りに注意を促すよりも早く、素早い指の動きで装置の高度を一気に下げ、同時に速度を限界まで引き上げる。急激な変化に装置が大きく揺れ、兵や騎獣たちが驚いた声を上げたが、金の王はそれをも無視して装置の操作に専念した。
「おーいおい! ちょっと待てギルヴィス王! 突然どうしたんだ!?」
たまたま近くにいた黄の王が慌ててそう声を掛けると、金の王は装置から目を離さないまま叫んだ。
「左右の舵が利かなくなりました! 恐らく、この装置はこのまま段階的に瓦解します! それまでに、可能な限り飛行距離を稼ぎます!」
その叫びに、他の王たちが騎獣による飛行準備をするよう一斉に声を上げた。それを確認してから、黄の王が金の王へと言葉を続ける。
「左右の舵が利かなくなったってのは、それが判りやすく、かつ一番支障のない部品だからだな? 最悪突然崩壊するんじゃないかって思ってたくらいだから、そこまで配慮して貰えたのはありがてーや。問題は、その部品が消えたのか分解されたのか、だけど、……さすがにそこまでは判らねーんだよな?」
「はい、申し訳ないのですが、そこまでは判りません。ですので、装置自体が消滅するのが先か、繋ぎが解けて分解するのが先かも判断がつかないです」
「いや、異変を察知できただけで上出来だ。あとは、……現在地と予想される持続飛行距離から、予定の場所にどれだけ近づけるか判るか?」
その問いに金の王は暫し沈黙したあと、口を開いた。
「現在、装置の限界ぎりぎりの速度で飛行しています。これにより他の部分に不調をきたさないかどうかが不安要素ではありますが、……この速度で行けば、恐らく、予定の場所よりも少しだけ帝都より離れた位置での崩壊、に留められるのではないかと。……地図で言うならば、帝都よりやや北に離れた、このあたりでしょうか。ただ、高度だけは予定よりもかなり低い位置になってしまいます」
その答えに、黄の王が頷く。
「環境的に、あんまりにも高い場所だと生命維持に割く魔力が馬鹿にならねーからな。ナイスな判断だと思うぜ。……よっしゃ! じゃあお前はその方向で集中しろ。装置がぶっ壊れたときのことに関しては考えなくていいぞ。その辺の白の国の連中にでも、お前を拾ってやってくれって頼んどくから」
ギリギリまで装置の操作に従事しなければならない身では、騎獣に乗る準備もできないだろうという、黄の王なりの配慮である。それに礼を述べつつ、金の王は徐々に機能を停止していく装置の制御に心血を注いだ。
その間に、各王の指導の下に征伐部隊の準備が整えられていく。先ほど黄の王も言っていたが、装置の崩壊までの時間がある程度確保できたのは、非常に喜ばしいことだった。元よりいつ外に投げ出されても良いように、最低限の準備は整えていたが、到達地の予想がある程度立てられたのは大きい。
予想される到達地点からの動きを細かく指示した黄の王は、次いで緑の王に声をかけた。
「パウリーネ殿、現在地がこの辺なんですけど、仮に今から風霊に頼んで敵さんの戦力を調べてもらうとしたら、結構な魔力消費になっちゃいます? それとも時間がかかる?」
「規模によりますわね。帝国兵がいると予想される、帝都とその周囲全域、となると、それなりの数の風霊を動員する必要があります。当然、その分必要な魔力の量も増えますわ。それに、風の速度にも限界がありますから、どうしても時間がかかってしまうでしょう。……例えば今すぐ風霊に指示を出したとしても、この装置の崩壊に間に合うかどうかは定かではありませんわ」
「あーなるほど。やっぱそうですよね。あまりに距離がありすぎて、範囲が広すぎますもんね。……パウリ―ネ殿でそれってことは、他の誰かに頼むわけにもいかないっすしねぇ……」
うーん、と唸った黄の王は、次いで少し離れた場所にいる薄紅の王に声を掛けた。
「ランファ殿ー!」
「あらん、妾を呼びつけるなんて、図々しいわねぇ。まあ良いわ。何の用?」
「いやぁすいません。あの、不躾で恐縮なんですけど、今のランファ殿って、どれくらいの規模の幻惑魔法まで使えます?」
「まあ、本当に不躾だこと。……そうねぇ、ヴェールゴール王と組んで戦うことを考えて、その余力を残すとなると……、……まあ、一万人くらいまでなら、どうとでもできると思うわ。それ以上は、相手の精神力にもよるかしらぁ」
薄紅の王の答えに、黄の王が思わず苦笑する。
「いやぁ、ランファ殿の今のコンディションを考えると、一万人分どうにかできるだけで十分すごいっすよ」
「引っ掛かる物言いをするお口ねぇ」
薄紅の王の綺麗な指先に頬を引っ張られ、黄の王が緩み切っただらしのない顔で、痛いですぅと笑う。それを冷えた目で見つつ、緑の王は黄の王へと言葉を発した。
「それで、戦力調査の件はどうするんですの?」
「あー、はい。えっと、やっぱパウリ―ネ殿と風霊ちゃんに任せるのは結構な負担になりそうなんで、俺が率いる征伐部隊が相対する分は、ぎりまで近づいたとこで俺の魔法で把握します。俺んとこの担当区域の戦闘要員数の把握程度なら、そこまで魔力消費することもないですし、俺の魔法の特性上、発動から把握までのタイムラグもあんまないですし。まあその代わり、四大国の王様たちには各自勝手に頑張ってくれってことになっちゃうんですけど……」
そう言った黄の王の背中に、棘のある声が放たれた。
「己のことを己で処理するのは当然のことでしょう。貴方のような軽薄な男に心配をされるなど、甚だ不愉快です。他人の心配をする余裕があるなら、ご自分の人としての在り方を今一度見直してはいかがですか」
嫌味の限りが尽くされた声の持ち主は、青の王である。
「あっはははー。そうっすねー俺からの心配なんかいらねーっすよねー。でも俺も男の心配する気はないんでー。俺が心配してるのはパウリーネ殿だけなんでー」
「それはそれで失礼ですわ。わたくしも四大国の王を務める身。心配には及びません」
「仰る通りですぅ! すみませんでしたぁ!」
やはり顔を緩ませて謝罪した黄の王に、軍全体を見回って戻ってきた赤の王と橙の王が呆れた顔をする。同じく治療部隊への最終確認を終えてやって来た白の王は、相変わらずの光景にただ微笑みを浮かべただけだった。黒の王は未だに姿を見せないが、彼が行方をくらますのはいつものことなので、誰も気にしない。一応必要なときにはきちんと仕事をする王なので、そのあたりの心配はしていないのだ。
可能な限り平常時と変わらぬやり取りを続け、ここまでは順調であることが伝わる雰囲気を作ろうと努めていた王たちだったが、最後に王から激励の言葉でも述べておいた方が良いのではないか、と橙の王が提案したところで、装置が大きく揺れた。その異変に、各王が間髪入れずに飛行の号令を叫んだ瞬間、装置の壁に無数の線が走り、そこからパキパキとひび割れるようにして崩れていく。
結界魔法の繋ぎが解け、崩壊が始まったのだ。
自身の騎獣に飛び乗った黄の王が、すかさず金の王に向かって叫ぶ。
「ギルヴィス王! 位置は!」
「っ、概ね予想通りです! 打ち合わせ通り、各部隊は想定した行路で配置につけば問題ないかと!」
「よっしゃ! じゃあ後は俺らに任せとけ!」
装置が崩れ落ちていく中、兵たちが次々に空へと滑り出していく。白の国の兵によって騎獣に乗せられた金の王は、崩れ行く装置を振り返って、その様子に安堵して息を吐いた。
仕方がないこととは言え、最終的に予定を遥かに下回る高度で飛行してしまったため、崩れ落ちた破片から自分たちの位置が悟られてしまうのではないかと危惧していたのだが、装置の破片はすべて、ある程度落下したところで砂塵となって風に散っていった。
紫の王と萌木の王が連絡を取り合って成し得た連携なのか、元々崩壊の時点でそうなるように設定されていたのかは判らないが、少なくとも金の王が思いつく程度のリスクは把握した上で、それをカバーできるような手筈が整っていたようである。
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