【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜

倉橋 玲

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最終章 伝説の最果てで蝶が舞う

帝都征伐部隊 3

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「妾の幻惑魔法で補助したからどうなる、という相手でもないわねぇ。同じ補助魔法なら、まだ紫の方がマシかしら? でも、紫から派遣されている部隊の中に、王の補佐ができるほどの腕の持ち主がいるとは思えないわ。かといって、フローライン王を補助に回すというのも……」
 言いながら視線を向けられた白の王は、ゆっくりと首を横に振った。
「私は飽くまでも救護部隊の一員です。可能な限り皆の身を癒すことが私の役目ですから、重症を負う可能性が最も低い王に割く余力はありません。それに、私ができるのは治癒だけです。私の回復魔法がなければ相手取ることもできないほどの敵となれば、ジリ貧になるのは目に見えています」
 静かな声に、薄紅の王が小さく息を吐く。だがそこで、今度は赤の王が口を開いた。
「なら、いっそのこと四大国の王が手を組めば良いんじゃねぇのか? 俺は水に弱いが、代わりに風には強い。逆に、テニタグナータ王は風に弱いが水に強い。同じことが、ミゼルティア王とカスィーミレウ王にも言えるだろう? それなら、赤と橙、青と緑がそれぞれ組めば、互いの弱点を補える」
 赤の王の言葉に、しかし緑の王が異を唱える。
「仰っていることは判りますわ。けれど、王が二人ずつ手を組んでしまっては、多角的な強襲はほとんどできません。予定していた五点攻撃ですら敵を翻弄するには些か弱いというのに、それを三点にまで減らすのは賛成致しかねますわ」
「儂も同意見だ。戦地が減れば減るほど、その分敵が中央に集中しやすくなる。それを黄の小僧一人に背負わせるのは、あまりにも無謀だ」
 二人の王の意見は正しく、赤の王自身も気付いていた欠点だ。
 だが、やはりこの案は使い物にはならないか、と赤の王が他の策を考え始めたところで、青の王が声を上げた。
「いえ、グランデル王の策は有効であり、同時にこれ以上のものはありません」
「そりゃあ判っているが、だからといって戦地を減らす訳にもいかんと言っているだろうが」
 顔を顰めた橙の王に、青の王が首を横に振る。
「誰も、戦地を減らせとは言っていません。戦地はそのままに、それぞれ手を組みましょう」
「……どういうことですの?」
「私とカスィーミレウ王、そしてグランデル王とテニタグナータ王が、それぞれ隣り合った戦地を選べば良いのです。そも、本当に敵が神に相当する戦力を保持しているかも判らないのですから、それを前提とした布陣にする必要はありません。用心した末の策が無駄に終わったとなれば、それこそ失策でしかありませんからね。ただし、もしも帝国が神を持ち出してきた場合に備え、弱点を補完できる者同士の戦地は隣にしておきます。敵が強大でいかに相性が悪くとも、四大国の王であれば、耐え抜いて隣の王に助けを求めるくらいはできるでしょう?」
 その提案に、橙の王が難しい顔をする。
「言わんとしていることは判るが、それでは結局戦地が統合されて三つになるだけではないのか?」
「まあ、最終的にはそうなってしまうでしょうね。けれど、最初から三つに絞るよりは遥かにマシです。一つの戦地にこちらの主力級が二人集まることにはなりますが、その分敵の主力級も二つまとまる訳ですから」
 青の王の言葉に、緑の王がそっと目を伏せる。
「……最善の策、と言うよりは、どう足掻いてもこれ以上の策がない、という感じですわね。…………良いでしょう。わたくしはその案、乗りましたわ」
「俺も賛成だ」
 賛同した緑の王と赤の王に、驚いた顔を浮かべた橙の王だったが、他の王はどうなのかと視線を巡らせた先で、黄の王も薄紅の王も白の王も異論を唱えないのを見て取り、盛大にため息を吐いた。
「……なんだろうな。お前さんらが無茶ばかりしよるのは、若さ故なのか?」
 そう言って、渋々ながらも青の王の策を飲み込んだ橙の王の肩を、黄の王が叩く。
「いやぁ、どんまい! しっかし、ライオテッド王ってがさつで豪快な割に、意外と堅実なんだよなぁ。もっとはっちゃけた方が楽なんじゃね?」
「儂だって昔は後先考えんかったが、今の王にそういう輩が多すぎるせいで、近年は使いたくもない頭を使わされとるんだ」
「しょーがねーなー。だってこの中じゃあ一番の年長者はあんただもん」
 軽く笑った黄の王を睨みつけてから、橙の王は帝国の地図へと視線を移した。
「こうなった以上、ひとまず南は選択肢から外れるな。あの規模の崖となると、自由かつ迅速に身動きができるのは儂とカスィーミレウ王だけだ。合流には不向きだろう」
「同感ですわ。となると、北西と南西、北東と南東、という組み合わせしかありませんわね。これなら、東にある城下町の門に戦火が及ぶまで、少しは時間がかかりそうですし。尤も、必要となれば帝国民に構わず、門を含む一帯を破壊することにはなるでしょうけれど」
 そう言った緑の王に、それならばと青の王が声を上げた。
「私とカスィーミレウ王はできれば東を担当させて頂きたい。帝都の壁の外ではありますが、東の壁のすぐ傍には大河が流れています。最も大河に近くなる南東に私を置いて頂ければ、水霊魔法による魔力の消費を抑えることができます」
 確かに、城下町の壁のすぐ東には、南から流れ込む大河がある。
「……なるほど、逆に俺の火霊魔法は、西の方が都合が良い。壁の西は、一帯がでけぇ森だからな。よく燃えそうだ」
 壁の外側がどの程度戦地になるのかは判らないが、できるだけ己の得意魔法と相性の良い戦地を選ぶこと自体は、間違いではないだろう。だが、
「……この程度のこと、帝国側も容易に想定できると思いますわ。なら、私とミゼルティア王の配置は逆にした方が良いのでは?」
 緑の王の指摘は、当然のものだった。敵が想定できる配置である以上、それこそ南東に地属性の強敵が用意されている可能性が高いと言っているのだ。
 しかし、彼女の指摘に、青の王は首を横に振った。
「その指摘は正しいでしょう。しかし、確実性があるものでもありません。ならば、個々の力を最大限に発揮できる環境を優先させた方が良い。その結果勝てない相手にぶつかったとしても、環境が味方をしてくれる場ならば凌ぐこともできるでしょう。しかし、環境的に相性の良くない場所で、更に相性の悪い敵とぶつかった場合、その場を凌ぐこと自体が難しくなってしまいます」
「……そうですわね。確かに、ミゼルティア王の仰る通りですわ。なら、わたくしが北東、ミゼルティア王が南東を担当することにしましょう。そうなると、……南西をテニタグナータ王、北西をグランデル王に任せるのが無難でしょうか。帝都に近い大河は、帝都の南側を西から東へと流れつつ折れ曲がり、帝都の東側で南から北への流れに変わります。グランデル王は、川に近い南側からは遠ざけるべきですわ」
 緑の王の言葉に、赤の王も頷く。
「ああ、そうして貰えると有難い。水源の近くで水属性とやり合うのは、ちょっと骨が折れるからな。テニタグナータ王の方は南西で大丈夫か?」
「問題ない。水場での戦闘になったとしても、儂なら水属性とは相性が良いからな。あとは、敵がこっちの弱点をつく属性だった場合にどう動くかを決めておくべきか?」
 そう言った橙の王に、黄の王が手を挙げた。
「質問なんですけど、極限魔法の効果範囲は街ひとつって話じゃないですか。でも、それは飽くまでも俺らの国における街の話っすよね? 帝国って領土がやたらでかい分、街ひとつの規模もかなりでかいじゃないっすか。例えば城下町までを含む帝都で考えると、実際極限魔法で吹っ飛ばせるのってどれくらいの範囲になるんです?」
 その問いに、緑の王が地図に指を滑らせた。
「帝都は帝国の中でも一際巨大な街ですわ。……例えば、リィンスタット王にお任せする城下町の真北の壁を後端とした場合、そのまま南に向かって、貴族街にやや食い込む程度の位置までの直線を描きます。この直線を直径とした円が、極限魔法の概ねの効果範囲と見積もって良いでしょう」
「……意外と狭いっすね?」
 黄の王の素直な感想に、緑の王が息を吐く。
「それだけ帝都は巨大なのですわ。だからこそ、わたくしたちも貴方がたを気にせずに極限魔法が放てます。うまく敵を誘導しつつ戦えば、極限魔法で敵を一掃しつつ、壁を破壊することもできるでしょう。そうすれば、より混乱を招くことができますわ」
「まあそうっすね。……帝国が壁の外にぎっしり軍隊配備してるのは予想がつくんですけど、やっぱ北が一番護り硬いと思います?」
 その問いに、真っ先に頷きを返したのは薄紅の王だった。
「当然、そう予想するべきだわぁ。リアンジュナイル大陸から攻め込むなら、北から行くのが一番だもの。だからこそ、北には四大国以外の王を集中させるのでしょう?」
「や、そうなんですけどぉ。だったらそれこそ極限魔法でそいつら一掃してくれれば、俺の仕事が楽になるのになぁってぇ」
「我が儘を言うんじゃあないわ」
 薄紅の王の扇子が、黄の王の鼻をぺしりと叩く。叩かれた黄の王は、へらへらと笑ったあと、四大国の王を見た。
「まあ今のは冗談として、極限魔法の効果範囲がそれくらいなら、寧ろやりやすいっすわ。俺らは徹底的にそっちの魔法の効果範囲内には入らないように注意するんで、そっちは倒せない敵が相手だった場合、可能な限り大暴れしながら真東と真西で合流してください。できれば壁の外よりは中の方で暴れて貰った方が良いんですが、それは壁の強度次第ですかね。強敵と戦う可能性が高い以上、壁を壊すためだけにわざわざ高威力の魔法を使うのは、ちょっと勿体ないっすから」
 黄の王の言葉に、赤の王が顔を顰める。
「……可能な限り俺らに敵を押し付けようって魂胆だな?」
 要は、暴れ回ることで注目と敵を集めさせた上で、まとめて極限魔法で薙ぎ払って貰おう、ということだ。
「強敵が出たら、どうせ極限魔法を出すはめになるんだし、だったらついでは多い方が良いだろー?」
「合流場所として真東と真西を指定したのは、単純にそこがわたくしたちにとっての中間地点であることに加え、その方がそちらとの距離を互いに測りやすいからですわね?」
 そう言った緑の王に、黄の王が頷く。
「さっすがパウリーネ殿! その通りでぇす! さっきも言った通り、俺らは北のこの範囲からは絶対に出ないようにするんで、そっちも魔法の影響がこっちに来ないように、距離の調整をお願いします」
「ううむ、あれもこれもと忙しいなぁ。儂はもっと単純な戦が楽しめるもんだと思っとったんだが……」
「なーに言ってんだよ。あんたもたまには頭使わねぇと、脳みそまで筋肉になっちまうぞ?」
 軽口を叩いた黄の王に、橙の王が盛大に顔を顰める。
「さっきも言ったが、お前さんら若い王のせいで、近頃は使いたくもない脳を使わされとるわい!」
 そう言った橙の王だったが、黄の王は一切気にした様子もなく、再びへらへらと笑っただけだった。
「まあでも、これで妾たちの動きは決まったわねぇ。あとは、軍を細分する作業かしら? それについては、人員を派遣している各国に任せるわぁ。代わりに妾は、口を挟まずに黙々と操縦に徹していたギルヴィス王をねぎらおうかしらねぇ」
 そう言った薄紅の王が、金の王の柔らかな頬をするりと撫でる。どことなく妖艶な手つきのそれに、思わずびくりと肩を震わせてしまった金の王は、やや頬を紅潮させて薄紅の王を見た。
「シェ、シェンジェアン王! お戯れはお止めください!」
「あらん、この程度で心を乱されるなんて、まだまだお子様なのねぇ」
「も、もう! お戯れが過ぎますと、私だって怒りますからね!」
 そう言いつつも、輸送装置を操縦する手には乱れがない。
 そのことに感心しつつ、いつの間にかまた姿を消している黒の王を除く残りの王たちは、軍部の詳細な構成を決めるための話し合いを始めるのだった。
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