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最終章 伝説の最果てで蝶が舞う

戮力一心 2

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 宰相の名を呼んだ彼は、同時に困惑した。あれは王専用の門だ。いくら国の重要人物でも、王でない宰相に潜れるはずがない。
 疑惑と困惑の目を向けてきた金の王を見たレクシリアは、その視線を統括役たる銀の王へと移して口を開いた。
「グランデル王国新王のレクシリア・グラ・ロンターだ。緊急事態につき、着任の挨拶はこれで済まさせて欲しい」
 赤の王の言葉に王たちが僅かに騒めいたのは、一瞬だった。すぐさま静寂を取り戻した円卓を代表して、銀の王が口を開く。
「何故お主が王になった。誰の判断だ」
「前王が使い物にならなくなったから、俺個人の判断で俺が王になった。王獣の承認は得て、契約も済ませてある。誰がなんと言おうと、間違いなく俺がグランデル王だ」
 きっぱりとそう言った赤の王に、銀の王が目を細めた。
「……あれは、そこまでするほどの男だと?」
 その問いに僅かに驚いたような顔をした赤の王は、しかし銀の王を見つめ、迷いのない声で言う。
「俺の王は、一人だけだ」
「……ふん。理解できぬな」
 別にあんたに理解して貰いたいとは思わねぇよ、と言った赤の王が、自身に用意された席につく。そして彼は、隣に座る薄紅の王の方へ顔を向けた。
「さっきの話だが、ヴェールゴール王の件については俺に策がある。シェンジェアン王にも助力を願うことになるが、手伝って貰えるか?」
「あらん。妾、美しいもののお願いは基本的に断らなくてよ」
「ありがとう。それなら、」
「ちょっと待ってくれるかな」
 赤の王の言葉を遮るように、萌木の王が声を上げた。柔和な笑顔とは裏腹の、鋭さのある声だ。向けられたそれに赤の王が萌木の王の方を見れば、彼はにこりと微笑んだ。
「君、玉座についたのはいつだい?」
「ついさっきだな。王獣と契約してすぐにここに来たから」
 赤の王の返答に、萌木の王が首を傾げて見せる。
「ついさっき王になった男の策が、果たしてどれほど通用するものなのか、僕には測りかねるな。宰相としての君が優秀なことは知っているけれど、王としての君は知らないから」
「王になったのがさっきだろうと百年前だろうと、あんたらが何も思いつかない中で俺だけが策を思いついたのは事実だ。疑り深いのは結構だが、そうやって何もかも否定から入るのは悪手じゃねぇのか?」
 挑発に挑発で返してきた赤の王に、萌木の王が思わずと言った風に笑い声を漏らした。
「おやおや、随分口が悪くなったものだね。ロンター宰相と言えば、努めて柔らかな喋り方をする人物だったと記憶しているのだけど」
 そう言った萌木の王に、赤の王がふんと鼻を鳴らす。
「今は王だからな。対等であるあんたらに敬語を使う必要性は感じない」
 そう言った赤の王を見て、彼の隣で一連のやり取りを見ていた薄紅の王が、満足げに微笑む。
「丁寧な口調のロンター宰相も良かったけれど、今のグランデル王も良いわねぇ。やっぱり、顔が良ければ大抵のことは許されるのだわ」
「いや、あの、今はそういう話はしてねぇというか……」
 思わず突っ込んでしまった赤の王を見つめつつ、薄紅の王はことりと首を傾げた。
「まあそれはそれとして、貴方の策とやらを聞こうかしら?」
 そう言った彼女がちらりと萌木の王を見やれば、彼は苦笑して肩を竦めてみせた。別に赤の王の話を聞く気がなかった訳ではないから、どうぞ話を進めてくれ、ということだろう。
 相変わらず性格が悪いわねぇ、と胸の内で呟いた薄紅の王が、再び視線を赤の王へと戻す。
「どんな策だと言うの?」
「……その前にひとつ確認したいんだが、貴女の魔法の精度は、認知度に影響されたりはしないのか?」
「あらん。よく知っているわねぇ。勿論大いに影響されるわよ。といっても、実際に魔法自体の精度が落ちる訳ではないわ。ただ、秘密を知っている人間が多ければ多いほど、どこからかその秘密が漏れる可能性が高くなる、という単純な話よ。先代のグランデル王に幻惑魔法をかけたときもそうだったけれど、幻惑魔法のネタは広くに知らしめるべきではないの」
 返ってきた答えに、赤の王はそうかと頷いた。
「なら、ここで今話す訳にはいかない。この会議が終わり次第、貴女と個人的に話すということでどうだ?」
 赤の王の言葉に、主に北方国の王が顔を顰める。だが、異論を唱えようとした彼らが口を開く前に、黒の王が声を上げた。
「え、もしかしてそれ、俺も教えて貰えないの? 一応当事者なのに?」
「ああ、いや、ヴェールゴール王はヴェールゴール王で、別途個人的に話をできたらと思っている」
「なんで? 他の王がいらないのは判るけど、俺と薄紅の王は一緒で良くない?」
 黒の王の当然の疑問に、しかし赤の王は首を横に振った。
「いや、駄目だ。当然ながら、シェンジェアン王に頼むこととヴェールゴール王に頼むことは別だからな。両者の行動が完全に一致しない以上、それぞれの行動を知る人間はできる限り減らしたい」
 そう言った赤の王を強く睨んだ青の王が、剣呑な表情を隠すこともなく口を開く。
「グランデル王、それはつまり、貴方以外はその策の全貌を知ることがないということですね?」
「ああ、そうなるな」
「それで我々が納得するとでも? 失礼ながら、貴方は王としては新米だ。一万歩譲って先代のグランデル王の言うことならばまだ考慮の余地があったかもしれませんが、貴方にその価値があるとは思えない」
 青の王のこれ以上ない嫌味交じりの指摘に、しかし赤の王は何故か少し笑顔になった。
「なんだ。ミゼルティア王はやたらとロストを目の敵にしてると思ってたけど、案外あいつのこと好きなんだな」
 あまりにも素っ頓狂なその発言に、一瞬場が静まり返る。
「だ、」
 暫しの沈黙のあと、一度俯いたミゼルティア王の口から言葉が漏れた。次いでガバっと顔を上げた彼は、鬼の形相をして叫んだ。
「誰があの男を好きなものですか!!」
「いやでも、俺よりロストの方が信用できるんだろ?」
「飽くまでも王としての資質や能力は少なからず認めているという話です! それがどうしたら好きだなどという方向になるんですか!」
「なんだ、やっぱ認めてるんじゃねぇか。あれだけ認めてねぇみてぇな素振りばっかだったくせに」
 赤の王の笑い交じりの発言に、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい青の王が、水霊の名を叫ぶ。呼びかけに応えて間髪入れずに生じた水球が赤の王に向かったが、それは赤の王の火霊魔法によって相殺された。
 二人の王のやり取りを唖然としながら見ていた黄の王は、数度瞬きをしたあと、隣に座っている橙の王にそっと耳打ちをする。
「ロステアール王は呆れるほどに青の王の地雷をぶち抜いていく奴だなぁって思ってたけど、あの人も大概だな」
「いや、あれはどう見てもわざとだろう。あの男はああ見えて短気で粗暴だからなぁ。元々、ロステアール王に対する青の小僧の態度は腹に据えかねておったようだし、上下関係がなくなった今、ここぞとばかりに喧嘩を売っとるわい」
「いやぁ勿論それもあるだろうけど、あのロステアール王のことが好きだの好きじゃねーのに関しては素と見たね。ロステアール王のことになると頭がおかしくなるって、秘書官のグレイから聞いたことあるし」
 二人がこっそりとそんな会話をしている間も、赤と青の舌戦は激しく繰り広げられている。だが、あまりにも本題から離れすぎたと判断した緑の王が、二人の口を風で塞いだ。同時に、紫の王の結界魔法が赤の王と青の王それぞれを取り囲む。
「お二人とも、いい加減になさってください。今はそのような喧嘩をしている場合ではありませんわ」
「これ以上騒ぐなら、一生そこに閉じ込める」
 女王二人から厳しい叱責を受け、青の王は不満が残る表情をしながらも頷き、赤の王は謝罪するように軽く頭を下げた。それを受け、二人にかけられていた風霊魔法と結界魔法が解除される。
 ふぅと一息吐き出した赤の王は、次いで北方国の王を見渡した。
「新参の俺の策任せにすることに不安があるのは判る。俺だって、あんたらの立場だったら俺を疑っている。だが、俺は俺が考えている策以上のものはないと思っている。事実、他の王もヴェールゴール王の件については解決策が浮かばないんだろう?」
 赤の王の言葉を受け、銀の王は彼を見た。
「お主の策とやらの成功率はいかほどだ」
「正直に言えば、うまくいく保証はない。先王を通じてウロに関する話は聞いているが、ウロがどこまでヴェールゴール王への対策を講じてくるかは判らねぇからな。だから、俺の策は万全を期したものじゃない。確実に成功するものでもない。ただ、現状俺たちができるだろう中では最もマシな案だ、って認識して貰うのが一番だと思う。そんでもって、その不確かな策は周知すべきではなく、全貌は俺一人に留めておくべきだというのが俺の考えだ」
「……ふむ」
 思案する銀の王に、赤の王がなおも言葉を重ねる。
「俺が信用できないのは判ってる。どうしても無理なら、俺の策をここで全員に話して、その上で判断して貰っても良い。だが、それをすれば、ただでさえうまくいくかどうか判らないこの案の成功率がより低下する、ってことだけは理解して欲しい」
 赤の王の言葉に、しかし銀の王は何も言わない。他の王も決めあぐねているのか、銀の王の言葉を待っているのか、声を上げる者はいなかった。
 そんな沈黙の中、一瞬だけ逡巡した赤の王は、しかし真っ直ぐに銀の王を見た。
「ロステアール・クレウ・グランダは、自分が不在のときはいつだって、俺に全権を担わせた」
 そう言った瞬間、赤の王が震えるほど強く拳を握ったのを、金の王は見た。机の下に隠れていて、他の王にはきっと見えなかっただろう。だが、隣席にいる背が低い彼にだけは、それが見えてしまった。
 じっと赤の王を見つめていた銀の王が、小さく息を吐き出して目を閉じる。
「……いだろう」
 静かに紡がれた言葉に、青の王が驚いた顔をする。
「エルキディタータリエンデ王!?」
 信じられないものを見るような目を向けて来た青の王を、銀の王が見返す。
「新王の策を信用した訳ではない。本人も成功するかどうか判らないと言っておるのだ。信用できる筈もない。だが、他に何か案が出せる訳でもないのもまた事実。事態は一刻を争うのだ。ここで時間を浪費する訳にはいかぬ。ならば、新王の賭けに乗るしかなかろう」
「し、しかし、」
「何より」
 銀の王の強い声が、青の王の言葉を遮った。そして老齢の王は、玉座を得たばかりの王を見る。
「己の信念を曲げてまで王を貫くその覚悟だけは、信ずるに値する」
 金の王の視線の先で、赤の王が拳に込める力が一際強くなった。だが、一瞬でそれを解いた赤の王が、銀の王に向かって浅く一礼する。
「感謝する」
「感謝される覚えはない。私は円卓のために判断を下したまで。……だが、是非の確証が持てぬのも事実だ。異論がある者がおるならば、申してみよ」
 銀の王はそう言ったが、否定の意見を出す者は誰もいなかった。
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