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第3.5章 小話3

円卓懇親会 中編

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「こんばんは」
 ギルヴィスが次に声を掛けたのは、緑の国の王と、その隣国である萌木の国の王だった。
「おや、ギルガルド王、こんばんは」
「こんばんは、ギルガルド王。どうなさいましたか?」
「はい、お二人に改めてご挨拶をと思いまして。若輩の身ではございますが、よろしくお願い致します。それと、よろしければこちらをお召し上がり下さい。西方の島から輸入したマリムというお菓子なのですが……」
 先ほどと同じように二人の前に座り、紙袋から菓子を取り出して差し出す。緑の王は直接箱を受け取ってくれたが、萌木の王は手を出さず、代わりに傍に控えていた供回りの男が受け取った。
 綺麗に飾られた菓子箱を眺めた緑の王が、こくりと頷く。
「頂きますわ。ありがとうございます」
「はい。お口に合えば良いのですが」
 一方の萌木の王は、供回りが持つ菓子箱をしげしげと見てからギルヴィスに視線を投げた。
「ギルガルド王からの差し入れか。毒など盛られてはいないかな?」
「みっ、ミレニクター王!?」
 とんでもない発言に、ギルヴィスはぎょっと目を瞠った。
 だが、萌木の王は柔らかな笑顔を崩すことなく、変わらぬ様子でギルヴィスを見下ろしている。
 そんな萌木の王に混乱しつつも、ギルヴィスはふるふると首を横に振った。
「そのようなこと、しておりません!」
「そうかい? そうだと良いんだけどね」
 そう言った萌木の王が、右の掌を上に向けて小さく呪文を唱える。すると、掌の上に土を巻き込んだ小さな水の渦が生まれた。水に踊る土の粒が集まって見る見るうちに形を成していき、最終的にそこには、一羽の小鳥のようなものが現れた。陶器のようなそれは、本物の小鳥のように首を廻らせ、大人しく萌木の王の手の上に収まっている。具現魔法だ。
 思わずギルヴィスがそれを注視していると、供回りの男が菓子箱からマリムを一つ取り出し、個包装を破って小鳥の前に差し出した。
「これは毒見用の人形なんだ。ほら、毒の有無なんて、毒見をすれば判る話だから」
 その言葉に、ギルヴィスが小鳥から視線を上げる。その先にあった萌木の王の柔和な笑みに嵌る瞳は、その柔らかさに反して、推し量るような冷たさを宿していた。
 ギルヴィスはきっと眦を吊り上げた。発言の意図は判らないが、看過できるものではない。
 声を荒げそうになる自分を努めて律し、一呼吸置く。
「私に何か疑わしい部分があったのならば、勘違いさせてしまったことは謝罪致します。しかし、誓って私は何もしておりません。第一に、」
「第一に?」
 自分より高い位置にある緑色の瞳を見つめ返し、ギルヴィスは胸を張った。
「本当に貴方を害すつもりならば、自身に疑いが向くような杜撰な真似は致しません。これでも王を務める身。その程度の思考力はあると自負しておりますし、それくらいならば皆さまにもお認め頂いていると思っております。それでも疑うのであれば、貴方の魔法ではなく、今すぐにでも私が毒見を致しましょう」
 きっぱりとそこまで言い切って萌木の王の返答を待っていると、ふぅと小さな溜め息が聞こえた。
 そちらに目を向ければ、緑の王が僅かに眉をひそめて萌木の王を見ている。
「いつもより、少々趣味の悪い冗談ですわ、ミレニクター王」
 静かな口調ながらも、少し呆れたような咎めるような色を含んだ声だった。それを受けた萌木の王は、あはは、と軽い調子で笑って彼女を見た。
「そうかな?」
「ええ。毒見をされるのは一向に構いませんが、わたくしも同じものを受け取っているのですよ? これから口にしようと思っているものの毒を疑われるのは、あまり気分の良いものではありませんわ」
「ああ、それもそうだね。失礼した」
 笑ってそう言った萌木の王と、もう一度小さく溜め息を吐いた緑の王を見て、ギルヴィスはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 呆然とするギルヴィスに、萌木の王の視線が再び向けられる。
「というわけで、冗談だから、そう深く気にしないでくれるかい?」
「…………驚きました」
 思わず緑の王のように零しそうになった溜め息を、ギルヴィスは寸前で呑みこんだ。なんと性質の悪い冗談だろうか。
 僅かに肩を落としているギルヴィスを哀れに思ったのかどうか、緑の王が少しだけ優しい声で言う。
「ミレニクター王はそもそも、どんなときも、どんなものにも毒見を行う方ですわ。それこそこの会場においても、すべてのものが、ミレニクター王の口に入る前に毒見を通ることになります。あなたの贈呈品だから、という訳ではないので、あまり気になさらない方が良いでしょう」
「……そうなのですか?」
「そうだとも。僕は昔からずっとそうだよ」
 それはつまり、冗談と言いつつ信用している訳でもない、ということではないだろうか。
 ギルヴィスはそう思ったが、深く突っ込んで良いのか判別がつかなかったため、大人しく口をつぐんだ。萌木の王は思っていた以上にとてもお茶目な方であるらしい、と少しオブラートに包んだ認識に改めつつ、ギルヴィスは二人にぺこりと頭を下げる。なんだか少し疲れたような気がした。
「それでは私はこのあたりで。失礼致します」
「うん、それじゃあね」
「……ミゼルティア王の元へはもう行きましたか?」
 にこりと挨拶を返してきた萌木の王とは違い、緑の王は唐突に問いを投げかけてきた。不思議に思いつつ、素直に首を横に振る。
「いえ、これからです」
「そうですか。でしたら、次は彼の元へ向かうのが良いと思いますわ。……早くしないと、目的を果たせなくなってしまうかもしれませんもの」
「えっと……? は、はい、判りました」
 理由はいまいち判らないが、青の王の元へは早く向かった方が良いらしい。
 謎の忠告に内心首を傾げつつも、それならばとギルヴィスは次の行き先を決めた。
「それでは、ご機嫌よう」
「はい、失礼致します、カスィーミレウ王、ミレニクター王」
 もう一度頭を下げ、ギルヴィスは立ち上がると、二人の元を離れていった。
 そんな小さな後姿を眺めつつ、萌木の王がぽつりと零す。
「いやしかし、良かったよ。彼があそこで、『私がそのようなことをするように思えますか』とか言い出さなくて。ろくに知りもしない彼にそんなことを言われても、どう反応を返せばいいか判らなくなってしまうから」
 頼りないしまだまだ不出来だけど、彼も一応王様のようだ。
 感情の読めない目でそう言った萌木の王をちらりと見て、ふぅ、と緑の王が目を伏せる。
「ミレニクター王、あなたの意見にはわたくしも同感ですが……腹底の黒が漏れ出ていらっしゃいますわよ」
「おやおや、これは失敬」
 にこりと笑いながら、作り出した小鳥にマリムを一口ずつ啄ばませている腹黒に、緑の王は僅かに呆れたような目を向け、同じようにマリムを口にした。
 当然、毒など入っていなかった。



 ギルヴィスが緑の王から言われたとおりに青の王の元へ赴くと、青の王は薄紅の王と酒を飲み交わしている最中だった。
 飲み交わしている、というか、美男美女を侍らせた薄紅の王が青の王の顔を酒の肴にしている、と言った方が正しいかもしれない。美しさこそ至上と言って憚らない彼女は、青の王の容姿を大層気に入っているのである。
 青の王も相手が王だからか、投げかけられる言葉に一応の応答はしているが、なんとなく面倒臭そうにしているのが見て取れた。というか、かなりの塩対応だ。しかし薄紅の王は全く気にせずに話を続けているので、仕方がなく付き合っているのだろう。なんだか先ほど似たような光景を見た気がするな、とギルヴィスは思った。
 そんな状況なので少し口を挟みにくかったが、意を決してギルヴィスが二人に声をかければ、両者の反応はかなり両極端だった。
「あらぁ! ギルガルド王!」
「……ギルディスティアフォンガルド王ですか。何か?」
 片やよく来た大歓迎だと言わんばかりの笑顔で、片やこの上お前まで何の用だと言わんばかりの仏頂面。
 一瞬怯んだギルヴィスだったが、すぐに気持ちを切り替えて、失礼しますとその場に座った。
「こんばんは、ミゼルティア王、シェンジェアン王。私はただいま挨拶回りをさせて頂いておりまして、お二人にもご挨拶をと」
「そう、その可愛らしいお顔を妾に見せに来たのね? 結構な心がけだわ」
「え、ええと……そういうことに、なるのでしょう、か?」
「そういうことなら、ほら、もっとこちらにお寄りなさい。膝を貸してあげるから、その美しい顔をもっとよく妾に見せるのよ?」
「ええと、いえ、あの……」
 ぐいぐいと薄紅の王に迫られ、ギルヴィスは思わず青の王の方を見た。青の王は我関せずといった様子でグラスを口にしていたが、ギルヴィスの視線に気づいたのか、顔を上げる。
 空色の瞳と赤い瞳が交差し――何事もなかったかのように、空色はふいと明後日の方向に向けられた。
 関わりたくないという横顔に、ギルヴィスは慌てて薄紅の王との距離を広げると、菓子箱を取り出して青の王に声を掛けた。
「あっ、あの、ミゼルティア王!」
「…………なんでしょうか」
「あの、こちらはマリムという西方の島のお菓子です。よろしければお召し上がり下さい」
 ずいっと差し出せば、青の王の目がすっと細まって菓子を見つめた。相変わらず顔に、関わりたくない、というか、折角薄紅の王の矛先がそっちに向いたのだからそのまま引き付けてどこぞに行ってくれ、と書いてある彼は、受け取る素振りもなくただひたすら菓子を見つめ続ける。どきどきとギルヴィスの心臓が音を立てて鳴り響く。
 やがて、小さな溜め息と共に、青の王はギルヴィスの手から菓子を受け取った。
「どうも、ありがとうございます」
「はい、こちらこそありがとうございます! これからもどうぞよろしくお願い致します!」
 安堵に頬を緩め、ギルヴィスは頭を下げた。円卓内で二番目に渡しにくいと思っていた相手は、これで無事完了である。
 にこにこ笑うギルヴィスの背中を、とんとんと何かが叩いた。
 振り返ってみれば、どうやら薄紅の王が扇子でギルヴィスをつついたらしかった。目の覚めるような美貌が、子供のようにこてりと首を傾げる。
「ギルガルド王、妾の分は?」
「勿論、用意しておりますよ。どうぞお受け取り下さい」
 そう言って菓子箱を渡せば、早速中身を見た薄紅の王が、ややつまらなそうな顔をする。
「あらぁ、随分素朴な見た目ねぇ。美しい妾には不釣合いだわ」
「あはは……。ですが、味は確かなものだと思いますので」
「そう? じゃあ期待しておこうかしら」
「ありがとうございます。今後とも、よろしくお願い致します」
「勿論よぉ。ギルガルド王は、妾の目に耐え得る顔をしているもの」
 麗しい笑みでそう言われ、ギルヴィスは少し苦笑した。流石と言うべきか、どこまで行ってもブレない女性である。
 しかし、とギルヴィスはそこで不思議に思った。緑の王の忠告は、結局なんだったのだろうか。あの言い方は、早くしないと青の王に挨拶することができない、と言っているようだったが、青の王は特に中座するような様子もなく、静かに食事と飲み物に口をつけているだけである。
 別に急がなくても良かったのでは、と、ギルヴィスがそう思った時だった。
「ミゼルティア王!」
 遠慮と言う言葉を知らないような大声が、急にその場に割り込んできた。
 ミゼルティア王の背後から、がっしりと肩を組み、大きな酒瓶を見せる大男がひとり。豪放磊落を形にしたような男、橙の王である。
「まぁ~た辛気臭い顔で酒を飲んどるなぁ! もっと美味そうに飲まねば、酒の味が悪くなってしまうぞ!」
 ばっしんばっしんと青の王の肩を叩きそう言う橙の王は、既にそこそこ酒が進んでいるのか、いつにも増して陽気に見えた。途端、青の王の眉間に深いシワが刻まれ、地を這うような声が橙の王を呼ぶ。
「やめてください、テニタグナータ王。貴方のその無駄なまでに大柄な身体は、非常に、邪魔です」
「そうつれないことを言うな! ほれほれ、儂の酒に付き合え! 我がテニタグナータ秘蔵の宝石ライムと水晶氷の五十年物だぞ! 飲み比べといこうではないか!」
 青の王の冷え切った空気もなんのその。豪快に笑った橙の王は、青の王の前にでんっと巨大な酒瓶を置いた。ギルヴィスは酒精について詳しくないが、橙の王の口ぶりから察するに、相当上等なものであるようだ。だからと言って、青の王の眉間のシワが軽減されることはないのだが。
「邪魔です、と言っているのが聞こえないのですか? 第一、私が、何故、貴方と、飲み比べなどしなくてはならないのです」
「いいだろう、折角の親睦会だ。辛気臭く不味そうに酒を飲んでるお前さんに付き合ってやろうじゃあないか!」
「不必要です、押し付けがましい」
「まあまあ!」
 大きな声で笑う橙の王は、びっくりするくらい話を聞くつもりがない。明らかに不機嫌になった青の王を見て、どうにかしようと、ギルヴィスはおずおず口を挟んだ。
「……あの、テニタグナータ王」
「ん? おお、ギルガルド王! おったのか! 小さくって気づかんかったぞ! なんだ、お前さんも飲みたいのか?」
「あ、いえ、私はまだ飲めませんので……、そうではなくて、その、挨拶回りを、していまして、テニタグナータ王にも、こちらを」
「んん? 菓子か? どうせなら酒の肴の方がいいが、まぁそれはここに揃っているからな」
「あの、これからもよろしくお願い致します」
「わはははは! お前さんも早く酒を飲むようになって、儂に付き合えよ!」
「はっ、はい」
 大きな手にばしばしと背中を叩かれると、多分かなり加減をされている筈なのに少し痛い。
 何はともあれ、これで橙の王の意識を逸らすことができただろうか、とギルヴィスは思ったのだが、
「よし、それじゃあ飲むぞ、ミゼルティア王!」
 どうにも、効果はないようだった。
 青の王の機嫌がどんどん悪化しているのが、傍から見ていてよく判る。仏頂面も大概だが、纏うオーラが冷え冷えと厳しくなっていっているのだ。正直、見ているだけで少し怖い。
 そこで、美しいもの好きの薄紅の王ならば助けてくれるのではと思い、はっとギルヴィスはそちらに視線を向けた。しかしそこに先ほどまでいた美女の姿はなく、いつの間にか彼女は離れた場所で黄の王に絡まれているところだった。面倒事から逃げたのだ。野蛮なことを好まない彼女らしいといえばらしいが。
(シェ、シェンジェアン王……!)
 この空気の中置いていかれ、ギルヴィスは動揺した。別に自分も薄紅の王のようにそっと場を離れれば良いだけではあるのだが、青の王の発するオーラの重苦しさに、上手く立ち上がれないでいるのだ。
 どうしよう。きょろきょろとギルヴィスの赤い目が周囲を見回す。どうすればこの場をなんとかすることができるのだろうか。
 と、その時、
「そこまでにされては如何か、テニタグナータ王」
 落ち着いた赤の王の声が、橙の王を諌めた。
 ギルヴィスが反射的に振り返れば、赤の王はいつものように微笑んでそこに立っていた。
(ロステアール王……!)
 ギルヴィスの顔がぱぁっと明るくなる。救世主の登場だ。赤の王は最良にして至高の王、ギルヴィスではどうすればいいのか判らないこの状況も、彼ならばなんとかしてくれるに違いない。これで事態は解決したも同然である。
 そうやって信者特有の色眼鏡で赤の王を見つめていたため、ギルヴィスは赤の王の声と同時に青の王の纏う空気が一気に冷たさを増したことに気がつかなかった。
「テニタグナータ王、あまり無理強いをするものではないぞ」
「おお、グランデル王か」
 橙の王の隣に座った赤の王が、橙の王を見て苦笑して見せた。
「さしものミゼルティア王も、貴殿のような稀に見る酒豪との飲み比べとなると、厳しいものがあるだろう。彼は貴殿ほど酒精に強くないのだ」
「そう言うならお前さんが代わりに付き合うか? ミゼルティア王と違ってお前さんはイケる口だから――」
 ガンッ!
 と、唐突に響いた大きな音に、ギルヴィスはびくりと肩を跳ねさせた。
 ばくばくと跳ねる心臓を押さえながら、音の発生源に目を向ける。
(ひっ……!)
 するとそこには、どす黒いオーラを纏う青の王がいた。どうやら先程の音は、彼が手にしていたグラスをテーブルに叩き付けた音のようだ。俯く彼の表情は長い髪によって窺えないものの、どんな顔をしているのかはなんとなく想像がつくし、見たいとも思えない。
 坂を転げ落ちるどころか、崖からまっさかさまに落下したらしい青の王の機嫌は、神の塔の根元の奈落が如く深みにあるらしい。
「……誰が、弱いと?」
 俯いたまま、地を這うどころか地にめり込んだような声で、青の王が言う。それを聞いただけで身震いしたギルヴィスは、青の王の豹変に混乱していた。青の王が赤の王のことを毛嫌いしていることはギルヴィスとて承知しているが、こうも恐ろしい様子の青の王は初めて見るのだ。円卓会議で赤の王と喋った時だって、嫌そうではあってもこんなに不機嫌ではない。
 それに対し、赤の王は困ったような顔をしつつも、ごくごくいつもの調子だ。
「ミゼルティア王、別に貴殿が酒に弱いと言っているわけではない。ただ、私であればいざ知らず、貴殿がテニタグナータ王の相手をするのは些か無理があると……」
 そこで再度ギルヴィスは身を竦ませた。顔を上げ、赤の王を睨みつけた青の王は、それこそ視線だけで人を殺せそうな様子だったのだ。
 先ほどテーブルに叩き付けたグラスをずいっと差し向け、殺気だった目が、今度は橙の王を睨む。
「その勝負、受けましょう」
「おお! そうこなくては!」
 青の王の言葉に橙の王は嬉しそうに酒瓶を引き寄せ、五十年ものだというそれを差し向けられたグラスにどぷどぷと遠慮なく注いでいく。それを青の王がいつになく乱暴な調子でぐいっと煽れば、橙の王の機嫌の良い大笑いが辺りに響いた。
「ミゼルティア王、」
 見るに見かねたらしい赤の王がそう声を掛けたが、青の王は据わった目で彼を睨んだ。
「貴方もグラスを持つといい、グランデル王。逃げるなど認めません」
「いや、別に私は逃げも隠れもしないが……」
「ミゼルティア王もこう言っとるんだ! 飲め飲めぇ!」
 困った顔をした赤の王の腕を橙の王が引き、彼の手に酒の入ったグラスを押し付ける。受け取った赤の王はグラスを見つめた後、未だ凶悪な顔で睨み付けてくる青の王をちらりと窺って、一息に中身を飲み干してみせた。
 それに負けじと青の王が追加の酒を要求し、相変わらず遠慮のない量が橙の王の手によって注がれては、ぐいぐいと飲み干されていく。赤の王はやや困ったような様子だったが、橙の王はひたすらに愉快そうに、ガンガン酒を飲みつつ、ガンガン他人のグラスに注いでいった。
(ふぁ……)
 目の前で繰り広げられる勢いに半ば呆然としていたギルヴィスは、ふと周囲を窺ってみた。そうすると、何だまたか、と言ったような、呆れた目が複数、飲み比べ三人衆に向けられていることに気づく。
 流石のギルヴィスも、ここまでくれば緑の王の言葉の意味が理解できた。
 つまり、この事態はそう珍しいことではないのだ。そして多分、一度こうなってしまうと、青の王は他事に意識を割いてくれないのだろう。だから、挨拶をするのならその前に行って来い、という話だったのだ。
 対抗するように杯を重ねていく様子を見るに、恐らく、赤の王と青の王を比べた発言が、かの王の逆鱗に触れたのだろう。
「……あの、それでは、私は失礼致します……」
 殆ど囁きに近い声でそう言って、そろそろとギルヴィスは後退した。巻き込まれたら親睦会が終わるまで解放されないような気がしたのだ。
 そうして半ば逃げるようにして、ギルヴィスは場所を移動したのだった。
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