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令嬢とザクスハウル国の異変 4

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「そう。そうなると、会議中を狙ったところで結局は分断されてしまうことになるわね。……なら、賢人たちがバラバラに行動しているところを狙う方がまだ現実的だわ」
 そう言ったアルマニアが、ノイゼをじっと見た。
「賢人が規格外なことは知っているけれど、彼らにはそれぞれの得意分野があるのでしょう? それなら、その得意分野以外の部分でなんとか勝負することはできない?」
「……と、言いますと?」
「賢人それぞれが苦手としている属性の魔法を得意とする魔法師がいれば、戦略次第で善戦できる可能性がある、という話よ。ようは、賢人全員を同時にどうにかしなければいけないのがネックなのだわ。けれど、だからといって一人一人をおびき寄せてどうこうすることが無理なのも理解している。何せ賢人は国の要なのだもの。一人に何かあれば残りの全員が即座にそれを察知できるような手筈くらい、完璧に整っているでしょう。だから、ほぼ同時に戦闘に入ることは避けられないだろうけれど、それなら勝負が決する瞬間をずらせればいいのよ」
 アルマニアはそう言って、ちらりとヴィレクセストを見てから、再びノイゼへと視線を戻した。
「まず、貴方が確実に勝てそうな現見の賢人と昔歳の賢人のどちらか、もしくは両方を、ヴィレクセストの空間魔法で貴方がいる場所へと飛ばす。そこで貴方には、死ぬ気で勝利を収めて貰うわ。そして、恐らくこの異変をはすぐさま察知され、残りの賢人が動き出すでしょう。残りは五人だから、二人と三人で行動することになるかしら。今はまだその組み合わせまで予測できないけれど、このうち空間魔法の使い手である界従の賢人を含む方を、ヴィレクセストに任せる。……できれば三人組の方に界従の賢人が含まれてくれれば良いのだけれど、そんな希望を言ったところで無意味ね。だから、ここではヴィレクセストが戦うのは二人組の方だとしましょう。そうすると、残るのは三人の賢人。……ヴィレクセストが初めの二人を倒してこの三人の元へ向かうまで、三人の賢人を抑え込めれば私たちの勝ちだわ」
 至極真面目な顔でそう言ったアルマニアに、背後のヴィレクセストが盛大に噴き出した。
「ぶっ、ははははは! 随分と無茶苦茶を言うな公爵令嬢! その三人を抑え込むってところが難しいんだろうに」
「うるさいわね。そんなことは判っているわ。けれど、実現できればこれが一番確実なの。勿論無理なら無理で別の手段を模索してみるつもりだけれど、……ノイゼ、どうかしら?」
 真っ直ぐに見つめてくる彼女に、ノイゼは視線を落としてたっぷりと沈黙してから、顔を上げて静かに口を開いた。
「……今のレジスタンスのメンバーでは、どう足掻いても無理でしょう。彼らは貴層と高層に住む優秀な魔法師たちですが、それでも魔法師団を抑えるのが関の山、というよりは、そもそもが対魔法師団要員として募った人員なのですから、それこそが彼らの役目であり限界なのです。……もしも時間稼ぎのために彼らを敵わぬ相手にぶつける、という案を提案されるつもりなのでしたら、それは私が許しません」
 睨むようにしてアルマニアを見て言われたそれに、彼女はぱちりと瞬きをしてから、柔らかく微笑んだ。
「勿論よ。それをしたところで大した時間を稼げるとも思えないし、必要でない犠牲は払うべきではないわ。……それで、本当にそれだけなのかしら?」
「…………ひとつだけ、心当たりはあります。ですが、冒す危険に見合った成果が得られるかどうかは……」
 言葉を濁したノイゼに、アルマニアが静かな笑みを湛えたままで頷きを返す。
「それを判断するのは私よ。だから、貴方が僅かでも可能性があると考えるのならば話して」
 言われ、ノイゼが一度目を閉じて息を吐いたあとで、アルマニアを見て口を開いた。
「貴層の最深部に、中央地下監獄ガルシャフレという場所があります。そこに捕らえられているある人物ならば、アルマニア嬢の仰る時間稼ぎとやらをすることができるかもしれません」
「中央地下監獄って……」
 思わず呟いたアルマニアの声を拾ったヴィレクセストが、顎に指を添えて目を細める。
「窓ひとつない地下に広がる、ザクスハウル国一の大監獄。八賢人による直接管理の下、ありとあらゆる魔法の叡智を搔き集めて生まれた大量のトラップが張り巡らされた、第一級犯罪者用の地獄だ。侵入も脱出も絶対に不可能とされる監獄にいる人間となると、そりゃあ確かに割に合わなさそうな話だな」
 頭上から聞こえたヴィレクセストの言葉に僅かに難しい顔をしたアルマニアは、次いでノイゼを見た。
「貴方の言うその人物って、一体誰なのかしら」
「……アトルッセ・オートヴェント。元賢人直轄シグマータ魔法師団団長にして、界従の賢人に次ぐ結界魔法の使い手であると謳われた男です。彼であれば、相手が界従の賢人でない限り、空間魔法を以て相手を攪乱し、時間を稼ぐことができるかもしれません」
 ノイゼの口から落ちたそれに、アルマニアは思わず驚きが顔に出そうになるのを留め、努めて平淡な声を出した。
「魔法師団の団長が、どうして監獄なんかにいるの?」
「……私と同じです。秘術の実験は極秘事項のため、知っている人間はごく僅かなのですが、その僅かの中に魔法師団の団長と副団長が含まれていましてね。当時団長だった彼は、実験のことを知って猛反対したのです」
「……それは随分と、イレギュラーな事態ね。この国の特性上、基本的に国民のほとんどが八賢人の決定を尊重し、逆らうようなことはしないもの。そしてその筆頭が、賢人の命を忠実にこなす魔法師団のはずだわ。その魔法師団の団長が、表立って賢人に逆らったと言うの?」
 アルマニアの問いに、ノイゼはこくりと頷いた。
「ええ、彼のような人間は歴史的に見ても非常に稀有です。……実直な彼は、八賢人の決定は己の正義に反すると言って、賢人を相手に正面から今一度考え直すべきだと主張しました。そして、賢人がその諫言に聞く耳を持たないことを悟るや否や、あろうことか剣を抜いて賢人に立ち向かったのです。ですが、いかに彼が空間魔法に優れていても、それよりも上位の空間魔法の使い手である界従の賢人が相手にいては、歯が立つはずもない。その場ですぐに捕らえられた彼は、いずれ秘術が完成したときのための最重要実験体として、地下監獄送りになりました」
 どこか絞り出すような声でそう言ったノイゼに、アルマニアは、そう、と呟いた。
「魔法師団の団長なら、秘術を施せばとても強力な戦力になりそうだものね。それなら、彼は未だに監獄に囚われているのかしら?」
「はい、恐らくは」
 監獄の中のことは判らないから確実であるとは言えないが、とつけ加えたノイゼに、アルマニアがふむと頷く。
 ノイゼはそう言ったが、状況的に賢人たちが団長をわざわざ釈放するとは思えないし、だからといって簡単に殺すとも考えにくい。最も厳重な警備体制が敷かれている監獄から別の監獄へ移す理由も見つからないとなると、彼が今も尚中央地下監獄にいる可能性は非常に高いと考えるのが妥当だろう。
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