上 下
21 / 59

令嬢と月旦評 3

しおりを挟む
 アルマニアを見てぱちりと一度瞬きをした彼は、次いで未だに敵意を剥き出しにしている人々に向かって片手を挙げた。すると、攻撃態勢を保っていた人々が、困惑の表情を浮かべながらも構えを解く。
 その様を見て感心したような顔をしたアルマニアは、次いでヴィレクセストを見やった。その視線の意図を理解したヴィレクセストは、一瞬嫌そうな顔をしたものの、仕方がないといった風に溜息を吐き出してから、ぱちんと指を鳴らした。それを合図に、ヴィレクセストによって拘束されていた人々に自由が戻ってくる。
 それを確かめてから、アルマニアが改めて青年へと向き直れば、彼はにこりと微笑みかけてきた。
「お嬢さんは、私のことをご存知だったのですか?」
「いいえ、残念ながら知らないわ」
「おや、ではどうして私がリーダーだと?」
 にこやかな笑みのまま問う彼に、アルマニアもまた柔らかな微笑みを返した。
「貴方が一番、それっぽかったからかしら」
「……ほう、それっぽかった」
「ええ。貴方はこの部屋の中で一番私たちの登場に驚いていなくて、一番冷静に状況を見守っていて、それでいて一切及び腰になる様子もなかったから。そういう人ならリーダーに相応しいのではないかしら、と思ったのよ」
 アルマニアの言葉に、青年は少しだけ驚いた顔をして彼女を見つめた。
「失礼ながら、お嬢さんには魔法の素質がないように見受けられるのですが、どうやってそれを感じ取ったのですか?」
「あら、相対する人間の人となりを知るのに、魔法なんて必要ないわ。きちんと経験を積んで学べば、そういうのは空気や雰囲気として肌で感じられるものよ」
 アルマニアはごく当然のことのようにそう言ったが、それを聞いていたヴィレクセストは内心で笑った。
 アルマニアのような、大勢が群れなす中で誰が群れのアルファなのかを見ただけで判別できる者というのは、確かに存在する。だが、貴族の一般的な経験と学びだけによって誰もがその域に達せるかというと、そんなことはないのだ。
 生まれながらの才に加え、常に人を見定めるという意識を持ち、その上でこの能力を身に着けるに足るだけの厳選された経験を豊富に積むこと。それが、今アルマニアが至っている境地に辿り着くための条件だ。
 彼女の場合は、父であるロワンフレメ公爵が次期皇后として彼女を鍛えに鍛え抜いたからこそ、こうして当たり前のようにそれを行えている。
「……なるほど、特殊なのはそちらの男性だけかと思いましたが、お嬢さんもなかなか手強い方のようだ」
「褒め言葉として受け取っておくわ。それから、お嬢さんはやめてくださる? アルマニア・ソレフ・ロワンフレメよ」
 その名前に、青年はぱちぱちと瞬きをしてから、なるほどと言った。
「まさか、貴方がアルマニア嬢だとは思いませんでした」
「あら、私のことを知っているの?」
「勿論ですよ。シェルモニカ帝国の次期皇后と名高いお方の名を、知らないはずがありません」
「元、よ。どうせ知っているのでしょう? 私は婚約破棄どころか身分もはく奪された上で、あの国を追い出されたわ」
 そう言ったアルマニアに、青年は頷きを返した。
「存じていますよ。けれど、それで貴女がこれまで培ってきたものが貶められる訳ではないでしょう?」
 その言葉に、アルマニアは思わず青年の目を見た。彼の紫色の瞳に映っているのは、憐みでも同情でもない。ただ、当然そういうものだろうという意思だけが、アルマニアを見つめている。
「……ええ、そうよ」
 その通りだ。皇后の座につくことができなくなったからと言って、アルマニアが学び、身に着けて来たことが失われる訳ではなく、それらの功績を貶されるいわれもない。
 そんなことは判っていた。判っていたが、それでもこうして誰かにそう言って貰えると、心の柔らかいところをそっと撫でられたような心地がして、なんだか落ち着かなかった。
 そんな感情を隠し切れず、妙な顔をしてしまったアルマニアに、青年がふふふと笑う。それから彼は、アルマニアに向かって軽く頭を下げた。
「名乗っていただいたというのに、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はノイゼ・モンテナルハと申します。どうぞお見知りおきを」
 優雅に一礼した彼の言葉に、アルマニアは目を見開いて口をぱくぱくとさせてから、ヴィレクセストをばっと振り返った。
 アルマニアを後ろから見守っていた彼は、彼女の視線を受けてにこっと笑う。それを見て、アルマニアは恨めしそうな目で彼を睨んだ。
「……ヴィレクセスト、貴方知っていたのね」
「そりゃあまあ俺だし」
 当然だろ、という顔をするヴィレクセストに、アルマニアが顔を顰める。これが令嬢でなければ、舌打ちのひとつくらいしていたところだろう。
 ノイゼ・モンテナルハと言えば、八賢人が一人、幻夢の称号を戴く大魔法師である。ようは、この国に害を与えているとアルマニアが推測している賢人の一人が、レジスタンスのリーダーだというのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

処理中です...