レヴィアタンと俺

倉橋 玲

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レヴィアタンと俺

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 俺は良太。どこにでもいるような平々凡々な大学二年生だ。
 でも、ひとつだけ平凡じゃないところがある。そう、実は俺の恋人は、あの悪魔のレヴィアタンなのだ!



『良太、構え』
「うるさい。俺ゲーム中」
『構えと言っている』
「ゲーム中だって言ってる」
『構え!』
 大きな声が頭に響いたと思ったら、バシャーンと盛大な水飛沫を上げて俺の最新ゲーム機に水がぶっかけられた。
「ああ! 俺のゲーム!」
 叫んで思わず振り返れば、満足そうに尾ヒレを揺らめかせている魚が目に入る。
 いや、魚とはちょっと違うかなぁ。ちょっとって言うか、全然違うかもしれない。似てるものをあげるとしたら、あの、リュウグウノツカイ? だっけ? あんな感じの。でも、あれよりはずっと綺麗ではある。蛇みたいな身体で、でもヒレがあって、あと元々海に住んでた。
 それがなんでこうやって陸に上がって、俺の部屋でゆらゆら浮いてて平気なのかは知らない。きっと魔法とかなんかそんな感じなんだろう。多分。
 でもこの魚(というかレヴィアタン)、めちゃくちゃ性質が悪い。本人は嫉妬の悪魔だから仕方ないだとかなんだとか言ってるけど、マジでその通り、めちゃくちゃ嫉妬深い。
 今だって、俺が発売を楽しみにしてたゲームを嫉妬でぶっ壊した。俺が構ってあげないとすぐこれだ。お陰様で部屋は水浸し……。あーあ……。
 肩を落としてる俺に反して、レヴィアタンの方はご機嫌だ。そりゃそうだろうな。お前は俺を一人占め(一匹占め? 一頭占め?)できれば満足だろうな。
「……俺のゲーム……。高かったのに……。最新ソフトだったのに……。ずっと発売待ってたのに……」
『それは残念だったな。可哀相に。だが可哀相なお前も愛しいから安心しろ』
「そういう話はしてない」
『そうなのか?』
 きょとんとしているレヴィアタンのほっぺたのあたりを、ぺちんと叩いた。どうせ痛くも痒くもないんだろうけど、ちょっとでも俺の気が済むんだったら良いんだ。
『ははははは、良太は非力だなぁ。だがそういうところも愛らしいぞ』
「お前ってナチュラルに俺のこと馬鹿にするよな」
『馬鹿になどしていないさ。本当のことを言っただけじゃないか。人間はひ弱だ』
「じゃあ同じレヴィアタンと恋愛すれば?」
『何を言う。私はお前が良い』
「お前が良くても俺が良くない」
 俺がそう言った途端、レヴィアタンは秒でその顔を怒り一色に染めた。と言っても多分レヴィアタンの表情の変化を判るのは俺だけだと思うけど。
『なんだと!? 他に好きな相手でもいるというのか!?』
 そう叫ぶや否や、レヴィアタンは怒り狂って水を吐き出そうとした。
 ああ! やめろ! 家が水浸しになったらまた大家さんに怒られる!
「ストップストップストップ!! 他に好きな奴なんていないから!!」
 慌ててそう言って止めたら、今にも水を吐き出しそうだった口を閉じたレヴィアタンが、怒りの表情を沈めてこっちに寄って来た。
 そのまま、懐くように俺の方に顔を擦りつけてくる。
 魚っぽいレヴィアタンだけど、魚臭い臭いはしないのでそこはありがたい。
 毎度毎度服が魚臭くなってたら大変だもんな。
『そうかそうか、お前はやはり私のことを愛しているのか』
「いやまあそうは言ってないんだけどな」
『ははははは、照れずとも良いとも。お前はやはり愛らしい子だな』
「うんまあお前が納得したならそれで良いけどさ……」
 やたらと嬉しそうに笑うレヴィアタンに、やれやれとため息をつく。でもまあ、部屋が水浸しにならなかったから良いか……。
 ゲームは多分完全に壊れてしまっただろうけど、もうそれもこいつに好かれてからは日常茶飯事みたいなものなので、諦めている。高かったんだけどな……このゲーム……。
 でもレヴィアタンにお金のことを言ったって理解してくれないだろうし、それどころか俺があんまりお金に執着してるとお金にまで嫉妬してくる始末だし、やっぱりこいつという悪魔に好かれてしまった自分の運のなさを呪うくらいしかやることがないんだ……。
 いつの間にやら身体に巻き付いてきてるレヴィアタンの鱗をてきとうに撫でつつ、俺はそんなことを考えた。
 小学一年生の頃に海でたまたま出会ったこの悪魔様は、なんでか知らないけど俺のことを好きだと言って、陸に上がってきた。
 俺としては好かれた理由が知りたいから訊いてみたりはしたけど、なんか魂に惹かれたとかなんとかしか言わないので、結局理由は判らずじまいた。
 魂ってことは肉体はいらないって話にもなる可能性があるわけで、そうだとしたら俺いつかこいつに食われるんじゃないのか? と思って早十数年。今のところ俺は生きている。まあそれもこの悪魔様の気まぐれかもしれないけどな。
『良太、折角の休日というやつなのだろう? 私とデートにでも行こう』
「デートって……。随分俗語を覚えましたね悪魔様」
『そんな他人行儀なことは言わないでくれ。いやお前は照れているだけなのだろうし、私はそんなお前を愛しているわけだから、全然気にはならないのだが、それはさて置きお前には名前で呼ばれたいのだ。なあ、愛しい子』
「名前って……、というかそもそもお前の名前ってレヴィアタンなの? 俺それって種族名だと思ってたんだけど」
『今はそれが名前という設定になっているのだ。不都合を避けるため故、理解しておくれ』
「ええ……なんだ設定って……全然判らないんだけど……」
『その名が種族名であり私の名前であると理解してくれれば良いのだよ。無論、愛しいお前が望むのであれば細かく説明してやっても良いのだが、小さくか弱いお前に世界の真理に触れる覚悟はないだろう?』
「あっ、そういう系の話になっちゃうわけ?」
『そうとも。話すことはできるが、それを話せばそも私とお前が何故存在し、何故惹かれ合っているのかという、いわば私とお前の存在根底に迫りかねん。そして、お前にそれを受け止められるだけの心があるとは私には思えない。……ふむ、いや、心が壊れたお前もまた、それはそれで愛らしいような気も……』
 突然物騒なことを言い出したレヴィアタンに、俺は慌ててレヴィアタンの頭をべちんと叩いた。
「怖いこと言うのやめろ! そういう話には興味ないし聞かないから!」
『そうか? それなら構わないが』
 幸いなことに、悪魔様は俺の心をどうこうすることにそこまで興味がなかったようで、あっさりと引き下がってくれた。
『しかし、頭を叩くのは頂けないなぁ。そうではなく、もっとキスをするだとかキスをするだとかキスをするだとか色々あるだろうに』
「色欲の悪魔みたいなこと言ってんなお前」
『アスモデウスの話をするとは! まさかお前、アスモデウスが好きだと言うのか!?』
「言ってねええええええええええ!!」
 突然また水を吐き出しそうになったレヴィアタンの口に両手を伸ばし、閉じさせようと力を籠める。
 なんだかんだ俺に甘い恋人(恋魚? 恋悪魔?)様は、俺の意図を汲み取って口を閉じてくれた。俺の力じゃ、こいつの口を無理矢理閉じさせるなんてことはできないからね。
 そこで俺は、さっきのレヴィアタンの台詞を思い出した。
 …………そういうのは柄じゃないんだけど、まあ、たまには良いか。
 レヴィアタンの頭の近くにあるヒレを掴んで、ぐいっと引っ張る。そしてその場の勢いに任せて、鼻先にキスをしてやった。
 なにせこっちからしたらめちゃくちゃ気恥ずかしいので、何か言われる前にとすぐに離れたけど、そのとき目に入ってしまったレヴィアタンの表情ときたら!
『……やはり、私の恋人は本当に愛らしい』
 めちゃくちゃうっとりした顔でそんなことを言うものだから、俺の顔まで熱くなってくる。
 それをごまかすためにそっぽを向いた俺のほっぺたに、レヴィアタンの鼻先が押し付けられた。
『ああ、可愛い可愛い私の良太。お前が私以外に興味を示せば、私は怒りで後も先も考えられなくなってしまう。どうか私の心が穏やかであるよう、お前は私だけを見つめ続けておくれ』
 嫉妬深い恋人を持つと、本当に大変だ。
 でも、平々凡々でどこにでもいるような大学生である俺は、実は意外とこの非日常を気に入っている。
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