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◇追憶の二幕【遁世日和】

追憶……(十二) 【意志】

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 ◇◇◇



 追憶。【鈴隣すずどなり 倫理りんり】という、どこにでもいる普通の青年が見舞われた、数奇な運命……。

 唐突に異なる世界に紛れ込んでしまい。
曰く『もう元の世界には帰れない』と『あまり長くは生きれない』のだと。少女によって告げられた事実に一度は完全に心が折れてしまった。だけれど、そんな状況に放り込まれたからこそ、リンリはやっと自分を見詰め直す事ができたのだ……。
 厚意を受け、自分を省みて、吹っ切れた。
せめて、精一杯に生きてやると決められた。

 それから一晩、
 
 枕を濡らし。知らない世界で一夜が明け――。

「――ハクシ様、お待たせいたしました。
使従各員、皆この場に参上した次第。これよりわたくし達使従四方は、昨日の沙汰から継続して事の成り行きを見届けさせていただきます」

「うん。サシギ、ありがと!」

 サシギの進行の言葉にハクシが頷く。

 リンリは両の頬を叩いて気合いを入れる。

 ――改めて、沙汰の再開だ。

 リンリは前日と同じ、あの『謁見えっけん』の間のような部屋に通されて、使従という役割の彼等、名前は【シルシ】【ケンタイ】【ココミ】【サシギ】の四人に囲まれ、その主であらせられる系統導巫の【ハクシ】様と対面している最中である。

「んぐ」

 緊張してお腹の様子がおかしい。
まぁしばらくは大丈夫だろうと我慢するリンリ。

 こころざしを新たにしての朝一番。リンリから再度の沙汰の執り行いを願い上げたところ、ものの半刻ほどで機会を作ってもらえる運びとなった。彼ら彼女らも忙しいだろうに。ありがたい事だ。

 まだ朝も早い為か、使従の一人である童女のココミは座布団を枕にして眠っているし、巨漢の強面ケンタイは大きく欠伸をしているし。前日から彼らには色々と面倒を掛けてしまった。その分、これからリンリは頑張らせてもらう。今後とも彼等にはお付き合い願いたいところ。

「――初めに、ハクシ様と使従の皆さんに。
昨日の沙汰での、俺が……なんとも、凄くみっともない姿を晒した事と、自分勝手な振る舞いをしていた事を謝罪したい……です」

 さて、まずは必要なケジメとして。
リンリは昨日の自分自身を恥じて謝った。
 続けて頭を下げようとしたが、ハクシがそれをてのひらを上げる事で制する。

「否、不要だ。其方の置かれた状況、その心中は察する。故に、誰も其方を責めたりしないし、不敬だと咎めたりはせぬ。ここで改まって謝罪などせずともよい。……うーんと、それよりも」

 数秒の間、自分と向き合った愛らしい琥珀のような瞳に“じーっ”と観察されるリンリ。
 改まった場で目上の存在として彼女に静かに見つめられていると、自分より遥かに大きな存在と相対する小動物にでもなった気分だ。それから彼女の縦に割れた瞳孔だけは怖いと思ってしまった。

 緊張の度合いが増して。お腹に鈍い痛みがあり、ぐるぐると嫌な音が鳴り出すが……まだ大丈夫だ。

「其方、多少は顔色が良くなっている。眼にも光が戻っているようだ。はたして、それが吹っ切れたからか。はたまたこの場の為に上手く取り繕っているのかは定かではないが。我はどちらでも構わぬ。肝心なのは、その意志。して……りんり、もう我は『返事』を聞いて良いということなの?」

 良く見られている。それに、思いのほかに鋭い事を言うハクシ。でも口調と仕草から、リンリの身を気遣ってくれているのが痛いほど伝わってくる。彼女の懐の深さには恐縮の極みである。

 ――思考の片隅で。どうして彼女は、そこまで自分リンリに手を差し伸べ、気を回してくれるのだろうかと。果たして自分は、こんなにも無類の親切や善意を受け取って良い人間なのかと戸惑う。

「ハクシ様。はい、もちろん……。
あぁ、その為にこの場を設けてもらったんだ。俺はすでに、ここで色々と親切にしてもらってる。だけどこれ以上はご厚意にタダで甘えるわけにもいかないと思う。自分の身の置き方に関する事だ。返事は早いところ済まさないといけない」

 宣言した通り。彼女ハクシ統巫屋ここにまだまだ甘えてしまう事になるが、少なくともタダで一方的に厚意を受け続ける状況は早々に卒業しなければならない。何処かで自分がまた『腐らない』為に『自分自身を見失なわない』為に。
 ただ単に『生きる』のでは無く『ここで生きる意義』を持って『活きる』のだ。せめて最期に逝くのなら、どれ程に『この地で前進できたか』が自分の価値になるんだろう。現状を割り切ったわけでも、納得したわけでもなく。自分リンリは単純な人間だから、だったら単純に足掻く。無駄に俯いて悲観しているよりも、自分自身と向き合って『前を向く』事にしたから。

「そうか。其方がそう申すならば――」

 ハクシは言葉の途中に、手でリンリを促した。
その意図を汲んだリンリは言葉を引き取る。

「――では、ハクシ様。並びに皆さん」

「うん」

 リンリは唾を飲み込み、一呼吸。
さらに深く呼吸をしてから口を開いた。

「――俺は、鈴隣すずどなり倫理りんりは、ハクシ様からのご提案を受け入れます。ハクシ様に、皆さんに許していただけるならば、この場所トウフヤでお世話になろうと決めました!」

「……うん」

「恥ずかしながら、ご厚意に甘えてそのままやっかいになる形ですし。ここで俺が役に立つか微妙なところだけども……。恩を受けた以上、ご厚意で居場所を与えてもらう以上は、精一杯に頑張らせていただきますから! これから、どうか宜しくお願いします!」

 上手くやれるかは判らない。

 必要とされているかも判らない。

 それが、ただの事の成り行きにしろ。

 優しい好意に甘える形になるにしろ。

 これの他に選択肢が無いにしろ、だ。

 自分自身の決意を確かめる。
 この異世界のような場所で、自分は最終的に『死んでしまう』のだろうとしても。
 それでも、自分自身の“確固とした意志”で、これまでよりも、そして現在よりも前に進む選択をしたのだから。そう決めたのだから――。

「うん、その意志は誠だな。其方の意志と選択。その言ノ葉、我はしかと聞き取ったぞ!」

「はい」

 ハクシの言葉に、リンリは大きく頷く。

 共に頷き合い、彼女にお辞儀をする。

「――じゃあ、改めてだけど。
りんり、我からも宜しくね? 宣言する。この時より、系統導巫の我が【りんりぃすずとらりん】この者を統巫屋で過ごす一員と認めよう!」

「ハクシ様のご厚情のほど、恐れ入ります」

 ハクシは立ち上がり、手を叩いた。
 彼女はリンリに笑顔を向け、その尾をはち切れんばかりに振りながら大きな声で宣言してくれた。言うのも無粋なので、ちょっと名前を間違えられた事には触れないでおくリンリ。そしてそろそろ、

「うぐぐ……」

 お腹を押さえ、内股になって震える。
もうそろそろ腹痛のアレの猶予が無さそうで。

「あの、すいません。なんかお腹がアレなんで。
しばらくお花を摘んできます……」

 本当にそろそろ爆発しそうなので、汗だくで走り出せば沙汰の席は笑いに包まれた。あぁ締らない。

「――あれ?! トイレはどこだっけぇッ!?」

 仲秋の候。これは、実りの秋の終わりと厳しい冬の到来が近付いた頃。少しずつ寒くなりつつも、まだ心地よい程度には暖かかった日々の日和なり。
 異成り世から紛れ込んで来た哀れな青年、倫理リンリの追憶、系統導巫と使従達との統巫屋で過ごした細やかな優しい日和の記憶。その一幕――。


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