53 / 53
◇一章【狐愁の巫、惜夜の泪】
一章……(一) 【後始末の会合】
しおりを挟む
◇◇◇
――朝日が昇ってから暫し後【チィカバの町】に居る人間の様子は二分されていた。
まずは大部分である、夜間に起きた出来事の経緯とその顛末を知らぬ呑気な町民達。
それから朝の早々に報告を受け、惨状の伝達がなされた官職、役人達、町の衛士達。
町の周囲の支流に設けられたうち三ケ所の堰堤が土砂崩れにより塞き止められ、機能不全。本来なら定量の水を汲み取る目的である堀を通り、今なお町の内にある貯水場に膨大な水が流れ込んでいると。
そのままでは貯水場の決壊。人的に甚大な被害が予想されたが、しかし町の御抱えの技師達が協力して迅速な対処に当たり、独断な行動ながらも彼等によって最悪の事態は回避されていた。
その結果として、堰堤の水門と喞筒機関を初めとした機術装置やら町の至る所の水管と分岐弁が破損し、さらに様々な用途で利用される地下通路が水没、おまけに汚水の処理場が半壊してしまい、一度町内へ汲み取られた水が意味も無く農地や街道を沈めて町外の下流に放出され続けているという惨状。幸運なことに人的被害こそ出なかったものの、町としては致命的な被害を受けた事には変わるまい。
これはこれは由々しき事態だ。
何も知らされない町民達を尻目に、本来は町の政に携わる者共の怒声や狼狽の声が止まらず。
『原因は? どうしてそうなった。誰のせいだ!』
『そもそも技師達は如何にして、処理場から町の外へと大穴など開けられたのか?』『貯水場を覆うあの蔦は何だ?』『責任を取るのは誰か?』『まずは技師達を呼べ!』『呼んでいる!』『技師達は何処に行った!?』『衛士達の行動に落ち度はなかったのか?』『誰が指示をしたのか!』『水管と分岐弁の破損からか、貯水場からの送水が止まっている!』『街道の復旧が何よりも先だろう!』『町民から苦情が出始めている!』『全て技師達のせいだ!』『町民の不平不満を落ち着かせるために詳しい説明が必要なのでは?』『誰が町民達に説明する!』『不要な混乱を招くゆえに町民達には余計な情報を与えるべきではないだろう?』『バカを言うな!』『設備全ての復旧にはどれだけかかるのだ!』等々。
様々な怒声や罵声までもが飛び交い、事態の収集もできずに右往左往としていた役人と衛士達。
見かねた町の奉行所は、昼前には策を講じ。
町に速やかな秩序を取り戻す為の処置を。國の官職の者を中心として、町役人の全員を召集しての会合を執り行う運びとした。らしい――。
「――と、以上でございます」
「なるほど……そうか」
――訪ねて来た仮面の女性が、ここに参るまでの道中で見聞きしてくれた情報だ。
「はぁ……じゃあ仕方ない。そろそろ行くか。
有言実行。皆を動かしたのは俺だしなぁ」
言葉の後に起立。肩の凝りを解すよう伸びをして、袴の位置を正し、替えの羽織を身に付ける。
――人の身ならざる銀色の少女は、件の裏と表の事情を理解し終え。自らの『友』を自称する片黒羽根の『困ったさん』が寄越した資料を脇に、その彼女の遣いの者をお伴として行動に移すとした。
ずっと抱えていた最愛の存在、白い毛並みの子狐は連れて行けず。敷かれた布団で深い眠りに落ちている従者の女性の、羽根の生えた腕の中に入れておいた。
宿を出て、人目を憚り、表通りを避けて行く。
今回のお伴、己に追従する仮面を被った女性と。
「素顔だと恥ずかしいな。その仮面って予備とかあるのかな? もし良かったら貸して欲しい」
「恥ずかしい? そんなに綺麗なお顔なのに。
いえ、男性の姿をしていたくらいですから、女性としてのご自身の姿に特別な感情でも?」
「いやいや、こんなんなっちゃったけども。
俺は男の子なつもりだから! 掘り返すな!」
彼女は懐から仮面を取り出し、くすり笑った。
尻尾を逆立てて睨むも、更に加えて笑われた。
仮面を着けて、自分を騙すつもりで行く。
けれどそう簡単にはいかなくて弱音が溢れる。
「進んだだけ緊張してきた。やはり俺には荷が重いのでは? いや、でも……放っておいてニエさんが焼却とかされたら困るし。シルシとの約束も」
「リンリ様。この件は一度持ち帰り、ヒノアサメ様に確認を取らなくても宜しいのですか?」
会合をしているという建物へ向かいながら、鳥を模した妙な仮面を着けた彼女からの質問。
「大丈夫だ、その必要は無い」
「必要が無いというのは?」
足を止めて、見合う。資料の束と共に届けられた文が指差され、仮面の女性に渡された。
「手紙には『もし巻き込まれていたならば、当事者として貴女の裁量で話を付けて構いません。友として期待と信頼をしていますので』だとさ」
言って項垂れる銀色の少女、リンリ。
「…………ヒノアサメ様ぁ」
文の内容を確認して溜め息。
長い黒髪を揺らし、一緒に項垂れる女性。
「トラブルメーカーがすぎる……」
「あぁでも、ヒノアサメ様は素晴らしい御方。
悪い部分はアレでございますが、良い所もとても多く持っていらっしゃいますからね?! 故郷を裏切った私を拾って、様々な面倒をみてくださり、更にこんなに重用しても下さるのですから!」
「誤解からボコボコにされて、首輪を着けられた俺は……あの人が苦手だ。ほぼ命のやり取りみたいなの強制してきたと思ったら、なんか知らないうちに友達認定して来て、ベタベタしてくるし」
「きょ距離感が上手く取れないんですよ。
ヒノアサメ様はそこまるでダメ。鳥っぽいのに」
「ソラさん? もうフォローやめたの?
やっぱり辛い? 帰ってくる?」
「帰りません! 絶対に帰りません!
帰ったら、どの面下げてですから!」
リンリと彼女の縁。二人の間ではまぁ色々とあったが、次に会うなら絶対に笑顔でと約束した間柄。だから気兼ねない会話をしながら進む。過去にはできなかった分まで。
そうリンリは親しみのある友人と話しているようなつもりなのだが、仮面の彼女の方はどこか熱い眼差しを送っていて、お伴とはいえども不必要に接近し腕を絡ませてきていて。……リンリは首を傾げてしまう。
衛士達が、町の政の中核である奉行所へ正面から踏み入って来る彼女達の姿を発見し、制止を呼び掛けようとするも。リンリの肩にかかるよう現れた羽衣と、仮面の女性が見せた國が身分を証明する証札に一斉に身を強張らせる。つまり統巫と、國が保証する特別な位を持つ統巫の遣いであると知るや平伏。
「よし。ハクシの真似で乗り切ろう!
元演劇部助っ人のリンリさんの演技力を見よ!」
「補佐は私にお任せを」
案内役として衛士の一人を引きずって、リンリはさっさと面倒事を済ませようと息巻いた。
◇◇◇
――朝日が昇ってから暫し後【チィカバの町】に居る人間の様子は二分されていた。
まずは大部分である、夜間に起きた出来事の経緯とその顛末を知らぬ呑気な町民達。
それから朝の早々に報告を受け、惨状の伝達がなされた官職、役人達、町の衛士達。
町の周囲の支流に設けられたうち三ケ所の堰堤が土砂崩れにより塞き止められ、機能不全。本来なら定量の水を汲み取る目的である堀を通り、今なお町の内にある貯水場に膨大な水が流れ込んでいると。
そのままでは貯水場の決壊。人的に甚大な被害が予想されたが、しかし町の御抱えの技師達が協力して迅速な対処に当たり、独断な行動ながらも彼等によって最悪の事態は回避されていた。
その結果として、堰堤の水門と喞筒機関を初めとした機術装置やら町の至る所の水管と分岐弁が破損し、さらに様々な用途で利用される地下通路が水没、おまけに汚水の処理場が半壊してしまい、一度町内へ汲み取られた水が意味も無く農地や街道を沈めて町外の下流に放出され続けているという惨状。幸運なことに人的被害こそ出なかったものの、町としては致命的な被害を受けた事には変わるまい。
これはこれは由々しき事態だ。
何も知らされない町民達を尻目に、本来は町の政に携わる者共の怒声や狼狽の声が止まらず。
『原因は? どうしてそうなった。誰のせいだ!』
『そもそも技師達は如何にして、処理場から町の外へと大穴など開けられたのか?』『貯水場を覆うあの蔦は何だ?』『責任を取るのは誰か?』『まずは技師達を呼べ!』『呼んでいる!』『技師達は何処に行った!?』『衛士達の行動に落ち度はなかったのか?』『誰が指示をしたのか!』『水管と分岐弁の破損からか、貯水場からの送水が止まっている!』『街道の復旧が何よりも先だろう!』『町民から苦情が出始めている!』『全て技師達のせいだ!』『町民の不平不満を落ち着かせるために詳しい説明が必要なのでは?』『誰が町民達に説明する!』『不要な混乱を招くゆえに町民達には余計な情報を与えるべきではないだろう?』『バカを言うな!』『設備全ての復旧にはどれだけかかるのだ!』等々。
様々な怒声や罵声までもが飛び交い、事態の収集もできずに右往左往としていた役人と衛士達。
見かねた町の奉行所は、昼前には策を講じ。
町に速やかな秩序を取り戻す為の処置を。國の官職の者を中心として、町役人の全員を召集しての会合を執り行う運びとした。らしい――。
「――と、以上でございます」
「なるほど……そうか」
――訪ねて来た仮面の女性が、ここに参るまでの道中で見聞きしてくれた情報だ。
「はぁ……じゃあ仕方ない。そろそろ行くか。
有言実行。皆を動かしたのは俺だしなぁ」
言葉の後に起立。肩の凝りを解すよう伸びをして、袴の位置を正し、替えの羽織を身に付ける。
――人の身ならざる銀色の少女は、件の裏と表の事情を理解し終え。自らの『友』を自称する片黒羽根の『困ったさん』が寄越した資料を脇に、その彼女の遣いの者をお伴として行動に移すとした。
ずっと抱えていた最愛の存在、白い毛並みの子狐は連れて行けず。敷かれた布団で深い眠りに落ちている従者の女性の、羽根の生えた腕の中に入れておいた。
宿を出て、人目を憚り、表通りを避けて行く。
今回のお伴、己に追従する仮面を被った女性と。
「素顔だと恥ずかしいな。その仮面って予備とかあるのかな? もし良かったら貸して欲しい」
「恥ずかしい? そんなに綺麗なお顔なのに。
いえ、男性の姿をしていたくらいですから、女性としてのご自身の姿に特別な感情でも?」
「いやいや、こんなんなっちゃったけども。
俺は男の子なつもりだから! 掘り返すな!」
彼女は懐から仮面を取り出し、くすり笑った。
尻尾を逆立てて睨むも、更に加えて笑われた。
仮面を着けて、自分を騙すつもりで行く。
けれどそう簡単にはいかなくて弱音が溢れる。
「進んだだけ緊張してきた。やはり俺には荷が重いのでは? いや、でも……放っておいてニエさんが焼却とかされたら困るし。シルシとの約束も」
「リンリ様。この件は一度持ち帰り、ヒノアサメ様に確認を取らなくても宜しいのですか?」
会合をしているという建物へ向かいながら、鳥を模した妙な仮面を着けた彼女からの質問。
「大丈夫だ、その必要は無い」
「必要が無いというのは?」
足を止めて、見合う。資料の束と共に届けられた文が指差され、仮面の女性に渡された。
「手紙には『もし巻き込まれていたならば、当事者として貴女の裁量で話を付けて構いません。友として期待と信頼をしていますので』だとさ」
言って項垂れる銀色の少女、リンリ。
「…………ヒノアサメ様ぁ」
文の内容を確認して溜め息。
長い黒髪を揺らし、一緒に項垂れる女性。
「トラブルメーカーがすぎる……」
「あぁでも、ヒノアサメ様は素晴らしい御方。
悪い部分はアレでございますが、良い所もとても多く持っていらっしゃいますからね?! 故郷を裏切った私を拾って、様々な面倒をみてくださり、更にこんなに重用しても下さるのですから!」
「誤解からボコボコにされて、首輪を着けられた俺は……あの人が苦手だ。ほぼ命のやり取りみたいなの強制してきたと思ったら、なんか知らないうちに友達認定して来て、ベタベタしてくるし」
「きょ距離感が上手く取れないんですよ。
ヒノアサメ様はそこまるでダメ。鳥っぽいのに」
「ソラさん? もうフォローやめたの?
やっぱり辛い? 帰ってくる?」
「帰りません! 絶対に帰りません!
帰ったら、どの面下げてですから!」
リンリと彼女の縁。二人の間ではまぁ色々とあったが、次に会うなら絶対に笑顔でと約束した間柄。だから気兼ねない会話をしながら進む。過去にはできなかった分まで。
そうリンリは親しみのある友人と話しているようなつもりなのだが、仮面の彼女の方はどこか熱い眼差しを送っていて、お伴とはいえども不必要に接近し腕を絡ませてきていて。……リンリは首を傾げてしまう。
衛士達が、町の政の中核である奉行所へ正面から踏み入って来る彼女達の姿を発見し、制止を呼び掛けようとするも。リンリの肩にかかるよう現れた羽衣と、仮面の女性が見せた國が身分を証明する証札に一斉に身を強張らせる。つまり統巫と、國が保証する特別な位を持つ統巫の遣いであると知るや平伏。
「よし。ハクシの真似で乗り切ろう!
元演劇部助っ人のリンリさんの演技力を見よ!」
「補佐は私にお任せを」
案内役として衛士の一人を引きずって、リンリはさっさと面倒事を済ませようと息巻いた。
◇◇◇
1
お気に入りに追加
21
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜
華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日
この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。
札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。
渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。
この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。
一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。
そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。
この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。
この作品はフィクションです。
実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる