統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚

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◇追憶の一幕【系統導巫】

断片……(一)  【因ノ果】

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 ◇ 【因の果】 ◇



 ――意をけっし、手を伸ばす。
此処ここつちから彼方かなたへと“その者”は手を伸ばす。
それ何故なにゆえかとすれば、彼方に視えたを掴む為。

 思い掛けなく隣りのめぐって来た、彼方かなたつち彼方かなたつちに生えた大樹に手を伸ばし、そこに実っていた一粒の果を掴み取ろうとしたのだ。

 ――けれども、届くわけなどない。

 おかすことなかれ。おかすことなかれ。木霊する戒め。
 土のさかいは絶対的なものなり。犯すべからず。
彼方かなたつちになぞ到底とうてい届く理由わけなど無きことと知れ。彼方かなたまじわる道理など有るはずも無きことと知れ。斯様に残酷なまでの、そうあるべき基を示された。

 ――断念。
観念し、結果を受容するのみか。
落胆し、視線を放り。まみえた。

 ――はからずも此の大樹にまみえた。
 その者は、おのれが立つ此処ここつちにも、彼方かなたと同じく一本の大樹が在ることに気が付いてしまったのだ。

 ――此処ここつちに在りながらも、位相いそういっした普遍ふへん概括がいかつである大樹。神格を得た秩序ちつじょかなめにして、万物に根付くみこと揺籃ようらんたるもの。なれば、此処ここ彼方かなた道理せつりさかいきざはしすらもかかずらうものかと。

 ――あれを使えば、『届くやもしれぬ』と。
 そう思い立ち。ならばと、一思ひとおもい。その者は、此処ここノ土の大樹に繁る“枝”を一本折ってしまう。折ってしまってから、握った枝の具合を確かめた後、小さく笑みを浮かべていた。

 ――そのまま枝を構えて彼方かなたの方へと向き直る。して、試しの一振ひとふるい。

 ――果たして、枝は土の境を越え、届くはずもないところへと届いてしまったのだ。

 ――しかし枝は、目当ての果を空振る。

 その上、畏れ知れずのおこない代償とでもいうのか。その者は彼方かなたの樹にたかっていた毒蟲に枝を通して毒を流し込まれ、牙をたてられた。毒で腕の皮膚が爛れ、指の先が牙に食い千切られた。耐え難い痛みと共に血が流れ出す。が、その者は決して“その手”を伸ばして枝を動かす事を止めはしなかった。

 ――歯を食い縛り。玉の汗を落とし。眼から涙を流し続けながら。何度も、何度も、何度でも手を伸ばして、枝を一心に振るい続けた。

 あぁ信じていたかった。

 叶うなら、縋りたかった。

 許されるなら、望みたかった。

 誤りではないのだと、願いたかった。

 全てが満たされる方法を、識りたかった。

 自らを蔑ろにしたとしても、導きたかった。

 何よりも、ただ。ただ、ただ救いたかった故に。

 ――彼ノ者に、教えてもらった故。

 いわく、此処ここノ土とは違う彼方かなたノ土に生えた樹には、ここのモノよりも熟した果が実っている事があると――。
 いわく、“それ”をここに持ち込み、植えることが叶うとするならば。此処ここノ土はさらに豊かに美しく満たされるようになるだろうと――。

 ――その果には、あるいは希望。
或いは命のみなもと。或いは叡智えいち。そんな想像も及ばない甘美かんびが詰まっているだろう。その果は、ただの果実ではなく可能性をもたらすいんの果。さだめくつがえし、此処ここに新たな繁栄をもたらす切っ掛けであろう、と。

 おろかな程に無垢むくな“その者”は、与えてもらった知識を信じ、決して自らの為でなく共に生きる者達の為に手を伸ばし続けた。或いは、禍神にあざむかれたのやも知れぬ。或いは、すがる故にき違えた愚行やも知れぬ。
 そうであっても、繰り返す他に無い。別れは告げてきた。未練はあれど後悔は無し。故に何度も、何度も、何度でも、久遠無窮くおんむきゅうに近しい刻の間でも構わぬ。そこに“果”が有るならば、手を伸ばし続けようではないか。それをする意味が有るのならば。

「――我、故にただ枝を振るうのみ」

 それが最初で最期の言ノ葉となった。

 その者は意を失うことなく。那由多なゆたとも悠久ゆうきゅうとも思えるほどの刻の間、彼方との繋がりを掛け続けた。肉体が崩れ果て、感情が枯れ渇き。魂が摩耗し風化し、己の存在さえ曖昧になろうとも。
 あぁ終いには、存在が呪いに転じようとも。

 ――いつか、その手が果に届いてしまう刻。
 果たして、その者が此土しどもたらすのは、成果せいかであり可能性のいんか。はたまた、罪過ざいかによるむくいのいんか。もしくは、此土が己の大樹によっていんに包まれる刻限が先に来るやも知れぬ。さて如何いかようになるか。

 ――あぁタチガレや、絶ち彼や、立ち枯れや。
いと哀れなり。所詮、かれのちの、はかなたん





此土始導至しどしどうし集】より、
故事【因の果】前文を翻訳して引用。
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