29 / 53
◇追憶の一幕【系統導巫】
断片……(一) 【因ノ果】
しおりを挟む
◇ 【因の果】 ◇
――意を決し、手を伸ばす。
此処ノ土から彼方へと“その者”は手を伸ばす。
それ何故かとすれば、彼方に視えた果を掴む為。
思い掛けなく隣りの位へ巡って来た、彼方の土。彼方ノ土に生えた大樹に手を伸ばし、そこに実っていた一粒の果を掴み取ろうとしたのだ。
――けれども、届くわけなどない。
侵すこと勿れ。冒すこと勿れ。木霊する戒め。
土の境いは絶対的なものなり。犯すべからず。
彼方ノ土になぞ到底届く理由など無きことと知れ。彼方と交わる道理など有るはずも無きことと知れ。斯様に残酷なまでの、そうあるべき基を示された。
――断念。
観念し、結果を受容するのみか。
落胆し、視線を放り。見えた。
――はからずも此の大樹に見えた。
その者は、己が立つ此処ノ土にも、彼方と同じく一本の大樹が在ることに気が付いてしまったのだ。
――其は此処ノ土に在りながらも、位相を逸した普遍の概括である大樹。神格を得た秩序の要にして、万物に根付く尊の揺籃たるもの。なれば、此処と彼方の道理も境も階すらも拘らうものかと。
――あれを使えば、『届くやもしれぬ』と。
そう思い立ち。ならばと、一思い。その者は、此処ノ土の大樹に繁る“枝”を一本折ってしまう。折ってしまってから、握った枝の具合を確かめた後、小さく笑みを浮かべていた。
――そのまま枝を構えて彼方の方へと向き直る。して、試しの一振い。
――果たして、枝は土の境を越え、届くはずもないところへと届いてしまったのだ。
――しかし枝は、目当ての果を空振る。
その上、畏れ知れずの行い代償とでもいうのか。その者は彼方の樹に集っていた毒蟲に枝を通して毒を流し込まれ、牙をたてられた。毒で腕の皮膚が爛れ、指の先が牙に食い千切られた。耐え難い痛みと共に血が流れ出す。が、その者は決して“その手”を伸ばして枝を動かす事を止めはしなかった。
――歯を食い縛り。玉の汗を落とし。眼から涙を流し続けながら。何度も、何度も、何度でも手を伸ばして、枝を一心に振るい続けた。
あぁ信じていたかった。
叶うなら、縋りたかった。
許されるなら、望みたかった。
誤りではないのだと、願いたかった。
全てが満たされる方法を、識りたかった。
自らを蔑ろにしたとしても、導きたかった。
何よりも、ただ。ただ、ただ救いたかった故に。
――彼ノ者に、教えてもらった故。
曰く、此処ノ土とは違う彼方ノ土に生えた樹には、ここのモノよりも熟した果が実っている事があると――。
曰く、“果”をここに持ち込み、植えることが叶うとするならば。此処ノ土はさらに豊かに美しく満たされるようになるだろうと――。
――その果には、或いは希望。
或いは命の源。或いは叡智。そんな想像も及ばない甘美が詰まっているだろう。その果は、只の果実ではなく可能性をもたらす因の果。定を覆し、此処に新たな繁栄をもたらす切っ掛けであろう、と。
愚かな程に無垢な“その者”は、与えてもらった知識を信じ、決して自らの為でなく共に生きる者達の為に手を伸ばし続けた。或いは、禍神に欺かれたのやも知れぬ。或いは、縋る故に履き違えた愚行やも知れぬ。
そうであっても、繰り返す他に無い。別れは告げてきた。未練はあれど後悔は無し。故に何度も、何度も、何度でも、久遠無窮に近しい刻の間でも構わぬ。そこに“果”が有るならば、手を伸ばし続けようではないか。それをする意味が有るのならば。
「――我、故にただ枝を振るうのみ」
それが最初で最期の言ノ葉となった。
その者は意を失うことなく。那由多とも悠久とも思えるほどの刻の間、彼方との繋がりを掛け続けた。肉体が崩れ果て、感情が枯れ渇き。魂が摩耗し風化し、己の存在さえ曖昧になろうとも。
あぁ終いには、存在が呪いに転じようとも。
――いつか、その手が果に届いてしまう刻。
果たして、その者が此土に齎すのは、成果であり可能性の因か。はたまた、罪過による報いの印か。もしくは、此土が己の大樹によって陰に包まれる刻限が先に来るやも知れぬ。さて如何になるか。
――あぁタチガレや、絶ち彼や、立ち枯れや。
いと哀れなり。所詮、彼立ち後の、儚き譚。
【此土始導至集】より、
故事【因の果】前文を翻訳して引用。
――意を決し、手を伸ばす。
此処ノ土から彼方へと“その者”は手を伸ばす。
それ何故かとすれば、彼方に視えた果を掴む為。
思い掛けなく隣りの位へ巡って来た、彼方の土。彼方ノ土に生えた大樹に手を伸ばし、そこに実っていた一粒の果を掴み取ろうとしたのだ。
――けれども、届くわけなどない。
侵すこと勿れ。冒すこと勿れ。木霊する戒め。
土の境いは絶対的なものなり。犯すべからず。
彼方ノ土になぞ到底届く理由など無きことと知れ。彼方と交わる道理など有るはずも無きことと知れ。斯様に残酷なまでの、そうあるべき基を示された。
――断念。
観念し、結果を受容するのみか。
落胆し、視線を放り。見えた。
――はからずも此の大樹に見えた。
その者は、己が立つ此処ノ土にも、彼方と同じく一本の大樹が在ることに気が付いてしまったのだ。
――其は此処ノ土に在りながらも、位相を逸した普遍の概括である大樹。神格を得た秩序の要にして、万物に根付く尊の揺籃たるもの。なれば、此処と彼方の道理も境も階すらも拘らうものかと。
――あれを使えば、『届くやもしれぬ』と。
そう思い立ち。ならばと、一思い。その者は、此処ノ土の大樹に繁る“枝”を一本折ってしまう。折ってしまってから、握った枝の具合を確かめた後、小さく笑みを浮かべていた。
――そのまま枝を構えて彼方の方へと向き直る。して、試しの一振い。
――果たして、枝は土の境を越え、届くはずもないところへと届いてしまったのだ。
――しかし枝は、目当ての果を空振る。
その上、畏れ知れずの行い代償とでもいうのか。その者は彼方の樹に集っていた毒蟲に枝を通して毒を流し込まれ、牙をたてられた。毒で腕の皮膚が爛れ、指の先が牙に食い千切られた。耐え難い痛みと共に血が流れ出す。が、その者は決して“その手”を伸ばして枝を動かす事を止めはしなかった。
――歯を食い縛り。玉の汗を落とし。眼から涙を流し続けながら。何度も、何度も、何度でも手を伸ばして、枝を一心に振るい続けた。
あぁ信じていたかった。
叶うなら、縋りたかった。
許されるなら、望みたかった。
誤りではないのだと、願いたかった。
全てが満たされる方法を、識りたかった。
自らを蔑ろにしたとしても、導きたかった。
何よりも、ただ。ただ、ただ救いたかった故に。
――彼ノ者に、教えてもらった故。
曰く、此処ノ土とは違う彼方ノ土に生えた樹には、ここのモノよりも熟した果が実っている事があると――。
曰く、“果”をここに持ち込み、植えることが叶うとするならば。此処ノ土はさらに豊かに美しく満たされるようになるだろうと――。
――その果には、或いは希望。
或いは命の源。或いは叡智。そんな想像も及ばない甘美が詰まっているだろう。その果は、只の果実ではなく可能性をもたらす因の果。定を覆し、此処に新たな繁栄をもたらす切っ掛けであろう、と。
愚かな程に無垢な“その者”は、与えてもらった知識を信じ、決して自らの為でなく共に生きる者達の為に手を伸ばし続けた。或いは、禍神に欺かれたのやも知れぬ。或いは、縋る故に履き違えた愚行やも知れぬ。
そうであっても、繰り返す他に無い。別れは告げてきた。未練はあれど後悔は無し。故に何度も、何度も、何度でも、久遠無窮に近しい刻の間でも構わぬ。そこに“果”が有るならば、手を伸ばし続けようではないか。それをする意味が有るのならば。
「――我、故にただ枝を振るうのみ」
それが最初で最期の言ノ葉となった。
その者は意を失うことなく。那由多とも悠久とも思えるほどの刻の間、彼方との繋がりを掛け続けた。肉体が崩れ果て、感情が枯れ渇き。魂が摩耗し風化し、己の存在さえ曖昧になろうとも。
あぁ終いには、存在が呪いに転じようとも。
――いつか、その手が果に届いてしまう刻。
果たして、その者が此土に齎すのは、成果であり可能性の因か。はたまた、罪過による報いの印か。もしくは、此土が己の大樹によって陰に包まれる刻限が先に来るやも知れぬ。さて如何になるか。
――あぁタチガレや、絶ち彼や、立ち枯れや。
いと哀れなり。所詮、彼立ち後の、儚き譚。
【此土始導至集】より、
故事【因の果】前文を翻訳して引用。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる