最果ての恋

双葉愛

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 結局飲まされたのは一杯では終わらず、頬が熱くて頭がぼうっとするくらいには酔っていた。こんなに酔ったのは初めてだった。ここに泊まればいいという誘いをなんとか断って、
ふらふら城内を歩く。ジェイドがつけた護衛は一定の距離を取ったままで、リースに声をかけてくることもない。日付がそろそろ変わるというこの時間に、城内にいるのは警備の騎士が殆どで、昼間とは違って静寂が広がっていた。
 呼んだ馬車で家に帰らなければならないのだが、冷たい風に当たりたくて中庭に向かう。四年の月日が経っても、ジェイドの部屋から中庭までの道は足が覚えている。
いつも、隣にはジェイドが歩いていた。
 皇太子だった頃ならまだしも、王となれば城の中も自由に歩けない。空白の時間を思い知らされる。はあ、と熱い息を吐いて中庭の芝生を踏んだ時。

 月明かりに照らされる先客の姿が目に留まった。こんな時間に、身分が高い者以外は立ち入ることができないこの場所に、誰かいるなんて思いもしなかった。
風に遊ばれるように黒い髪が揺れている。背丈はリースと変わらないくらいか、少し小さい。男の視線の先には薔薇があった。花を、見ているのだろうか。
冷たい夜風が吹いて、黒髪と薔薇を揺らす。この国ではなかなか珍しい色彩は、音もなく夜の闇に溶け込んでしまいそうだ。噎せ返りそうな薔薇の匂いが鼻をくすぐった。
 せっかくここまで来たけれど、今は誰かと話す気分ではない。一人になって、頭を冷やして、こんな酔いなんて消し去ってしまいたかった。護衛に目配せをして来た道を戻ろうとしたのに、足が縺れてたたらを踏んだ。
「っ、」
 咄嗟に漏れた声に、黒髪の男がゆっくりと振り返る。視線が絡む。男はリースのようにとびきり麗しい美貌でなくとも、夜にぽつんと咲く一輪の花のような気品と、薔薇の香りにも負けない色香を持っていた。
「……こんばんは」
 澄んだテノールが優しく響く。いい声だな、と誰かに思ったのは初めてかもしれない。
「こんばん、は」
「オレはもう戻るので、気にしないでください」
 軽く会釈をして、男は去ろうとする。え、とアルコールが回っている頭では思っても、それを引き留める理由もなければ、言葉も知らない。リースは少し猫背な背中を見送ることしかできず、しばらくその場に立ち尽くしていた。

「……今のは、誰だ?」
 リースは振り返り、気配を消していた護衛に問う。
「ランス=アイクラネス様です。隣国の第三王子であらせられ、我が国へは留学でいらしてます」
 隣国の王族。貴賓中の貴賓だったことに目を見開く。護衛ひとりとして付けずに、こんなところにいるなんて。

「ランス、アイクラネス、ねぇ」

 名前を口ずさんでいたのは無意識だった。いつの間にか酔いが醒めた頭は、鮮明にランスの姿を覚えている。熱い頬をさらりと風が撫ぜた。



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