悪女ですので、あしからず。 処刑された令嬢は二度目の人生で愛を知る

双葉愛

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愚者(メリーレ)編

愚者の夢 2

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前回、リリスの模様が浮かんだ時は三週間以上消えなかった。リリアンヌがアンチェイドを叫ぶ城に行くよりも裏で手を回すことに集中できたので、大きな弊害があったというわけではない。


今とは違って。


まさに、これは最悪のタイミングだった。
アイリスは人生で類を見ない忙しさに奔走されているというのに。嫁ぐ環境作り、周りの足固め、婚前から山ほどある儀式への参加や外交その他エトセトラ。



王族と公爵家との結婚式となれば、国内中の貴族だけではなく各国から大勢の王族や貴族が祝いに訪れる。

今まで国内志向が強く豊かな文化が花開いていた我が国だからこそ、リュートは今度は国外にも目を向けたいらしく、ライズや他の国の王族貴族とも親しくしている。
アイリスは三ヶ国語しか話せないが、リュートはその倍。アイリスは五ヶ国語しか読めないが、リュートはその倍。アイリスの方が二度目の人生を送っているというのに。


アイリスは己を美しく磨くだけではなく、招待している貴賓たちを把握しその国について学ばなければならない。先月も時間を見つけては教師に話を聞いていた。
今世では海外に嫁ぐための教育は早いうちになくなったので、前世の記憶を頼りに言語や文化を頭に詰め込む。

そして皇太子妃となる前のまだ身軽な今、大事な繋がりを頑固にすべく夜会に参加して回っている。

城で周りを固めてくれる侍女等はもう用意が済んでいて、美しい白銀のドレスもティアラも完成している。


毎日重要な予定を詰め込み、舞い込んでくる贈り物や手紙や訪問を捌き、メアリやカレンの屋敷にも行けないわ!と嘆いていたというのに。



女神の証を得てしまった。









「おはよう、アイリス。とても素敵な印ね」

父への報告を済ませ、その帰りに母と遭遇したアイリスは呆気なく連行された。


母の部屋。朝食としてサンドイッチと紅茶が並んだテーブルで、隣国で有名な菓子が母の側だけに添えられていた。

隣国のタキウス家のお家騒動に一切関わってなかった母だが、なぜか国境を越えた貢ぎ物を受け取っている。
もう何も聞くまい。

「また女神様から加護を受け取ったの?」
「……ええ」


同じ屋敷に済む母にはアイリスの様子など全て筒抜けであり、アイリスも額を隠して歩くなんてみっともない真似はしなかったので、リリスの模様もしっかり母は見ていた。

アイリスが女神の言葉を聞くことは、父から聞いていたのだろう。大して驚くことなく「あなたは何でも似合うわね。美しいわ」と微笑んでいたのだが。


さすがに結婚式間近となると、そうはいかないらしい。


綺麗なアイスブルーが透き通り、しかしそれは鋭かった。


「アイリス。これから何度も教会と神殿を訪れる予定があるでしょう?婚約者殿やお友達と会う約束も、お兄さまやお義姉さまとお話する機会も、たくさん。もうこの国には外国からの使者だって来てるわ」
「……ええ」
「わたくしだって、旦那様と結婚するときは忙しくてたまらなかったわ。わたくしを攫おうとする貴族までいたのよ」
「……酔ったお父様から何度もその話は聞いてます」
「王女のわたくしに手を出そうだなんて、差し出がましい。わたくしが旦那様を選んだの、他所の国の王族だってお呼びではないわ」
「……ええ、そのお話もお母様から何度も伺ってますわ」
「アイリス。いいこと、よく聞きなさい。もう浮かんでしまった模様は仕方ないわ。あなたが取る方法はふたつにひとつ。早く消すか、女神の加護持ちとして外に出るか。前のように屋敷に引きこもる時間なんてないのよ。消せないのなら、早く神殿に乗り込んであそこを牛耳ってきなさい。世界に、女神に愛されたアイリスの名を広めなさい。この国の次期王妃としてね。誰も手出しも口出しできないほど尊い身なのだと知らしめてやりなさい。昔はね、生まれたあなたを引き取りたいなんて申し出た司祭や神官がいたの。各国から届いた婚約の申し出の方がまだマシよ。アイリスはわたくしと旦那様の子だというのに!破門でも生ぬるいわ、おぞましい」


どうやら母は、王族としてのしがらみだけではなく、教会も嫌いだったらしい。いつもは元王女らしく優しく振る舞う母だが、アイリスが引き継いだ性格が隠せていない。苛烈で強烈。そして美しい体に流れる血は、アイリスよりも物事を簡単に動かせる。元王女、現公爵家当主の妻。それはそれは好き勝手、気に入らない無礼者を国から弾き出せたことだろう。

そんな母であったとしてもいやになる王族にならねばならないアイリス。それでも、他国の王族に嫁ぐ一番最低な未来よりも、ウェルバートン家のために婿を取る一番有用な未来よりも、リュートと結婚したいのだから、皇太子妃だろうが王妃だろうがその未来を選ぶしかない。

それに。母も国内貴族を宛てがうのではなく、リュートに嫁がせることを選んだのだ。重いしがらみも責任も、そんなもの全て抱えて娘が頂点に立つことを望んだ。




「せっかくこれまでお父様が教会側と距離を作ってくださったのに、今更近づくわけにはいきませんわ。消します、この模様を」


それに、あまりにもラトラとアイリスが近すぎると、異教同士の対立を促しかねない。
女神の色を持った人間をひと目見ようと、どの女神を信仰している国でも挙ってアイリスに興味を持っている。それが、色どころか加護持ちで、しかもラトラ以外の女神の加護も持っているなんて。
よりにもよって、今額にあるのがメリーレだ。雨に苦しんできた我が国民はどう思うのか。

メリーレを嫌う国も、メリーレを信仰する国も、まさか慈悲の女神様が、ダメ男に執着する駄女神だなんて思うまい。







母は紅茶で喉を潤し、アイリスを見つめる。

「方法はあるの?」
「ええ。実は、女神様にひとつお願いをされたんです」


ちょうどいい。母は他人の恋愛話が大好きで、それも女神たちの話だ。喜んで聞いて、そして何かアドバイスをくれるに違いない。


アイリスでは全く専門外なので、母が頼りだ。


声をかけくる男は全て跳ね除け、リュートだけに愛を向けてきたアイリスには、政治の駆け引きは分かっても恋の駆け引きはよく分からなかった。

そもそも、他所の女が好きな男になど興味がない。アイリスは何もしなくても特上の男を差し出されてきたし、望めばどんな男でも手に入る。

リュートだって、他国の王子だって。


ただし、その心をどうすればいいかが、分からない。


前世では、自分を愛してくれないリュートに対して特になにもしなかった。いや、できなかった。方法が分からないから。

婚約者として、人として……人としては怪しいが(なにせ呆れられ叱られていたので)、リュートなりに大切に尊重してくれていた。手に入らないその心にどうすればいいのかしら、と青い目に焦がれているうちに、ラトラの力が増してしまったので、解決方法を見つけることもできなかった。


泣いて嫌がる相手でも権力で屈服させることは得意だ。痛い鞭と甘い蜜を繰り返して躾をすることも得意だ。ましてや王都追放なんてお手の物。前世では、情報のために裏社会の男たちをこの美貌と血の力を使って、思い通りに動かした。


けれど愛がなんたるものかを知ったアイリスは、自分の得意分野では愛を得られないと気づいている。リュートは何故か、愛してくれているが。

そういえば、アイリスがリュートを愛した理由は涙とともに伝えたのに、リュートからは伝えられていないなと思った。


「雨の女神、メリーレさまをご存知ですよね?」
「ええ。もちろんよ。この雨も、メリーレさまが泣いてらっしゃるから降るのよね」

雨が降っている窓の外に母が視線を向ける。ラトラを信仰する者も、今頃空に向かって祈りを捧げているだろう。
洪水が少なくなったおかげで、昔ほど雨は疎まれていない気はする。太陽だけで花は咲かないと誰もが知っているから。





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