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愚者(メリーレ)編
愚者の夢 1
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女神。美しい姿を持ち、己の役割を司る高次元の存在。本来であれば到底人間であるアイリスが及ぶ相手ではない。本来であれば。
しかし、孤独に苛まれ人間を人間だと冷酷に扱えなかった太陽神の娘ラトラのおかげで、アイリスは前世を引き換えに女神の力を手に入れた。
使い道は知らないけれど。周りに嫌われ馬鹿にされていたラトラだが、力だけは女神の中でも特上のものを持っていたらしい。なにせ主神のスペア。いつか、太陽の神となり神達の頂点に立つ。
そのラトラの加護のおかげで、アイリスは自分に宿りリュートをからかった月の女神リリスを叩きのめすことができた。
女神は基本、駄目な女神ばかりだ。ラトラを筆頭に、リリスなど。それはもうとんでもなく性悪で、アイリスそっくりなのである。
しかしアイリスは、そんな女神でも雨の女神メリーレのことは信じていた。アイリスには似ていないと。つまり、嫌いな女の父親に涙を流して追放させる気概はあっても、そこまで性悪ではないと思っていた。
しかし。
『アイリス、どうすればいいのかしら』
泣くメリーレを前にして、思う。
メリーレとて、駄女神だった。
ただし、ラトラやリリスとは全く別のタイプの。
アイリスがラトラをやり込めることが出来たのは、そして今世で処刑を回避することが出来たのは、メリーレのおかげでもある。そのため、アイリスにしては珍しく、好感度が最初から高かった。
そんな女神が夢の中に現れた。美しい青色の髪を靡かせ、金色の輝く瞳を持った女神が。
『アイリス=ウェルバートン。貴方に会いたかったわ』
微笑んだ美しい女神。豊穣と慈愛の雨が、世界から切り取られた空間に静かに降り始める。
『雨の女神メリーレよ。これまでたくさんの助言、ありがとう』
嗚呼、これが女神。
ラトラもリリスも、アイリスは声を聞いただけでその姿を見たことがない。
石像ではない、生きた造形美。
アイリスを神が作った美貌だと讃える言葉があったけれど。神そのものとなると、これまで見てきたどんな人間よりも美しかった。
信仰心のないアイリスとて、これが女神か、とその尊さに目を細める。
輝く瞳、散りばめられた光、眩い存在。
その神々しさに感心し、アイリスはしばし見入っていたのだが。
『今日は、もう一つ助言を貰いに来たの』
しなやかに地面につきそうなほど長い袖をはらって、メリーレは真面目な顔をする。ゆらゆら、風が吹いているわけでもないのに、波打つ髪も、身にまとっている鮮やかな布も、揺れている。
「……ラトラがまた何か?」
『いいえ。ラトラは太陽神の元で働かされているわ。信じられないけれど私にも謝ったのよ』
こちらからは知ることができない天界の様子を、そしてラトラの様子を聞いて、へえとアイリスは思う。まあ当然だろう。ざまあないわね、たくさんこき使われなさい。
これまで好き勝手生きてきたのだ、スペアの役割くらい果たしてから孤独を嘆くがいい。
『ちなみに、リリスは本当に広場に張り付けられていたわ。ちゃんと貴方の声は聞こえていますよ』
「それはよかったわ」
アイリスはにっこり頷いた。心からの笑みだ。アイリスがその羽をもぎとりに行くまで、せいぜい地獄を味わうといい。
ラトラがしたことといえば、寂しいが故にアイリスに寄生し、それをアイリスが勘違いをして勝手に死んだだけだが、リリスはリュートに暴言を吐いたのだ。前者に救いの余地を与えても、後者はない。リュートを蔑んだことは、アイリスの死よりも重い。
そんな女神が可哀想な目にあうのは、楽しくて気分がいい。
倫理?罪悪感?残念ながらアイリスにはそんなもの備わっていない。神殿や教会で平気で神を貶める発言だってできる。女神相手に畏怖したこともない。
「それで?メリーレさまは何に困ってらっしゃるの?」
アイリスは殊更丁寧にメリーレに聞いた。わざわざ直接、神の姿までアイリスに見せてくれたのだ。気分のいい土産話と一緒に。
できることなら何でもしましょうと、微笑む。
『それが。私が好きな男は、ラトラが好きなの』
「……はい?」
『どうすれば私を好きになってくれるのかしら』
「……はい?」
そういえば、と思い出す。ラトラが、メリーレの思いの人に求婚されて喜んでいたことを。その男が好きだからではなく、嫌いな女が好きな男が求婚してきて。
メリーレはさぞかしラトラを恨んだだろう。そして普通は、そんな男こちらから願い下げだ。嘆いて恨んで諦めて、別の男を探す。普通は。
『アイリス、どうすればいいのかしら』
その憂いに満ちた瞳を見て、思う。
この女神も駄女神だったか、と。性格が悪いのではない。
いつまでもラトラのような性悪を好きでいる男を諦めない見る目のなさ、盲目さ。
男に駄目になる女神。駄目男を愛する駄女神。
ほろりとその瞳から涙が落ちる。
______しばらく世界に雨が降るだろう。
アイリスは、美しい女神が泣く姿に、頬を引き攣らせた。
そして、太陽の眩しさではなく、雨がしとどに降る音で目を覚ますと。ぎょっと目を見開いている侍女たちがいて、おはようの代わりにため息をこぼす。しかし、これは二度目である。もう慣れたと言わんばかりに差し出される手鏡を受け取る。
案の定、また額に青色の女神の模様が浮かんでいた。
「また謹慎じゃない!わたくしの結婚の準備が進まないわ!」
もう式は来月よ!どうしてくれるの、ラトラ!
しかし、孤独に苛まれ人間を人間だと冷酷に扱えなかった太陽神の娘ラトラのおかげで、アイリスは前世を引き換えに女神の力を手に入れた。
使い道は知らないけれど。周りに嫌われ馬鹿にされていたラトラだが、力だけは女神の中でも特上のものを持っていたらしい。なにせ主神のスペア。いつか、太陽の神となり神達の頂点に立つ。
そのラトラの加護のおかげで、アイリスは自分に宿りリュートをからかった月の女神リリスを叩きのめすことができた。
女神は基本、駄目な女神ばかりだ。ラトラを筆頭に、リリスなど。それはもうとんでもなく性悪で、アイリスそっくりなのである。
しかしアイリスは、そんな女神でも雨の女神メリーレのことは信じていた。アイリスには似ていないと。つまり、嫌いな女の父親に涙を流して追放させる気概はあっても、そこまで性悪ではないと思っていた。
しかし。
『アイリス、どうすればいいのかしら』
泣くメリーレを前にして、思う。
メリーレとて、駄女神だった。
ただし、ラトラやリリスとは全く別のタイプの。
アイリスがラトラをやり込めることが出来たのは、そして今世で処刑を回避することが出来たのは、メリーレのおかげでもある。そのため、アイリスにしては珍しく、好感度が最初から高かった。
そんな女神が夢の中に現れた。美しい青色の髪を靡かせ、金色の輝く瞳を持った女神が。
『アイリス=ウェルバートン。貴方に会いたかったわ』
微笑んだ美しい女神。豊穣と慈愛の雨が、世界から切り取られた空間に静かに降り始める。
『雨の女神メリーレよ。これまでたくさんの助言、ありがとう』
嗚呼、これが女神。
ラトラもリリスも、アイリスは声を聞いただけでその姿を見たことがない。
石像ではない、生きた造形美。
アイリスを神が作った美貌だと讃える言葉があったけれど。神そのものとなると、これまで見てきたどんな人間よりも美しかった。
信仰心のないアイリスとて、これが女神か、とその尊さに目を細める。
輝く瞳、散りばめられた光、眩い存在。
その神々しさに感心し、アイリスはしばし見入っていたのだが。
『今日は、もう一つ助言を貰いに来たの』
しなやかに地面につきそうなほど長い袖をはらって、メリーレは真面目な顔をする。ゆらゆら、風が吹いているわけでもないのに、波打つ髪も、身にまとっている鮮やかな布も、揺れている。
「……ラトラがまた何か?」
『いいえ。ラトラは太陽神の元で働かされているわ。信じられないけれど私にも謝ったのよ』
こちらからは知ることができない天界の様子を、そしてラトラの様子を聞いて、へえとアイリスは思う。まあ当然だろう。ざまあないわね、たくさんこき使われなさい。
これまで好き勝手生きてきたのだ、スペアの役割くらい果たしてから孤独を嘆くがいい。
『ちなみに、リリスは本当に広場に張り付けられていたわ。ちゃんと貴方の声は聞こえていますよ』
「それはよかったわ」
アイリスはにっこり頷いた。心からの笑みだ。アイリスがその羽をもぎとりに行くまで、せいぜい地獄を味わうといい。
ラトラがしたことといえば、寂しいが故にアイリスに寄生し、それをアイリスが勘違いをして勝手に死んだだけだが、リリスはリュートに暴言を吐いたのだ。前者に救いの余地を与えても、後者はない。リュートを蔑んだことは、アイリスの死よりも重い。
そんな女神が可哀想な目にあうのは、楽しくて気分がいい。
倫理?罪悪感?残念ながらアイリスにはそんなもの備わっていない。神殿や教会で平気で神を貶める発言だってできる。女神相手に畏怖したこともない。
「それで?メリーレさまは何に困ってらっしゃるの?」
アイリスは殊更丁寧にメリーレに聞いた。わざわざ直接、神の姿までアイリスに見せてくれたのだ。気分のいい土産話と一緒に。
できることなら何でもしましょうと、微笑む。
『それが。私が好きな男は、ラトラが好きなの』
「……はい?」
『どうすれば私を好きになってくれるのかしら』
「……はい?」
そういえば、と思い出す。ラトラが、メリーレの思いの人に求婚されて喜んでいたことを。その男が好きだからではなく、嫌いな女が好きな男が求婚してきて。
メリーレはさぞかしラトラを恨んだだろう。そして普通は、そんな男こちらから願い下げだ。嘆いて恨んで諦めて、別の男を探す。普通は。
『アイリス、どうすればいいのかしら』
その憂いに満ちた瞳を見て、思う。
この女神も駄女神だったか、と。性格が悪いのではない。
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ほろりとその瞳から涙が落ちる。
______しばらく世界に雨が降るだろう。
アイリスは、美しい女神が泣く姿に、頬を引き攣らせた。
そして、太陽の眩しさではなく、雨がしとどに降る音で目を覚ますと。ぎょっと目を見開いている侍女たちがいて、おはようの代わりにため息をこぼす。しかし、これは二度目である。もう慣れたと言わんばかりに差し出される手鏡を受け取る。
案の定、また額に青色の女神の模様が浮かんでいた。
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