悪女ですので、あしからず。 処刑された令嬢は二度目の人生で愛を知る

双葉愛

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愚者(メリーレ)編

毒に酔う◇結婚後

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「……俺が酔っているところを見たい?」

アイリスはウェルバートン公爵からもらったウィスキーの瓶を胸に抱え、美しく微笑んだ。

一体今度は何を言い出したんだ、と上着を脱ぎ、両手が埋まっているアイリスの代わりにソファーの背にかける。ゆったりとしたシャツからローブに着替えたかったが、そんな暇もなさそうだ。

侍女も騎士も夫婦の部屋には立ち入らず、別の部屋に控えている。そのせいか、アイリスは時折こうして突拍子もないことを、好き勝手にリュートに強請る。

「わたくしはよく酔うのに、殿下はいつも涼しい顔ばかりしてらっしゃるもの」
「王子が酒なんかに酔ってどうする」

リュートは幼い頃から、毒やアルコールに強くなるよう少しづつ、少しづつ口に含んできた。多少の毒なら寝込むだけで済むし、酒にも酔わない。父である国王も酒豪なので、遺伝かもしれないが。

「そんなもので酔えないよ」
「それは、どうかしら」

にこり、アイリスは笑って、重そうに持っていた瓶をテーブルに乗せる。リュートでも軽々持てる瓶さえも、細い手には重いのか、と見つめていると。
華奢な指は、隅に掛けられていた白いクロスを取り去った。そこには二つのグラスと氷が入ったピッチャー、同じウィスキーが二本並んでいる。

リュートは、何事も抜かりがない愛する妻に息を吐いた。


「……アイリス」
「タキウス夫妻の到着が一日ずれてしまうそうなの。メアリとライズ様も来ないなら、明日一日寝ていても大丈夫よ」

明日のリュートの予定は、隣国から来るタキウス公爵夫妻のために開けられていた。
なるほど、本当にアイリスは抜け目がない。せっかく暇になったのだからちょうどいいと、嬉々として準備をさせたのだろう。


アイリスの期待に叶うほど酔うには一体、どれだけ飲めばいいのだろうか。ただでさえ王子であるリュートを無理やり飲まそうとする命知らずは少ないし、その命知らずも上手く交してきた。

リュートにとって酒は、あくまでコミュニケーションの道具のひとつ。

決して、二日酔いで寝込むなんて無様な姿を晒すものではないのだが。


リュートは一つ息を吐いた。アイリスの望みであれば、叶えるしかないのだ。






アミューズ、オードブル、ポタージュ、ポワソン、パン、ソルベ、ヴィアンド、デセール。そしてワインと紅茶。

いつもの通り国一番の料理人が威信をかけて作った素晴らしい料理を、リュートはシルバーのクトーとフルシェットを美しく使い胃におさめている。実りも豊かで海もある我が国は、野菜も魚も新鮮で、肉も美味い。

そのため、リュートはもう既に満腹だった。

「ディナー前に言ってくれたら、調整したのに」
「連絡が来たのがディナー後でしたもの」

腹をさすりながら、アイリスが氷をいれたグラスに注いでくれる琥珀色の液体を見る。

ウィスキーは、こんな、グラスになみなみといれるものではない。

しかしリュートは余計な事を言わないよう口を閉じ、目を瞑った。どうぞ、と差し出されたものを受け取る。香りがいい。水で割ってくれれば、さぞかしリュート好みの味だろう。ロックを好む父とは違う。

しかし、そんな不満も一緒に飲み込むよう、グラスを煽る。

相当度数が高いのか、か、と喉も腹も熱くなる。この焼けるような感覚を嫌って、アイリスは度数の低いワインかシャンパンしか飲まない。きみも飲め、とは到底言えないことをアイリスはよく分かっている。

そんな毒をひとりで飲む夫を、アイリスはにこにこと女神よりも美しく見守っていた。夜だというのにその瞳は太陽のように眩しく輝き、神の色だと知らしめている。

本当に、残酷で麗しい。

ゆったりとしたネグリジェを身にまとい、銀色の髪を緩くひとつに纏めて背に流しているアイリス。

せっかく、アイリスの父である公爵からもらったもの。さぞかしいい代物だろう。

それを水のように流し込む羽目になるなんて。


空になったグラスに、アイリスは微笑んだ。





水が多い我が国では、ワイン製造よりもウィスキー製造の方が規模が大きい。

乾燥した国でとれる葡萄の方が病気も少なく大量に収穫でき、味もワインを作る原料として適しているからだ。我が国ではワインにせずそのままフルーツとして食べる。甘く芳醇で、デザートにも多く用いられる。葡萄の季節になると、リュートにも数多く献上され、ランチやディナーの度に摘んでいる。
アイリスも嫌いだからと名産品を無下にはせず、一粒だけは食べていた。

特に痛みやすい葡萄は輸出には適していないが、その分国内の中でも価値は高い。
数少ない国産のワインも、それはそれは高値で取引されている。この国から遠ければ遠くなるほど価格も貴重さも跳ね上がる。質のいい葡萄で作っているだけあり、味は甘く香りも高い。


王族や貴族は価値に弱い。外交で訪れた貴賓に振舞ったり、海外旅行が好きな貴族たちに手土産としてばら蒔いてもらえば、噂はすぐに広まった。

大量生産よりも価値の底上げ。シェアで勝てなくとも他の戦い方がある。

そんな、我が国のワイン事業を盛り上げているリュートだが。



「……アイリス、もう勘弁してくれないか」

もう無理だ、と妻の遊びに、ぐったりとソファーの背に寄りかかっていた。一本、開けた。空にした。飲みきった。もう胃は限界だった。

つまみに用意させたナッツやチーズの皿も空になった。

笑っているアイリスに、全くアルコールが回っていないリュートは白旗を上げる。


「本当にお強いですねぇ」
「言っただろう。諦めてくれ」

リュートはアイリスを引き寄せ、黄金の瞳を見つめる。酔わせる目論見は叶わなかったのにその色は楽しげで、一体何が面白いのかリュートには分からない。酒臭い息が漏れる。

酒になんか酔わずとも。リュートはこの美しい毒に、散々酔っているというのに。

にぃ、と赤い血色のいい唇が持ち上がる。

もう何も言わせまいと、リュートはその口を塞いだ。ぬるい熱に、腹の底が熱くなる。

「飲んだ分の褒美はくれ」
「褒美だなんて。このからだはもうあなた様のものですよ、リュートさま」


甘い毒が回っていく。





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感想 7

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みんなの感想(7件)

あんみつ
2022.03.31 あんみつ

久しぶりこ更新ありがとうございます!!!
読めて嬉しいですこの作品大好きです!!!

解除
あんみつ
2022.01.26 あんみつ

すっっごく素敵な作品だと思います!
言葉の使い方がお上手で、セリフに気品を感じられました!
毎日楽しみに読んでおります(o^^o)

解除
bell
2022.01.25 bell

こう言う作品を読むのは初めてですが面白いです!
正直に告白したアイリスにリュートはなんて言うんだろうか
次の更新が楽しみです!

解除

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