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魔法の塔

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ガラガラと重たい物を引きずるような音を立てながら、おんぼろな馬車が錆びた丸い車輪で石ころが転がっている道路を進んでいた。


ガラガラ  ガラガラ


道路に響くのはこの情けない年季が入った馬車の音だけ。きっとこれが新品の馬車であったならもっと音も静かで____ゴトゴトッンと座っていてもお尻が浮くことはないだろう。


そう、今まさに馬車酔いをしている少女のように。


「……王都はまだ?」


込み上げる吐き気を堪えて、生理的に浮かんだ涙を乱暴に拭った少女はどのような姿勢でいればいいのか分からずに、寝転がっては振動で起き上がって、起き上がっては酔いで寝転がるという一連の動作を馬鹿の一つ覚えのように繰り返していた。


どうして自分がこんな目に、と少女は苦し紛れに心の中で愚痴をこぼす。口から零れるものは吐き気に対する呻き声と、馬車の揺れで口から飛び出るカエルが潰れたような声だけだった。


「……あぁ、魔法が使えたなら」


辛うじて舌を噛むことなく吐き出されたため息は、空へ吸い込まれて行く。


そう、いくつもの馬車や箒が賑やかに空を飛んで、地面をちんたら走っている時代遅れの馬車などを嘲笑うかのように、一直線に目的地へ向かうことが出来るもので覆われた空へ。


小さい子でも箒で飛べる空が飛べず、不便な馬車に乗って酷い目に合っている少女はげんなりと肩を落とした。


この世界は魔力を誰もが産まれながらに持ち、魔力によって使える魔法の恩恵を受けて発展している世界だ。日常生活で必要なことはもちろん、政治、産業、医療、教育と何やら何まで魔法で世界が回されている。


それなのに、この少女_____リリアーヌは魔法が壊滅的に使えない。この世界で文字が書けない人は多くいるが、魔法が使えない人など滅多に見掛けないのだ。学校に通ったり仕事に就けないことはもちろんだが、魔法が使えないというだけで万人から虐げられてしまう。


だが驚くことにリリアーヌは何を間違ったのか____エリート中のエリート、王宮に使える宮廷魔導士の一員であった。


空を飛ぶ魔法だけでなく火を起こすことも、水を出すことも、電気を使うことも何も出来ないリリアーヌはそれでもれっきとした魔導士だ。あまりにも使えない下っ端として遠出の雑用ばかりいつも押し付けられているとしていても、馬車用の閑散とした石ころが転がる道を毎日通って泣く羽目になっても、誰もが一度は憧れる立派なお城でバリバリ働いている。


世間はリリアーヌの王宮勤めを「革命(レボリューション)」と呼んだ。可能性が0%…いや寧ろマイナスの状況で成し遂げた女としてリリアーヌは世間に名を馳せていた。それが名誉なことかは気にしないでおこう。


そうして何世紀にも渡る国の常識を覆した……顔面を青に染めた少女を乗せたまま、馬車は王都へと駆けて行った。





馬車が王都の中心にある城に着いた頃には、リリアーヌの気力は尽きていた。ギィ、と錆びた車輪が擦れる音と共に馬車は止まる。そして従者が扉を開けたタイミングと同時に、リリアーヌは馬車から転がり落ちるように地面へ降りた。


「……もう馬車なんて乗らないから」


疲労困憊した表情でいつものセリフを吐いたリリアーヌは、贅を尽くし建てられた城を見上げた。相変わらず首を大きく傾けても見上げきることの出来ない城を、酔った後に見上げるというのは辛い行為だ。


はぁ、と尽きてしまった残り僅かの精神力さえ吐き出したリリアーヌは、ズルズルと重い足を引き摺りながら城へ続く門を潜った。




城のとある一角。何種類もの花が咲き誇っている美しい中庭を突き進んだところに、一つの天を突くほど高く大きな塔が立っている。堂々と君臨している塔ではあるが、蔦に覆われた塔はどこかカビ臭いような、しみったれた雰囲気を漂わせていた。


黒いマント__しかもいつ洗濯されたのか分からないほどボロボロでヨレヨレである__を着込んで、目を覆うほど伸びたボサボサの髪を整えることもせず、眼鏡も牛乳瓶型の底のような眼鏡を掛けている。どこからどう見てもお洒落とは縁のない人種が塔にいる人間の多くを占めていた。そのため更に塔は湿っぽく感じられる。


王城を美しいドレスや服で着飾り、微笑みを浮かべ道を行き交う高貴な身分の相手に見初められる可能性はゼロではないが……ここではそんなハプニングが起こることは決してないだろう。そんな色恋沙汰さえも、湿気高い空気に染めてカビに変えてしまうかもしれない。


この塔は何百年と続く歴史ある“魔法の塔”だ。魔法に関する研究が行われる第一線であり、国中から集められた非常に優秀な何百人という魔法使いがここで日夜仕事に励んでいる。誰もが天才ばかりで、この塔の中で生み出された実績は数知れず。王からの信頼も厚く、今では宮廷魔導師__王宮で働く魔法使いの総称___は様々な方面に顔を効かせるまでに至っていた。


魔力を高める効果があると証明された黒のマントは、四六時中マントを脱ぐことはない宮廷魔導師のアイデンティティーとされ、ボロボロでヨレヨレで見るに耐えない黒の布は国中の魔法使いの憧れとなっている。


だがそんな塔に……


「やっと着いた…」


ふわりと銀の髪を揺らし、淡い紫色のワンピースの裾を翻している少女がやって来た。その少女は先程まで馬車に酔っていた__リリアーヌだ。


中庭の美しい花々に囲まれているリリアーヌは、くっきりと線の入った二重をして、光に照らされると淡い金色に輝く瞳に、ピンク色に色付いた唇に笑みを携えていた。まるで天から落ちてきたような、妖精のように可憐で美しい姿である。


そんな少女がこの塔に入っていく様子は、まさに儚い姫が魔王に囚われているような気分にさせてしまう。自分の容姿に無頓着にも程がある、黒いフードを被った人が出入りする中でリリアーヌの存在は異質そのものだった。


しかしリリアーヌが所属している部隊は、宮廷魔導師は宮廷魔導師でも……“特殊魔導師”と呼ばれる人々ばかりで構成されている、その名の通り“特殊”な部隊だった。宮廷魔導師は部隊と呼ばれるチーム編成に別れており、それぞれの部隊で一つのことを実験、研究などを行っている。


研究だけではなく、騎士と共に戰う戦闘に特化している部隊もいくつか存在する。どれも個性が強い部隊であることは間違いないが……リリアーヌが所属している部隊は、そんな塔の中でも個性の殴り合いだと評判が立っていた。


リリアーヌは多くの魔道士達とすれ違いながら塔の中心にある階段を登り、56階まで上がる。塔全体には魔法が張り巡らされているため、56階分の階段を登ることも些細な運動にすぎなかった。ちなみに塔は200階を超えている。130階までが魔道士の部隊に与えられた部屋であり、そこから上は全て古の禁じられた書や魔法道具などが保管されており、厳重な管理がされていた。魔法により塔の中は空間をねじ曲げられていて、広さを変えることも、170階より上から滲み出る負の空気を異空間に飛ばすことも簡単なのだ。




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