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蒼い炎がとある部屋を仄暗く照らしている。蒼は静かに松明に灯されており、松明が照らす大きな柱にはとても繊細な彫刻が施され、まるで宮殿のように何本も何十本も柱が列を成していた。
また一段と目を引くどこまでも続くテーブルには、真っ白なテーブルクロスが敷かれ暗い部屋に浮かび上がっていた。そのテーブルの上にも蒼い光が装飾に凝った錆色の蝋燭の上で小さく揺らめいている。微弱な炎の光が照らすのは精々手元くらいで、大きな部屋の端はもちろん、テーブルに座っている人物の顔も闇に溶け、互いに互いを目視することは出来なかった。そう、人間ならばだが…
あぁ申し訳ない、一つ訂正をさせて貰おうか。
テーブルに着いているものが________“悪魔”なら、この程度の暗闇など何一つとして問題はないのだから。
骨の髄まで凍り付きそうなほど冷たい空気が漂い、黒い鬱々とした靄が部屋の隅まで広がっていく。そんな暗闇にマグマの底を映しているような赤黒い双眼がギョロリと光る。黒く尖ったブラックダイヤモンドのような爪に、黒を引き立てる血の気のないどこまでも白く透き通っている肌で、骨が浮き上がって硬そうな鱗で覆われた凶暴な肌、そして純白だった筈のテーブルクロスにいつの間にか付いている真っ赤な血の跡や、ゴロゴロと歪な骨と骨が擦れる音を立て床に転がった何かの残骸が淡い炎に照らされていた。
それらは全て悪魔のモノ。
窪みや凸凹が多くある鈍色の角を頭に伸ばす悪魔、固い空気をも切り裂くような大きな黒い翼で宙に浮く悪魔、動物の内臓を血に染めた美しいドレスに飾る貴婦人を模した悪魔、老若男女の顔を10持つ悪魔、天使の羽をその鋭利な血塗れの手で散らしながら佇む悪魔。
ヒトではない。ヒトなんかではない。ヒトと呼んではいけない。
禍々しく、寒心に堪えず、正気なのかと疑わずにいられないこの場は悪魔の巣窟だった。
「……さぁ、今宵集まった高貴なる血の者よ」
そんな場所に、一つの声が重々しく落とされた。テノールの滑らかな声はまるで腹の内の恐怖を冷ややかに掻き立て、内臓を引きずり出されるような錯覚に陥れる。声の主はテーブルに着いている誰でもない。
100の悪魔たちを見下す高い位置にある王座からその声は落とされたのだ。先ほどまで手元しか照らさなかった青い炎が途端に轟々と燃え上がり、深い蒼は黒いバラのツタが絡んだ王座の足元を照らし出した。暗闇でも夜目が効く悪魔でさえ、顔を見ることは叶わずカラスのように真っ黒な靴しか見ることが出来なかった。
悪魔の王。魔を統べる者。
非道で、冷酷で、穢れで、全ての悪の根源で、残酷で、残虐で、そんな魔王。
悪魔たちは一斉に椅子から立ち上がり魔王に頭を下げ地に膝を付いた。どんな姿の者も皆、王にへりくだった。長く生きて知識を持た悪魔も、まるで麗しい人の姿をした気高そうな悪魔も皆王に平伏した。
悪魔たちには実は序列がある。魔王への謁見が叶うのは、己が持つ能力が高い上位100までの悪魔たちだけだ。
だが能力さえあれば権威を手に出来るという世界ではない。魔王の血が色濃く肢体を占めている者には大公爵の地位を、魔王によって世界が創立されて以来ほぼ永久とも思われるような、そんな時の中忠誠を誓ってきた者には大侯爵の地位を、能力や富や知識に優れた者には伯爵の地位を。このように序列の他にも階級が与えられていた。この場にいるのは全て伯爵以上の悪魔で、地位の低い者から順に膝を付き、最後に大公爵が恭しく首こうべを垂れた。
全ては魔王(あなたさま)の名のもとに。
欲望に忠実なる悪魔でも、王の前であれば欲など些細なものに成り下がってしまう。それは王が人望に厚いという人道染みた話ではなく、王の魔力が世界の創始者をも超える膨大で巨大な力であるからだ。その力の前にどの悪魔も平服し、跪く。
そして王(ちからあるもの)の命は絶対。
唯一階級に囚われず、能力で君臨出来る存在が魔王であった。魔界だけではなく、神が創った全ての世界をも壊す力のあるものが魔王として囚われた。
「一時の嗜好で人間の魂に魅入られた愚かな者たちよ。あのような虫けら共に貴様らは力を与えすぎたのだ」
王から滲み出る威圧感が城の広い謁見の間を浸透していく。まるで大きな怒りが渦を巻いて悪魔を飲み込んでいくかのように。王の力を顕著に示すその圧迫感に、悪魔は王はお怒りなのだと血の気のない顔を蒼褪め、身体を震わせた。
「我ら貴き歴史が求めるものは美味ではない。美徳だ」
ここ数千年、悪魔は人間の魂を食らうことに価値を置いている。人間の魂は涎が滴る程美味しいのだ。人間が欲に染まれば染まる程その味は深くなっていく。だから悪魔は人間の欲を煽る為に自らの力を貸し、成熟した濃い魂を貪り食った。それが十何世紀もの間行われたことで力の欠片ほども持っていなかった人間が、今では魔力をその身体の中に持ち使うようになった。
悪魔の力を人間はついに手に入れたのだ。王は、そんな人間の変貌に愁い怒りを持った。悪魔にとって人間はただ餌としかなりえない、弱く下賤な生き物にすぎないからだ。誇り高い悪魔が人間が、自分たちと同等の力を使う人間へ真っ黒に染まった嫌悪と底のない怒りを抱いているのに、それでも悪魔は人の魂を求めることを止まなかった。
それが今、この王の言葉によって覆される。
「よって_____人間との契約を一切禁じる。人間に力や知恵を更に与えようものならば、人間の消滅の前に自分の破滅の心配をしろ」
そうして悪魔は______人間と契約を結ぶことはなくなったのだった。
また一段と目を引くどこまでも続くテーブルには、真っ白なテーブルクロスが敷かれ暗い部屋に浮かび上がっていた。そのテーブルの上にも蒼い光が装飾に凝った錆色の蝋燭の上で小さく揺らめいている。微弱な炎の光が照らすのは精々手元くらいで、大きな部屋の端はもちろん、テーブルに座っている人物の顔も闇に溶け、互いに互いを目視することは出来なかった。そう、人間ならばだが…
あぁ申し訳ない、一つ訂正をさせて貰おうか。
テーブルに着いているものが________“悪魔”なら、この程度の暗闇など何一つとして問題はないのだから。
骨の髄まで凍り付きそうなほど冷たい空気が漂い、黒い鬱々とした靄が部屋の隅まで広がっていく。そんな暗闇にマグマの底を映しているような赤黒い双眼がギョロリと光る。黒く尖ったブラックダイヤモンドのような爪に、黒を引き立てる血の気のないどこまでも白く透き通っている肌で、骨が浮き上がって硬そうな鱗で覆われた凶暴な肌、そして純白だった筈のテーブルクロスにいつの間にか付いている真っ赤な血の跡や、ゴロゴロと歪な骨と骨が擦れる音を立て床に転がった何かの残骸が淡い炎に照らされていた。
それらは全て悪魔のモノ。
窪みや凸凹が多くある鈍色の角を頭に伸ばす悪魔、固い空気をも切り裂くような大きな黒い翼で宙に浮く悪魔、動物の内臓を血に染めた美しいドレスに飾る貴婦人を模した悪魔、老若男女の顔を10持つ悪魔、天使の羽をその鋭利な血塗れの手で散らしながら佇む悪魔。
ヒトではない。ヒトなんかではない。ヒトと呼んではいけない。
禍々しく、寒心に堪えず、正気なのかと疑わずにいられないこの場は悪魔の巣窟だった。
「……さぁ、今宵集まった高貴なる血の者よ」
そんな場所に、一つの声が重々しく落とされた。テノールの滑らかな声はまるで腹の内の恐怖を冷ややかに掻き立て、内臓を引きずり出されるような錯覚に陥れる。声の主はテーブルに着いている誰でもない。
100の悪魔たちを見下す高い位置にある王座からその声は落とされたのだ。先ほどまで手元しか照らさなかった青い炎が途端に轟々と燃え上がり、深い蒼は黒いバラのツタが絡んだ王座の足元を照らし出した。暗闇でも夜目が効く悪魔でさえ、顔を見ることは叶わずカラスのように真っ黒な靴しか見ることが出来なかった。
悪魔の王。魔を統べる者。
非道で、冷酷で、穢れで、全ての悪の根源で、残酷で、残虐で、そんな魔王。
悪魔たちは一斉に椅子から立ち上がり魔王に頭を下げ地に膝を付いた。どんな姿の者も皆、王にへりくだった。長く生きて知識を持た悪魔も、まるで麗しい人の姿をした気高そうな悪魔も皆王に平伏した。
悪魔たちには実は序列がある。魔王への謁見が叶うのは、己が持つ能力が高い上位100までの悪魔たちだけだ。
だが能力さえあれば権威を手に出来るという世界ではない。魔王の血が色濃く肢体を占めている者には大公爵の地位を、魔王によって世界が創立されて以来ほぼ永久とも思われるような、そんな時の中忠誠を誓ってきた者には大侯爵の地位を、能力や富や知識に優れた者には伯爵の地位を。このように序列の他にも階級が与えられていた。この場にいるのは全て伯爵以上の悪魔で、地位の低い者から順に膝を付き、最後に大公爵が恭しく首こうべを垂れた。
全ては魔王(あなたさま)の名のもとに。
欲望に忠実なる悪魔でも、王の前であれば欲など些細なものに成り下がってしまう。それは王が人望に厚いという人道染みた話ではなく、王の魔力が世界の創始者をも超える膨大で巨大な力であるからだ。その力の前にどの悪魔も平服し、跪く。
そして王(ちからあるもの)の命は絶対。
唯一階級に囚われず、能力で君臨出来る存在が魔王であった。魔界だけではなく、神が創った全ての世界をも壊す力のあるものが魔王として囚われた。
「一時の嗜好で人間の魂に魅入られた愚かな者たちよ。あのような虫けら共に貴様らは力を与えすぎたのだ」
王から滲み出る威圧感が城の広い謁見の間を浸透していく。まるで大きな怒りが渦を巻いて悪魔を飲み込んでいくかのように。王の力を顕著に示すその圧迫感に、悪魔は王はお怒りなのだと血の気のない顔を蒼褪め、身体を震わせた。
「我ら貴き歴史が求めるものは美味ではない。美徳だ」
ここ数千年、悪魔は人間の魂を食らうことに価値を置いている。人間の魂は涎が滴る程美味しいのだ。人間が欲に染まれば染まる程その味は深くなっていく。だから悪魔は人間の欲を煽る為に自らの力を貸し、成熟した濃い魂を貪り食った。それが十何世紀もの間行われたことで力の欠片ほども持っていなかった人間が、今では魔力をその身体の中に持ち使うようになった。
悪魔の力を人間はついに手に入れたのだ。王は、そんな人間の変貌に愁い怒りを持った。悪魔にとって人間はただ餌としかなりえない、弱く下賤な生き物にすぎないからだ。誇り高い悪魔が人間が、自分たちと同等の力を使う人間へ真っ黒に染まった嫌悪と底のない怒りを抱いているのに、それでも悪魔は人の魂を求めることを止まなかった。
それが今、この王の言葉によって覆される。
「よって_____人間との契約を一切禁じる。人間に力や知恵を更に与えようものならば、人間の消滅の前に自分の破滅の心配をしろ」
そうして悪魔は______人間と契約を結ぶことはなくなったのだった。
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