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しおりを挟む謀反を起こす勢いで父に詰め寄ってくれた長兄のおかげで、一台から三台に増えた荷物馬車とアイリーンが乗る馬車が、がらがらと田舎道を進んでいく。今は御者がそれぞれいるが、魔界に行けるのはアイリーン一人なので、迎えに来るリシャール側に運んでもらう。
もう国境付近まであと僅かだ。国境を超えれば、証人となる隣国の要人たちと、そして魔族と合流する。
涙はもう流れない。ぼうっと窓に反射する自分を見つめる。真珠を砕いた粉を塗った透き通るように美しい肌も、淡く色づいた目元も、赤く塗った唇も。銀色の絹のような髪も、湖のようなアイスブルーの瞳も。この日の為に急いで仕立てられた白いドレスも。数時間後には、燃えて灰になっているかもしれない。
がたん、とアイリーンを襲う馬車の揺れで、は、と正気に戻る。目前に広がるのは血の海でも、燃える炎でもなく、殺風景な景色。馬車の周りは馬に乗った騎士たちに囲まれていて、その中には次男もいる。
(……弱気、になっているわけではないの。ただ、魔王___魔の皇帝を殺した悪魔と、ずっと争っていた人間の花嫁だなんて。生き延びる未来が見えないわ)
昔は王都から離れていても町があり商人が行き交う賑やかな道だったそうだが、一度魔族が攻めこんできたせいで、辺りにあるのは軍事関係の施設ばかりになってしまった。農民もおらず、田畑も荒れ果てている。血を吸った大地が元に戻るまで、一体何年かかるのだろうか。
「……神の御加護も、役に立ってくれないのね」
魔族を禁忌扱いする正教会からは当然破門されてしまったが、まさかそんな汚名をアイリーンに被せるわけにもいかず、アイリーンの名前は聖女として語られることになる。
第三王位継承権も失い、勲章だけ貰って来た。とはいっても、授与式が間に合わず、これまた名前だけである。停戦協定だけがアイリーンの命綱なのだが、その協定を破るために命を狙われるに違いないのだから、もう八方ふさがりだ。
唯一の頼みは花婿だけ。その花婿も悪魔。
刻一刻と迫るタイムリミットに、手が震えそうになってしまう。死ぬのも怖いが、また戦争が始まり___そして今度はどちらか滅ぶまで続いてしまうのだ、国の未来も怖い。『必ず貴方様を迎えに行く!』とアイリーンを見送る大勢の国民の中に混じって叫んでいた勇者が、この国を再び守ってくれるといいけれど。
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