140字三題噺BL

永川さき

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2023年9月

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9月6日 どうか 写真 舐める
 
1 視線が合わないあの子の写真を壁と天井に飾れば、あの子に抱き締められているような気分になる。舐めるように1枚ずつ見ていけば、その可愛さに体が熱くなる。明日から君と同じ職場だよ。どうか、どうか俺を見て。そして、俺を好きになって。その美しい体を食べさせて。

2 彼と並び、カメラに見せつけるように差し出したアイスは美味しかった。またあのアイスを2人で舐めたい。「何見てんの…って、昨日の写真じゃん」「美味しかったなあって」どうかまた来年も、彼の誕生日に旅行に行ってアイスを食べられますように。

 

9月8日 そのままで 纏う 痛み
 
1 四肢が吹き飛んだのは目視したが痛みはない。死神の纒う気配がヒタヒタと近づいてくる。目を閉じようとした時、相棒が叫びながら駆けてきた。「そのままでいい。早く逃げろ」この地獄から生き延びろ。綺麗な女と沢山子を作れ。…嫌だ。お前が俺の知らないところで俺以外と幸せになるのは。おれ、は…

2 「動くな。そのままでいろよ」耳元で凄まれて体を強張らせる。彼の纒う香水がふわりと香る。耳に冷たい針が触れ、一拍置いてバチンッと激しい音が鼓膜を突いた。痛みはさほど感じなかった。「できた?」「ああ。これで俺と揃いのピアスを付けれる」ドヤ顔した彼は蕩けるような目で俺の耳たぶを撫でた。



9月9日 逃げられない クッション 痛み
 
1 突き飛ばされた先にはクッションがあった。だが既に全身を殴打されては意味がなく、全身に鈍い痛みが走った。「この瞬間をどれだけ待ったことか」敵対組織の幹部である奴は興奮を隠しもせず俺を押さえつけた。その瞳には強い執着心が宿っていて、俺はこいつから逃げられないと悟った。

2 痛みを感じていた腰を押され、近くにあったクッションを手繰り寄せた。きつく抱き締めれば恋人の匂いが鼻腔を擽る。「どうだ?」「ん、いい感じ」逃げられない快感に溺れたのは昨夜のこと。そのせいで腰を痛めてしまった俺は、その責任を恋人にしっかりと取ってもらっている。マッサージ最高。

 

9月10日 妄想 片付け ファンタジー
 
1 冷たく濡れた不快な感覚に目を覚ます。そこは口にするのも憚られる液体に塗れて乱れたシーツの上だった。重い体を動かして片付けを始める。これが妄想だったらよかった。気紛れにやってきて乱暴されたこの半年で心は消耗してきっている。魔法使いが助けに来てくれるファンタジーなどありはしないのだ。

2 BLというファンタジーに足の先から頭のてっぺんまでどっぷり浸かり妄想に励んでいた俺は興味本位からその道のプロに後ろの初めてを捧げた。片付けが終わり帰ろうとする彼を見送ると、不意に耳元で囁かれた。「また利用して」踵を返した彼の腕を掴むと、玄関ドアに押しつけられ貪るようなキスをされた。



9月12日 咲く 慰め 触る
 
1 また今年も桜が咲いた。最期に愛していると言った彼の顔も、冷たい唇に触れた感触も今でもはっきりと思い出せる。彼が好きだった桜を眺めて涙を流しても、慰めてくれる愛しい人はもういない。「会いたいな」そう呟くと、星屑が煌めいたような気がした。

2 仕事でそれなりに大きいミスをした俺を慰めてくれているのは、教育係をしていた先輩だ。「峰は落ち着けばちゃんとできてるんだから大丈夫。教えた俺が保証する」酒に酔ってぐでぐてになっている俺の髪に触れながら笑う先輩を見て、俺の胸に小さな花が咲いた。


 
9月19日 廃屋 断ち切る 化粧
 
1 体を冷水で流し、女物の服を着て化粧をはたく。歓楽街の路地に立っていれば、馬鹿な奴が声をかけてきた。廃屋があると言えば、息を荒げて俺についてきた。廃嫡されて放り出されてからはずっとこうしている。夜の世界という悪縁を断ち切れないまま、今日も金のために仕事を始める。

2 かつて閉じ込められていた廃屋は遠い。卑しい親族との縁を断ち切ってくれた彼は豪商の五男で、その家族は俺が彼の連れになったというのに温かく迎え入れてくれた。元の顔が良いらしい俺に薄化粧を施した彼は、今日も満足そうに頷いて満開の笑みを浮かべる。俺は弧を描いた彼の唇に自分のそれを重ねた。



9月21日 靴音 口説く 探る
 
1 予感があった。残業だと言う彼の会社の前で待ち伏せしていると、甲高いヒールの靴音を鳴らしながら歩く女と腕を組み、あまつさえソレを口説きながら歩く彼の姿を見つけた。納得と同時に全身の血の気が引く。よろけて後退りした先は一級河川の橋の欄干。ああ、不幸は一度に襲いかかってくるのだ。

2 彼氏がこそこそしている。それを探るため、靴音を忍ばせながら彼の家の玄関ドアをそっと開けて中に入った。1DKのそこはパーティ会場となっていた。「なんで早く来たんだ…」今日は俺の誕生日。口下手な彼が無言で差し出したのは白い箱に収まった銀色。彼らしい口説き文句だ。



9月26日 地面 窓 解く(ほどく)
 
1 俺を戒めていた縄はこの5日で解けるようになった。地面は遠いが、下の階に降りれば逃げられる。窓は普通に開いていた。縄を忌々しいベッドの脚に括り付けて下に垂らし、慎重に降りていく。階下に到着して胸を撫で下ろした俺を待ち受けていたのは。「やあ、散歩かい?」明るい声の、無表情の奴だった。

2 地面を蹴り、誰よりも速く走る姿は格好よかった。窓からそれを見ていた僕は彼のファンだった。だけど、彼は怪我という鎖に繋がれている。僕が保険医ではなく理学療法士だったなら、それを解くことができたかもしれない。「先生、待ってて」彼の言葉を信じ、僕は今も窓辺で彼の姿を待っている。

 

9月27日 雨 教えて 掠れる
 
1 冷たい雨粒が容赦なく叩きつけられる。殴られた頬だけが熱を持っていた。彼氏になる男は、どいつもこいつも俺にパートナーの存在を隠し、そしていつものパターン。何度繰り返せば唯一を得られるのか。「教えてくれよ」虚空に投げた問いかけは掠れ、誰にも届くことなく雨音に掻き消された。

2 「ねえ、教えて?」俺の腕を強く握っている彼の顔には焦燥が浮かんでいた。うっかり漏らした彼への気持ちを知られ、逃げ続けて心をすり減らしたのは俺のはなのに、だ。もう逃げられない。「好きだ。悪いかよ」掠れた声が漏れる。引き寄せられて唇が重なった瞬間、乾いた大地に慈雨が降り注いだ。



9月30日 あの日 寄せる 叫びたい
 
1 入道雲が浮かぶ青い空の下、自分よりも強くなれと言った友は清々しい笑顔だった。その時には俺たちが相反する道を行くのだとわかっていたのか。動きを止めるための攻撃は、その直前に無抵抗になった友の胸を貫いた。温かい赤を流す友の体を引き寄せる。叫びたいのに、喉から漏れたのは嗚咽だけだった。

2 冷たい風が吹き荒ぶあの日、チョコレートを差し出して想いを告げた。玉砕覚悟だったというのに、それが受け入れられたことは今でも信じられない。毎日叫びたい気持ちを抑えるのに精一杯だ。なのに。「おい、もっとこっち来いよ。寒いだろ」真っ赤になった俺を引き寄せる彼の手は、とても熱かった。
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