逃げたカナリアが唄うには

永川さき

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ごめんね

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 私の目の前にいる甥――清水貴明――から出る威圧は苛烈なものだった。
 彼と同等、いやそれ以上のカリスマ性を持った者でなければ気圧されて指一本たりとも動かせないだろう。
 私は幸い年の功もあってなんとか対等に渡り合えているのは奇跡に近いのかもしれない。
 貴明は眉間に皺を寄せて私を睨みつけ、見るからに苛立っていた。
 
「俺の春樹をどこに隠した」
 
 疑問ではなく確信を持って聞いてくる。
 それは貴明の後ろに控えている私の息子――清水康明――がリークしたのだろう。
 はぁ、困ったものだ。
 性格は正反対といえると思うのだが、なぜだか幼い頃から仲が良い。
 良すぎて親どころか大切な幼馴染まで裏切るなんてなぁ。
 
「知らんな。それからひとつ言っておくが、彼はお前のものではないぞ」
「ふん、白々しい。春樹があんたの手を借りたのはとっくにわかってんだよ。それに、春樹は出会ったときから俺のものだ」
 
 天上天下唯我独尊を地でいく貴明は諦めというものを知らない。
 睨みつけるその眼は、それだけで相手を殺しそうな勢いだ。

――全ては彼を手に入れるため。
 
 私はため息をひとつ吐いて、高い背もたれにもたれかかった。
 さて、どうしたものか。
 私と貴明は叔父と甥の関係のはずなのに、実の親子より顔から思考回路までそっくりだ。
 似ているからこそ、何をしてここに来ているか薄々わかっててしまう。
 
「あんたの会社は俺が買収した。翔子さんは俺が預かっている。これがどういうことかわかるよな」
 
 ほらみろ、やっぱりな。
 もう本当嫌になる。
 こんな狡猾で卑怯なところまで似なくてよかったのに。
 まったく可愛いくない甥だ。
 
「わかってるさ。会社の代表がお前になることも、翔子の身の安全が私次第ということも」
「なら早く教えろ。春樹はどこだ」
「そう急ぐな。せっかちは嫌われるぞ」
 
 私は懐に仕舞っていたカードケースから信用金庫のカードを取り出し、パソコンで委任状を作成して印刷する。
 プリンターから出てきたそれに署名押印し、それらを貴明に提示した。
 
「ここに彼の記録が保管されている。あとは好きにするがいい」
 
 貴明はそれを受け取るとふんっと鼻を鳴らした。
 
「あんたには腸が煮え返るほどムカついてるんだよ。しばらくは大人しくしてもらう」
「怖い怖い。言われなくなってそうするさ。精々彼に嫌われないようにするんだな。ああ、もう嫌われてるか」
「黙れ」
 
 貴明は手にした委任状をくしゃりと握りつぶした。
 おいおい、せっかく作った書類なんだが。
 そうこうしているうちに部屋には貴明の側近らが入ってきて私を取り囲んだ。
 さながら悪人のような扱いだ。
 失礼なやつらだなぁ。
 私は指示されたとおりポケットの中から携帯やら財布やらを出して彼らに渡した。
 翔子の身柄が貴明の手元にある以上逃げるつもりは毛頭ないのだが、彼は私のことを全く信用していないらしい。
 私は促されて部屋を、最終的にはビルから出て車に押し込められた。
 
「翔子さんのところへ行かせてやる。その代わり、俺がいいと言うまでそこで大人しくしてろ」
「もちろん、最高のもてなしをしてくれるんだよね。期待してるよ」
 
 貴明は私の言葉を無視し運転手に「出せ」と命じた。
 車は滑るように動き出し、ついさっきまで私が代表をしていた会社からどんどん遠ざかっていく。
 
 窓から見える空は雲ひとつない快晴だった。
 私は同じ空の下、遠い異国の地にいる彼に向かって謝った。
 
「ごめんねぇ、春樹くん」
 
――最愛の人を人質にされては、私も屈せざるを得ないんだよ。
 
 ぽつんと放り出された謝罪は彼に届くことはなく消えていった。
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