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近づく距離
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それ以降、毎週金曜日の昼休みは寛とともにこの林で昼食をとるようになった。
雨の日は特別棟の階段裏を避難場所にした。
金曜日に本を貸して、また翌週の金曜日に返して貰うと同時に新しい本を貸す。
まだ十八になってもいない上に高校生の寛には全年齢対象の同人誌しか貸せないが、それでも寛は僅かに顔を綻ばせて嬉しがった。
智哉はその笑顔が楽しみで、次の金曜日が待ち遠しかった。
寛は感情豊かだった。
表情が動くのはほんの僅かだが、切ないシーンでは目尻を下げ、ハラハラするシーンは目を見開いている。
想いが通じてイチャイチャするシーン――もちろん全年齢対象の範囲内だ――では顔を赤く染める。
くるくると変わる顔が可愛く思えた。
小説の感想もぽつりぽつりと話してくれて、初めて語ることができる相手ができた寛はとても嬉しそうだった。
智哉も萌えを語れる同志は姉を除けばネット上にしかおらず、直で語れる相手がいることの喜びを知った。
週に一回の昼休みだけでは時間が足りず、連絡先を交換して夜に通話をするようになるまで、さほど時間はかからなかった。
また、バレー部が休みの日にたまたま弓道場を通りかかったとき、寛を見つけた。
すっと伸ばされた背筋。
真っ直ぐに的を射抜く視線は静かな闘志を孕んでいた。
真剣な顔は精悍で、誰もが固唾を呑んでその挙動を見ていた。
寛が弓構えの姿勢から打起し、引分け、会と流れるような動作で的を狙う。
そして、ビュンッと音が鳴って矢が的に吸い寄せられていき、タンと遠くからあたりの音が聞こえた。
寛は残心を取ったままじっと的を見ていた。
その口角が僅かに上がったのを、智哉は見逃さなかった。
自分よりも背の大きい、しかも同性のクラスメイトが格好いいと、可愛いと、その笑顔を独占したいと、そんな感情を抱くのはおかしい。
そうは思っても、止められない。
智哉はこの感情の名前を知っていた。
姉が紡ぎ出す物語の主人公たちは、揃ってこんな気持ちを吐露していた。
それでもまさかと思い、相手が同性であることや細かいことは伏せ、思い切って美波に相談してみた。
「智哉さぁ。あんた何年あたしの助手してる?」
「六年くらい?」
「それでわかんないって嘘よ。ちゃんとわかってるでしょ」
「……うん」
そう指摘されれば確信せざるを得ない。
(俺は寛が好きなんだ)
きちんと自覚をすれば、すんなりとその感情を受け入れることができた。
だが、自覚してどうなる?
寛はTLもBLも好きな腐男子ではあるがノンケだ。
気持ちを伝えたところで望みはない。
ジクジクと痛む胸を見なかったふりをして智哉は声を上げた。
「あーあ、失恋だな」
「なによ、相手には付き合ってる人がいるの?」
「そんな感じ」
「どんまい」
電話越しの美波は智哉か失恋したというのにそっけない。
姉なのに薄情ではないか。
ムッとしたが、次の瞬間には脱力してしまった。
「ちょっと詳細教えてよ。ネタにする」
「教えねえよ。てか慰めるくらいしてくれ」
「あたしが慰めてもどうにもならないでしょ。それよりほら、相手のこと教えなさい」
「嫌だ。誰のおかげで同人活動ができてると思ってんの?」
「うわっそういうこと言う⁉︎」
「権利だからな。なくても教えないけど」
「ケチ」
「どっちが」
軽快なやり取りをしていれば多少は失恋の痛みも紛れた。
きっと、バレーに打ち込めばこの傷も少しずつ癒えていくだろう。
瘡蓋が取れたとき、智哉は真の意味で寛と友達になれる。
*
寛と昼休みに会うようになってから早四ヶ月。
二月の寒さに耐えきれず特別棟の階段裏で身を寄せ合って過ごしていたが、この距離感は近すぎるのではないかと思いつつそれを言い出せずにいた。
加えて、好きという気持ちを自覚してから寛の顔をまともに見れなくなってしまった。
よく見なくても格好いい顔をした寛とどうやって話していたのかまったく思い出せなかった。
ぎこちない態度になっていることは自分でもわかっていた。
だが、智哉はどうすることもできなかった。
そんな時だった。
昼休みになり待ち合わせの階段裏に行くと、いつもは先に座って待っている寛が立ったままそこにいた。
手には本と高校生でも買える少し高級な菓子折りがあった。
そして、ぴくりとも動かない無表情で開口一番、拒絶の言葉を投げられた。
「俺が気持ち悪いなら無理して付き合わなくていい。今日持ってきてくれた本は借りない。これで最後だ」
そうして手に持ったものを胸元に押し付け、寛は智哉の顔を見ることなく立ち去っていく。
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
(これで最後って、もう二人で話せないってこと?)
呆然から立ち直り、智哉は背を向けた寛の手を持ち前の運動神経でさっと掴んで引き留めた。
「ちっ……違う! そんなこと思ってない!」
「無理して合わせなくていい。ちゃんとわかってる」
「わかってるってなんだよ! 違うって!」
「同情はいらない。離してくれ」
手を離そうとしない智哉を寛は鋭い目付きで睨みつけてくるが、ここで怯めば彼とは二度と話せなくなる。
智哉は必死だった。
自分が何を口走っているのかもよくわからないまでに。
「だから違うって! 寛が好きなの自覚してどうしたらいいかわかんなかっただけだ!」
「は……?」
叫ぶようにして告げた想いに対し、低い声を上げて振り返った寛の顔を見て、智哉は血の気が引くのを感じた。
今、自分は何を言った?
隠し通し、徐々に殺していくはずだった気持ちを口に出してしまった。
それを聞いた寛は眉間に皺を寄せたままこちらをじっと見ている。
「あっ……! っごめん、俺の方が気持ち悪いよな。俺の方こそ消えた方がいいな」
嫌悪を露わにした寛の手をぱっと離し、智哉は痛む胸を抱えながら寛の横をすり抜け走り出した。
人気のないどこかで昼休みいっぱい泣き濡れよう。
そう思っていたのに、なぜか寛から逆に腕を掴まれて壁に追い込まれ、両腕の中に閉じ込められた。
「うわっ」
「本当か?」
急に密着する体。
右腕は肩の高さで壁に押し付けられ、掴まれた手首は火が出そうなほど熱い。
ふわりと寛から香る白檀の匂い。
眼前には智哉を凝視する彼の顔。
ともすればキスできそうな距離にある整った顔を直視できず、智哉は右に顔を逸らした。
「えっ……と?」
「俺が好きだって、本当か?」
「……うん、ごめん」
気不味くて、申し訳なくて、逸らした顔は下を向いた。
こんなこと言われたって気持ち悪いだけだ。
惨めな思いをするのは自業自得だが、早く解放してほしい。
一人になりたい。
そう思うのに、寛は智哉の手を離さない上に心底不思議そうな声を上げた。
「なぜ謝る」
「だって小説と現実は違うだろ。いくらBLが好きだからって、リアルで男から好きになられても困るだろ」
「困らない。智哉からならむしろ嬉しい」
智哉は耳を疑った。
「……え、なんて?」
「俺は一年の時から智哉が好きだ。明るくて、陽だまりみたいな笑顔に一目惚れした」
「嘘……」
顔を上げれば、ふわりと笑う寛と目が合った。
その瞳は春の陽気のように暖かく優しさに満ちている。
智哉が顔を上げたからか、智哉がもう逃げたりしないと判断したからか、寛は智哉の手首を握っていた手をそっと離し、するりと指同士を絡めて恋人繋ぎをしてきた。
それだけの仕草に、まだはっきりとした言葉も貰えていないのに、智哉の心臓は期待にトクトクと走り出す。
「嘘ついてどうする。一年の時はクラスも別だったから遠くから見るしかなかった。二年になって同じクラスになったときは凄く嬉しかった。たまにしか喋らないけど、それだけで天にも昇るようだった。今は、こうして智哉と好きな本のことを話せるのが幸せだった。でも、先々週から急に態度がよそよそしくなったから嫌われたんだとばかり思っていたが、まさか俺のこと好きになってくれてたなんて……。本当に嬉しい」
淀みなく話す寛は見たこともないくらい生き生きとしており、彼の感情が如実に伝わってくる。
真っ直ぐに告げられる愛の言葉に、美波の小説を推敲し読んでいるはずの智哉はたじたじになった。
まさか、諦めたはずの相手からこんな熱烈に迫られるとは思ってもいなかっただけに、その驚きは大きかった。
さらに、普段はポツリポツリとしか話さない寛が饒舌に話し始めたことも衝撃だった。
「まっ待って……、嬉しいけど、なんでそんな饒舌なの?」
「饒舌? 普段と変わりはないが」
キョトンとした表情の寛は、自身がそうなっていることの自覚は全くないようだ。
好きだと言われたことはとても嬉しいが、これには呆気に取られた。
「嘘ぉ……」
「だから、嘘ついてどうするんだ」
「いや、何でもない。それより、俺たち両想いってことでいいんだよな」
自覚のないことについてはさておき、これからの話だ。
想いが通じたからには、友達からその先に関係を進めたくなるのが人というものだ。
「ああ。智哉がいいなら付き合いたい。ダメか?」
「ダメじゃない。こちらこそよろしく」
それは寛も同じだったようで、これで晴れて恋人同士だ。
智哉は思い切って間近にあった寛の唇に口付けた。
目と目が合う。
触れるだけのキスなのに、体が融解するのではないかと思うくらい熱い。
唇が離れたあとの二人は茹で蛸のように顔が赤かった。
恥ずかしがっている智哉は、だがしかしさらに燃料を投下した。
「なあ、今日部活終わった後、時間ある?」
「ある。なくても智哉と一緒にいたい」
「その……、俺ん家来ない? 今日、親がどっちも夜勤なんだ。明日の朝まで帰ってこない」
それ以上は言わなくても通じるだろう。
健全図書しか読んでいなくても思春期であれば大人なアレコレは耳に入ってくる。
それはもちろん男同士のことも含まれている。
また、高校生にもなれば経験済みの同級生もいるわけで、そういった知識には事欠かない。
智哉の言外の誘いを理解したのか、寛は一瞬固まった後におずおずと問いかけてきた。
「……っ! いい、のか?」
「うん」
「行く。泊まらせてくれ」
「うん。うわ、部活終わるまで待てない」
「そこは頑張るぞ」
「うん」
無事にすれ違いを解消した二人は、食べ損ねていた昼食をとり始めた。
寛は智哉との絶縁を覚悟でここに来ていたため弁当を持ってきていなかった。
そのため、二人は智哉の弁当と寛が智哉に押し付けた菓子折りを半分ずつ食べた。
いつもと変わらない昼食のはずなのに、この時ばかりはとても美味しく感じた。
雨の日は特別棟の階段裏を避難場所にした。
金曜日に本を貸して、また翌週の金曜日に返して貰うと同時に新しい本を貸す。
まだ十八になってもいない上に高校生の寛には全年齢対象の同人誌しか貸せないが、それでも寛は僅かに顔を綻ばせて嬉しがった。
智哉はその笑顔が楽しみで、次の金曜日が待ち遠しかった。
寛は感情豊かだった。
表情が動くのはほんの僅かだが、切ないシーンでは目尻を下げ、ハラハラするシーンは目を見開いている。
想いが通じてイチャイチャするシーン――もちろん全年齢対象の範囲内だ――では顔を赤く染める。
くるくると変わる顔が可愛く思えた。
小説の感想もぽつりぽつりと話してくれて、初めて語ることができる相手ができた寛はとても嬉しそうだった。
智哉も萌えを語れる同志は姉を除けばネット上にしかおらず、直で語れる相手がいることの喜びを知った。
週に一回の昼休みだけでは時間が足りず、連絡先を交換して夜に通話をするようになるまで、さほど時間はかからなかった。
また、バレー部が休みの日にたまたま弓道場を通りかかったとき、寛を見つけた。
すっと伸ばされた背筋。
真っ直ぐに的を射抜く視線は静かな闘志を孕んでいた。
真剣な顔は精悍で、誰もが固唾を呑んでその挙動を見ていた。
寛が弓構えの姿勢から打起し、引分け、会と流れるような動作で的を狙う。
そして、ビュンッと音が鳴って矢が的に吸い寄せられていき、タンと遠くからあたりの音が聞こえた。
寛は残心を取ったままじっと的を見ていた。
その口角が僅かに上がったのを、智哉は見逃さなかった。
自分よりも背の大きい、しかも同性のクラスメイトが格好いいと、可愛いと、その笑顔を独占したいと、そんな感情を抱くのはおかしい。
そうは思っても、止められない。
智哉はこの感情の名前を知っていた。
姉が紡ぎ出す物語の主人公たちは、揃ってこんな気持ちを吐露していた。
それでもまさかと思い、相手が同性であることや細かいことは伏せ、思い切って美波に相談してみた。
「智哉さぁ。あんた何年あたしの助手してる?」
「六年くらい?」
「それでわかんないって嘘よ。ちゃんとわかってるでしょ」
「……うん」
そう指摘されれば確信せざるを得ない。
(俺は寛が好きなんだ)
きちんと自覚をすれば、すんなりとその感情を受け入れることができた。
だが、自覚してどうなる?
寛はTLもBLも好きな腐男子ではあるがノンケだ。
気持ちを伝えたところで望みはない。
ジクジクと痛む胸を見なかったふりをして智哉は声を上げた。
「あーあ、失恋だな」
「なによ、相手には付き合ってる人がいるの?」
「そんな感じ」
「どんまい」
電話越しの美波は智哉か失恋したというのにそっけない。
姉なのに薄情ではないか。
ムッとしたが、次の瞬間には脱力してしまった。
「ちょっと詳細教えてよ。ネタにする」
「教えねえよ。てか慰めるくらいしてくれ」
「あたしが慰めてもどうにもならないでしょ。それよりほら、相手のこと教えなさい」
「嫌だ。誰のおかげで同人活動ができてると思ってんの?」
「うわっそういうこと言う⁉︎」
「権利だからな。なくても教えないけど」
「ケチ」
「どっちが」
軽快なやり取りをしていれば多少は失恋の痛みも紛れた。
きっと、バレーに打ち込めばこの傷も少しずつ癒えていくだろう。
瘡蓋が取れたとき、智哉は真の意味で寛と友達になれる。
*
寛と昼休みに会うようになってから早四ヶ月。
二月の寒さに耐えきれず特別棟の階段裏で身を寄せ合って過ごしていたが、この距離感は近すぎるのではないかと思いつつそれを言い出せずにいた。
加えて、好きという気持ちを自覚してから寛の顔をまともに見れなくなってしまった。
よく見なくても格好いい顔をした寛とどうやって話していたのかまったく思い出せなかった。
ぎこちない態度になっていることは自分でもわかっていた。
だが、智哉はどうすることもできなかった。
そんな時だった。
昼休みになり待ち合わせの階段裏に行くと、いつもは先に座って待っている寛が立ったままそこにいた。
手には本と高校生でも買える少し高級な菓子折りがあった。
そして、ぴくりとも動かない無表情で開口一番、拒絶の言葉を投げられた。
「俺が気持ち悪いなら無理して付き合わなくていい。今日持ってきてくれた本は借りない。これで最後だ」
そうして手に持ったものを胸元に押し付け、寛は智哉の顔を見ることなく立ち去っていく。
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
(これで最後って、もう二人で話せないってこと?)
呆然から立ち直り、智哉は背を向けた寛の手を持ち前の運動神経でさっと掴んで引き留めた。
「ちっ……違う! そんなこと思ってない!」
「無理して合わせなくていい。ちゃんとわかってる」
「わかってるってなんだよ! 違うって!」
「同情はいらない。離してくれ」
手を離そうとしない智哉を寛は鋭い目付きで睨みつけてくるが、ここで怯めば彼とは二度と話せなくなる。
智哉は必死だった。
自分が何を口走っているのかもよくわからないまでに。
「だから違うって! 寛が好きなの自覚してどうしたらいいかわかんなかっただけだ!」
「は……?」
叫ぶようにして告げた想いに対し、低い声を上げて振り返った寛の顔を見て、智哉は血の気が引くのを感じた。
今、自分は何を言った?
隠し通し、徐々に殺していくはずだった気持ちを口に出してしまった。
それを聞いた寛は眉間に皺を寄せたままこちらをじっと見ている。
「あっ……! っごめん、俺の方が気持ち悪いよな。俺の方こそ消えた方がいいな」
嫌悪を露わにした寛の手をぱっと離し、智哉は痛む胸を抱えながら寛の横をすり抜け走り出した。
人気のないどこかで昼休みいっぱい泣き濡れよう。
そう思っていたのに、なぜか寛から逆に腕を掴まれて壁に追い込まれ、両腕の中に閉じ込められた。
「うわっ」
「本当か?」
急に密着する体。
右腕は肩の高さで壁に押し付けられ、掴まれた手首は火が出そうなほど熱い。
ふわりと寛から香る白檀の匂い。
眼前には智哉を凝視する彼の顔。
ともすればキスできそうな距離にある整った顔を直視できず、智哉は右に顔を逸らした。
「えっ……と?」
「俺が好きだって、本当か?」
「……うん、ごめん」
気不味くて、申し訳なくて、逸らした顔は下を向いた。
こんなこと言われたって気持ち悪いだけだ。
惨めな思いをするのは自業自得だが、早く解放してほしい。
一人になりたい。
そう思うのに、寛は智哉の手を離さない上に心底不思議そうな声を上げた。
「なぜ謝る」
「だって小説と現実は違うだろ。いくらBLが好きだからって、リアルで男から好きになられても困るだろ」
「困らない。智哉からならむしろ嬉しい」
智哉は耳を疑った。
「……え、なんて?」
「俺は一年の時から智哉が好きだ。明るくて、陽だまりみたいな笑顔に一目惚れした」
「嘘……」
顔を上げれば、ふわりと笑う寛と目が合った。
その瞳は春の陽気のように暖かく優しさに満ちている。
智哉が顔を上げたからか、智哉がもう逃げたりしないと判断したからか、寛は智哉の手首を握っていた手をそっと離し、するりと指同士を絡めて恋人繋ぎをしてきた。
それだけの仕草に、まだはっきりとした言葉も貰えていないのに、智哉の心臓は期待にトクトクと走り出す。
「嘘ついてどうする。一年の時はクラスも別だったから遠くから見るしかなかった。二年になって同じクラスになったときは凄く嬉しかった。たまにしか喋らないけど、それだけで天にも昇るようだった。今は、こうして智哉と好きな本のことを話せるのが幸せだった。でも、先々週から急に態度がよそよそしくなったから嫌われたんだとばかり思っていたが、まさか俺のこと好きになってくれてたなんて……。本当に嬉しい」
淀みなく話す寛は見たこともないくらい生き生きとしており、彼の感情が如実に伝わってくる。
真っ直ぐに告げられる愛の言葉に、美波の小説を推敲し読んでいるはずの智哉はたじたじになった。
まさか、諦めたはずの相手からこんな熱烈に迫られるとは思ってもいなかっただけに、その驚きは大きかった。
さらに、普段はポツリポツリとしか話さない寛が饒舌に話し始めたことも衝撃だった。
「まっ待って……、嬉しいけど、なんでそんな饒舌なの?」
「饒舌? 普段と変わりはないが」
キョトンとした表情の寛は、自身がそうなっていることの自覚は全くないようだ。
好きだと言われたことはとても嬉しいが、これには呆気に取られた。
「嘘ぉ……」
「だから、嘘ついてどうするんだ」
「いや、何でもない。それより、俺たち両想いってことでいいんだよな」
自覚のないことについてはさておき、これからの話だ。
想いが通じたからには、友達からその先に関係を進めたくなるのが人というものだ。
「ああ。智哉がいいなら付き合いたい。ダメか?」
「ダメじゃない。こちらこそよろしく」
それは寛も同じだったようで、これで晴れて恋人同士だ。
智哉は思い切って間近にあった寛の唇に口付けた。
目と目が合う。
触れるだけのキスなのに、体が融解するのではないかと思うくらい熱い。
唇が離れたあとの二人は茹で蛸のように顔が赤かった。
恥ずかしがっている智哉は、だがしかしさらに燃料を投下した。
「なあ、今日部活終わった後、時間ある?」
「ある。なくても智哉と一緒にいたい」
「その……、俺ん家来ない? 今日、親がどっちも夜勤なんだ。明日の朝まで帰ってこない」
それ以上は言わなくても通じるだろう。
健全図書しか読んでいなくても思春期であれば大人なアレコレは耳に入ってくる。
それはもちろん男同士のことも含まれている。
また、高校生にもなれば経験済みの同級生もいるわけで、そういった知識には事欠かない。
智哉の言外の誘いを理解したのか、寛は一瞬固まった後におずおずと問いかけてきた。
「……っ! いい、のか?」
「うん」
「行く。泊まらせてくれ」
「うん。うわ、部活終わるまで待てない」
「そこは頑張るぞ」
「うん」
無事にすれ違いを解消した二人は、食べ損ねていた昼食をとり始めた。
寛は智哉との絶縁を覚悟でここに来ていたため弁当を持ってきていなかった。
そのため、二人は智哉の弁当と寛が智哉に押し付けた菓子折りを半分ずつ食べた。
いつもと変わらない昼食のはずなのに、この時ばかりはとても美味しく感じた。
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