上 下
11 / 12
本編

2人のストーカー

しおりを挟む


非現実的なものを見て、僕は喉に何かが詰まったようにえずいていた。楠原さんは入念に手洗いをして、僕をリビングの椅子に座らせてくれた。
楠原さんは僕がビニール袋の中身を見ないように注意してくれたのに、僕は好奇心や疑心があって見てしまった。お菓子と手紙だと思っていた中身は過去未だに見たことのなかった残酷なもので、楠原さんが支えてくれなければ気を失っていたと思う。

例のビニール袋には、いつものストーカーさんがくれる僕の欲しいものではなく、明らかに僕を害することを目的としたものが入っていた。あの袋をそのままにして置いておく訳にはいかないので、楠原さんがビニールの中身を片付けてくれると玄関に向かってくれた。僕はそれに頷くばかりで、椅子から一歩も動けなかった。貧血になったときのように頭もくらくらしてまともに機能しない。
しばらくすると楠原さんがリビングに戻ってきて僕の隣に腰を掛けた。何を話すでもなく、ただ背中を撫でる指が優しくて、苦しかった呼吸が軽くなった。


「警察に行こう。」
僕の呼吸も落ち着いてただぼーっとしていたら楠原さんは僕の手を握ってそう言う。
少し考えた僕はその言葉に頷くことができなかった。
「明日、行きます。」
「早い方がいい。」
最もな意見をいわれ口ごもる。でも、僕の意見は引けない。
「明日になって今日のことを知らないストーカーさんが来たらストーカーさんの方が捕まっちゃいます。今日手紙を書いて、明日受け取ってもらってから行きます。」
楠原さんはしばらく僕を睨んだあと、呆れてため息をついた。それから頭を撫でて、しょうがなく頷いてくれた。
「俺も行くから。」
「ありがとうございます。」
僕の惨めに小さな頭脳はパンク寸前で、ストーカーさんの安否を考えるだけでいっぱいだ。もしあの酷いことを容易にする変質者にストーカーさんが鉢合わせしてしまったら。もし相手が刃物を持っていたら?
小動物ではなく、ストーカーさんが変質者の前にいたなら?
まともに吸い込んだ血生臭いにおいがぶり返してきてえずく。
同じ状況であるはずの楠原さんが背中を撫でてくれて、情けなさで涙もでる。
それでも胸につっかえた何かは僕を支配してとても理性で押さえ込めるものではなかった。



『はあ!?ストーカーが二人に増えた!?』
先輩のあまりの大声は楠原さんの電話越しから僕にまで届いた。
『何やってるんだよ!無事なのか!?』
スピーカモードにさえせず、楠原さんはダイニングテーブルにスマホを置いた。慌てている先輩の声を聴いていたらさっきまでどん底だった空気も浮上する。
「無事です。」
『だから早く警察に行けって言っただろ!何考えてんだよ!』
はぁーーっ。と先輩のため息も聞こえてきて申し訳なくなり電話越しにぺこぺこ謝る。
『…言いたくなかったんだけどな。俺の知り合い、ストーカーに足刺されて車椅子生活してるんだよ。』
小さく呟いた先輩の言葉に息を飲んだ。続け様にため息をついた先輩はまた叫ぶように投げ掛けてくる。
「警察に行けよ!後悔しても遅いんだ。知り合いが二人もストーカーに人生狂わされたなんて話なんて酒のつまみにもならない。」
「はい。」
先輩はいつも僕のストーカー被害を真剣に聞いてくれた。ポロッとつい溢してしまった日常の嬉しいことを、先輩は心配して怒ってくれていた。
それなのに、先輩の話を話し半分に聞いていて、ストーカーさんはそんなんじゃない。なんて根拠もない自信を持っていた。ストーカーというものは怖いと注意してくれたのは先輩だった。
本物の“変質者”にあったら先輩の言うことが飲み込めた。
仕事場にしか居場所がなくて、親しい人もいないとひねくれていたからストーカーさんの身近さに嬉しいと思っていた。
でも今は、先輩も背中を支えてくれる楠原さんもまっさらだった僕の友人の枠にいてくれる気がする。
でも、そのページの中にストーカーさんという存在があるのも確かで、だから申し訳ない。
「明日、警察に行ってきます。」
「おう。頑張れよ。」
何度も言われた言葉に今度こそ僕は頷いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

アリスちゃんねる 〜もっと淫れさせて〜

秋元智也
BL
中学卒業後、いろいろなバイトをしたが全く続かなかった。 孤児院育ちの有栖川優は親の顔さえ知らない。 ただ、今日食べるお金を稼ぐ事だけが唯一今の目標だった。 最近アダルト的な動画を配信してなんとか食い繋いでいた。 そんなある時から個人的にプライベートライブを希望する 人が出てきた。 いつもの配信を終えるとプライベートで映像を繋げると言わ れたままに淫らな姿を晒すようになった。 そのおかげで生活も安定してきた。 それでもちゃんと1日3食食べれる事と、安い家賃を支払うの で精一杯だ。 すると、ある提案をされた。 「リアルで会わないかい?そしたらもっとお金を払ってあげる」 誘惑とも取れるこの話に疑問をいだきながらも、返事を濁した。 すると、もう一人のプライベートで話している人からも同じ事を 言われ悩む優は…

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

初恋Returns

二一
BL
都築祥真(つづきしょうま)18歳の誕生日。 なぜか、親代わりの同居人に押し倒された……!? ヤクザ組長×男子高校生のアホエロなストーリー☆

悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~

トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。 しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。 貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。 虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。 そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる? エブリスタにも掲載しています。

処理中です...