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二十四
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佐竹氏と北条氏の戦ー沼尻合戦は結局のところ明瞭な決着は着かず、双方の和解で集結した。
北条氏が上杉氏の参戦で戦が長引くのを嫌ったのだ。佐竹義重は常陸に帰還し、国内の安定に努めた。
それから一月余り過ぎた頃、黒川城には元気な産声が響き渡った。
彦姫が出産したのだ。男の子だった。
盛隆は義重に報せの文を送り、名付け親になって欲しいと記した。二階堂の父はもう亡く、頼れる先は義重ただひとりだった。
義重からは祝いの品と、子の名前を記した書面と、沼尻合戦の顛末を詫びる文が届いた。大変な戦だったと語りながら、鉄砲の礼と、そして盛隆の状況を気遣う言葉が綴られていた。
ー決して月に帰ろうなどとお思い召されるな...ーと。
子どもは亀王丸と名付けられた。佐竹義重は改めて蘆名の後見として力を尽くすと誓ってくれた。
盛隆は変わらぬ義重の丁寧な文に安堵して、白く沸き上がる雲を見た。
ーあの方さえいれば......ー
盛隆は、自らの役目がやっと終わった気がした。
..ーーーーーーーーーーーーーーー
その頃、米沢城の一角では、伊達輝宗が同じく彦姫からの和子誕生の報せを眺めていた。
「男だそうだ。佐竹殿が名付け親になった」
「左様でございますか.....」
面前に控えていた家老、鬼庭左月が静かに応えた。
「頃合いかもしれんな......」
輝宗は丁寧に文を畳むと、庭の青紅葉に目を移した。今年十八になる次男の小次郎が幼い頃に植えたものだった。
「彦姫に祝いの文と品を.....守刀など送ってやれ。それと......」
輝宗は、ふっと言葉を切った。
「政宗に家督を譲る」
「御意にございます」
左月は丁寧に頭を下げ、その場を辞した。
入れ替わりに妻の最上御前が眉を吊り上げながら入ってきた。
「政宗に家督を譲るとお聞きいたしました」
普段よりも幾分きつい口調に聞こえるのは、話の中身のせいだろう、と輝宗は小さく息を吐いた。
「小次郎の処遇は如何なりますか?政宗に劣らぬ処遇を、とお願いいたしておりました」
声高な夫人の言いように僅かに眉をしかめ、輝宗は宥めすかすように口を開いた。
「しかと考えておる。この伊達の嫡男として、当主たる政宗と並んでも恥じぬよう、良き身の置き場を考えてある」
「良き場?...それは何処でございましょうか?」
「いまにわかる......」
訝しげな夫人から目を逸し、輝宗は今一度、庭先を見た。微かな影が動いた。
「伊達家は奥州探題じゃ。陸奥の国を差配するのはこの伊達じゃ」
ひそ、と呟くように言って、輝宗は静かに笑った。
北条氏が上杉氏の参戦で戦が長引くのを嫌ったのだ。佐竹義重は常陸に帰還し、国内の安定に努めた。
それから一月余り過ぎた頃、黒川城には元気な産声が響き渡った。
彦姫が出産したのだ。男の子だった。
盛隆は義重に報せの文を送り、名付け親になって欲しいと記した。二階堂の父はもう亡く、頼れる先は義重ただひとりだった。
義重からは祝いの品と、子の名前を記した書面と、沼尻合戦の顛末を詫びる文が届いた。大変な戦だったと語りながら、鉄砲の礼と、そして盛隆の状況を気遣う言葉が綴られていた。
ー決して月に帰ろうなどとお思い召されるな...ーと。
子どもは亀王丸と名付けられた。佐竹義重は改めて蘆名の後見として力を尽くすと誓ってくれた。
盛隆は変わらぬ義重の丁寧な文に安堵して、白く沸き上がる雲を見た。
ーあの方さえいれば......ー
盛隆は、自らの役目がやっと終わった気がした。
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その頃、米沢城の一角では、伊達輝宗が同じく彦姫からの和子誕生の報せを眺めていた。
「男だそうだ。佐竹殿が名付け親になった」
「左様でございますか.....」
面前に控えていた家老、鬼庭左月が静かに応えた。
「頃合いかもしれんな......」
輝宗は丁寧に文を畳むと、庭の青紅葉に目を移した。今年十八になる次男の小次郎が幼い頃に植えたものだった。
「彦姫に祝いの文と品を.....守刀など送ってやれ。それと......」
輝宗は、ふっと言葉を切った。
「政宗に家督を譲る」
「御意にございます」
左月は丁寧に頭を下げ、その場を辞した。
入れ替わりに妻の最上御前が眉を吊り上げながら入ってきた。
「政宗に家督を譲るとお聞きいたしました」
普段よりも幾分きつい口調に聞こえるのは、話の中身のせいだろう、と輝宗は小さく息を吐いた。
「小次郎の処遇は如何なりますか?政宗に劣らぬ処遇を、とお願いいたしておりました」
声高な夫人の言いように僅かに眉をしかめ、輝宗は宥めすかすように口を開いた。
「しかと考えておる。この伊達の嫡男として、当主たる政宗と並んでも恥じぬよう、良き身の置き場を考えてある」
「良き場?...それは何処でございましょうか?」
「いまにわかる......」
訝しげな夫人から目を逸し、輝宗は今一度、庭先を見た。微かな影が動いた。
「伊達家は奥州探題じゃ。陸奥の国を差配するのはこの伊達じゃ」
ひそ、と呟くように言って、輝宗は静かに笑った。
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