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十九
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二階堂の父から救援の要請が来たのは、盛氏の喪が明けるか明けないかという時期だった。
ー田村が御代田に攻め入ってきたー
奥州の国人の中でも田村清顕は厄介な存在だった。坂上田村麻呂を祖とするという自負ゆえか、度々近隣の領地に戦を仕掛け、領地の拡大を目論んでいた。
先だっての白河の乱の際には不服ながら合意をしたが、蘆名と佐竹氏の和睦が成った途端に数え十二歳のひとり娘を伊達氏の嫡男、政宗に嫁がせ、佐竹・蘆名・二階堂の連携に対決する姿勢を見せていた。
「援軍を送る」
と言うのは、これまでの蘆名と二階堂の関係としては当然の運びだった。当主の盛隆の実家であり、今は家臣として恭順しているのだ。家中にあっても反対する理由は無かった。
が、士気は上がらなかった。
ーご実家が大事であられるからー
と冷ややかな目で見る者もいた。
そのような中で、ひとつの誤算が生じた。
白河の乱で討ち死にした松本図書助の嫡子、松本行輔が初陣を願い出たのだ。しかし、盛隆はこれを認めなかった。
「此度は、城にて留守居をせよ」
盛氏を亡くして初めて全面的に盛隆が指揮を取らねばならない戦だ。勝てる保証は無い。父の死を受けて早々に元服を済ませたとはいえ、行輔はまだ十六歳。しかも宿老たる松本家には他に男子がいないのだ。万が一、行輔が討ち死になどしたら、蘆名の名家たる松本家は絶えてしまう。
「手柄をたてる機会はまだある。此度は、後詰めにてしかと城を守れ」
だが、この配慮は若く血気に逸る行輔には届かなかった。父に負けない武功を立てたいと焦るあまり、この処置にひどく失望し、後に叛意まで抱くようになる。
実際、御代田での戦いは困難なものだった。元より二階堂の父、盛義には戦の才は無い。士気の上がらぬ蘆名の軍と二階堂の連合軍は格下の田村軍に押されていた。
この窮地を救ったのは、あの佐竹義重だった。初手から困難を予想していた金上盛備は、佐竹に援軍を要請するよう、盛隆に進言した。
ー不甲斐ないところを見せたくないー
と躊躇する盛隆に金上は言った。
ー先に和睦を結んだ、その誓約が真意であるかを確かめる機会でもありますぞー
金上の言葉に盛隆は渋りながら、支援を求める文書を送った。
そして、援軍は来た。
佐竹義重自らが三千の兵を率いて、御代田の戦場に乗り込んできたのだ。
しきりに恐縮する父、二階堂盛義を傍らに、ーかたじけないーと深く頭を下げる盛隆に義重は朗らかに笑って言った。
『和睦いたしたからには、我らは一心同体。遠慮は無用ですぞ』
そして、盛隆の耳許でひそと囁いた。
『意地はお張りになるな。儂はそなたを守ると約束した。守りたいのだ。頼るべき時にはしかと頼ってくれ』
盛隆は少しばかり顔を赤らめて、こっくりと頷いた。それを見る父の顔に少しばかり寂しげな色が浮かんでいたことは知るよしも無かった。
佐竹軍の参入により、形勢は一気に逆転した。しばらくの抵抗の後、田村清顕は娘の嫁ぎ先である伊達氏に助けを求め、伊達輝宗の仲裁によって、翌年三月、戦は終結した。
そして、降伏した田村氏を含め、蘆名、二階堂、白河、佐竹の間で盟約が取り交わされた。本来ならば南奥州の大名である蘆名が盟主となるところだが、盛隆の若年であることをもって、佐竹義重を盟主として同盟が成された。
『本来はそなたを盟主にせねばならんのだが..』
と申し訳なさげに言う義重に、盛隆は小さく頭を振った。
『私には盟主は務まりませぬ。まだまだ未熟ゆえ、義重殿に御指南いただかねば...』
穏やかに微笑む盛隆の傍らで梅の花が仄かな香りを漂わせていた。
ー田村が御代田に攻め入ってきたー
奥州の国人の中でも田村清顕は厄介な存在だった。坂上田村麻呂を祖とするという自負ゆえか、度々近隣の領地に戦を仕掛け、領地の拡大を目論んでいた。
先だっての白河の乱の際には不服ながら合意をしたが、蘆名と佐竹氏の和睦が成った途端に数え十二歳のひとり娘を伊達氏の嫡男、政宗に嫁がせ、佐竹・蘆名・二階堂の連携に対決する姿勢を見せていた。
「援軍を送る」
と言うのは、これまでの蘆名と二階堂の関係としては当然の運びだった。当主の盛隆の実家であり、今は家臣として恭順しているのだ。家中にあっても反対する理由は無かった。
が、士気は上がらなかった。
ーご実家が大事であられるからー
と冷ややかな目で見る者もいた。
そのような中で、ひとつの誤算が生じた。
白河の乱で討ち死にした松本図書助の嫡子、松本行輔が初陣を願い出たのだ。しかし、盛隆はこれを認めなかった。
「此度は、城にて留守居をせよ」
盛氏を亡くして初めて全面的に盛隆が指揮を取らねばならない戦だ。勝てる保証は無い。父の死を受けて早々に元服を済ませたとはいえ、行輔はまだ十六歳。しかも宿老たる松本家には他に男子がいないのだ。万が一、行輔が討ち死になどしたら、蘆名の名家たる松本家は絶えてしまう。
「手柄をたてる機会はまだある。此度は、後詰めにてしかと城を守れ」
だが、この配慮は若く血気に逸る行輔には届かなかった。父に負けない武功を立てたいと焦るあまり、この処置にひどく失望し、後に叛意まで抱くようになる。
実際、御代田での戦いは困難なものだった。元より二階堂の父、盛義には戦の才は無い。士気の上がらぬ蘆名の軍と二階堂の連合軍は格下の田村軍に押されていた。
この窮地を救ったのは、あの佐竹義重だった。初手から困難を予想していた金上盛備は、佐竹に援軍を要請するよう、盛隆に進言した。
ー不甲斐ないところを見せたくないー
と躊躇する盛隆に金上は言った。
ー先に和睦を結んだ、その誓約が真意であるかを確かめる機会でもありますぞー
金上の言葉に盛隆は渋りながら、支援を求める文書を送った。
そして、援軍は来た。
佐竹義重自らが三千の兵を率いて、御代田の戦場に乗り込んできたのだ。
しきりに恐縮する父、二階堂盛義を傍らに、ーかたじけないーと深く頭を下げる盛隆に義重は朗らかに笑って言った。
『和睦いたしたからには、我らは一心同体。遠慮は無用ですぞ』
そして、盛隆の耳許でひそと囁いた。
『意地はお張りになるな。儂はそなたを守ると約束した。守りたいのだ。頼るべき時にはしかと頼ってくれ』
盛隆は少しばかり顔を赤らめて、こっくりと頷いた。それを見る父の顔に少しばかり寂しげな色が浮かんでいたことは知るよしも無かった。
佐竹軍の参入により、形勢は一気に逆転した。しばらくの抵抗の後、田村清顕は娘の嫁ぎ先である伊達氏に助けを求め、伊達輝宗の仲裁によって、翌年三月、戦は終結した。
そして、降伏した田村氏を含め、蘆名、二階堂、白河、佐竹の間で盟約が取り交わされた。本来ならば南奥州の大名である蘆名が盟主となるところだが、盛隆の若年であることをもって、佐竹義重を盟主として同盟が成された。
『本来はそなたを盟主にせねばならんのだが..』
と申し訳なさげに言う義重に、盛隆は小さく頭を振った。
『私には盟主は務まりませぬ。まだまだ未熟ゆえ、義重殿に御指南いただかねば...』
穏やかに微笑む盛隆の傍らで梅の花が仄かな香りを漂わせていた。
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