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二十一 旅は道連れ?
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「さて……どうしたものか」
東雲は妖精ゆぁと庭先で花を摘む花朝の三姉妹をちらりと横目で見ながら、小さく溜め息をついた。
花朝家のある高原は、実を言えば東雲が少年期を過ごした場所でもある。父、公瑾と母、凛々は若い頃、国を治めるに相応しい人材を探して国中を経巡っていた。東雲はその頃に産まれた子で、しばらくの間、花朝家に預けられていた事もある。その頃には三姉妹の母、凛風もまだうら若い乙女だった。
「放っておくわけにもいくまいよ」
几の脇でカシカシと耳の後ろを掻きながら黒猫ウェイインがチラリと東雲を見た。傍らではランジャンがすやすやと寝息をたてている。
「そう言えば、琉論は?」
ふと見るといつも賑やかな公子の姿が無い。
「家に帰っとる」
ウェイインがふわぁと欠伸をしながら答えた。
「あまりに長く家を空けておるし、宝珠があるとはいえ、そこら辺に放っておいて碌に話もしておらんのじゃろ」
で、龍神姫がキレた。琉輝も難しい年頃だ。父親の無関心は子のためにもならん……と再三、智娃太々にも言われていたのだが、深くはとらえていなかったらしい。
『琉輝と一緒に龍宮に帰ります!』
と怒り出した。で、慌てた琉論にまずは家に帰って、姫に謝るように諭したのだという。
「おなごというのはどんなに強くても寂しがりじゃからな」
ペロペロと眠る白子猫の頭を毛繕いしながら、黒猫は小さく息をついた。
「人間の男というのは、どうしてあぁ無精なのであろうな。言葉ひとつを出し惜しみしおって……だから拗れるのじゃ。大切に思っておるならおるで、こちゃんと口に出せばよい」
「まぁそこには矜持というのもあって……」
「くだらん」
黒猫はふわあぁと今いちど大きく欠伸をして、白子猫の隣にうずくまった。
「愛しいものは愛しいと言えばよい。……いや、夫婦の仲ばかりではない。人と人の関わりは皆そういうものよ。互いに口に出さねば伝わらぬ気持ちもある」
「まぁそうだけどな……」
ふぅと息をつく東雲が少しばかり遠くを見ているのを、黒猫ウェイインは見ぬふりをして庭先に視線を移した。
「ともあれ、対策を考えねばならぬ。……病の症状はどんなものだ?」
「著しい気力、体力の減退……と焦燥感、無力感に囚われて食も取らなくなり、挙げ句失踪したり、末には死に至ることもある……と」
「それで?」
「この大陸に来たばかりの者や若者がかかりやすいんだけど、最近は年代に関わらず蔓延してる。……特効薬は、無い」
東雲は頭を抱えて深く息をついた。
「とにかく周囲の目配りや励ましが必要なんだけど、行き届かないことが多くてね……自分の身を守るのが精いっぱいってとこもある」
厄介な話だよ……と、東雲はゴロリと床に寝転がり、じっと天井を見た。病との戦いに疲れて青千木帝国から去っていったものも多い。だが、風の便りによれば、他の大陸や帝国でも似たような病に罹って苦しんでいる人は多い。李亜留大陸とて例外ではない。いやむしろ深刻かもしれない。
「なんとかせんとな……」
うーむ……と唸る東雲の背後からガラリ……と戸を開ける音が聞こえた。
「ただいま。……よっお待たせ!」
むくりと身を起こした東雲の目に入ったのは、あちこち絆創膏だらけの琉論と沢山の包みを抱えた高雪、そして呉明須の傍らには見知らぬ男が立っていた。
「スゴイぜ~。街中や街道にもタコ焼きの屋台がいっぱい並んでてさ。俺たち流行を作っちまった」
得意気に広げた包みにはコロコロとした丸いたこ焼きが山のように積まれていた。
「スゲェぜ。店によって味も違ってさ。食べ比べて美味いとこのだけ買ってきた」
「あ、そう……」
東雲は脳裏に浮かぶあのヌルヌルとした赤黒い触手を振り払って、庭にいる乙女たちに声を掛けた。
「……タコ焼き食べる?」
「で?成果はどうよ」
桃李茶や茉莉花茶のいい匂いが漂うなか、卓いっぱいのたこ焼きや点心があらかた無くなり掛け、給仕の高雪と呉明須の体力がほぼ限界に入りつつある頃、やっと話が本題に戻る気配に辿り着いた。
「まぁ俺たちは大丈夫さ。信じ合っているから……て痛っ!」
フンスと胸を張る琉論の生傷をちょん……と突付いて黒猫がニヤリと笑った。
「だいぶん説教されたようじゃのう……で、その御人は誰じゃ?」
皆の視線が、卓の見知らぬ男に集中した。あぁ……と軽く頷いて、琉論が口を開いた。
「やめろよ、ウェイイン……。こちらは新しく山河家のお抱え薬師になった趙さん。なんか知恵を貰えないかと思って連れてきた」
「皆さま方にはお初にお目にかかります。山河家で薬師を務めております、趙凛明と申します」
品良く茶器を卓に置いて、男は端正な身振りで衫の埃を払い、威儀を正して深く礼をした。
「流行り病の調査に向かわれるとか……私も同道させていただいてもよろしいか?」
にこりと笑うはにかみがちの笑みにも品があり、三姉妹が思わず見とれているのがわかった。東雲はコホン……と咳払いをして、周囲を見廻した。
「いや、もともと『ふさふさの書』なるものを探すのが我々の目的でございまして……流行り病の調査はその……成り行きといいますか……」
「構いませぬ」
趙薬師はきっぱりとした口調で答えた。
「適切な検体が入手出来れば、研究室に持ち帰り、薬の作成にかかりますので……」
「あ、そう……」
半ば鼻白みながら、東雲はチラリと傍らの琉論を見た。
「智娃太々の推薦だしさ、姫もお気に入りだし、それに薬師なら何かと助かるだろ?」
旅は道連れ……って言うし、と頬の絆創膏を撫でる琉論に何かを察した一行は、とりあえず花朝家のある高原の領地に向かうことに決めた。
東雲は妖精ゆぁと庭先で花を摘む花朝の三姉妹をちらりと横目で見ながら、小さく溜め息をついた。
花朝家のある高原は、実を言えば東雲が少年期を過ごした場所でもある。父、公瑾と母、凛々は若い頃、国を治めるに相応しい人材を探して国中を経巡っていた。東雲はその頃に産まれた子で、しばらくの間、花朝家に預けられていた事もある。その頃には三姉妹の母、凛風もまだうら若い乙女だった。
「放っておくわけにもいくまいよ」
几の脇でカシカシと耳の後ろを掻きながら黒猫ウェイインがチラリと東雲を見た。傍らではランジャンがすやすやと寝息をたてている。
「そう言えば、琉論は?」
ふと見るといつも賑やかな公子の姿が無い。
「家に帰っとる」
ウェイインがふわぁと欠伸をしながら答えた。
「あまりに長く家を空けておるし、宝珠があるとはいえ、そこら辺に放っておいて碌に話もしておらんのじゃろ」
で、龍神姫がキレた。琉輝も難しい年頃だ。父親の無関心は子のためにもならん……と再三、智娃太々にも言われていたのだが、深くはとらえていなかったらしい。
『琉輝と一緒に龍宮に帰ります!』
と怒り出した。で、慌てた琉論にまずは家に帰って、姫に謝るように諭したのだという。
「おなごというのはどんなに強くても寂しがりじゃからな」
ペロペロと眠る白子猫の頭を毛繕いしながら、黒猫は小さく息をついた。
「人間の男というのは、どうしてあぁ無精なのであろうな。言葉ひとつを出し惜しみしおって……だから拗れるのじゃ。大切に思っておるならおるで、こちゃんと口に出せばよい」
「まぁそこには矜持というのもあって……」
「くだらん」
黒猫はふわあぁと今いちど大きく欠伸をして、白子猫の隣にうずくまった。
「愛しいものは愛しいと言えばよい。……いや、夫婦の仲ばかりではない。人と人の関わりは皆そういうものよ。互いに口に出さねば伝わらぬ気持ちもある」
「まぁそうだけどな……」
ふぅと息をつく東雲が少しばかり遠くを見ているのを、黒猫ウェイインは見ぬふりをして庭先に視線を移した。
「ともあれ、対策を考えねばならぬ。……病の症状はどんなものだ?」
「著しい気力、体力の減退……と焦燥感、無力感に囚われて食も取らなくなり、挙げ句失踪したり、末には死に至ることもある……と」
「それで?」
「この大陸に来たばかりの者や若者がかかりやすいんだけど、最近は年代に関わらず蔓延してる。……特効薬は、無い」
東雲は頭を抱えて深く息をついた。
「とにかく周囲の目配りや励ましが必要なんだけど、行き届かないことが多くてね……自分の身を守るのが精いっぱいってとこもある」
厄介な話だよ……と、東雲はゴロリと床に寝転がり、じっと天井を見た。病との戦いに疲れて青千木帝国から去っていったものも多い。だが、風の便りによれば、他の大陸や帝国でも似たような病に罹って苦しんでいる人は多い。李亜留大陸とて例外ではない。いやむしろ深刻かもしれない。
「なんとかせんとな……」
うーむ……と唸る東雲の背後からガラリ……と戸を開ける音が聞こえた。
「ただいま。……よっお待たせ!」
むくりと身を起こした東雲の目に入ったのは、あちこち絆創膏だらけの琉論と沢山の包みを抱えた高雪、そして呉明須の傍らには見知らぬ男が立っていた。
「スゴイぜ~。街中や街道にもタコ焼きの屋台がいっぱい並んでてさ。俺たち流行を作っちまった」
得意気に広げた包みにはコロコロとした丸いたこ焼きが山のように積まれていた。
「スゲェぜ。店によって味も違ってさ。食べ比べて美味いとこのだけ買ってきた」
「あ、そう……」
東雲は脳裏に浮かぶあのヌルヌルとした赤黒い触手を振り払って、庭にいる乙女たちに声を掛けた。
「……タコ焼き食べる?」
「で?成果はどうよ」
桃李茶や茉莉花茶のいい匂いが漂うなか、卓いっぱいのたこ焼きや点心があらかた無くなり掛け、給仕の高雪と呉明須の体力がほぼ限界に入りつつある頃、やっと話が本題に戻る気配に辿り着いた。
「まぁ俺たちは大丈夫さ。信じ合っているから……て痛っ!」
フンスと胸を張る琉論の生傷をちょん……と突付いて黒猫がニヤリと笑った。
「だいぶん説教されたようじゃのう……で、その御人は誰じゃ?」
皆の視線が、卓の見知らぬ男に集中した。あぁ……と軽く頷いて、琉論が口を開いた。
「やめろよ、ウェイイン……。こちらは新しく山河家のお抱え薬師になった趙さん。なんか知恵を貰えないかと思って連れてきた」
「皆さま方にはお初にお目にかかります。山河家で薬師を務めております、趙凛明と申します」
品良く茶器を卓に置いて、男は端正な身振りで衫の埃を払い、威儀を正して深く礼をした。
「流行り病の調査に向かわれるとか……私も同道させていただいてもよろしいか?」
にこりと笑うはにかみがちの笑みにも品があり、三姉妹が思わず見とれているのがわかった。東雲はコホン……と咳払いをして、周囲を見廻した。
「いや、もともと『ふさふさの書』なるものを探すのが我々の目的でございまして……流行り病の調査はその……成り行きといいますか……」
「構いませぬ」
趙薬師はきっぱりとした口調で答えた。
「適切な検体が入手出来れば、研究室に持ち帰り、薬の作成にかかりますので……」
「あ、そう……」
半ば鼻白みながら、東雲はチラリと傍らの琉論を見た。
「智娃太々の推薦だしさ、姫もお気に入りだし、それに薬師なら何かと助かるだろ?」
旅は道連れ……って言うし、と頬の絆創膏を撫でる琉論に何かを察した一行は、とりあえず花朝家のある高原の領地に向かうことに決めた。
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やっと書き込みが出来てよかったです一度見ただけで虜になりました続きが早く見たくてなりません!!
ありがとうございます(^o^)