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十六 ひと狩り……行く? 4
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ーーしぶといなぁ……ーー
琉論は何度目かの休息を取るために岩陰に身を潜めてふぅ……と息をついた。
幸いにも邪魔なはずの柊磨の参戦で上手いことローテーションが組み上がっているのが癪なところだ。
そればかりかどこから聞きつけたのか、竜化した亭主の黄龍に跨がった苺花までもがテンタクルに挑みかかっている。
ーーなんでこう十六夜国の女性は戦闘狂ばっかりなんだ……ーー
もっとも青千輝帝国自体が女傑たちによって切り開かれ栄えているのだから、分国たる十六夜国の女戦士が頼もしいのもなんら不思議では無いのだが。
ーーたまんねぇなぁ……ーー
肩で息をしつつ仰ぐ空は僅かに紫を帯びて夜明けが近いことを伝えている。
「もうひと踏ん張り……てかぁ?!」
よっこらしょ……と腰を上げた琉論の視界を黒い物体が遮った。
「え、なに?……虎ぁ?!」
聞いてない、絶対聞いてないから……と口の中で呟く琉論の前で真っ赤な口を開け、鋭い牙を光らせてグルル……と獰猛な獣が唸る。
「お、俺は不味いから……美味くないから」
震える琉論の前に巨大な虎はいっそうデカい鼻面を押し付けてくる。
『落ち着け、琉論、われじゃ』
「え?ウェイイン?」
目を剥く琉論に巨虎はくいっと顔で背中を指した。
『乗れ!』
「乗れって……えっ?えっ?」
『早くせんか!』
後ずさる琉論に虎はひときわ大きく咆哮を上げる。
『あいつらに手柄を横取りされてもいいのか?』
「あいつらって……?」
おそるおそる虎の背中によじ登り、顔が指す海上のほうをみると、左右からものものしい船団がこちらに向かってきている。
『右が蜃気楼、左が夢見草国の海兵隊だな。お前なら知った顔もおるだろう』
掴まっとれ……と、一声を発して、虎は中空にふわりと舞い上がり、琉論を船団の中央辺りの空に連れ出した。
「よぉ公子樣、なかなかいい乗り物に乗ってるじゃねぇか」
右手の船団の先頭の船、その舳先から、いかにも腕に覚えのありそうな美丈夫が言葉を飛ばしてきた。
「手羽先ぃ?!」
「その呼び方はやめろや!」
腕組みをしたまま眉をしかめる美丈夫。名は亘禹といい、蜃気楼きっての勇将なのだが、とにかく鶏の手羽先の唐揚げが好物で帝都の宴でもそればかり食べていたので、そのまま通り名になってしまっている、ちょっとだけ残念な好漢だ。
「何しに来やがった?!」
思いっきり嫌そうな顔をする琉論に美丈夫は呵々と笑ってテンタクルを指さした。
「あぁ?あんなもんがウチの海に逃げて来られちゃ迷惑なんでな。仕留める手伝いに来てやったんだ」
「いらんお世話だ!」
「そう言わないでよ……私たちも退屈しているんだから、さ」
怒鳴り返す琉論にやはり船上から、一見おっとりとした美女が声を掛けた。
「白乃、あんたまで……」
「あら、私たちだけじゃないわよぉ。ほら……」
武人には似合わない白魚の指が指す先では、戦には似合わぬ薄衣姿の乙女とノリの良さそうな青年がニヤリと笑っていた。
「あなた達だけで楽しむなんてズルいわよ~!」
「そうそう、うちの方に来られても困るし、一緒に遊ぼうぜ!」
「遊ぶって……お前らなぁ……」
夢見草きっての猛者莎耶飜と伴侶、神祇までもの登場に琉論は軽く目眩を覚えた。
「ま、海上は俺たちが封鎖しといてやるから、心おきなくやってこいや!……逃がすんじゃねぇぞ!」
「当然だ!」
近隣国きっての猛者たちに煽られては引くわけにはいかない。しかも船団は言葉どおりに、テンタクルの背後から火矢を雨嵐と射掛けて牽制までしている。
「ウェイイン!行くぞ、一気にカタをつける!ー突っ込むぞ」
『おうよ!』
琉論は戟を握り直すと一気に大蛸の真正面に向かって突進した。
「援護します!」
背後から龍王姫がいつの間にやら、これも巨大な龍に踏ん張り、伴走してきた。
「え?龍王さま?」
「いいから!」
幾度となく伸びてくる凶暴な足腕を掻い潜り、薙ぎ払い、二人の握りしめた剣戟の切っ先が巨大妖物の眉間らしき場所に突き刺さったのは朝陽が海上を紅く染め上げたその時だった。
「「やった!」」
『いや、まだだ……』
だが、深々と剣戟を急所に受けながら、まだテンタクルはもがき苦しみながらも一向に動きを止めない。
琉論は、後ろを振り返り、ありったけの声で叫んだ。
「東雲、諸葛さん、雷を!……姫、手を離して!」
琉論の叫びに弾かれたように、二人と、そして方術の心得を持つ者たちが印を結び、天空に叫んだ。
「我雷公旡雷母以威声 五行六甲的兵成 百邪斬断 万精駆逐 急急如律令!」
天空が裂けるが如き轟きが響き渡り、巨大な稲光は虚空を走ってテンタクルの眉間に刺さった剣戟に落下した。
「…∝∂∫∨⊄………!」
呻きとも叫びともつかない声を上げて、異形の妖物は大地に倒れ……そして動かなくなった。
「やったー! 今度こそ、絶対倒したぜ!」
「大丈夫?」
落雷の衝撃で龍から落下した姫を抱きかかえて悠々と皆が待つ浜へと戻る琉論が何を考えていたかは……誰も知らない。
琉論は何度目かの休息を取るために岩陰に身を潜めてふぅ……と息をついた。
幸いにも邪魔なはずの柊磨の参戦で上手いことローテーションが組み上がっているのが癪なところだ。
そればかりかどこから聞きつけたのか、竜化した亭主の黄龍に跨がった苺花までもがテンタクルに挑みかかっている。
ーーなんでこう十六夜国の女性は戦闘狂ばっかりなんだ……ーー
もっとも青千輝帝国自体が女傑たちによって切り開かれ栄えているのだから、分国たる十六夜国の女戦士が頼もしいのもなんら不思議では無いのだが。
ーーたまんねぇなぁ……ーー
肩で息をしつつ仰ぐ空は僅かに紫を帯びて夜明けが近いことを伝えている。
「もうひと踏ん張り……てかぁ?!」
よっこらしょ……と腰を上げた琉論の視界を黒い物体が遮った。
「え、なに?……虎ぁ?!」
聞いてない、絶対聞いてないから……と口の中で呟く琉論の前で真っ赤な口を開け、鋭い牙を光らせてグルル……と獰猛な獣が唸る。
「お、俺は不味いから……美味くないから」
震える琉論の前に巨大な虎はいっそうデカい鼻面を押し付けてくる。
『落ち着け、琉論、われじゃ』
「え?ウェイイン?」
目を剥く琉論に巨虎はくいっと顔で背中を指した。
『乗れ!』
「乗れって……えっ?えっ?」
『早くせんか!』
後ずさる琉論に虎はひときわ大きく咆哮を上げる。
『あいつらに手柄を横取りされてもいいのか?』
「あいつらって……?」
おそるおそる虎の背中によじ登り、顔が指す海上のほうをみると、左右からものものしい船団がこちらに向かってきている。
『右が蜃気楼、左が夢見草国の海兵隊だな。お前なら知った顔もおるだろう』
掴まっとれ……と、一声を発して、虎は中空にふわりと舞い上がり、琉論を船団の中央辺りの空に連れ出した。
「よぉ公子樣、なかなかいい乗り物に乗ってるじゃねぇか」
右手の船団の先頭の船、その舳先から、いかにも腕に覚えのありそうな美丈夫が言葉を飛ばしてきた。
「手羽先ぃ?!」
「その呼び方はやめろや!」
腕組みをしたまま眉をしかめる美丈夫。名は亘禹といい、蜃気楼きっての勇将なのだが、とにかく鶏の手羽先の唐揚げが好物で帝都の宴でもそればかり食べていたので、そのまま通り名になってしまっている、ちょっとだけ残念な好漢だ。
「何しに来やがった?!」
思いっきり嫌そうな顔をする琉論に美丈夫は呵々と笑ってテンタクルを指さした。
「あぁ?あんなもんがウチの海に逃げて来られちゃ迷惑なんでな。仕留める手伝いに来てやったんだ」
「いらんお世話だ!」
「そう言わないでよ……私たちも退屈しているんだから、さ」
怒鳴り返す琉論にやはり船上から、一見おっとりとした美女が声を掛けた。
「白乃、あんたまで……」
「あら、私たちだけじゃないわよぉ。ほら……」
武人には似合わない白魚の指が指す先では、戦には似合わぬ薄衣姿の乙女とノリの良さそうな青年がニヤリと笑っていた。
「あなた達だけで楽しむなんてズルいわよ~!」
「そうそう、うちの方に来られても困るし、一緒に遊ぼうぜ!」
「遊ぶって……お前らなぁ……」
夢見草きっての猛者莎耶飜と伴侶、神祇までもの登場に琉論は軽く目眩を覚えた。
「ま、海上は俺たちが封鎖しといてやるから、心おきなくやってこいや!……逃がすんじゃねぇぞ!」
「当然だ!」
近隣国きっての猛者たちに煽られては引くわけにはいかない。しかも船団は言葉どおりに、テンタクルの背後から火矢を雨嵐と射掛けて牽制までしている。
「ウェイイン!行くぞ、一気にカタをつける!ー突っ込むぞ」
『おうよ!』
琉論は戟を握り直すと一気に大蛸の真正面に向かって突進した。
「援護します!」
背後から龍王姫がいつの間にやら、これも巨大な龍に踏ん張り、伴走してきた。
「え?龍王さま?」
「いいから!」
幾度となく伸びてくる凶暴な足腕を掻い潜り、薙ぎ払い、二人の握りしめた剣戟の切っ先が巨大妖物の眉間らしき場所に突き刺さったのは朝陽が海上を紅く染め上げたその時だった。
「「やった!」」
『いや、まだだ……』
だが、深々と剣戟を急所に受けながら、まだテンタクルはもがき苦しみながらも一向に動きを止めない。
琉論は、後ろを振り返り、ありったけの声で叫んだ。
「東雲、諸葛さん、雷を!……姫、手を離して!」
琉論の叫びに弾かれたように、二人と、そして方術の心得を持つ者たちが印を結び、天空に叫んだ。
「我雷公旡雷母以威声 五行六甲的兵成 百邪斬断 万精駆逐 急急如律令!」
天空が裂けるが如き轟きが響き渡り、巨大な稲光は虚空を走ってテンタクルの眉間に刺さった剣戟に落下した。
「…∝∂∫∨⊄………!」
呻きとも叫びともつかない声を上げて、異形の妖物は大地に倒れ……そして動かなくなった。
「やったー! 今度こそ、絶対倒したぜ!」
「大丈夫?」
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