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十五 ひと狩り……行く? 3
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皆が息を殺して見守るなか、妖物の動きが次第に鈍くなってきた。
「効いてきましたか……」
諸葛氏が小さく頷き、二発目の花火を上げた。と同時にまず龍王姫が、そして琉論や山河家の猛者たちが一斉に妖物に襲いかかる。
「足は切っちゃ駄目ですよ。再生しちゃいますからね!」
と叫ぶ呉明須ににっこりと笑って智娃太々が叫び返す。
「何を言ってるの。具材は多いほうがいいでしょ?」
すぱぁーんと小気味良い一振りで足を一本切り捨てる。単福が、|玉婉が、これに続く。
「真面目にやってよ~!」
妖物の急所、両目の間を狙う琉論と龍王姫はなんとか近づこうとするのだが、クネクネとしなる胴体は捉え難く、再生した足に阻まれて、なかなか思うようにいかない。
しかも、再生した足を見た琉論がつい
「足、短かっ!」
とか叫んだためか、激しく攻撃を始めたのだ。
「また余計なことを言って!」
瘴気を交わして空に駆け上がる龍王姫に叱られるもどこ吹く風、な表情ではあるものの、これでは倒しづらい。
けれど夜明けまで翻弄するなら、これもアリだな……とは思いはするものの、多少の疲れは出てはくる。
「ちょっと一休み……」
と岩場に身を隠した琉論の前を見慣れない……だが、見た覚えのある姿が横切った。と同時に父、単福の怒号が響き渡った。
「柊磨、お前何をしに来やがった!」
「お前らがモタモタしてるから加勢に来てやったんだろうが!」
上空からやはり負けず劣らずの大声が応える。
ーやっぱりあいつか……ー
いきなり現れたのは、竜族の逸れ者、名を柊磨という。何を理由にか龍宮を追われ、かつて十六夜国の王となるべく画策したが、竜族であることが露見、隠居と称して何処かへ雲隠れしていた。
これ見よがしに白銀の長い髪をたなびかせる男の額には竜族の証である二本の角が生えている。
「いらんお世話だ。隠居のジジイは引っ込んでろ!……それに、俺の前にその面を見せるなと言ったはずだ!」
「ぬかせ!てめえだってジジイだろうが!」
いつもの温厚、のんびりな様は何処へやら、眉をつり上げ髪を逆立てて喚く単福に、村人や周囲のものたちは慄然となった。が、山河家の者たちは慣れた様子で妖物テンタクルに刃を振り降ろし続けている。
と、何やらに気づいたのか、智娃「が今度は嬉しそうな声を上げた。
「まぁまぁ緋茉姉さま、お久しぶりでございます」
「智娃さん、お久しぶり。ウチにも食材を少し分けていただこうと思って罷り越しましたの」
竜族の男の傍らで、ほほほ……と優雅に微笑むのはどことなく智娃に似た美人の奥方。実は彼女は智娃とは姉妹。竜族の夫、柊磨が出奔する際に家を出て付いていったという。
「まぁどうぞご遠慮なく……」
「智娃!」
「緋茉姉さまがせっかくいらしてくださったのよ?ーそれに人手は多いほうがいいでしょ?」
イキる単福をいなして、智娃は姉とともににこやかに微笑みながら、バサバサと妖物の足を切り落としていく。
「あなたがたも、積もる話は後にして。今はこの大蛸を仕留めるのが先よ」
「お、おぅ……」
「相変わらず尻に敷かれやがって……」
「放っておけ……てめぇもだろうが!」
十六夜国きっての猛者たちもにっこり優雅に微笑む奥方たちの圧には到底敵わぬらしく、八つ当たりの如くテンタクルに刃を振り下ろしていく。
「……にしてもキリがねぇ」
バサバサと切り落とされた大蛸の足を村人を指示して素早く除けながら、呉明須はふぅ……と息をついた。
と、その時、ひゅん……と風をきってテンタクルの足の一本がこちらに振り掛かってきた。
呉明須は咄嗟に身を屈めた。が、その先には手伝いに励むランジャンがいる。
「ランジャン!」
幼い白い子猫は丸太が飛んできたような衝撃に竦んで固まってしまっている。……と、一瞬、黒い影が呉明須の眼の前を横切った。
ふと見るとズシリと抉られた地面に子猫の姿は無い。
「ウェイイン?!」
瞬時にどこからか現れた黒猫ウェイインが白い子猫の首根っこを咥えて飛びすさったのだ。
「あの野郎……許さん!」
いまだ怯える子猫の頭をショリショリ舐めて落ち着かせながら、黒猫はギリギリと両目をつりあげた。
「イェンリー!」
一際大きな声で呼ばわると、灰色猫が即座に走ってきた。
「どうした、ウェイイン?」
「やるぞ!」
黒猫の言葉に灰色猫は一瞬、顔を強張らせたが、こっくりと頷いた。
「ランジャン、よく掴まってろ!」
黒猫は白い子猫を背中に乗せると、灰色猫と二股尻尾を絡ませ、その先を激しく打ち合わせ、何やら呪文を唱えた。
……と、次の瞬間、そこに現れたのは黒い身体に灰色の縞の巨大な虎だった。
「三猫一体、天虎招来!にゃ」
よく見ると背中には小ぶりな真っ白な羽根が生え、額から鼻にかけても白い毛並みに、第三のもうひとつの目が瞬いていた。
「呉明須、あいつは?」
呉明須が半ば引きつつ琉論のいる岩場を指差すと虎はニヤリと赤い口を大きく開いて咆哮した。
「妖猫の底力、見せてやるにゃ!」
「効いてきましたか……」
諸葛氏が小さく頷き、二発目の花火を上げた。と同時にまず龍王姫が、そして琉論や山河家の猛者たちが一斉に妖物に襲いかかる。
「足は切っちゃ駄目ですよ。再生しちゃいますからね!」
と叫ぶ呉明須ににっこりと笑って智娃太々が叫び返す。
「何を言ってるの。具材は多いほうがいいでしょ?」
すぱぁーんと小気味良い一振りで足を一本切り捨てる。単福が、|玉婉が、これに続く。
「真面目にやってよ~!」
妖物の急所、両目の間を狙う琉論と龍王姫はなんとか近づこうとするのだが、クネクネとしなる胴体は捉え難く、再生した足に阻まれて、なかなか思うようにいかない。
しかも、再生した足を見た琉論がつい
「足、短かっ!」
とか叫んだためか、激しく攻撃を始めたのだ。
「また余計なことを言って!」
瘴気を交わして空に駆け上がる龍王姫に叱られるもどこ吹く風、な表情ではあるものの、これでは倒しづらい。
けれど夜明けまで翻弄するなら、これもアリだな……とは思いはするものの、多少の疲れは出てはくる。
「ちょっと一休み……」
と岩場に身を隠した琉論の前を見慣れない……だが、見た覚えのある姿が横切った。と同時に父、単福の怒号が響き渡った。
「柊磨、お前何をしに来やがった!」
「お前らがモタモタしてるから加勢に来てやったんだろうが!」
上空からやはり負けず劣らずの大声が応える。
ーやっぱりあいつか……ー
いきなり現れたのは、竜族の逸れ者、名を柊磨という。何を理由にか龍宮を追われ、かつて十六夜国の王となるべく画策したが、竜族であることが露見、隠居と称して何処かへ雲隠れしていた。
これ見よがしに白銀の長い髪をたなびかせる男の額には竜族の証である二本の角が生えている。
「いらんお世話だ。隠居のジジイは引っ込んでろ!……それに、俺の前にその面を見せるなと言ったはずだ!」
「ぬかせ!てめえだってジジイだろうが!」
いつもの温厚、のんびりな様は何処へやら、眉をつり上げ髪を逆立てて喚く単福に、村人や周囲のものたちは慄然となった。が、山河家の者たちは慣れた様子で妖物テンタクルに刃を振り降ろし続けている。
と、何やらに気づいたのか、智娃「が今度は嬉しそうな声を上げた。
「まぁまぁ緋茉姉さま、お久しぶりでございます」
「智娃さん、お久しぶり。ウチにも食材を少し分けていただこうと思って罷り越しましたの」
竜族の男の傍らで、ほほほ……と優雅に微笑むのはどことなく智娃に似た美人の奥方。実は彼女は智娃とは姉妹。竜族の夫、柊磨が出奔する際に家を出て付いていったという。
「まぁどうぞご遠慮なく……」
「智娃!」
「緋茉姉さまがせっかくいらしてくださったのよ?ーそれに人手は多いほうがいいでしょ?」
イキる単福をいなして、智娃は姉とともににこやかに微笑みながら、バサバサと妖物の足を切り落としていく。
「あなたがたも、積もる話は後にして。今はこの大蛸を仕留めるのが先よ」
「お、おぅ……」
「相変わらず尻に敷かれやがって……」
「放っておけ……てめぇもだろうが!」
十六夜国きっての猛者たちもにっこり優雅に微笑む奥方たちの圧には到底敵わぬらしく、八つ当たりの如くテンタクルに刃を振り下ろしていく。
「……にしてもキリがねぇ」
バサバサと切り落とされた大蛸の足を村人を指示して素早く除けながら、呉明須はふぅ……と息をついた。
と、その時、ひゅん……と風をきってテンタクルの足の一本がこちらに振り掛かってきた。
呉明須は咄嗟に身を屈めた。が、その先には手伝いに励むランジャンがいる。
「ランジャン!」
幼い白い子猫は丸太が飛んできたような衝撃に竦んで固まってしまっている。……と、一瞬、黒い影が呉明須の眼の前を横切った。
ふと見るとズシリと抉られた地面に子猫の姿は無い。
「ウェイイン?!」
瞬時にどこからか現れた黒猫ウェイインが白い子猫の首根っこを咥えて飛びすさったのだ。
「あの野郎……許さん!」
いまだ怯える子猫の頭をショリショリ舐めて落ち着かせながら、黒猫はギリギリと両目をつりあげた。
「イェンリー!」
一際大きな声で呼ばわると、灰色猫が即座に走ってきた。
「どうした、ウェイイン?」
「やるぞ!」
黒猫の言葉に灰色猫は一瞬、顔を強張らせたが、こっくりと頷いた。
「ランジャン、よく掴まってろ!」
黒猫は白い子猫を背中に乗せると、灰色猫と二股尻尾を絡ませ、その先を激しく打ち合わせ、何やら呪文を唱えた。
……と、次の瞬間、そこに現れたのは黒い身体に灰色の縞の巨大な虎だった。
「三猫一体、天虎招来!にゃ」
よく見ると背中には小ぶりな真っ白な羽根が生え、額から鼻にかけても白い毛並みに、第三のもうひとつの目が瞬いていた。
「呉明須、あいつは?」
呉明須が半ば引きつつ琉論のいる岩場を指差すと虎はニヤリと赤い口を大きく開いて咆哮した。
「妖猫の底力、見せてやるにゃ!」
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