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第十二話 十三夜(二)

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 既に悲報を受けた米沢の城の中は騒然としていた。
 政宗は、青ざめた面を殊更に硬く、ぐ---と口許を結び、父の遺体を丁寧に清めさせ、葬儀の手配を整え、自室に戻った。
 息が、止まりそうだった。胸が千切れるかと思うほど締め付けられ、脇息に置いた手は、わなわなと震えが止まらなかった。
---と、するすると衣擦れの音が近付いてきた。
 政宗は、一層、身体を強張らせた。
 「入りますよ。」
 大御台さま、今は---と制止する小十郎を意にも止めず、その背が政宗の居室に滑り込んだ。
 「葬儀の手配は済みましたか?」
 義姫は、政宗の前に座ると、落ちついた声音で、言った。さすがに顔は血の気を失い、唇もひどく青ざめていたが、その声音に乱れは無かった。
 政宗は、あまりに意外な言葉に、ピクリ---と身を震わせた。
 「は---既に整えました。」
と答えると、義姫は、そう---とひとこと言って立ち上がった。
 「なれば---あとは、成すべきことは、わかってますね。」
 政宗は、無言で頷いた。
 「武運を---祈っていますよ。」
 義姫は、それだけ言って、政宗の居室を出た。
 そして---平伏する小十郎に、―政宗を頼みます---―と言い置いて、立ち去った。
 小十郎は改めて、その後ろ姿に平伏した。
―強い---お人だ。―
 息子が夫を殺した。
 だが、それより他に手立てが無かったことを、しっかりと正面から受け止めている。
―先へ進まねばならぬ。―
 その事を、少ない言葉で政宗に見事に伝えた。

―しかし、政宗さまのお心は---―
と、その背に問おうとして、小十郎は、はっ---と気付いた。
―頼みます---―
という義姫の言葉が、胸に刺さった。

 やや暫しして、小十郎は、静かに主の居室の戸を開けた。
 政宗は、脇息を握りしめたまま、俯いて、ただただ唇を噛みしめていた。
 小十郎は、一歩二歩、政宗ににじり寄った。
―小十郎---―
 政宗は、ほんの僅かに顔を上げた。白蝋のように血の気を喪った面---虚ろな瞳---間近に寄ると、小刻みに、かすかに身体が震えているのがわかる。
―政宗さま---梵天丸さま---―
 小十郎が、躊躇いがちに、かすかにその肩に触れると、政宗の身体の震えがひと際大きくなった。
―おひとりで苦しまれますな---。申し上げたはずです。
 お悲しいことあらば、この小十郎に、梵天丸さまの悲しみをお預けください---と。―

 政宗の眼が、小十郎の顔を見上げ、差し伸べられたもう一方の手を見た。
 そして---倒れるように小十郎の胸元に手を掛け、襟元を鷲掴みにした。
―こ---じゅう---ろう---―
 魂の奥底から搾り出すような、今にも息絶えそうな---唸りとも呻きともつかぬ声だった。
 遮二無に、小十郎の襟元を縋るように掻き掴み、頭を強く押し付け、肩を大きく震わせていた。
 幾度も幾度も、唸り、呻き---泣けぬ苦しさを搾り出し---だが、その頬を幾度も、滴が伝って落ちたことを、小十郎は見ぬふりをした。
 そ---と、触れるか触れないかほどの優しさで、その背に両手を回し、政宗を懊惱ごと包み込むように抱えた。

「済まな---かった---」

 政宗がやっと顔を上げたのは、陽が傾きかけた頃だった。小十郎は、いいえ---と小さく応えた。やっと幾ばくか生気を取り戻した面に、安堵して、さりげなく両手を膝に戻した。
 政宗は、小十郎の襟元から手を離し、背中越しに顔を擦って身を翻し、元の座に戻った。
―夕餉は、いかがいたしますか?―
と、小十郎が問うと、半ば驚いたように、―そんな刻限か---―と呟き、

―飯はいらん。酒を持ってきてくれ。―

と吐息とともに漏らした。

―いけませぬ。朝から何も口にされてはないではありませんか---―
 仕方のない---と諌めるも、哀しげに口許を歪め、
―食いたくない---。―
と呻く政宗に、それ以上の箴言も憚られて、受けるしかなかった。
―では、何か某が肴を見繕ってお持ちしましょう―

 小十郎は、そう言って政宗の居室を下がり、厨に向かった。
―月が、赤いのぅ---―
 飯炊きの老爺のもそりとした戯言が、やけに耳に残った。
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