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第三章 変容〜美しきAssassin〜
第32話 転身~ミハイルの深層~
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「だいぶ様になってきたわね.....」
俺の師匠、邑妹(ユイメイ)は俺の身体がこなれてきた頃合いを見て、ナイフの使い方の伝授を始めた。
「いいのか、刃物なんか持たせて。ヤツを.....ミハイルを殺っちまうかもしれないぜ」
俺は邑妹(ユイメイ)が差し出した細身の凶器をまじまじと眺めて言った。両刃でごく薄いが極めて鋭利だ。これなら軽く触れただけでも簡単に切り裂ける。ヤツの喉笛も.....。一瞬、ヤツが首から血を流して倒れ伏す様が俺の頭を過った...が、その妄想は邑妹(ユイメイ)にあっさり一笑に伏された。
「あなたにマスターは殺せないわ」
「なぜ?......なぜ、そう言いきれるんだ!」
憮然とする俺に、邑妹(ユイメイ)はふっ.....と小さく笑って言った。
「あなたには彼が必要だからよ。小狼(シャオラァ)」
「なんだと?!」
「あなたが以前どんな人間だったかは知らないけど.....」
彼女は俺のナイフをす.....と手に取ると、間髪を入れずに俺の背後の壁に投げた。その先では羽虫が一匹、串刺しになっていた。
「今のあなたには、『彼』しかいない.....愛するのも憎むのも『彼』だけ」
「そんなことはない!俺には大事な女と息子がいる.....」
「でも、彼らは今のあなたをあなたとして受け入れてはくれないわ」
俺は言葉を失った。
「あんた知って.....」
「私は義理の母親みたいなものだから。でも詳しいことは知らない。ただ.....」
「ただ?」
「彼があなたをどうしようもなく愛してることだけは分かるわ」
「愛してるって?.....俺をあんな目に合わせて、この狭い屋敷の中に閉じ込めて、縛りつけて.....」
「そうよ」
邑妹(ユイメイ)は、半ば呆れたように、だが悲しげに付け加えた。
「彼は、あの子は母親を喪ってから、一切人間に興味を示さなくなった。誰にも執着することも心を向けることも無くなった」
「母親を喪った......?」
「彼の目の前で撃たれて死んだの。ファミリーを裏切って敵対する組織の男と逃げようとして......彼を敵に売ってファミリーを潰そうとまでしたわ」
「そんな......」
「先代がいち早く気づいて、彼は救い出されたけど......先代はとても怒って、彼に母親を始末させたの。『お前を殺そうとしたものには自分で制裁を下せ』...とね。そして彼は自分でファミリーの側近に命じたの...『裏切り者には死を!』と。......彼はまだ十歳だったわ」
そしてヤツは心を凍らせた.....と邑妹(ユイメイ)は言った。その心を融かしたのが、俺だと.....。
「なんで俺なんだ?.....意味がわからない」
邑妹(ユイメイ)は、俺の叫びに首を振った。
「それは私にもわからないわ。けれど、あなたにしか彼の心が向いていないのは確かよ」
そこまで話した時、エレベーターが低く唸った。黙り込んだ俺達の前にミハイルが歩み寄ってきた。
「何を話してた?」
抑えた声が、ヤツの内の狂気を窺わせる。
俺は極めて平静を装い、肩を竦めて答えた。
「あんたが如何に我が儘か、聞いてもらってたのさ」
ヤツは表情も変えず、だが少し声を和らげて俺達に言った。
「その通り。私は我が儘な男だ。だから飼い犬が他の人間に尻尾を振ることは許さない」
「尻尾なんぞ振ってやしない。勘繰り過ぎだ」
俺はヤツを真っ直ぐに見て、はっきりと言い切ってやった。ガキの焼き餅なんぞ聞いてられるか.....と腹の中で怒鳴りつけていた。
ミハイルは俺の態度にいささか驚いたような顔をしたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻って俺に命令した。
「ならばいい。戻るぞ、パピィ。夕食の時間だ」
餌.....と言わなかったのは、邑妹(ユイメイ)に少しは気を使ったのだろう。(一応、義母だから)
その後、みっちり啼かされて、三日ほどトレーニングを休む羽目になったのは言うまでもない。
ヤツは『自業自得だ』と言い放ったが、それは言い掛かりだ....と俺は思っている。
俺の師匠、邑妹(ユイメイ)は俺の身体がこなれてきた頃合いを見て、ナイフの使い方の伝授を始めた。
「いいのか、刃物なんか持たせて。ヤツを.....ミハイルを殺っちまうかもしれないぜ」
俺は邑妹(ユイメイ)が差し出した細身の凶器をまじまじと眺めて言った。両刃でごく薄いが極めて鋭利だ。これなら軽く触れただけでも簡単に切り裂ける。ヤツの喉笛も.....。一瞬、ヤツが首から血を流して倒れ伏す様が俺の頭を過った...が、その妄想は邑妹(ユイメイ)にあっさり一笑に伏された。
「あなたにマスターは殺せないわ」
「なぜ?......なぜ、そう言いきれるんだ!」
憮然とする俺に、邑妹(ユイメイ)はふっ.....と小さく笑って言った。
「あなたには彼が必要だからよ。小狼(シャオラァ)」
「なんだと?!」
「あなたが以前どんな人間だったかは知らないけど.....」
彼女は俺のナイフをす.....と手に取ると、間髪を入れずに俺の背後の壁に投げた。その先では羽虫が一匹、串刺しになっていた。
「今のあなたには、『彼』しかいない.....愛するのも憎むのも『彼』だけ」
「そんなことはない!俺には大事な女と息子がいる.....」
「でも、彼らは今のあなたをあなたとして受け入れてはくれないわ」
俺は言葉を失った。
「あんた知って.....」
「私は義理の母親みたいなものだから。でも詳しいことは知らない。ただ.....」
「ただ?」
「彼があなたをどうしようもなく愛してることだけは分かるわ」
「愛してるって?.....俺をあんな目に合わせて、この狭い屋敷の中に閉じ込めて、縛りつけて.....」
「そうよ」
邑妹(ユイメイ)は、半ば呆れたように、だが悲しげに付け加えた。
「彼は、あの子は母親を喪ってから、一切人間に興味を示さなくなった。誰にも執着することも心を向けることも無くなった」
「母親を喪った......?」
「彼の目の前で撃たれて死んだの。ファミリーを裏切って敵対する組織の男と逃げようとして......彼を敵に売ってファミリーを潰そうとまでしたわ」
「そんな......」
「先代がいち早く気づいて、彼は救い出されたけど......先代はとても怒って、彼に母親を始末させたの。『お前を殺そうとしたものには自分で制裁を下せ』...とね。そして彼は自分でファミリーの側近に命じたの...『裏切り者には死を!』と。......彼はまだ十歳だったわ」
そしてヤツは心を凍らせた.....と邑妹(ユイメイ)は言った。その心を融かしたのが、俺だと.....。
「なんで俺なんだ?.....意味がわからない」
邑妹(ユイメイ)は、俺の叫びに首を振った。
「それは私にもわからないわ。けれど、あなたにしか彼の心が向いていないのは確かよ」
そこまで話した時、エレベーターが低く唸った。黙り込んだ俺達の前にミハイルが歩み寄ってきた。
「何を話してた?」
抑えた声が、ヤツの内の狂気を窺わせる。
俺は極めて平静を装い、肩を竦めて答えた。
「あんたが如何に我が儘か、聞いてもらってたのさ」
ヤツは表情も変えず、だが少し声を和らげて俺達に言った。
「その通り。私は我が儘な男だ。だから飼い犬が他の人間に尻尾を振ることは許さない」
「尻尾なんぞ振ってやしない。勘繰り過ぎだ」
俺はヤツを真っ直ぐに見て、はっきりと言い切ってやった。ガキの焼き餅なんぞ聞いてられるか.....と腹の中で怒鳴りつけていた。
ミハイルは俺の態度にいささか驚いたような顔をしたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻って俺に命令した。
「ならばいい。戻るぞ、パピィ。夕食の時間だ」
餌.....と言わなかったのは、邑妹(ユイメイ)に少しは気を使ったのだろう。(一応、義母だから)
その後、みっちり啼かされて、三日ほどトレーニングを休む羽目になったのは言うまでもない。
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