The change, is unlike

葛城 惶

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第二章 さらば愛しき日々

第17話 我愛香港~懐かしい街~

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 翌朝、遅くに起きた俺がシャワーを浴びていると、ニコライが相変わらず不機嫌な顔をして呼びに来た。

「旦那さまがロビーでお待ちです。早くお支度を」

 あちらこちらに昨夜の名残の赤い痣が残っているのをニコライに見られるのはひどく恥ずかしかった。主ににて無表情なあいつは、俺が乱暴にタオルを放り投げ、ヤツの用意した服に身を包むまでじっと立って待っていた。

ーそれにしても.....! ー

「なぁ、もう少しまともな下着は無いのか?」

 相変わらず面積の少ない布地に、俺は堪らずニコライを振り返った。

「ありません」

 まぁ想像はついていたが、ー淫夫にはそれで充分だろうーとでも言いたげな侮蔑的な口調にはさすがに気持ちが萎んだ。確かに現状だけを見れば、俺はヤツに組み敷かれて犯られて悦んでいる淫乱な若造でしかない。その事実がなおさら俺を萎縮させた。

「そうかよ」

 俺はぞんざいに答えて、手早くシャツをひっ被り、下着とスラックスを身につけ、ドアに手を掛けた。

「そのまま、おいでになるんですか?」

「アイツが待ってるんだろう?」

「靴は.....?」

 ニコライの咎めるような目線に俺はあらためて素足だったことを思い出し、ヤツの差し出した靴下を履き、磨かれたホールカットの革靴に足を突っ込んだ。普段.....この身体に入る前から、こんなお上品な靴など履いたことが無い。     
 普段は靴底に鉄板を仕込んだブーツだったし、ボスのお供の時もシングルチップ、勿論鉄板入りの特注だった。
 柔らかい革靴の心もとない感触とミハイルの屋敷並みに足の沈む絨毯に閉口しながら、ニコライに付き添われて最上階から直通のエレベーターで、ロビーに降りた。

 ミハイルは何やら商談中だったようで、如何にも真面目そうな堅気そのものの紳士然とした男達と握手を交わしていた。
 ヤツは俺達に気付くと、傍らのスレンダーな金髪美人に二言三言、声をかけ、客を見送らせた。いわゆる秘書ってやつらしいが、ーあぁいうイイ女を抱けばいいだろう?ーと言ったら、公私混同はしない主義だと言われた。
 まぁヤツの見てくれと財力、権力があれば、身内に手など出さなくても寄ってくる奴はごまんといるだろう。

「さて、行こうか」

 ミハイルは俺の姿を見留めるとくぃ...と首を捻り、ー着いてこい...ーと顎で示した。

「何処へ?」

と肩を押されながら、俺が訊くと苦笑いしながら言った。

「今夜はパーティーだと言ったろう?ドレスコードという言葉くらい知っておきなさい」

 ヤツと俺を乗せた黒塗りが向かったのは、高級ブランドショップが建ち並ぶ一画だった。たまに、ボスのお供についてきたことはある。

ーお前も一人前なのだから....ー

とボスがスーツを仕立てくれたこともあった。

ーお前は体型が整っているから見栄えがするな。オフィスに来る時はスーツで来るようにー

と言われて、若干閉口したことを思い出した。



「降りなさい」

 ヤツの声に急かされて入った店内には客がおらず、おそらく先に手を回して人払いをしたのだろう。ヤツとニコライの目の前で下着姿になり、針子に採寸をされるのはいささか恥ずかしかったが、大まかな型紙は出来ていたらしく、手早に済んでほっとした。

「肩幅だけ直せばよろしいかと思いますので、夜までにはお持ちできます」

 慇懃に礼をする店主を後に俺達を乗せた車は郊外らしき場所に向かっていた。

「何処へ行くんだ?」

「少しドライブしようと思ってね」

 ヤツの車が向かったのは九龍砦塞.....のあった場所。今は全て取り壊されて公園になっている。俺は車を降り、辺りを見渡した。
 かつてここには何本もの細い路地が通り、砦塞の跡地を骨組みに何層もの粗末な家屋が組み立てられ、人が犇めき喧騒に満ちていた。路地裏で子供達が遊びた、老人達が囲碁を打ち、ゴロつきがたむろしていた。そう俺達のような.....。オヤジが事ある毎に懐かしそうに語っていた。だが、その活気も暗さもここには、もう無い。
 一面の草の海を風が渡っていくだけだ。俺の中にふいに淋しさがこみ上げてきた。淋しくなるのが嫌でここを引き払ってからは一度も訪れては来なかったのに.....。

「つわものどもが夢の跡......か」

 ぽん、とミハイルが俺の肩を叩いた。

「日本には確か、そういうハイクがあったな....もう行くぞ」

 俺は頷き、ミハイルの後に続いた。旅客機が轟音をたてて頭の上を掠めていった。なんとなくショボくれている俺を気づかってか、ミハイルがニコライに命じて屋台の饅頭と餅(ピン)を買わせ、車の中で食べた。

「あんたも、こういう物を食べるんだな...」

「初めてだが、悪くはないな」

 頬の端に餅(ピン)のタレを着けたヤツの横顔がおかしくて、俺はつい笑ってしまった。そして不機嫌そうなヤツの頬のタレを拭ってやった。ヤツは俺に軽いキスをして、

『悪いヤツめ......』

とロシア語で囁いた。
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