40 / 50
二 通小町
六道の辻(三)
しおりを挟む
「ここだね......」
そのお寺は、とても観光地とは思えないくらい静かだった。
すぐ側の小さな路地の交差には『六道の辻』という看板の建てられ、この世ではない場所に続いている、と書かれていた。
「怖いね」
「うん、怖いね」
俺たちー俺と水本は実際、この世でない場所に何度も足を踏み入れている。でも、その時は必ず小野崎先生の小野篁や菅原先生の菅原道真が守ってくれた。
ひとりで異界に、この世ならぬ場所に足を踏み入れたら、どうなってしまうのだろう、俺は恐ろしさに身を震わせた。
「中、入ろうぜ」
俺たちは山門をくぐり、寺の敷地に入った。
「『篁の井戸』だって。......ここを通って小野篁は冥府に通って閻魔さまの手伝いをしてたんだって」
寺の庭の奥にある看板の下には古い石組の井戸の跡らしきものがあり......でも、それはもう土で埋まっていた。
「もう、ここは通れないね」
本気だか冗談だかわからない口調で、水本が小さな溜め息をついた。
「そうだね」
小野崎先生......小野篁は、小町の父は何を思ってこの井戸をくぐったのか。
少なくとも、閻魔さまの手伝いなんて普通だったらしようと思わないし、頼まれたって断る。
俺だって、じいちゃんや小野崎先生にハメられなければ、こんなことはしていない。しなきゃいけない何かが無ければ......。
お寺の庫裏のような建物の引き戸にそっと手をかけた。
スルリと開いたその建物の中は、しんとしていて、人の気配がしなかった。
「すいませーん」
大きな声で呼んでみる。が反応は無かった。
「どうする?」
顔を見合わせる俺たち。
「お堂の入り口の鍵、開いてたかな?そっちにいるかもしれないよ」
俺たちはそっと庫裏の戸を閉めて、お堂のほうに回った。
黒光りのする分厚い木の格子扉の上には、『閻魔堂』という額がかかっていた。俺は以前に一度だけ会った、強面のイケメンの顔を思い出した。
「おい、コマチ、見てみ。小野篁の像だって......」
「え?」
扉の脇に備えられた木の札に墨で黒々と書かれた文字を目で追う。
ー冥官 小野篁 木像ー
「よく見たいね」
「う......うん」
突然、一陣の風が吹き、お堂の扉が開いた。
「鍵かかって無かったたんだ。.....入ろうぜ」
靴を脱いでスタスタとお堂の中に入る水本の後についていくと、中央に年期の入った、閻魔大王の怖い顔の像と、その傍らに衣冠束帯に身を固めた役人らしき人が立っていた。
「この人が小野篁か......」
「やっぱり小野崎に似てるよな」
長い時間のうちに木像の黒ずんでいたけれど、確かにその顔立ちは俺の記憶の中にあった。
ーお父様......ー
誰かが俺の中で呟いた。
「さ、行くか」
閻魔大王さまの像に手を合わせ、お堂を出る俺たち。
だが、靴に両足を突っ込んで、ふと顔を上げた俺の目の前にあったのは、さっきのお寺の庭ではなかった。
一度だけ、あの時一度だけ見た、あの部屋の扉だった。
「久しぶりじゃの。小町。入ってくるがよい」
あの地響きのような低い声音が扉の向こうから聞こえた。
俺は扉に手を掛け、ふと後ろを振り返った。
ー水本は、どこだ?ー
すると俺の思考を読み取ったように聞き覚えのある声がした。
「大丈夫ですよ。ちゃんと保護してます。用件が終わったら一緒に帰します」
馬頭さんが、元の青鬼の姿で、でもいつもの円らな瞳で小さく微笑んだ。
俺は頷いて、扉を押した。
そのお寺は、とても観光地とは思えないくらい静かだった。
すぐ側の小さな路地の交差には『六道の辻』という看板の建てられ、この世ではない場所に続いている、と書かれていた。
「怖いね」
「うん、怖いね」
俺たちー俺と水本は実際、この世でない場所に何度も足を踏み入れている。でも、その時は必ず小野崎先生の小野篁や菅原先生の菅原道真が守ってくれた。
ひとりで異界に、この世ならぬ場所に足を踏み入れたら、どうなってしまうのだろう、俺は恐ろしさに身を震わせた。
「中、入ろうぜ」
俺たちは山門をくぐり、寺の敷地に入った。
「『篁の井戸』だって。......ここを通って小野篁は冥府に通って閻魔さまの手伝いをしてたんだって」
寺の庭の奥にある看板の下には古い石組の井戸の跡らしきものがあり......でも、それはもう土で埋まっていた。
「もう、ここは通れないね」
本気だか冗談だかわからない口調で、水本が小さな溜め息をついた。
「そうだね」
小野崎先生......小野篁は、小町の父は何を思ってこの井戸をくぐったのか。
少なくとも、閻魔さまの手伝いなんて普通だったらしようと思わないし、頼まれたって断る。
俺だって、じいちゃんや小野崎先生にハメられなければ、こんなことはしていない。しなきゃいけない何かが無ければ......。
お寺の庫裏のような建物の引き戸にそっと手をかけた。
スルリと開いたその建物の中は、しんとしていて、人の気配がしなかった。
「すいませーん」
大きな声で呼んでみる。が反応は無かった。
「どうする?」
顔を見合わせる俺たち。
「お堂の入り口の鍵、開いてたかな?そっちにいるかもしれないよ」
俺たちはそっと庫裏の戸を閉めて、お堂のほうに回った。
黒光りのする分厚い木の格子扉の上には、『閻魔堂』という額がかかっていた。俺は以前に一度だけ会った、強面のイケメンの顔を思い出した。
「おい、コマチ、見てみ。小野篁の像だって......」
「え?」
扉の脇に備えられた木の札に墨で黒々と書かれた文字を目で追う。
ー冥官 小野篁 木像ー
「よく見たいね」
「う......うん」
突然、一陣の風が吹き、お堂の扉が開いた。
「鍵かかって無かったたんだ。.....入ろうぜ」
靴を脱いでスタスタとお堂の中に入る水本の後についていくと、中央に年期の入った、閻魔大王の怖い顔の像と、その傍らに衣冠束帯に身を固めた役人らしき人が立っていた。
「この人が小野篁か......」
「やっぱり小野崎に似てるよな」
長い時間のうちに木像の黒ずんでいたけれど、確かにその顔立ちは俺の記憶の中にあった。
ーお父様......ー
誰かが俺の中で呟いた。
「さ、行くか」
閻魔大王さまの像に手を合わせ、お堂を出る俺たち。
だが、靴に両足を突っ込んで、ふと顔を上げた俺の目の前にあったのは、さっきのお寺の庭ではなかった。
一度だけ、あの時一度だけ見た、あの部屋の扉だった。
「久しぶりじゃの。小町。入ってくるがよい」
あの地響きのような低い声音が扉の向こうから聞こえた。
俺は扉に手を掛け、ふと後ろを振り返った。
ー水本は、どこだ?ー
すると俺の思考を読み取ったように聞き覚えのある声がした。
「大丈夫ですよ。ちゃんと保護してます。用件が終わったら一緒に帰します」
馬頭さんが、元の青鬼の姿で、でもいつもの円らな瞳で小さく微笑んだ。
俺は頷いて、扉を押した。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
このブラジャーは誰のもの?
本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。
保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。
誰が、一体、なんの為に。
この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる