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二 通小町

鉄輪(五)

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 車は再び夜の闇の中を抜け、無事に宿にたどり着いた。

「さて......と」

 小野崎先生と菅原先生は気絶したままの橋元さんを両方から支えて車から下ろした。

「急に悪かったね」

 菅原先生の言葉に清明さんは軽く手を振って、俺ににっこり笑いかけた。
 いつからかは知らないけど、か・な・り古いお知り合いらしい。

「いえ、こちらこそ助かりました。.......ハル君、またね」

「おやすみなさい」

 白い車体と赤いテールランプが流れるように深夜の街に消えていくのを見送って、俺たちは宿の中に入った。


 先生達が橋元さんを部屋に運び、俺たちは先生が戻るのをロビーで待った。

「疲れたな......」

「うん.....」

 下手なアニメやゲームより凄まじい3Dバトルを体験してしまった俺たち。まだゲームの中にいるような感触さえあった。でも体感ゲームじゃないことは、耳に残る鬼女の咆哮が伝えていた。

 ロビーのソファーでふたりでぐったりしていると、小野崎先生が缶ジュースを買ってきて、それぞれに渡してにっこり笑った。

「ありがとうございます」

 座り直して、ぺこりと頭を下げ、プルトップを開ける。
 甘めの炭酸が喉に心地よくて、俺も水本も、ほぼ一気飲みだった。

「お疲れ様、ふたりともよく頑張ったね。助かったよ」

 菅原先生が珍しく俺たちを笑顔で褒めた。

「今夜のことは、明日の朝にはみんな忘れている。......君たち以外はね」

「大丈夫です。誰にも言いません」

 神妙な顔で水本が頷いた。
 俺も黙って頷いた。

 何をどうやって喋るのさ。
 恐ろしすぎて、俺たちの少ないボキャブラリーでは表現できません。

「じゃあ、ゆっくりおやすみ。お疲れさま」

 ロビーで先生達と別れ、俺たちはヘロヘロな身体を引き摺って部屋に戻った。




 服を着替えてあらためてスマホを見ると、時間はまだ十一時......俺たちが宿を出てから三十分足らずだった。

 そして不思議にみんな寝静まっているなか、清明さんからのメールの着信が入った。開いてみると......

ー今日はご苦労様。
 さっき無事にアパートに着いたよ。今日は新月で百鬼夜行が都大路を通るから、帰りは別なルートを使ったんだ。 
 無いとは思うけど、今夜はもう絶対に宿から出ないようにねー

 俺はこっそりと廊下に出て、街の見える窓辺に寄ってみたけど、なんだか霧が出ているようで、何も見えなかった。 

 ラインで清明さんにー百鬼夜行って何?ーって聞いたら、

ー付喪神と妖怪のパレードー

って返信が返ってきた。以前に流行った有名アニメの行列シーンのようなものらしい。

ー見たかったかも......ー

とラインをしたら、バッテンの札を上げたスタンプ付きで返事が来た。

ー連れていかれるよー

嫌です。
大人しく寝ます。




 ガラス越しに映る廊下に深草くんの姿が見えたけど、

ーおやすみー

を言おうとしたら、もういなかったことは、水本には内緒にしておこう。






さ筵や 待つ夜の秋の風更けて 月を片敷く 宇治の橋姫

(藤原定家 新古近和歌集 420)


 
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