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二 通小町
鉄輪(四)
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「足許、気をつけろよ」
俺と水本はそれぞれ懐中電灯を持ち、手を繋いで互いの足許を照しながら、丈の高い熊笹を掻き分けていく。
先生達いわく、
『よく耳を澄ましてな。見つけたらワン切りしろ』
どうやって場所を拾うのかと思ったら......。
『GPS があるだろ。アプリは小野のにしか入ってないから、絶対離れるな』
えーっ!先生いつの間に?
プライバシーの侵害に抗議しようと思ったけど、政宗さまのくれた御守りの波動を拾うGPS なんだって。
冥府製のデジタルコンテンツなんてあるんだ。進んでるじゃん。
『ちゃんと昔からそういうシステムにはなってる。三次元的なツールがあちらでは必要ないだけだ』
物理的な制約が無いぶん便利ならしい。トレンドな用語使ってくれるじゃないですか。
『学生達から習ったのさ。郷に入れば郷に従え、だからな』
発想、柔軟ですね。三次元効果ですかね。
なのに俺たち、なんでこんなにアナログな捜索してるんですか?
『波動が拾えないんだ。彼女自身のエネルギーが遮断されてる。闇のものにチューニングするのは我々にも危険が伴う』
菅原先生、IT 犯罪の捜査官みたいです。カッコ良すぎ。
「あ、あれ......」
水本が、俺の手をぐいっと引き寄せて、耳許で囁いた。
「な、何?」
緊張の場面なのに、顔がいきなり熱くなって心臓がはねた。懐中電灯に照らされた水本の顔も、冷え込みキツイのに、なんと赤い。
俺は動揺を隠すように、水本の視線の先に目線を移した。
ぼんやりとした光が視野の中で揺れる。懐中電灯とは違う、赤っぽい灯りが不規則に揺らぎながら、白い背中を映し出した。
「コマチ、スマホ!」
声を潜めて叫ぶ水本に弾かれたように、俺はスマホをタップした。出来るだけ周囲から見えないように近くの木の陰に隠れ、草むらにしゃがみ、息をひそめる。
と、ほぼその瞬間と同時に、誰かの手が肩に触れた。
「わっ!」
危うく叫びだしそうになった俺の口をすんでのところで、先生の手が塞いだ。
「しっ......静かに」
ふと見ると、水本の方には菅原先生がいた。
「君たちは降りて、下にいて.....」
言って、先生達はそちらに向かって疾った。いや、何の音も立てずに、草の上を跳んでいった。
俺たちはその背中に突然、恐ろしくなって草むらを夢中に駆け降りた。
ーここは、この世じゃないー
その恐怖が俺たちに覆い被さってきた。
「見つけたんだね」
拝殿の前に佇む清明さんの姿にホッと胸を撫で下ろしながら、俺はやはり清明さんが、半分この世の人間では無い気がしていた。
「油断しちゃダメだよ」
清明さんが言い終わるか終わらないかのうちに、頭上から荒々しく草を分けて、転げ落ちるように制服の少女が走り出てきた。
「橋元!?」
けれど......参道の敷石の上に両手両膝をついて肩で荒い息をしながら、こちらを睨み付けるその顔は、俺たちの知っている同級生のそれではなかった。
異様につり上がった目、蝋のように青白い面を上げて血のように紅い唇がニィッと笑った。
追い詰められた猫のように細い身体が跳ね上がった。
「危ない!」
清明さんが、彼女に向かって手刀を振り下ろした。
「ぎゃっ!」
動物の悲鳴のような声とともに、吹き飛んだ彼女の身体が敷石に叩きつけられた。
「押さえて!」
俺たちは清明さんに言われるままに、這い起きようとする彼女の身体を両方から羽交い締めた。
「離しちゃダメだよ!」
粛々と歩み寄る清明さんの伸ばした二本の指から逃れようと、彼女は激しく身をよじって暴れた。
その凄まじい力は俺たちの知る橋元美妃のそれとはとても思えなかった。
「堪念したまえ」
清明さんはピタリと右手の二本の指を彼女の額に当てると呪文らしきものを唱え始めた。
『ひふみよいむなや......』
呪文の声が深閑とした森の中に木霊する。その声が一層強くなると同時に彼女は一層激しく抵抗し、もう一度、咆哮の叫びを上げて崩れ落ちた。
そして、その背中から黒い濃い霧が沸き上がり立ち昇り、靄の塊のようなものがゆらゆらと揺れて、離れた。
「菅公!」
その靄が彼女の身体から離れると同時に清明さんが叫んだ。
「任せよ!」
上空に逃れようとするその靄の行く手を塞ぐように立ちはだかるのは、菅原先生ではなく、衣冠束帯に身を包み髪を逆立てた、まごうことなき、怒りの御霊・菅原道真だった。その周囲には雷鳴が轟き、稲妻が奔る。
よく見れば靄は頭に角を抱いた恐ろしい形相の巨大な女性の姿となり、菅原道真の御霊に襲いかかった。
周囲の森の中からは激しく金属を木に打ち付ける高い音が幾重にも鳴り響き、俺たちに襲いかかる。
俺たちが両耳をふさぎ、身を震わせてと見上げるなか、道真公と鬼女は激しく闘い、幾重もの閃光に空間はズタズタに切り裂かれたかのようだった。
やがて道真公の圧倒的な力に鬼女の靄が弱ってきたらしい状態に至った時、今度は道真公が雷そのものの声音で叫んだ。
「たかむらっ!」
「承知!」
その声と同時に、道真公の反対側に今ひとり衣冠束帯の大きな影が立ちはだかった。
ー小野篁......ー
俺の御先祖さまは、道真公とは真逆なくらいにひどく静まった姿で鬼女に向き合った。
そして、俺たちには聞こえない声と言葉で何かを唱え始めた。同時に鬼女だった靄はバラバラに崩れ、御先祖さまの杓の指す先に煙のように吸われて消えていった。
「終わったな.....」
清明さんは、数多の星が、瞬くはがりのこの世の夜空を見上げると、ひとつ大きな息をついた。
「何をぼうっとしているんだ。早く彼女を車に運んで」
余りのことに呆然と座り込んだままの俺たちの懐中電灯を拾い上げて、戻ってきた『菅原先生』と『小野崎先生』が、いつもの口調で言った。
「早くしないと、熊が出るぞ」
京都にも熊はいるんだよ、と小さく笑うふたりの顔は、他でもない俺たちの『先生』の顔だった。
俺と水本はそれぞれ懐中電灯を持ち、手を繋いで互いの足許を照しながら、丈の高い熊笹を掻き分けていく。
先生達いわく、
『よく耳を澄ましてな。見つけたらワン切りしろ』
どうやって場所を拾うのかと思ったら......。
『GPS があるだろ。アプリは小野のにしか入ってないから、絶対離れるな』
えーっ!先生いつの間に?
プライバシーの侵害に抗議しようと思ったけど、政宗さまのくれた御守りの波動を拾うGPS なんだって。
冥府製のデジタルコンテンツなんてあるんだ。進んでるじゃん。
『ちゃんと昔からそういうシステムにはなってる。三次元的なツールがあちらでは必要ないだけだ』
物理的な制約が無いぶん便利ならしい。トレンドな用語使ってくれるじゃないですか。
『学生達から習ったのさ。郷に入れば郷に従え、だからな』
発想、柔軟ですね。三次元効果ですかね。
なのに俺たち、なんでこんなにアナログな捜索してるんですか?
『波動が拾えないんだ。彼女自身のエネルギーが遮断されてる。闇のものにチューニングするのは我々にも危険が伴う』
菅原先生、IT 犯罪の捜査官みたいです。カッコ良すぎ。
「あ、あれ......」
水本が、俺の手をぐいっと引き寄せて、耳許で囁いた。
「な、何?」
緊張の場面なのに、顔がいきなり熱くなって心臓がはねた。懐中電灯に照らされた水本の顔も、冷え込みキツイのに、なんと赤い。
俺は動揺を隠すように、水本の視線の先に目線を移した。
ぼんやりとした光が視野の中で揺れる。懐中電灯とは違う、赤っぽい灯りが不規則に揺らぎながら、白い背中を映し出した。
「コマチ、スマホ!」
声を潜めて叫ぶ水本に弾かれたように、俺はスマホをタップした。出来るだけ周囲から見えないように近くの木の陰に隠れ、草むらにしゃがみ、息をひそめる。
と、ほぼその瞬間と同時に、誰かの手が肩に触れた。
「わっ!」
危うく叫びだしそうになった俺の口をすんでのところで、先生の手が塞いだ。
「しっ......静かに」
ふと見ると、水本の方には菅原先生がいた。
「君たちは降りて、下にいて.....」
言って、先生達はそちらに向かって疾った。いや、何の音も立てずに、草の上を跳んでいった。
俺たちはその背中に突然、恐ろしくなって草むらを夢中に駆け降りた。
ーここは、この世じゃないー
その恐怖が俺たちに覆い被さってきた。
「見つけたんだね」
拝殿の前に佇む清明さんの姿にホッと胸を撫で下ろしながら、俺はやはり清明さんが、半分この世の人間では無い気がしていた。
「油断しちゃダメだよ」
清明さんが言い終わるか終わらないかのうちに、頭上から荒々しく草を分けて、転げ落ちるように制服の少女が走り出てきた。
「橋元!?」
けれど......参道の敷石の上に両手両膝をついて肩で荒い息をしながら、こちらを睨み付けるその顔は、俺たちの知っている同級生のそれではなかった。
異様につり上がった目、蝋のように青白い面を上げて血のように紅い唇がニィッと笑った。
追い詰められた猫のように細い身体が跳ね上がった。
「危ない!」
清明さんが、彼女に向かって手刀を振り下ろした。
「ぎゃっ!」
動物の悲鳴のような声とともに、吹き飛んだ彼女の身体が敷石に叩きつけられた。
「押さえて!」
俺たちは清明さんに言われるままに、這い起きようとする彼女の身体を両方から羽交い締めた。
「離しちゃダメだよ!」
粛々と歩み寄る清明さんの伸ばした二本の指から逃れようと、彼女は激しく身をよじって暴れた。
その凄まじい力は俺たちの知る橋元美妃のそれとはとても思えなかった。
「堪念したまえ」
清明さんはピタリと右手の二本の指を彼女の額に当てると呪文らしきものを唱え始めた。
『ひふみよいむなや......』
呪文の声が深閑とした森の中に木霊する。その声が一層強くなると同時に彼女は一層激しく抵抗し、もう一度、咆哮の叫びを上げて崩れ落ちた。
そして、その背中から黒い濃い霧が沸き上がり立ち昇り、靄の塊のようなものがゆらゆらと揺れて、離れた。
「菅公!」
その靄が彼女の身体から離れると同時に清明さんが叫んだ。
「任せよ!」
上空に逃れようとするその靄の行く手を塞ぐように立ちはだかるのは、菅原先生ではなく、衣冠束帯に身を包み髪を逆立てた、まごうことなき、怒りの御霊・菅原道真だった。その周囲には雷鳴が轟き、稲妻が奔る。
よく見れば靄は頭に角を抱いた恐ろしい形相の巨大な女性の姿となり、菅原道真の御霊に襲いかかった。
周囲の森の中からは激しく金属を木に打ち付ける高い音が幾重にも鳴り響き、俺たちに襲いかかる。
俺たちが両耳をふさぎ、身を震わせてと見上げるなか、道真公と鬼女は激しく闘い、幾重もの閃光に空間はズタズタに切り裂かれたかのようだった。
やがて道真公の圧倒的な力に鬼女の靄が弱ってきたらしい状態に至った時、今度は道真公が雷そのものの声音で叫んだ。
「たかむらっ!」
「承知!」
その声と同時に、道真公の反対側に今ひとり衣冠束帯の大きな影が立ちはだかった。
ー小野篁......ー
俺の御先祖さまは、道真公とは真逆なくらいにひどく静まった姿で鬼女に向き合った。
そして、俺たちには聞こえない声と言葉で何かを唱え始めた。同時に鬼女だった靄はバラバラに崩れ、御先祖さまの杓の指す先に煙のように吸われて消えていった。
「終わったな.....」
清明さんは、数多の星が、瞬くはがりのこの世の夜空を見上げると、ひとつ大きな息をついた。
「何をぼうっとしているんだ。早く彼女を車に運んで」
余りのことに呆然と座り込んだままの俺たちの懐中電灯を拾い上げて、戻ってきた『菅原先生』と『小野崎先生』が、いつもの口調で言った。
「早くしないと、熊が出るぞ」
京都にも熊はいるんだよ、と小さく笑うふたりの顔は、他でもない俺たちの『先生』の顔だった。
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