転生・小野小町(♂)の受難~DK 冥官修行録~

葛城 惶

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二 通小町

鉄輪(三)

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「先生、『鉄輪』ってなんですか?」

 暗闇を走る車のなか、水本が問いかけた。うん、俺も知りたかったんだよね。

「鬼女だ」

と、先生。

鬼女?
 
いるんですか、そんなもん?

怖いっす。


「丑の刻参りって知ってるかい?」

と清明さんが、バックミラー越しに俺たちを見ながら言った。

「丑の刻参りって.......。あの女の人が白い着物を着て、藁人形持って、五寸釘で木に打ち付けて、憎い相手を呪い殺す、あれですか?」

 水本、お前よくそんなこと知ってるな。

「そう、それの元祖みたいなもんだ」

元祖?

「平安の頃にな、ある男の妻......愛人が宇治に住んでいたが、男が心変わりして通ってこなくなった。それを恨んだ女が、橋詰神社の橋姫の妖力を得て、毎夜、貴船神社に通って男を呪い殺した。それが丑の刻参りの起源だ」

と、小野崎先生。

「貴船ってどこですか?」

「京都の北だ」

 え?宇治って京都の南でしょ?かなり遠いですよね。街灯も無いのに、そんな真っ暗な中、よく道がわかりましたね。

「頭にな、五徳といって炉で鉄瓶なんかを伸せる鉄の道具があって、それを逆さにして蝋燭を灯して頭に乗せて、暗闇の都大路を人ならぬ速さで走っていったと言われているんだ。......『鉄輪』というのはその伝説を謡曲にしたもので、名前はその頭に乗せた五徳のことだ」

 え?先生、伝説なんでしょ?実際にいたわけじゃないんでしょ?

「それはわからない。だが、それに倣って冷たくなった男を呪い殺そうとした女性は後を絶たなかった」
 
 清明さんが、溜め息混じりに言った。

「平安時代などの結婚は男性が女性の家に通う妻問い、つまり通い婚だったからね。他に何人も通ってる女性がいたり、飽きたら男性が通ってこなくなる、というのはよくあることだった」

 小野崎先生の歴史解説。その時代には女の人は通ってくる男性に養ってもらっていたから、来なくなると死活問題だったんだって。

 ちなみに『宇治の橋姫』って、宇治に住む遊女とか正妻さんではない奥さんの隠語なんだって。昔は宇治は京洛の外で身分の低い人や遊女さんが沢山、住んでいたんだって。

「じゃあ、捨てられても何も出来ないの?」

 今だったら裁判とか訴訟問題だよね。

「出来ない。女性の立場は弱かったからね。......だから呪詛とかになるわけだ」

 つまり伝説の鬼女にあやかろうとした女性がいっぱいいたわけだ。

「そういう想念が凝り固まって、鬼女を生んでしまったんだ。.....まぁ実体の無い幽霊の強烈なやつみたいなものだが」

 え?でも小野崎先生、人の念てそんなに簡単に形になるの?

「簡単に......じゃないよ。人の恨みの念は強烈だからね。それが千年以上、凝り固まったやつだ。しかも昔の人はもっと真剣だったからね」

 千年以上って、平安時代の話じゃないの?

「丑の刻参りは、連綿と続いているんだ。その後の時代でも......いまだに貴船神社の森の中で、目新しい藁人形を見つけることがある」

 ひえぇーーーーー!!

 まだ、藁人形に五寸釘なんてする人いるの ?!

 女性、怖い!
 怖すぎるんですけど。
 

「貴船に願をかけるのが、女性というだけだ。貴船の神様は女性だからね。さ、着いたようだ」

 音もなく車が停まった。

「いるか?」

「まだ見つけていない。急ごう」

 え?小野崎先生、誰に話しかけてるの?と思ったら、神社の淡い灯りの下、菅原先生がいた。

 どうやって来たの?

 いや、訊くの止めとこう。
 だって、菅原先生、本気モードなんだもん。背後にでっかい衣冠束帯の影が出てます。小野崎先生も小野篁バージョンになってる。  
 清明さんは、なんとリアルで真っ白な昔の着物......狩衣姿になってるし。

「僕は最初から着てたよ」

 清明さん、硬直する俺たちに苦笑いしながら、俺たちに懐中電灯を手渡し、車のキーをロックして、立烏帽子ー黒い筒のようなものを頭に乗せた。

「陰陽師の正装だからね」

 足許は.......NIKEでした。ちょっとホッとした。

「さぁ行くよ。まず、彼女を捕まえないとね」
 

 俺たちは微かな音を探りに不気味に静まり返った森の中に分け入った。
 
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