34 / 50
二 通小町
鉄輪(三)
しおりを挟む
「先生、『鉄輪』ってなんですか?」
暗闇を走る車のなか、水本が問いかけた。うん、俺も知りたかったんだよね。
「鬼女だ」
と、先生。
鬼女?
いるんですか、そんなもん?
怖いっす。
「丑の刻参りって知ってるかい?」
と清明さんが、バックミラー越しに俺たちを見ながら言った。
「丑の刻参りって.......。あの女の人が白い着物を着て、藁人形持って、五寸釘で木に打ち付けて、憎い相手を呪い殺す、あれですか?」
水本、お前よくそんなこと知ってるな。
「そう、それの元祖みたいなもんだ」
元祖?
「平安の頃にな、ある男の妻......愛人が宇治に住んでいたが、男が心変わりして通ってこなくなった。それを恨んだ女が、橋詰神社の橋姫の妖力を得て、毎夜、貴船神社に通って男を呪い殺した。それが丑の刻参りの起源だ」
と、小野崎先生。
「貴船ってどこですか?」
「京都の北だ」
え?宇治って京都の南でしょ?かなり遠いですよね。街灯も無いのに、そんな真っ暗な中、よく道がわかりましたね。
「頭にな、五徳といって炉で鉄瓶なんかを伸せる鉄の道具があって、それを逆さにして蝋燭を灯して頭に乗せて、暗闇の都大路を人ならぬ速さで走っていったと言われているんだ。......『鉄輪』というのはその伝説を謡曲にしたもので、名前はその頭に乗せた五徳のことだ」
え?先生、伝説なんでしょ?実際にいたわけじゃないんでしょ?
「それはわからない。だが、それに倣って冷たくなった男を呪い殺そうとした女性は後を絶たなかった」
清明さんが、溜め息混じりに言った。
「平安時代などの結婚は男性が女性の家に通う妻問い、つまり通い婚だったからね。他に何人も通ってる女性がいたり、飽きたら男性が通ってこなくなる、というのはよくあることだった」
小野崎先生の歴史解説。その時代には女の人は通ってくる男性に養ってもらっていたから、来なくなると死活問題だったんだって。
ちなみに『宇治の橋姫』って、宇治に住む遊女とか正妻さんではない奥さんの隠語なんだって。昔は宇治は京洛の外で身分の低い人や遊女さんが沢山、住んでいたんだって。
「じゃあ、捨てられても何も出来ないの?」
今だったら裁判とか訴訟問題だよね。
「出来ない。女性の立場は弱かったからね。......だから呪詛とかになるわけだ」
つまり伝説の鬼女にあやかろうとした女性がいっぱいいたわけだ。
「そういう想念が凝り固まって、鬼女を生んでしまったんだ。.....まぁ実体の無い幽霊の強烈なやつみたいなものだが」
え?でも小野崎先生、人の念てそんなに簡単に形になるの?
「簡単に......じゃないよ。人の恨みの念は強烈だからね。それが千年以上、凝り固まったやつだ。しかも昔の人はもっと真剣だったからね」
千年以上って、平安時代の話じゃないの?
「丑の刻参りは、連綿と続いているんだ。その後の時代でも......いまだに貴船神社の森の中で、目新しい藁人形を見つけることがある」
ひえぇーーーーー!!
まだ、藁人形に五寸釘なんてする人いるの ?!
女性、怖い!
怖すぎるんですけど。
「貴船に願をかけるのが、女性というだけだ。貴船の神様は女性だからね。さ、着いたようだ」
音もなく車が停まった。
「いるか?」
「まだ見つけていない。急ごう」
え?小野崎先生、誰に話しかけてるの?と思ったら、神社の淡い灯りの下、菅原先生がいた。
どうやって来たの?
いや、訊くの止めとこう。
だって、菅原先生、本気モードなんだもん。背後にでっかい衣冠束帯の影が出てます。小野崎先生も小野篁バージョンになってる。
清明さんは、なんとリアルで真っ白な昔の着物......狩衣姿になってるし。
「僕は最初から着てたよ」
清明さん、硬直する俺たちに苦笑いしながら、俺たちに懐中電灯を手渡し、車のキーをロックして、立烏帽子ー黒い筒のようなものを頭に乗せた。
「陰陽師の正装だからね」
足許は.......NIKEでした。ちょっとホッとした。
「さぁ行くよ。まず、彼女を捕まえないとね」
俺たちは微かな音を探りに不気味に静まり返った森の中に分け入った。
暗闇を走る車のなか、水本が問いかけた。うん、俺も知りたかったんだよね。
「鬼女だ」
と、先生。
鬼女?
いるんですか、そんなもん?
怖いっす。
「丑の刻参りって知ってるかい?」
と清明さんが、バックミラー越しに俺たちを見ながら言った。
「丑の刻参りって.......。あの女の人が白い着物を着て、藁人形持って、五寸釘で木に打ち付けて、憎い相手を呪い殺す、あれですか?」
水本、お前よくそんなこと知ってるな。
「そう、それの元祖みたいなもんだ」
元祖?
「平安の頃にな、ある男の妻......愛人が宇治に住んでいたが、男が心変わりして通ってこなくなった。それを恨んだ女が、橋詰神社の橋姫の妖力を得て、毎夜、貴船神社に通って男を呪い殺した。それが丑の刻参りの起源だ」
と、小野崎先生。
「貴船ってどこですか?」
「京都の北だ」
え?宇治って京都の南でしょ?かなり遠いですよね。街灯も無いのに、そんな真っ暗な中、よく道がわかりましたね。
「頭にな、五徳といって炉で鉄瓶なんかを伸せる鉄の道具があって、それを逆さにして蝋燭を灯して頭に乗せて、暗闇の都大路を人ならぬ速さで走っていったと言われているんだ。......『鉄輪』というのはその伝説を謡曲にしたもので、名前はその頭に乗せた五徳のことだ」
え?先生、伝説なんでしょ?実際にいたわけじゃないんでしょ?
「それはわからない。だが、それに倣って冷たくなった男を呪い殺そうとした女性は後を絶たなかった」
清明さんが、溜め息混じりに言った。
「平安時代などの結婚は男性が女性の家に通う妻問い、つまり通い婚だったからね。他に何人も通ってる女性がいたり、飽きたら男性が通ってこなくなる、というのはよくあることだった」
小野崎先生の歴史解説。その時代には女の人は通ってくる男性に養ってもらっていたから、来なくなると死活問題だったんだって。
ちなみに『宇治の橋姫』って、宇治に住む遊女とか正妻さんではない奥さんの隠語なんだって。昔は宇治は京洛の外で身分の低い人や遊女さんが沢山、住んでいたんだって。
「じゃあ、捨てられても何も出来ないの?」
今だったら裁判とか訴訟問題だよね。
「出来ない。女性の立場は弱かったからね。......だから呪詛とかになるわけだ」
つまり伝説の鬼女にあやかろうとした女性がいっぱいいたわけだ。
「そういう想念が凝り固まって、鬼女を生んでしまったんだ。.....まぁ実体の無い幽霊の強烈なやつみたいなものだが」
え?でも小野崎先生、人の念てそんなに簡単に形になるの?
「簡単に......じゃないよ。人の恨みの念は強烈だからね。それが千年以上、凝り固まったやつだ。しかも昔の人はもっと真剣だったからね」
千年以上って、平安時代の話じゃないの?
「丑の刻参りは、連綿と続いているんだ。その後の時代でも......いまだに貴船神社の森の中で、目新しい藁人形を見つけることがある」
ひえぇーーーーー!!
まだ、藁人形に五寸釘なんてする人いるの ?!
女性、怖い!
怖すぎるんですけど。
「貴船に願をかけるのが、女性というだけだ。貴船の神様は女性だからね。さ、着いたようだ」
音もなく車が停まった。
「いるか?」
「まだ見つけていない。急ごう」
え?小野崎先生、誰に話しかけてるの?と思ったら、神社の淡い灯りの下、菅原先生がいた。
どうやって来たの?
いや、訊くの止めとこう。
だって、菅原先生、本気モードなんだもん。背後にでっかい衣冠束帯の影が出てます。小野崎先生も小野篁バージョンになってる。
清明さんは、なんとリアルで真っ白な昔の着物......狩衣姿になってるし。
「僕は最初から着てたよ」
清明さん、硬直する俺たちに苦笑いしながら、俺たちに懐中電灯を手渡し、車のキーをロックして、立烏帽子ー黒い筒のようなものを頭に乗せた。
「陰陽師の正装だからね」
足許は.......NIKEでした。ちょっとホッとした。
「さぁ行くよ。まず、彼女を捕まえないとね」
俺たちは微かな音を探りに不気味に静まり返った森の中に分け入った。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
このブラジャーは誰のもの?
本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。
保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。
誰が、一体、なんの為に。
この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる