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二 通小町
いにしえの......(一)
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秋も深まりやってきました修学旅行。
今日は初日の奈良。
元気な鹿が団体でオラオラ迫ってくる......けれども俺は絶不調。
いや、熱があるとかそういうことはないんだけど、ひたすら身体が重い怠い。というより俺の周りの空気が、ものすごく重くて粘っこい感じがする。
「コマチ、大丈夫か?」
「コマチ君、大丈夫?先生呼んで来ようか?」
気遣いの言葉を掛けてくれるのは、親友の水本。と、自由行動グループの班長、清原。
そう、修学旅行の俺の自由行動グループは、俺と水本、清原、色部、それと山部と大江の六人。
何故かと言えば、色部、清原の腐才女ペアに男子はみんな恐れを成していて組みたがらない上に、腐女子ペアにご指名されてしまったのだ。まあ、ネタにされなきゃいいんだけどさ。
山部崇人は大江千里子と付き合っているので、ほぼ放置OK だしな。
「大丈夫だから。俺はここで待ってるから一回りしてこいよ、見てみたかったんだろ?石舞台」
「う、うん。大丈夫か?本当に」
「気にすんなって」
そう、ここはけったいな石の沢山あることで有名な明日香村。で、とうとう俺は歩くのもしんどくなって座り込んでいるわけです。
「コマチ君、はいお水。私、先生呼んでくるから」
ありがと、色部。
俺は色部の買ってきてくれたミネラル・ウォーターのペットボトルを開け、大きく息を吐いた。空気が肺に粘つくようで気持ちが悪い。冷たい水で肺ごと洗いたかった。
そして......。
しばらくして、目を瞑って肩で息をする俺の正面にふいに影が差した。
やっとのことで目を開けると、目の前に上品な裾の長いワンピースドレスを着た女性が立っていた。
十歳くらいの子どもの手を引いて、もう片方の手で赤ちゃんを抱いている。優しいキレイなお母さん、ていう感じだ。
「えらい案配が悪そうやけど、大丈夫?」
柔らかな声音が耳に心地よい。
その人はじいっと俺の顔を覗き込むと、小さく吐息を吐いた。
「まぁ、ちゃんと支度もせんと.....」
女性はそう言うと、連れていた子ども......男の子に囁いた。
「太郎、お兄ちゃんにあれを......」
男の子は頷いて、ポケットから探りだしたものを俺に差し出した。
「お兄ちゃん、これ持っとき。楽になるよ」
男の子がとても愛らしい笑顔で差し出したのは折り紙のようなものだった。
「ありがとう」
俺は素直に受け取り、胸ポケットにしまった。男の子はとても嬉しそうに笑った。
反対に、俺を見つけて走ってきた小野崎先生は一気に青ざめた。
「あ、あなた様は......」
硬直する小野崎先生に女性が優雅に笑い掛けた。
「貴方の......が来てはると聞いたさかい、顔を見にきました。......貴方も今ひとつ、気がまわりませんなあ......。もっと大事にせんとね。......ほな、坊や気ぃつけてな」
女性は再び俺に向かって柔らかに笑い掛けると、子ども達を連れて、またくるりと背を向けて歩き去った。
「先生?」
彼女の背中を見送って、俺はまるで呪いでも掛かったように立ちすくむ小野崎先生に声を掛けた。
先生は、はっと我れに返ったように、俺の前にしゃがみこんだ。
「あ、あぁ小野くん、具合が悪いと聞いたが、大丈夫か?」
「あ、はい......」
ふと気がつくと周囲や身体の重怠さが嘘のように消えていた。
「さっきは辛かったんですが、今は大丈夫です」
俺はさっき男の子からもらった折り紙をポケットからそっと取り出してみた。
「それは?」
「あ、さっきの男の子に貰いました。さっきまで気分悪かったのが、受け取ってから急に楽になって......」
小野崎先生は信じられないというように、目を見張り、折り紙を再びポケットにしまうように言った。
「奈良から出るまで持っていなさい。......この地の呪縛から君を守ってくれる」
そして改めて、バスのところまで、俺を引率しながら、ポツポツと語った。
「奈良.....大和という土地は古代の、仏教伝来以前からの怨念が深く染み着いた場所だ。古代呪術のそれは私達にはほどけない。君の不調もその積りに積もったマイナスの『気』のせいだろう」
天皇以前の王達がその王位を巡って殺し合いを繰り返していた。それが日本の古代の実情だ、と小野崎先生は言った。その怨嗟がまだ大和の空間には渦巻いているのだ、と。
「君は、あの婦人に気に入られたようだ。良かったよ」
小野崎先生は大きく安堵した、というように息をついた。
「あの女の人はどなたなんですか?先生のお知り合いですか?」
俺の言葉に、先生は畏まった口振りで言った。
「井上皇后さまだ。この大和の最強の怨霊と言ってもいい」
な、なんですと?怨霊って......。
小野崎先生によれば、桓武天皇の母親、高野新笠という人に陥れられて、皇后の地位から逐われ、息子の皇太子の位を奪われて憤死したという。
「親子が同じ日に死んでいるんで、殺された、という説もあるんだ」
え、じゃあ、あの男の子は......。
「皇子の他戸親王だろう。腕に抱いていたのは、その事件の時に流産した皇子さまだろう」
ひええぇーーーーー!
奈良時代の最後って千二百年以上前じゃないですか!
まだ成仏されないんですか?
「彼女も怨霊となり、神社に祀り上げて封じられた方だ。普通の形での成仏はない」
先生は軽く頭を振りながら言った。
「いわば奈良の怨霊の元締めだな。その形代は彼女からの通行手形だ。後でお礼を忘れないようにな」
「あ、は、はい......」
あんな綺麗で上品な女性が怨霊なんて、結構ショックがデカかった。
小野崎先生いわく、井上皇后さまは、もともと内親王。前の天皇のお姫さまだから、上品なのは当たり前なんだって。なるほどね。
井上皇后さまにもらった通行手形の形代のお陰で、阿修羅王も十二神将もじっくり見れました。
アリガトウゴサイマス。合掌。
今日は初日の奈良。
元気な鹿が団体でオラオラ迫ってくる......けれども俺は絶不調。
いや、熱があるとかそういうことはないんだけど、ひたすら身体が重い怠い。というより俺の周りの空気が、ものすごく重くて粘っこい感じがする。
「コマチ、大丈夫か?」
「コマチ君、大丈夫?先生呼んで来ようか?」
気遣いの言葉を掛けてくれるのは、親友の水本。と、自由行動グループの班長、清原。
そう、修学旅行の俺の自由行動グループは、俺と水本、清原、色部、それと山部と大江の六人。
何故かと言えば、色部、清原の腐才女ペアに男子はみんな恐れを成していて組みたがらない上に、腐女子ペアにご指名されてしまったのだ。まあ、ネタにされなきゃいいんだけどさ。
山部崇人は大江千里子と付き合っているので、ほぼ放置OK だしな。
「大丈夫だから。俺はここで待ってるから一回りしてこいよ、見てみたかったんだろ?石舞台」
「う、うん。大丈夫か?本当に」
「気にすんなって」
そう、ここはけったいな石の沢山あることで有名な明日香村。で、とうとう俺は歩くのもしんどくなって座り込んでいるわけです。
「コマチ君、はいお水。私、先生呼んでくるから」
ありがと、色部。
俺は色部の買ってきてくれたミネラル・ウォーターのペットボトルを開け、大きく息を吐いた。空気が肺に粘つくようで気持ちが悪い。冷たい水で肺ごと洗いたかった。
そして......。
しばらくして、目を瞑って肩で息をする俺の正面にふいに影が差した。
やっとのことで目を開けると、目の前に上品な裾の長いワンピースドレスを着た女性が立っていた。
十歳くらいの子どもの手を引いて、もう片方の手で赤ちゃんを抱いている。優しいキレイなお母さん、ていう感じだ。
「えらい案配が悪そうやけど、大丈夫?」
柔らかな声音が耳に心地よい。
その人はじいっと俺の顔を覗き込むと、小さく吐息を吐いた。
「まぁ、ちゃんと支度もせんと.....」
女性はそう言うと、連れていた子ども......男の子に囁いた。
「太郎、お兄ちゃんにあれを......」
男の子は頷いて、ポケットから探りだしたものを俺に差し出した。
「お兄ちゃん、これ持っとき。楽になるよ」
男の子がとても愛らしい笑顔で差し出したのは折り紙のようなものだった。
「ありがとう」
俺は素直に受け取り、胸ポケットにしまった。男の子はとても嬉しそうに笑った。
反対に、俺を見つけて走ってきた小野崎先生は一気に青ざめた。
「あ、あなた様は......」
硬直する小野崎先生に女性が優雅に笑い掛けた。
「貴方の......が来てはると聞いたさかい、顔を見にきました。......貴方も今ひとつ、気がまわりませんなあ......。もっと大事にせんとね。......ほな、坊や気ぃつけてな」
女性は再び俺に向かって柔らかに笑い掛けると、子ども達を連れて、またくるりと背を向けて歩き去った。
「先生?」
彼女の背中を見送って、俺はまるで呪いでも掛かったように立ちすくむ小野崎先生に声を掛けた。
先生は、はっと我れに返ったように、俺の前にしゃがみこんだ。
「あ、あぁ小野くん、具合が悪いと聞いたが、大丈夫か?」
「あ、はい......」
ふと気がつくと周囲や身体の重怠さが嘘のように消えていた。
「さっきは辛かったんですが、今は大丈夫です」
俺はさっき男の子からもらった折り紙をポケットからそっと取り出してみた。
「それは?」
「あ、さっきの男の子に貰いました。さっきまで気分悪かったのが、受け取ってから急に楽になって......」
小野崎先生は信じられないというように、目を見張り、折り紙を再びポケットにしまうように言った。
「奈良から出るまで持っていなさい。......この地の呪縛から君を守ってくれる」
そして改めて、バスのところまで、俺を引率しながら、ポツポツと語った。
「奈良.....大和という土地は古代の、仏教伝来以前からの怨念が深く染み着いた場所だ。古代呪術のそれは私達にはほどけない。君の不調もその積りに積もったマイナスの『気』のせいだろう」
天皇以前の王達がその王位を巡って殺し合いを繰り返していた。それが日本の古代の実情だ、と小野崎先生は言った。その怨嗟がまだ大和の空間には渦巻いているのだ、と。
「君は、あの婦人に気に入られたようだ。良かったよ」
小野崎先生は大きく安堵した、というように息をついた。
「あの女の人はどなたなんですか?先生のお知り合いですか?」
俺の言葉に、先生は畏まった口振りで言った。
「井上皇后さまだ。この大和の最強の怨霊と言ってもいい」
な、なんですと?怨霊って......。
小野崎先生によれば、桓武天皇の母親、高野新笠という人に陥れられて、皇后の地位から逐われ、息子の皇太子の位を奪われて憤死したという。
「親子が同じ日に死んでいるんで、殺された、という説もあるんだ」
え、じゃあ、あの男の子は......。
「皇子の他戸親王だろう。腕に抱いていたのは、その事件の時に流産した皇子さまだろう」
ひええぇーーーーー!
奈良時代の最後って千二百年以上前じゃないですか!
まだ成仏されないんですか?
「彼女も怨霊となり、神社に祀り上げて封じられた方だ。普通の形での成仏はない」
先生は軽く頭を振りながら言った。
「いわば奈良の怨霊の元締めだな。その形代は彼女からの通行手形だ。後でお礼を忘れないようにな」
「あ、は、はい......」
あんな綺麗で上品な女性が怨霊なんて、結構ショックがデカかった。
小野崎先生いわく、井上皇后さまは、もともと内親王。前の天皇のお姫さまだから、上品なのは当たり前なんだって。なるほどね。
井上皇后さまにもらった通行手形の形代のお陰で、阿修羅王も十二神将もじっくり見れました。
アリガトウゴサイマス。合掌。
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