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二 通小町
萩と月(一)
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「え?仙台?」
仕事から帰ってきたお袋が、馬頭さんの作ってくれたオムライスをパクつきながら言った。
「そ。今回は松尾の叔父さんの古稀のお祝いも兼ねて仙台っていうか、近くの温泉に泊まってお祝いしようって話になったの。土曜日の朝から行けば観光もできるし、お父さんも来れるって」
あ、はしゃいでる理由はそこね。お熱いことで。じゃ俺は留守番ね。
「何言ってるの。あんたも行くのよ。清明さんがあんたと話したいんだって」
「清明さんが?俺に?」
傍でなにげに加菜恵が不機嫌。
「なんかお兄ちゃんに大事な話があるんだって」
「留守番なら私達がいますから大丈夫ですよ」
馬頭さんが王子さまスマイルで言う。
「ホント助かるわぁ、お二人がいてくれて。お料理も上手だし、ずっといてくれないかしら」
お袋、甘えるんじゃありません。ふたりとも本当は冥府でお仕事、忙しいんだから。俺たちが学校行ったり、寝てる間に冥府の仕事を片付けてから来てくれてるんだから無理言わないの。
てことで、新幹線で約一時間、やってきました杜の都。珍しく松尾のじいちゃんがまともな格好してます。俺より似合わないスーツじゃなくて和服。渋茶の羽織が俳人ぽいね、うん。
でも、駅に着くなり、
「駒治くん、借りるよ」
ってなんだそれ。
お袋は一緒に迎えに出てくれた清明さんと街中を観光するそうな。俺は拉致されるように松尾のじいちゃんの車に乗せられ、向かった先は松島。
「何なの?じいちゃん」
訝る俺に、頭をポリポリ掻きながら曰く。
「この前の平泉の騒動が御大の耳に入っちまってな。儂の処に挨拶にも来んのか、っておかんむりでな」
御大?誰それ?
「まぁ行けばわかる」
って着いたのは民謡でも有名なお寺。すげぇ立派。海の眺めも最高。でも、復興大変だったんだろうな、しみじみ。
思ったより人出が少ないね。ご時世かな。
「人払いされとるんじゃ」
あ、そっちの話。
どおりで奥の院に入った途端にふぉんて景色が揺れたわけだ。
出迎えてくれた人もちょんまげに袴着けて刀差してるもんな。現代人な訳がない。
『よくぞ参られました。殿が奥にてお待ちでございます』
すらりと開けた杉の板戸の奥は、やたら豪華な広間。ねぇこれお寺の中じゃないよね。どう見たってこんなに広い訳がない。
『こちらでお待ちを......』
と案内の人が姿を消した隙に、俺と同じに畏まって正座しているじいちゃんに耳打ちした。
「ここ、どこ?」
「青葉城の本丸......じゃろうな」
青葉城?......て仙台のシンボルじゃん。広瀬川のあるほうだよね。方角違くない?
「『入口』がな、あちらは人が多くて、人目につきやすいゆえ、こちらから入ってもろうた」
と、仰せになりながら、奥の方から威厳のある殿様らしいお声。
思わず平伏する頭上から、朗らかに仰せになる。
「面をあげよ。そう畏まらずとも良い。冥府の導き人の芭蕉どの。そこな若い者も、な」
「勿体なきお言葉」
おもむろに顔を上げるじいちゃんに倣って、俺も顔を上げた。
で、目線の先にいるのは活達な感じの殿様らしい人。でも、なんか怪我したのかな?右目を布で覆ってる。
へ?隻眼?仙台?まさか......。
「駒治くん。伊達政宗さまだ。ご挨拶しなさい」
えぇーっ!マジですか?
本物?!
俺、めっちゃファンなんですけど。歴史知らないわりに。
「あ、お......俺、小野駒治です。初めまして。あの......本当に政宗さまですか!?」
「うむ。儂が伊達藤次郎政宗である」
キターーー!
マジ本物です。感激!......ってなんで呼ばれたの?
「芭蕉よ。これが小野小町の転生か?」
「さようにございます」
じいちゃん、淡々と答える。
「この度、道風さまと代替わりして、篁公の仕事をお助けするよう閻魔大王さまよりご沙汰がございました。かような未熟者ではございますが、よろしくお引き立ていただけますよう、よろしゅうお願い申し上げます」
口上を述べるじいちゃんに倣って頭を下げる。政宗さま、頷いて隣に控えている迫力な家臣の人に目を向けた。
「小十郎」
え?小十郎って片倉小十郎景綱さん?......って先に亡くなったんじゃ......あ、どっちも死んでるか。
と、すぐに俺とじいちゃんの前に三寳が運ばれてきた。
三角に折った奉書紙の上にキラキラ光る魚の鱗のデカイような奴が置かれていた。
「これ.....って」
「儂の鱗じゃ。守りにせい」
はいぃ?
「お前があの方を義重に渡してしもうたは、ちと腹立たしいが、それがあの方の幸せならもはや言うまい。それは『守り』じゃ。しかと務めを果たせ」
「あの方って......」
もしかして、あの美人な若侍、盛隆さまのこと?
「あの方は儂の憧れであった。儂が若輩ゆえに義重めにひっ拐われてしもうた。.......そればかりかあのような酷い最期を」
ほろり、と政宗さまの瞳から一滴、涙が零れた。
「政宗さま......」
小十郎さんが心配そうに政宗さまを窺う。
「良い。わかっておるのだ。いくら仇を討ったとて、儂が伊達である限り、あの方は受け入れてはくださらなんだであろう。あの脱け殻となった黒川城に入ってわかったわ。儂は義重めには最後まで勝てなかったのだからな」
「え?でも摺上原は?」
確か、政宗さまが蘆名と佐竹の連合軍を破ったんですよね。盛隆さまが死んでからですけど。
「儂が勝ったのは義重の倅どもよ。義重には郡山で負けてそれきりじゃ」
あ、そうなんですね。
「まあ昔の事はよい。儂が若すぎただけのことじゃ」
よい、と言いながら、結構、根に持ってますね。目が怖い。
「冥官のお役目は予期せぬ災いに遭うこともある。心してかかるがよいぞ。さ、早うそれをしまえ」
俺が鱗をワイシャツの胸ポケットにしまうと政宗さまがニヤリと笑った。
そう言えば政宗さまと小十郎さんは転生しないんですか?
「子孫が神になぞ祀り上げおってな。まぁこの奥州を護れるのは儂以外にはおるまいて」
「私は未来永劫、政宗さまにお仕えする所存にて」
ニンマリする政宗さまと深く平伏する小十郎さん。
そして、政宗さまが扇子をパチリと鳴らした瞬間.......。
どでっかい青い龍が漆黒の二回りくらい小さい龍と絡まって、ふぉん、と眩しい光の中に消えていった。
はっと我れに返ってあたりを見回すと、俺たちは奥の院の狭い座敷に座っていた。
龍は自然現象って言ったよね、先生ぃ~!!
曇りなき心の月を先立てて
浮き世の闇を照らしてぞゆく
(伊達政宗公 辞世)
仕事から帰ってきたお袋が、馬頭さんの作ってくれたオムライスをパクつきながら言った。
「そ。今回は松尾の叔父さんの古稀のお祝いも兼ねて仙台っていうか、近くの温泉に泊まってお祝いしようって話になったの。土曜日の朝から行けば観光もできるし、お父さんも来れるって」
あ、はしゃいでる理由はそこね。お熱いことで。じゃ俺は留守番ね。
「何言ってるの。あんたも行くのよ。清明さんがあんたと話したいんだって」
「清明さんが?俺に?」
傍でなにげに加菜恵が不機嫌。
「なんかお兄ちゃんに大事な話があるんだって」
「留守番なら私達がいますから大丈夫ですよ」
馬頭さんが王子さまスマイルで言う。
「ホント助かるわぁ、お二人がいてくれて。お料理も上手だし、ずっといてくれないかしら」
お袋、甘えるんじゃありません。ふたりとも本当は冥府でお仕事、忙しいんだから。俺たちが学校行ったり、寝てる間に冥府の仕事を片付けてから来てくれてるんだから無理言わないの。
てことで、新幹線で約一時間、やってきました杜の都。珍しく松尾のじいちゃんがまともな格好してます。俺より似合わないスーツじゃなくて和服。渋茶の羽織が俳人ぽいね、うん。
でも、駅に着くなり、
「駒治くん、借りるよ」
ってなんだそれ。
お袋は一緒に迎えに出てくれた清明さんと街中を観光するそうな。俺は拉致されるように松尾のじいちゃんの車に乗せられ、向かった先は松島。
「何なの?じいちゃん」
訝る俺に、頭をポリポリ掻きながら曰く。
「この前の平泉の騒動が御大の耳に入っちまってな。儂の処に挨拶にも来んのか、っておかんむりでな」
御大?誰それ?
「まぁ行けばわかる」
って着いたのは民謡でも有名なお寺。すげぇ立派。海の眺めも最高。でも、復興大変だったんだろうな、しみじみ。
思ったより人出が少ないね。ご時世かな。
「人払いされとるんじゃ」
あ、そっちの話。
どおりで奥の院に入った途端にふぉんて景色が揺れたわけだ。
出迎えてくれた人もちょんまげに袴着けて刀差してるもんな。現代人な訳がない。
『よくぞ参られました。殿が奥にてお待ちでございます』
すらりと開けた杉の板戸の奥は、やたら豪華な広間。ねぇこれお寺の中じゃないよね。どう見たってこんなに広い訳がない。
『こちらでお待ちを......』
と案内の人が姿を消した隙に、俺と同じに畏まって正座しているじいちゃんに耳打ちした。
「ここ、どこ?」
「青葉城の本丸......じゃろうな」
青葉城?......て仙台のシンボルじゃん。広瀬川のあるほうだよね。方角違くない?
「『入口』がな、あちらは人が多くて、人目につきやすいゆえ、こちらから入ってもろうた」
と、仰せになりながら、奥の方から威厳のある殿様らしいお声。
思わず平伏する頭上から、朗らかに仰せになる。
「面をあげよ。そう畏まらずとも良い。冥府の導き人の芭蕉どの。そこな若い者も、な」
「勿体なきお言葉」
おもむろに顔を上げるじいちゃんに倣って、俺も顔を上げた。
で、目線の先にいるのは活達な感じの殿様らしい人。でも、なんか怪我したのかな?右目を布で覆ってる。
へ?隻眼?仙台?まさか......。
「駒治くん。伊達政宗さまだ。ご挨拶しなさい」
えぇーっ!マジですか?
本物?!
俺、めっちゃファンなんですけど。歴史知らないわりに。
「あ、お......俺、小野駒治です。初めまして。あの......本当に政宗さまですか!?」
「うむ。儂が伊達藤次郎政宗である」
キターーー!
マジ本物です。感激!......ってなんで呼ばれたの?
「芭蕉よ。これが小野小町の転生か?」
「さようにございます」
じいちゃん、淡々と答える。
「この度、道風さまと代替わりして、篁公の仕事をお助けするよう閻魔大王さまよりご沙汰がございました。かような未熟者ではございますが、よろしくお引き立ていただけますよう、よろしゅうお願い申し上げます」
口上を述べるじいちゃんに倣って頭を下げる。政宗さま、頷いて隣に控えている迫力な家臣の人に目を向けた。
「小十郎」
え?小十郎って片倉小十郎景綱さん?......って先に亡くなったんじゃ......あ、どっちも死んでるか。
と、すぐに俺とじいちゃんの前に三寳が運ばれてきた。
三角に折った奉書紙の上にキラキラ光る魚の鱗のデカイような奴が置かれていた。
「これ.....って」
「儂の鱗じゃ。守りにせい」
はいぃ?
「お前があの方を義重に渡してしもうたは、ちと腹立たしいが、それがあの方の幸せならもはや言うまい。それは『守り』じゃ。しかと務めを果たせ」
「あの方って......」
もしかして、あの美人な若侍、盛隆さまのこと?
「あの方は儂の憧れであった。儂が若輩ゆえに義重めにひっ拐われてしもうた。.......そればかりかあのような酷い最期を」
ほろり、と政宗さまの瞳から一滴、涙が零れた。
「政宗さま......」
小十郎さんが心配そうに政宗さまを窺う。
「良い。わかっておるのだ。いくら仇を討ったとて、儂が伊達である限り、あの方は受け入れてはくださらなんだであろう。あの脱け殻となった黒川城に入ってわかったわ。儂は義重めには最後まで勝てなかったのだからな」
「え?でも摺上原は?」
確か、政宗さまが蘆名と佐竹の連合軍を破ったんですよね。盛隆さまが死んでからですけど。
「儂が勝ったのは義重の倅どもよ。義重には郡山で負けてそれきりじゃ」
あ、そうなんですね。
「まあ昔の事はよい。儂が若すぎただけのことじゃ」
よい、と言いながら、結構、根に持ってますね。目が怖い。
「冥官のお役目は予期せぬ災いに遭うこともある。心してかかるがよいぞ。さ、早うそれをしまえ」
俺が鱗をワイシャツの胸ポケットにしまうと政宗さまがニヤリと笑った。
そう言えば政宗さまと小十郎さんは転生しないんですか?
「子孫が神になぞ祀り上げおってな。まぁこの奥州を護れるのは儂以外にはおるまいて」
「私は未来永劫、政宗さまにお仕えする所存にて」
ニンマリする政宗さまと深く平伏する小十郎さん。
そして、政宗さまが扇子をパチリと鳴らした瞬間.......。
どでっかい青い龍が漆黒の二回りくらい小さい龍と絡まって、ふぉん、と眩しい光の中に消えていった。
はっと我れに返ってあたりを見回すと、俺たちは奥の院の狭い座敷に座っていた。
龍は自然現象って言ったよね、先生ぃ~!!
曇りなき心の月を先立てて
浮き世の闇を照らしてぞゆく
(伊達政宗公 辞世)
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