転生・小野小町(♂)の受難~DK 冥官修行録~

葛城 惶

文字の大きさ
上 下
22 / 50
一 奥の細道

天の原......

しおりを挟む
「あちぃ......」

 夏休みも後半。課題の山もようやっと片付いてきた頃、家のインターフォンがけたたましく鳴った。あの人だ。
 俺は重い腰を上げて、玄関に迎えに出る。

「お帰り、お袋」

「ただいま~。暑いわねぇ。なんか飲むもの無いの?」

 お袋は、よっこらせと言わんばかりにデカいキャリーを玄関に放り出して、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを一気飲み。相変わらず豪快ですな、母上。

「あんた、お父さんに会いにいったんだって?」

 いや、別に会いにいった訳じゃなくて、所用の帰りに立ち寄っただけなんだけど。

「あの人、元気だった?」

「元気だったよ。......正月には帰ってくるって」

「そう」

 素っ気ないようで顔が嬉しそう。結構仲いいんだよね、いまだに。滅多に顔を合わせないからかもしれない。亭主元気で留守がいい、の典型なのかな。もっともしょっちゅう留守してますけどね、この女房も。
 この豪快な夫婦から、よく俺みたいな繊細な子どもが出来たもんだ、って時々つくづく思う。

「あれ?加菜恵は?」

 一緒に帰ってくると思った妹の姿が無い。

「あぁ、カナちゃんはまだ安倍のおじいちゃんのとこ。週末にテーマパークに行くんだって。清明さんも帰ってきているから」

 清明さんは俺の従兄弟で京都の大学に行ってる。これまたビジュアル偏差値の高いイケメンで妹の加菜恵はゾッコンなんだ。

『お父さんみたいにゴツくなくて、お兄ちゃんみたいにナヨっちくないから、いいの』

って、ナヨっちくて悪かったな。これでも一応、剣道初段なんだぞ。中学でやめたけど。



「そう言えば、松尾のじいちゃんにも会ったよ。相変わらずだったけど」

 俺の言葉にお袋があら?という顔をした。

「珍しいわね。松尾の叔父さんが顔を見せるなんて......あ、でもコマちゃんのことはお気に入りだからかな」

「わからんけど.......お袋、いい加減、その呼び方止めろよ」

「あら、いいじゃない」

 イヤだ。呼ばれるたびにアザラシになった気分になるから、いい加減止めてくれ。

「なぁお袋、松尾のじいちゃんて若い頃、何やってたの?」

と尋ねる俺にお袋がカラカラと笑う。

「今のまんまよ。おばあちゃんの実家、松尾の家は、老舗の和菓子屋さんなんだけど、貴彰叔父さんは修行とかあんまり好きじゃなくて、旅してばっかりいたの」

 言いながら、冷凍庫のドアに手を掛けるお袋。今度はアイスですか。腹壊すぞ。

「で、松尾のおじいちゃん、あんたのひいおじいちゃんが亡くなると、一番弟子だった礎良さんにお店を譲って、自分は安いアパートに住んで好きな写真に没頭してたわ」

 まぁ売れたから良かったけどね、とお袋。

「そのうち東京のアパートも引き払って、東北行っちゃて、安倍のお母さんは随分心配してたわ。何をしてても可愛い弟だから」

 最近は東京に帰ってくると、姉さんー安倍の家の離れに寝泊まりしてるんだって。

ー草の戸も住み替わるよぞひなの家ーとか言って、東北の住まいも転々としているらしい。

 まあ、松尾芭蕉だからね。旅に病んでも夢は荒野を駆け巡る人だから、一つ処に落ち着くなんてないんだろうな。

「あ、そう言えば!」

 カップアイスの二個目に手を掛けたお袋が、ふいにすっ頓狂な声をあげた。

「安倍のお義兄さん、ようやく日本に帰ってくるみたい。お父さんに知らせてあげなきゃ」

 そそくさとスマホを引き寄せて親父にメールを打ち始める。

「安倍の叔父さんて、ずっと中国に行ってた人?」

「そうよ。央理さん、中国支社長になってもぅ十年以上だったけど、やっと後任が決まったの。吉備さんて、央理さんよりはちょっと劣るけど出来る人よ」

「良かったね......」

 安倍の叔父さんは大きな貿易会社に勤めてて、中国の取引先に凄く気に入られてなかなか後任が見つからなかったんだって。

 実はお袋が仕事関係で先に出逢ったのはお兄さんの央理さんなんだけど、お袋は紹介された弟の親父の方が気に入って、婿養子もオッケーだったんで結婚したんだそうだ。
 まぁ一人娘だもんな、お袋。良かったじゃん。
 

「真那さんも喜ぶわね。きっと」

 だろうね。央理さんの奥さん、真那さんの家は確かお寺だったよな。なんとなく俺分かっちゃった、大陸繋がり。今世は無事に帰国出来て何よりです。

 きっと叔父さんが帰ってきたら、安倍家でお月見会するんだろうな。
 

三笠山、食いたくなったな......。





天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも
(安倍仲万呂 百人一首 第7番 『古今集』羇旅・406番)

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

このブラジャーは誰のもの?

本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。 保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。 誰が、一体、なんの為に。 この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...