13 / 50
一 奥の細道
夢よりも......(二)
しおりを挟む
夏祭りの日、俺は菅原先生の言うとおり、水本を誘って祭り見物に出掛けた。
本当は水本の親父さんも誘ったんだけど、近所の寄り合いがあるからって断られた。
「親父は、祭りが好きじゃないんだ」
水本がポソリと言った。
亡くなった奥さん......水本の母親にプロポーズしたのが夏祭りの日だったから、思い出して辛くなるらしい......ってお袋が以前に言ってた。
『まだ美那江ちゃんのこと、忘れられないのよね......』
再婚の話も幾つかあったけど、全部断ったらしい。水本の親父さん、奥さんにベタ惚れだったんだって。
「やっぱり賑やかだよな.....」
水本とプラプラ夜店を冷やかしながら神社の参道を歩く。俺の住んでる町はそんなに大きくないし、そんなに人出は無いんだけど、でもそれなりに賑わってる。
俺たちは、焼きイカを食い、射的をやって小さな縫いぐるみをゲット。金魚すくいは後の世話を考えてパス。チョコバナナを片手にアニメの話とかしながら歩いた。
学校の女子とかすれ違ったりしたけど、みんな浴衣を着てお洒落して三割増しくらいに可愛く見えた。けど、声掛けると面倒なんで今日はスルー。目的があるからね。水本もなんかモテる割には素っ気ないんだよね、女子に。
「一休みしようぜ」
俺は菅原先生に言われたとおり、神社の境内に水本を連れてきて、拝殿の階段にふたりで座った。
「花火まで、まだ時間あるな」
と水本。ふっと見ると拝殿の奥がチカッと光った。
そして、約束どおり、ほわんって辺りが少し明るくなって、浴衣姿の女性が水本の後ろに立っていた。振り向く、水本。
「母さ....ん?」
女性がほんの少し、にっこり笑う。俺はそろ~っと腰を上げて、水本の傍を離れた。
「リンゴ飴、買ってくるわ」
久しぶりの親子水入らずにお邪魔だもんな。
菅原先生との約束で水本がお袋さんと話をしている間は邪魔が入らないようにしてくれてるハズだから、俺も退散。高校男子が母親にすがり付いて泣いてる姿なんて見られたくないだろうし。
俺は近くの夜店でリンゴ飴を買って、石段の一番下に腰掛けた。
屋台の裸電球や着飾ったお姉さん達が眩しい。
やっぱり親子連れは楽しそうだ。そう言えば、親父やお袋、加菜恵と一緒に祭りに来たのは幾つくらいだったろう。
中学入る頃には親と歩くのがなんか恥ずかしくて、水本や同級生を誘って遊びに来てたっけ。
『花火、はじまった~!』
遠くで誰かの歓声が上がった。頭の上で、赤や青の光が弾ける。
ー牛頭さん達も誘えば良かったかな......ー
地獄には花火大会なんて無いだろうな、きっと。
ー来年は一緒に来ようかな......ー
来年までいるのかどうか、わからないけど。
「なんだよ、コマチ。こんなところにいたのか」
ぼぅっと花火を見てる俺の脇に影がひとつ座った。
「透、お前......」
上手く言葉の出ない俺に、水本がニカッと笑った。
「母さんに会った」
水本は俺の手からリンゴ飴をふんだくって、カリッと噛った。
「コマチが先生達にお願いしてくれたんだろ、ありがとうな」
そんなに真っ直ぐ見るなよ、照れ臭いだろ。
「俺は何もしてないよ。.......この前の一件のご褒美だろ?」
嘘は言ってないぞ。嘘は。
それにしても......。
「もういいのか?話したいこととかあったんじゃないか?」
せっかく会ったんだから、もっとゆっくり話をすればいいのに。
「親父に会いに行ってくれ、って言ったんだ。きっと今頃飲んだくれてるから、説教してやってくれ......って。俺は大丈夫だから、って」
「透......」
相変わらず、上手い言葉の出ない俺の顔を水本がじっと見つめた。
「俺にはコマチがいる。......伊津子さんも加菜恵ちゃんも、道雄じいちゃんや初ばぁちゃんもいる」
ふうっ......と息をついて水本は続けた。
「でも......親父は、あの人は独りだから。母さんが必要なのはあの人だから。だから、傍にいてやってくれ......って」
「透、お前......」
「母さん、嬉しそうだった。寂しそうだけど、嬉しそうだった」
一際、大きな花火が夜空に華を咲かせて、水本の横顔を照らした。
「お前は、本当に優しいな」
優しくて眩しいよ。
「惚れたか?嫁に来てもいいぞ」
「キモいこと言ってんじゃねぇ!」
俺は軽く水本を小突いて夜空を見上げた。
「花火、キレイだな......」
幾重にも咲いた夜空の華を見上げた水本の目が少し潤んでる。
ーやせ我慢しやがって......ー
水本とお袋さんの再会はほんの一瞬だったけど、この花火のようにはかないけど、それでもずっと水本の心の中に残る。
俺はそう願った。
翌日『墓参りに行こう』と誘った親父さんの目が真っ赤だったと、水本が苦笑っていた。
そう言えば俺の先祖は......
ー何時でも傍にいるー
そうだったね、小野崎先生。
ー夢よりも はかなきものは夏の夜の 暁がたの別れなりけりー
(壬生忠岑 後撰和歌集)
本当は水本の親父さんも誘ったんだけど、近所の寄り合いがあるからって断られた。
「親父は、祭りが好きじゃないんだ」
水本がポソリと言った。
亡くなった奥さん......水本の母親にプロポーズしたのが夏祭りの日だったから、思い出して辛くなるらしい......ってお袋が以前に言ってた。
『まだ美那江ちゃんのこと、忘れられないのよね......』
再婚の話も幾つかあったけど、全部断ったらしい。水本の親父さん、奥さんにベタ惚れだったんだって。
「やっぱり賑やかだよな.....」
水本とプラプラ夜店を冷やかしながら神社の参道を歩く。俺の住んでる町はそんなに大きくないし、そんなに人出は無いんだけど、でもそれなりに賑わってる。
俺たちは、焼きイカを食い、射的をやって小さな縫いぐるみをゲット。金魚すくいは後の世話を考えてパス。チョコバナナを片手にアニメの話とかしながら歩いた。
学校の女子とかすれ違ったりしたけど、みんな浴衣を着てお洒落して三割増しくらいに可愛く見えた。けど、声掛けると面倒なんで今日はスルー。目的があるからね。水本もなんかモテる割には素っ気ないんだよね、女子に。
「一休みしようぜ」
俺は菅原先生に言われたとおり、神社の境内に水本を連れてきて、拝殿の階段にふたりで座った。
「花火まで、まだ時間あるな」
と水本。ふっと見ると拝殿の奥がチカッと光った。
そして、約束どおり、ほわんって辺りが少し明るくなって、浴衣姿の女性が水本の後ろに立っていた。振り向く、水本。
「母さ....ん?」
女性がほんの少し、にっこり笑う。俺はそろ~っと腰を上げて、水本の傍を離れた。
「リンゴ飴、買ってくるわ」
久しぶりの親子水入らずにお邪魔だもんな。
菅原先生との約束で水本がお袋さんと話をしている間は邪魔が入らないようにしてくれてるハズだから、俺も退散。高校男子が母親にすがり付いて泣いてる姿なんて見られたくないだろうし。
俺は近くの夜店でリンゴ飴を買って、石段の一番下に腰掛けた。
屋台の裸電球や着飾ったお姉さん達が眩しい。
やっぱり親子連れは楽しそうだ。そう言えば、親父やお袋、加菜恵と一緒に祭りに来たのは幾つくらいだったろう。
中学入る頃には親と歩くのがなんか恥ずかしくて、水本や同級生を誘って遊びに来てたっけ。
『花火、はじまった~!』
遠くで誰かの歓声が上がった。頭の上で、赤や青の光が弾ける。
ー牛頭さん達も誘えば良かったかな......ー
地獄には花火大会なんて無いだろうな、きっと。
ー来年は一緒に来ようかな......ー
来年までいるのかどうか、わからないけど。
「なんだよ、コマチ。こんなところにいたのか」
ぼぅっと花火を見てる俺の脇に影がひとつ座った。
「透、お前......」
上手く言葉の出ない俺に、水本がニカッと笑った。
「母さんに会った」
水本は俺の手からリンゴ飴をふんだくって、カリッと噛った。
「コマチが先生達にお願いしてくれたんだろ、ありがとうな」
そんなに真っ直ぐ見るなよ、照れ臭いだろ。
「俺は何もしてないよ。.......この前の一件のご褒美だろ?」
嘘は言ってないぞ。嘘は。
それにしても......。
「もういいのか?話したいこととかあったんじゃないか?」
せっかく会ったんだから、もっとゆっくり話をすればいいのに。
「親父に会いに行ってくれ、って言ったんだ。きっと今頃飲んだくれてるから、説教してやってくれ......って。俺は大丈夫だから、って」
「透......」
相変わらず、上手い言葉の出ない俺の顔を水本がじっと見つめた。
「俺にはコマチがいる。......伊津子さんも加菜恵ちゃんも、道雄じいちゃんや初ばぁちゃんもいる」
ふうっ......と息をついて水本は続けた。
「でも......親父は、あの人は独りだから。母さんが必要なのはあの人だから。だから、傍にいてやってくれ......って」
「透、お前......」
「母さん、嬉しそうだった。寂しそうだけど、嬉しそうだった」
一際、大きな花火が夜空に華を咲かせて、水本の横顔を照らした。
「お前は、本当に優しいな」
優しくて眩しいよ。
「惚れたか?嫁に来てもいいぞ」
「キモいこと言ってんじゃねぇ!」
俺は軽く水本を小突いて夜空を見上げた。
「花火、キレイだな......」
幾重にも咲いた夜空の華を見上げた水本の目が少し潤んでる。
ーやせ我慢しやがって......ー
水本とお袋さんの再会はほんの一瞬だったけど、この花火のようにはかないけど、それでもずっと水本の心の中に残る。
俺はそう願った。
翌日『墓参りに行こう』と誘った親父さんの目が真っ赤だったと、水本が苦笑っていた。
そう言えば俺の先祖は......
ー何時でも傍にいるー
そうだったね、小野崎先生。
ー夢よりも はかなきものは夏の夜の 暁がたの別れなりけりー
(壬生忠岑 後撰和歌集)
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
このブラジャーは誰のもの?
本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。
保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。
誰が、一体、なんの為に。
この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる