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初めまして?
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ひんやりとした床の感触が背中に触れる。
ーここ、どこだ?ー
そぉ......っと、目を開けると俺の顔を覗き込む青い顔と赤い顔。やたらでっかい眼も赤と青。青い顔の頭のあたりには、一本角、赤い顔のほうには二本の角。
......角ぉ?
「おや、気がつきはったか」
「気がつきはったの」
しゃがんで俺の顔を見てにぱっと笑う。その姿はなんかズルっとした着物を着てるけど、やっぱりどう考えても、この見た目は鬼。
え?鬼?ちょっと待て。コスプレにしちゃ出来が良すぎない?
こしこしと目を擦って、とりあえず聞いてみる。
「ここ、どこ?」
「冥府や」
え?冥府って、あの世?
え~と、てことは......。
「俺、死んだの?」
「死んでへん、死んでへん」
青い顔が手をひらひらさせながら言う。見た目はかなり怖いんだけど、何この緩~い空気。
「え?だって冥府って、あの世でしょ?死んだ人間が来るんじゃ......」
俺の質問にう~んと首を捻る赤と青。
「いや、普通はそうなんじゃが、たま~に例外があってな」
「止せ止せ、わしらが説明したとてわかりゃせん。大王さま~!坊が目を覚ましましたよ~」
赤が扉のあっちに向かって大きな声を張り上げる。
「連れてこい」
地響きのような低い声。
「大王さまって?」
「閻魔大王さまじゃ」
閻魔大王って地獄で亡者のお裁きをする人じゃん。やっぱり俺、死んだんじゃない。
「さぁ早う来ぃ」
両腕をがしっと掴まれて、扉のあっちへズルズル引き摺られていく俺。やっぱり鬼だわ。めっちゃ力強い。
「無事、目が覚めたか。よしよし」
って中国風の衣装と冠を付けて壇上で頷く強面イケメン。うん、絵とかアニメで見るのと違って、顔が濃いめのイケメンです。立派なお髭はしてるけど。顔色は確かに赤いけど、印象としては、海水浴行って日焼けし過ぎた感じ。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。
「名前は?歳は?」
大王さまがのたまう。
「名前は小野駒治です。歳は十七歳。高校二年です」
そうなんだよ。俺は花の男子高校生。青春真っ只中です。
「うむ、間違いないな」
って、閻魔大王さま、ちょっと待って。俺はトラックにも轢かれてないし、崖から落ちた覚えもないの。
じいちゃん家の庭の三鳥居のところで石に蹴つまづいただけ。それで死んじゃうの?
いやいやいや、その前に、俺、地獄に落ちるような悪い事してないよ。動物も大好きだし、同級生も後輩も子どもも苛めてない。
そりゃ勉強は好きじゃないから時々サボったり授業中に寝てたりするけど、それだけで地獄に落ちるの、厳し過ぎない?
「だから、死んどらんと言うておるに......」
大王さま、呆れ顔で大きな溜め息。ならなんで地獄の閻魔さまの前に突っ立ってんの?俺。
「お前、小野篁という男を知っておるだろ?」
え?誰それ?知らない。
「お前の先祖じゃ。聞いた事は無いのか?」
えーとご先祖さま?そう言えばじいちゃんがご先祖にめっちゃ有名な人いるって言ってたな......。
「あ、花札になってる人?あの雨の中で、柳に蛙が飛びついてるのをボーっと見てた人?」
言った途端に後ろ頭をスパーンと誰かに叩かれた。
「あれは小野道風。小野篁の孫だ。それにボーっと蛙を見ていたわけではない。ったくお前は......」
ふっ......と後ろを振り返ると見たことのある姿。グレーのスーツに銀縁眼鏡のオールバックと言えば......。
「小野崎ぃ?」
「小野崎先生だっ!」
もう一発、後頭部にパシーンと絶妙に入るどつき。
「ってぇなぁ~!暴力反対!教育委員会に言いつけるぞ」
斜に睨む俺にどこ吹く風のドクター小野崎。いくらイケオジだって、学校のナンバーワン・ダンディだって体罰はいけないんだぞ。しかもそれ、俺の大嫌いな古文の教科書だろ。
そんな分厚い教科書でぶっ叩くなんて、マジ教育委員会にチクるぞ。
「小野篁は、平安時代の歌人だ。この前、百人一首の授業で教えたはずだが」
「覚えてませんっ」
寝てたもん、俺。だって古文なんて興味無い。文法とか、五段活用なんて意味不明。
「こいつは......」
こめかみヒクヒクさせる小野崎を大王さまが手に持った板切れでなだめる。
「まあ、落ち着け、篁。これから仕込めばいい」
「まぁそうですが......」
えっ?と言う俺の目の前で銀縁眼鏡に手をかけてゆっくり外す、小野崎......。とふぉんと景色が揺れて、いつの間にか小野崎のコスチュームが変わってた。
え~と、衣冠束帯...だっけ?天皇陛下の即位の時に親族やらお付きの人が来ていた、あの黒いやつ。ぽけ~っとして見ている俺に大王さまが優しくレクチャー。
「篁には生きている間から、ワシの仕事を手伝ってもろうとってな。現世と幽世を往復して役目を務めてもらっておった。冥府に戻ってからもワシの副官をしておる」
仕事熱心なんすね、ご先祖さま。でもなんでウチの学校に?
「お前の教育のためだ!」
えっ?なんですと?
「ワシが世を去ってから約千年。現世に留まったままの御霊が増えてしまってな。子孫に代々回収させておったんだが、当代がそろそろ隠居したいと言い出してな」
で代替わりのご指名.......てなんで俺?
「お前は小野一族の者の転生だからな」
え?それって、さっきの花札の人?
「道風は、当代じゃ。書道家、と言えば分かるだろう」
あ、じいちゃん、書道の先生でした。んじゃ、あの遣隋使で海渡った人?俺は外国行けるの?
「それがなぁ......ワシがうっかりしてしもうての」
は、はい?
なんか手元の板切れ、杓で頭ポリポリ掻いてるんですけど大王さま。大王さま?
「小野妹子を女性に転生させてしまってな......。お前と逆になってしもうた」
な、なんですと?それって古典知らないイマドキの若者みたいな、思いっきりな凡ミスじゃないですか!?
でも女性って?
「......お前の母親が妹子じゃ」
お袋?まぁ商社勤めであっちこっち飛び回っているけど。
じゃあ俺は.......俺の前世は?
「小野小町じゃ」
あの恋多きモテモテで有名な女性?
ひたすら硬派を目指す俺が?
ウッソーーーーー!!
あまりの衝撃に頭真っ白。
気絶した......らしい。
「お帰り」
再び眼を開けると、ニンマリ笑うじいちゃんの顔。
「あれ......夢?」
「いんやぁ~」
俺を引っ張り起こしてパンパン埃を払うじいちゃん。
なんかすげえ嬉しそうなんですけど?
「やっと引退できるわ。良かった良かった」
じいちゃん?
「明後日から、婆さんと世界一周クルーズ行ってくるから、よろしくな~!」
をいぃーーーー!
ーわたの原 八十島かけて漕ぎ出でんと 人には告げよ海人の釣り舟ー(参議篁 『古今集』羈旅・407 百人一首第11番)
ーここ、どこだ?ー
そぉ......っと、目を開けると俺の顔を覗き込む青い顔と赤い顔。やたらでっかい眼も赤と青。青い顔の頭のあたりには、一本角、赤い顔のほうには二本の角。
......角ぉ?
「おや、気がつきはったか」
「気がつきはったの」
しゃがんで俺の顔を見てにぱっと笑う。その姿はなんかズルっとした着物を着てるけど、やっぱりどう考えても、この見た目は鬼。
え?鬼?ちょっと待て。コスプレにしちゃ出来が良すぎない?
こしこしと目を擦って、とりあえず聞いてみる。
「ここ、どこ?」
「冥府や」
え?冥府って、あの世?
え~と、てことは......。
「俺、死んだの?」
「死んでへん、死んでへん」
青い顔が手をひらひらさせながら言う。見た目はかなり怖いんだけど、何この緩~い空気。
「え?だって冥府って、あの世でしょ?死んだ人間が来るんじゃ......」
俺の質問にう~んと首を捻る赤と青。
「いや、普通はそうなんじゃが、たま~に例外があってな」
「止せ止せ、わしらが説明したとてわかりゃせん。大王さま~!坊が目を覚ましましたよ~」
赤が扉のあっちに向かって大きな声を張り上げる。
「連れてこい」
地響きのような低い声。
「大王さまって?」
「閻魔大王さまじゃ」
閻魔大王って地獄で亡者のお裁きをする人じゃん。やっぱり俺、死んだんじゃない。
「さぁ早う来ぃ」
両腕をがしっと掴まれて、扉のあっちへズルズル引き摺られていく俺。やっぱり鬼だわ。めっちゃ力強い。
「無事、目が覚めたか。よしよし」
って中国風の衣装と冠を付けて壇上で頷く強面イケメン。うん、絵とかアニメで見るのと違って、顔が濃いめのイケメンです。立派なお髭はしてるけど。顔色は確かに赤いけど、印象としては、海水浴行って日焼けし過ぎた感じ。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。
「名前は?歳は?」
大王さまがのたまう。
「名前は小野駒治です。歳は十七歳。高校二年です」
そうなんだよ。俺は花の男子高校生。青春真っ只中です。
「うむ、間違いないな」
って、閻魔大王さま、ちょっと待って。俺はトラックにも轢かれてないし、崖から落ちた覚えもないの。
じいちゃん家の庭の三鳥居のところで石に蹴つまづいただけ。それで死んじゃうの?
いやいやいや、その前に、俺、地獄に落ちるような悪い事してないよ。動物も大好きだし、同級生も後輩も子どもも苛めてない。
そりゃ勉強は好きじゃないから時々サボったり授業中に寝てたりするけど、それだけで地獄に落ちるの、厳し過ぎない?
「だから、死んどらんと言うておるに......」
大王さま、呆れ顔で大きな溜め息。ならなんで地獄の閻魔さまの前に突っ立ってんの?俺。
「お前、小野篁という男を知っておるだろ?」
え?誰それ?知らない。
「お前の先祖じゃ。聞いた事は無いのか?」
えーとご先祖さま?そう言えばじいちゃんがご先祖にめっちゃ有名な人いるって言ってたな......。
「あ、花札になってる人?あの雨の中で、柳に蛙が飛びついてるのをボーっと見てた人?」
言った途端に後ろ頭をスパーンと誰かに叩かれた。
「あれは小野道風。小野篁の孫だ。それにボーっと蛙を見ていたわけではない。ったくお前は......」
ふっ......と後ろを振り返ると見たことのある姿。グレーのスーツに銀縁眼鏡のオールバックと言えば......。
「小野崎ぃ?」
「小野崎先生だっ!」
もう一発、後頭部にパシーンと絶妙に入るどつき。
「ってぇなぁ~!暴力反対!教育委員会に言いつけるぞ」
斜に睨む俺にどこ吹く風のドクター小野崎。いくらイケオジだって、学校のナンバーワン・ダンディだって体罰はいけないんだぞ。しかもそれ、俺の大嫌いな古文の教科書だろ。
そんな分厚い教科書でぶっ叩くなんて、マジ教育委員会にチクるぞ。
「小野篁は、平安時代の歌人だ。この前、百人一首の授業で教えたはずだが」
「覚えてませんっ」
寝てたもん、俺。だって古文なんて興味無い。文法とか、五段活用なんて意味不明。
「こいつは......」
こめかみヒクヒクさせる小野崎を大王さまが手に持った板切れでなだめる。
「まあ、落ち着け、篁。これから仕込めばいい」
「まぁそうですが......」
えっ?と言う俺の目の前で銀縁眼鏡に手をかけてゆっくり外す、小野崎......。とふぉんと景色が揺れて、いつの間にか小野崎のコスチュームが変わってた。
え~と、衣冠束帯...だっけ?天皇陛下の即位の時に親族やらお付きの人が来ていた、あの黒いやつ。ぽけ~っとして見ている俺に大王さまが優しくレクチャー。
「篁には生きている間から、ワシの仕事を手伝ってもろうとってな。現世と幽世を往復して役目を務めてもらっておった。冥府に戻ってからもワシの副官をしておる」
仕事熱心なんすね、ご先祖さま。でもなんでウチの学校に?
「お前の教育のためだ!」
えっ?なんですと?
「ワシが世を去ってから約千年。現世に留まったままの御霊が増えてしまってな。子孫に代々回収させておったんだが、当代がそろそろ隠居したいと言い出してな」
で代替わりのご指名.......てなんで俺?
「お前は小野一族の者の転生だからな」
え?それって、さっきの花札の人?
「道風は、当代じゃ。書道家、と言えば分かるだろう」
あ、じいちゃん、書道の先生でした。んじゃ、あの遣隋使で海渡った人?俺は外国行けるの?
「それがなぁ......ワシがうっかりしてしもうての」
は、はい?
なんか手元の板切れ、杓で頭ポリポリ掻いてるんですけど大王さま。大王さま?
「小野妹子を女性に転生させてしまってな......。お前と逆になってしもうた」
な、なんですと?それって古典知らないイマドキの若者みたいな、思いっきりな凡ミスじゃないですか!?
でも女性って?
「......お前の母親が妹子じゃ」
お袋?まぁ商社勤めであっちこっち飛び回っているけど。
じゃあ俺は.......俺の前世は?
「小野小町じゃ」
あの恋多きモテモテで有名な女性?
ひたすら硬派を目指す俺が?
ウッソーーーーー!!
あまりの衝撃に頭真っ白。
気絶した......らしい。
「お帰り」
再び眼を開けると、ニンマリ笑うじいちゃんの顔。
「あれ......夢?」
「いんやぁ~」
俺を引っ張り起こしてパンパン埃を払うじいちゃん。
なんかすげえ嬉しそうなんですけど?
「やっと引退できるわ。良かった良かった」
じいちゃん?
「明後日から、婆さんと世界一周クルーズ行ってくるから、よろしくな~!」
をいぃーーーー!
ーわたの原 八十島かけて漕ぎ出でんと 人には告げよ海人の釣り舟ー(参議篁 『古今集』羈旅・407 百人一首第11番)
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