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1巻
1-3
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俺、六歳で首を斬られるのヤダ……
ところが、辺境伯は次の瞬間に豪快に笑い出した。
「ははは……これは頼もしい。俺はヴィルヘルム・カーレントだ。俺の『威圧』に屈しないどころか、こんな新鮮な反応をした者は初めてだ」
ヴィルヘルム様はポンポンと俺の頭を軽く叩きながら背後の馬車の中を振り返った。
「どうだ、伜よ。面白い子どもがいるぞ」
すると、馬車からひとりの少年が飛び降りてきた。
「うん。今の格好良かった!」
父親譲りの燃えるような真っ赤な髪の少年は青い瞳をキラキラさせて俺の真似をして敬礼した。
「カーレント辺境伯嫡男、ユージニア・カーレント。君と友達になりたい!」
「喜んで!」
敬礼を交わす俺たちを辺境伯はニコニコと上機嫌で、兄上たちはちょっと呆れ気味の表情で見守っていた。みんな優しい。
「挨拶はそれくらいで……中にお入りください」
正気を取り直したお祖父様に誘われて、辺境伯親子は応接間に足を踏み入れた。
「ようこそ、お立ち寄りいただきまして……」
「いや、忙しいところを済まないな」
ヴィルヘルム様は王様の異母弟で、父上とは従兄弟同士になる。
ちなみにカーレント辺境伯のお母上も男。オーランドお祖母様の弟で、先の王の近衛騎士だったそうだ。
結構なガチムチだったけど先の王様がぞっこんだったんだって。想定外。まあ恋愛は個人の自由だしな、ははははは……
先の王様が亡くなってからは息子と一緒に辺境を守っている。ヴィルヘルム様の奥方はかなりの魔法の使い手――魔術師で辺境伯が必死で口説き落としたらしい。まぁ辺境伯はクロードの三割増しの強面だからな。わかる気もする。
息子のユージニア、ユージーンは俺よりひとつ年下だったが、俺より身体がデカい。
真っ赤な髪の色は父親似、顔立ちはもうちょいソフトで綺麗な青い瞳をしている。
「俺は火の魔法も水の魔法も使えるんだ」
ユージーンは母上についてもう魔術の訓練を始めていたそうだ。いいよなぁ……
「リューディスはとっても可愛いのに度胸があるんだね。父上の『威圧』、すごい怖いのに……」
魔法使ってたの? ズルい。
俺だって怖かったわ。てか、可愛いは余計だ。
「俺、強いやつは好きだ。いい友達になれそうな気がする」
「僕も」
硬い握手を交わす俺たち。
まあ、敬礼も言葉遣いもふたりだけの時にしなさいってヴィルヘルム様やお祖父様に釘を刺されたが、なんか前世の仲間に会えたみたいで嬉しかった。
その夜はヴィルヘルム様のお土産のワイルドボア、どでっかい猪みたいなやつのステーキをみんなで食べた。
翌日、お礼に野菜たっぷりの煮込みうどん、もちろん肉入りをご馳走したらすごく喜ばれた。
おやつに例のお汁粉を振る舞ったらレシピまで聞かれた。
辺境はここより寒いから温かい食べ物はご馳走なんだって。
ヴィルヘルム様は館に数日滞在して、俺はユージーンと兄上とたくさん遊んだ。
『おもてなしだから』と言ったら、兄上も機嫌よく相手をしてくれた。
うん、子どもは遊ばなくちゃ。勉強ばっかじゃ気が塞いじゃう。
ヴィルヘルム様が領地に帰る前に「何か欲しいものは」と訊いたから、「美味しいもの」と答えたら笑われた。
けれど言葉どおり、後日、領地館と王都に、でっかい岩熊の肉の塊と鱒だか鮭に近い魚が氷浸けになって届いた。
鍋にして食べたらとても美味しかった。
それよりも俺はユージーンの手作りナイフがもっと嬉しかったけどな。
――『友達へ』
と拙い字で柄に彫り込まれたそれは、俺の一番の宝物になった。
俺は冬が終わるのが憂鬱だった。
春になれば兄上は学園に入学する。
学園は寄宿学校で王都の外れにある。周囲は、騎士学校や魔術学校――これは学園の中等部を終えて専門の分野を学ぶ人たちの学校などがあり、いわば学園都市のようになっているところだ。
週末には帰宅は許されるが、これまでのように兄上とずっと一緒には過ごせない。
俺はほとんど両親の帰ってこない屋敷で独りぼっちで過ごさなければいけないのだ。まぁ、ニコルやクロードはいるが、それとは違う。
「週末や長期の休みには必ず帰ってくるし、時々会いに来るから」
兄上がそう言ってくれるけど、やっぱり寂しい。
「でも、僕、寂しいです」
兄上の膝に頭を乗せて、ぐずぐずと愚図る俺の頭を優しく撫でて兄上が諭す。
「私だって寂しいよ。……でも、私もリューディスも少しずつ大人にならなきゃいけないんだ」
「大人に……」
そうだよな。
いつまでも一緒にはいられない。兄弟だっていずれは別の道を行かなきゃならない。
「うん、わかった……」
俺はごしごし目をこすって、兄上に窘められながら前世の兄弟について思い出していた。
前世の俺は三人兄弟で兄貴と妹がいた。
兄貴は俺より七つ年上だった。そう、今の兄上と同じくらい年が離れていてすごく真面目で優しかったけど、怒るととても怖かった。
前世の家庭もやっぱり両親が共働きで、兄貴が俺と俺の三つ下の妹の面倒をよく見てくれた。
兄貴は俺と違ってすごく頭も良かったが、運動はちょっと苦手で、そこだけは俺が勝っていた。
後から知ったことだが、兄貴は本当は医者になりたかったようだ。
でも家はそんなに裕福じゃなかったし、下に弟妹もいるからって断念した。
でも、国立のすごい偏差値の高い大学に合格してエリート商社マンになった。
俺が高校卒業して自衛隊に入りたいって言ったらものすごく怒って……でも『国を守ってたくさんの人を助けたい』って言ったら何とか許してくれた。
『防衛大に行け!』とも言われたけど、それはさすがに俺の頭じゃ無理だし、幹部になるより現場で人助けがしたかった。
俺が入隊して官舎暮らしになっても、しょっちゅうメッセージが来て、近くに出張に来ると面会申請して美味い飯を奢ってくれた。
会うたびに、
――まだ結婚しないのか?
と訊かれるのには参ったが、兄貴も三十路過ぎて独り身だった。
――忙しくてな……
苦笑いしながら、優しい眼差しで注いでくれた酒の味を俺は忘れられない。
ずいぶんと気にかけて心配してくれたのに『ありがとう』も言えないうちに俺は殉職してしまった。家族には、兄貴にはすごく申し訳ないことをした。
だから、せめて今世の兄上は大事にしたい。
領地の館から王都に帰る馬車の中で俺は寂しくて、でも快く兄上を送り出そうと決心した。
兄上の入学が近づいた冬の最後の日、俺はシェフに頼んで厨房に入れてもらった。
春を迎える春分の祭りの日に食べるご馳走をこしらえる料理人の傍らで、俺は兄上に食べてもらいたい特別な食事の準備をしていた。
必要なものは餅米と小豆。
そう、赤飯だ。
日本人だった俺にできるお祝いの気持ちの表現は、やはりこれだ。
小遣いをはたいてニコルに市場で探してもらい、やっと一升分の餅米を手に入れた。
でも、今回は兄上と俺と周りの人の分だけなので、半分くらいにしておく。
それを洗って三十分水に浸してから一度水から上げ、茹でた小豆とその茹で汁に五時間くらい浸しておく。そうすると餅米に小豆の赤い色が着く。
そして十分に色が着いたのを確かめたら蒸す。
この世界にせいろはなかったから木の枠を組んで目の細かい網を張って自分で作った。
大きな鍋にたっぷりの水を入れて、上に蒸し布を敷いたせいろに米と小豆を乗せて火をつける。
火は魔石という魔力を封じた石を使ってつけるのだが、火加減が大事なので蒸している間は付きっきりだ。
途中でせいろの蓋――これも手作り――を開けて、取っておいた小豆の色のついた汁と酒……日本酒はないので、それに近いような透明な酒と塩を少し足した汁を二回くらい全体に馴染むように振りかける。
手伝ってもらった見習いの料理人は目を白黒させていたが、蒸し上がりを一口食べさせたらすごく感激していた。
俺は作っておいた胡麻塩を軽く振りかけてお握りにした。
「これをご馳走と一緒に大皿に盛って出して」とお願いしたら、やっぱりシェフも変な顔をしたが、ひとつ食べさせたら大きく頷いて了解してくれた。
「僕から兄様への入学のお祝いです」
テーブルに出されたそれを見たみんなの反応は様々だったが、兄上はそれをじっと見つめてためらいなく手に取って頬張った。
「ありがとう、リューディス。嬉しい……美味しいよ」
赤飯のお握りをパクつきながら、俺を見つめる兄上の表情がなんだか涙ぐんでいるように見えた。
結局、俺の赤飯お握りは俺と兄上であらかた食べつくし、残りは兄上がさっさと自分のマジックバッグにしまい込んだ。
――えー、食べたかった!
新しい料理に興味津々だったのに、あぶれてブスくれるニコルとクロードには、俺がマジックバッグに確保しておいた夜食ぶんをあげた。
ふたりとも喜んでパクつき……春の祭りは終わった。
そして兄上は、俺の刺繍の入ったハンカチ数枚と赤飯お握りの入ったマジックバッグを持って、学園に旅立っていった。
ハンカチの最初の用途が俺の涙を拭うため……なんて洒落にもならないけどさ。
兄上が学園に入ってから、俺は退屈だった。
いや、やることはいっぱいなんだけど。
クロードには相変わらず稽古してもらってるし、少しずつメニューも増やしてくれてる。
得意なのは体術と弓。体術はやっているうちにコツが掴めてくれば身体がそういうふうに動く。昔取った杵柄ってやつ?
弓術は早い話が射撃の応用。材質や風向きなんかを考えて、角度とかを計算し直さなきゃいけないけど。でも俺は基本、得意なほうだったから習得は早かった。
苦手なのは馬、馬術。
馬に嫌われている訳じゃないが、相手にも意思や気持ちがあるからコミュニケーションを取りながらの騎乗になる。
そのために馬の世話もするが、いつも舐めまわされて馬丁のジョルジュに笑われた。
――好かれてるんですよ。
そうは言われてもなぁ。
戦車とかの特殊車両を転がしたり、ヘリコプター操縦するほうがはるかにラク。
で、パカポコ、日々苦戦している訳だ。
本当に嫌いじゃないんだよ。つぶらな瞳は可愛いし、ツヤツヤさらさらのタテガミは格好いい。
けどね、なんで美味しく人参食べて、ついでに俺の手まで噛むの?
ブラッシングされて気持ちいい顔をしながら顔をベロベロ舐めるの?
馬の世話のあとはいつも顔と頭を洗う破目になる。
魔術はアミル先生が少しずつ教えてくれた。
基本はイメージなんだそうだが、先生いわく、属性は性格にも現れるそうで、俺はだいたい生活魔法はそこそこには使えるが、雨を降らせたり、火の玉を飛ばしたり、はまだできない。
代わりにアミル先生は俺に植木鉢で花を育てさせたり、紙飛行機を飛ばさせたりする。
理由がわからなくて「なんで?」って訊いた。
先生は「お前の属性はおそらく風と土じゃ。かなり珍しい」と唸っていた。
「珍しいの?」
「土は大地、世界の根幹を支えるものだからな、使いかたによっては世界が滅びる」
ひえぇ……それ怖いんですけど。
それと……アミル先生は、俺が兄上に贈るためにハンカチに刺繍をしていたら、なんだかじっと見つめていた。
「何ですか?」
俺が訊いてもはっきりとは言わず、ニコニコしながら手元を見て頷いている。
何なんだ?
ただ、「カルロスは幸せ者じゃなあ」としきりに言っていたから悪いことじゃないんだろうな。
先生いわく、魔法には無属性のものもあって、修練していくうちに身に付いてくらしい。
魔力の鑑定が終わったら教えてくれると約束した。
普通の勉強もしている。先生はラティスさんといって王立図書館の司書長。かなり物知り。歴代の王や貴族の名前とかエピソードをそらで言える。
残念ながら、俺はそっち方面の記憶力は壊滅的にダメ。前世から歴史の年号とか覚えるの超苦手でさ。その代わり暗算とか数式は得意だった。図形とかの計算も得意な部類。
ラティス先生、実はそっち方面が苦手らしくて、『練習問題』とか言って図書館の予算を計算させる。守秘義務はどうした? 簡単な積算だからいいけど、情報漏洩、心配しないの?
「リューディスくんは真面目でいい子だから大丈夫!」
確かに図書館の予算に興味はないが、三桁の足算、引算が苦手ってどうよ?
問題はダンスの練習だ。兄上としかしない約束だったが、状況が許してくれなかった。
それで、臨時の先生は……クロードだった。
「体幹を鍛える訓練だと思え」
そう言われればそうなんだが、やっぱりパートナーポジ。
「体格差を考えろ」
確かに分厚いクロードの背中にまで俺の手は回りません。ショボン……
しかもリードが上手いんだよ、こいつ。
力あるし、タイミングの掴みかたも上手いからリフトまでできちゃう。バレエじゃねえっつーの。
それだけ技を見せられたら、俺だってやってみたくなるじゃないか。
無理くり頼み込んで、ニコルを相手にリードの練習もした。
――うん、ダンス侮ってました。反省。
背中をピッシリ伸ばして優雅にステップを踏むって並大抵なことじゃないわ。
しかもパートナーに負担をかけないようにリードするって、すごく大変。
クロードが『体幹の鍛練』って言った理由がよくわかるわ。
一日の練習が終わる頃には背中とふくらはぎがバッキンバッキンに張ってもろ筋肉痛。
でも、どんなに頑張っても兄上のいない寂しさはなかなか紛れない。
夜になってベッドに入ると、兄上に読み聞かせしてもらった時のこととか思い出してしんみりしてしまう。
そんなある夜、俺のベッドの脇がふわん……と明るく光った。
「兄様?」
「会いたかった、リューディス」
それは間違いなく兄上だった。転移魔法でこっそり帰ってきたと言う。
「そんなことしていいの? 兄様」
「本当はいけないんだけどね……」
兄上はいたずらっぽく微笑って、ベッドに起き上がった俺の脚の上にガバッと突っ伏した。
「兄様?」
「しばらくこうさせて……」
よくよく見ると、兄上の顔色があまり良くない。
何気に頬も少し痩せて、目元に深い翳が落ちている。
――すごく疲れているみたい……
俺は無意識に手を伸ばして、兄上の髪に触れた。
そうっと撫でると、嬉しそうに目元が緩んだ。
「大変そうですね、学園……」
俺がそう言うと、俺の脚に頬をすり寄せ、兄上がかすかに笑って頷いた。
「でも大丈夫。癒してくれるリューディスがいるから……」
兄上はそう言って、しばらく俺の膝に頭を乗せてスリスリして……満足すると、また転移魔法で帰っていった。
「ありがとうリューディス、愛してる」
俺を抱きしめ、額にキスして……夜の闇に消えていく兄上の背中はやっぱり少し寂しそうだった。
それからも兄上は、時々内緒で膝枕をしに帰ってきた。
まぁ学年が進むにつれ、それも少なくなってはきたけど。
――寂しいのは俺だけじゃない……
そんな陳腐な言葉が妙に胸に沁みた夜だった。
兄上のいない日々にちょこっと慣れてきた今日この頃。
時々兄上は俺の部屋に転移魔法で来るし、長期の休みも一緒に過ごしたんだけどね、アマーティア領で。
俺は八歳になったけど、どんだけ子育ての手を抜くのよ、うちの両親。
前世の俺の両親のほうがまだマシ。
確かに、田舎の祖父ちゃん祖母ちゃんの家には行ってたけど、親父と一緒に釣りなんかして遊んだもんな。ひと夏ずっとじゃないけど。
クリスマスもケーキ買ってきてくれてみんなで食べたし、プレゼントもくれた。サンタクロースを信じない年齢になると、高いものじゃないけど堂々と直接買ってくれた。
正月は家族揃ってお詣りに行った。
少し大きくなると俺たちは友達と一緒に行ったりしたけど、こたつでみんなで御節料理食べてウダウダしたり、ゲームしたり……。家族サービス頑張ってくれてたよ、うん。
ある程度の年齢になると、俺たちも塾や部活や友達と遊ぶのに忙しかったから、逆に寂しがられたけどな。
そう、友達。
…………
…………
「どうしたの? リューディス」
ナンデモナイデス。
すぐ傍らで、俺を見つめて微笑む金髪碧眼のキラッキラの美男子。
そう、今日は第二王子、マクシミリアン殿下の十歳の誕生日会。
俺のほかに呼ばれた本日お集まりの皆様は将来、王子の側近になる予定の方々で五人。
モントレル伯爵子息ラフィエル。その名のごとく天使のような美人だけど、魔法はエグいくらいの使い手。
マッカレー侯爵子息ダニエル。俺の憧れのガチムチタイプ。代々の騎士団団長の家系で騎士を目指している。
リンデン公爵子息ハーミット。黒縁眼鏡のザ・学者さま。
みんな王子と同じ年でつまりは俺より二歳上のおにーさん。
魔力測定も終わった少し大人な方々。
プラス気合いの入った衣装でキラキラの笑みを振り撒く同年齢らしい少年ふたり。名前、覚えられない。キャパオーバーだわ。
「お茶のお代わりはどう?」
俺はふるふると頭を振る。きっと美味しいお茶なんだろうけど、目の前のふたりの香水がキツすぎて香りがわかんないの。出されたマカロンも甘すぎて、俺の口には合わない。
――あー、みたらし団子食いてぇー
俺は和菓子派なのよ。生クリームで胸焼けするタイプ。
それと今日は大事なイベントがあるんだった。
俺は意を決して、王子にペコリと頭を下げた。
「あの……プレゼント、貧相ですみません」
実は、誕生日会の前に王子にプレゼントを贈るのが慣わし。いろんな貴族が贅を凝らした高価な品々を贈る。
うちの両親もなんか考えていたらしいが、あえて俺は断った。断って手作りの品にした。
寄せ木細工の小箱。いわゆるからくり細工のちょっと凝った作りのものだ。
自分で設計図を書いて組み立てた。板を切るのは庭師の爺やに頼んだけど、これはニコルたちに止められたから。
俺だってノコギリくらい使えるのに、「怪我したらどうするんですかっ!」て怒られた。
でも蓋には自分で王子の紋章を彫り込んで、サファイアを嵌め込んだ。
ほら、そこは一応貴族だから。
ほかは接着剤とか一切使っていない。日本の匠の技よ。
中にはタイピンとハンカチを一枚。刺繍はしていない。
俺の刺繍入りのハンカチは兄上だけのものだから。
でも、それを後から知った両親にすごく怒られた。
そりゃそうだよな、みんな高価な、贅を尽くしたものを贈っているんだから。
今日も「王子殿下によくよく謝りなさい!」と言われて送り出された。
んで、今ここ。
項垂れる俺に王子がニッコリ微笑む。
「どうして?」
「あんな手作りのもので……」
クスクスと隣の令息ふたりが嘲るように笑う。
――公爵家はお金持ちでしょ?
――信じられない……
悪かったな、金より心なんだよ。友達なんだから。
「謝ることなんか全然ないよ」
笑顔を崩さない。これぞ王子様スマイル。
「手作りなんですか? ……あの箱」
「はい……」
ラフィエル様、そこで突っ込まないで、凹むから。と思ったら、なんか興奮してません?
「信じられない……。こんな小さな子があんな魔法使うなんて!」
ナンノコトデスカ?
ものっすごくご機嫌な顔で王子が囁く。
「あの箱を開けるとね、空が見えるんだ」
はい?
「昼間は青空だし、夜は星が見えるんだよ」
えぇーっ!?
俺、普通に木の板で組んだだけよ。
「かなり高度な空間魔法ですよね。誰に教えてもらったんですか?」
ラフィエル様の目がキラリと光る。
「そんなこと……してません。殿下は大事な友達だから、喜んでもらえるといいなって思っただけで……」
「それだけ?」
「それだけです」
う~んと唸るラフィエル様。でも王子殿下、ちょっと不機嫌そうな顔になる。
「友達……か」
なんで? 友達でしょ、俺たち。
「まぁ、まだ子どもだから」
ポンポンと王子の肩を叩くダニエル様。
なんですか、その意味深な笑いは。
王子殿下はしばらく考えていたが、小さな声でのたまった。
「リューディス、君の手作りは私だけにしてくれないか?」
はぁ?
「この魔法のことを他人に知られるとまずいだろう?」
確かにそれは面倒くさそう。
「わかりました」
俺はこっくり頷いた。兄上は別だけどな。
もうひとり別枠もいるけど。
「リューディス!?」
「ユージーン!?」
庭園の向こうから手を振っている燃えるような赤っ毛の俺の友達。
王子、何またむくれてるんですか? 背中に俺を隠さないで。
「ご一緒させていいですか?」
付き添う迫力の辺境伯にしぶしぶ頷く王子。
まぁ次代の辺境伯ですからね、重要人物ですよ。
「ユージニア・カーレントでございます。殿下、よろしくお見知りおきを」
「うん……」
渋い顔で頷く王子。
でも、結局、ユージーンの辺境の話を目を輝かせて聞いていた。
……だよねえ、やっぱり。
ユージーンがいる間中、テーブルの下で俺の手を握っていたのは謎だけどさ。
ところが、辺境伯は次の瞬間に豪快に笑い出した。
「ははは……これは頼もしい。俺はヴィルヘルム・カーレントだ。俺の『威圧』に屈しないどころか、こんな新鮮な反応をした者は初めてだ」
ヴィルヘルム様はポンポンと俺の頭を軽く叩きながら背後の馬車の中を振り返った。
「どうだ、伜よ。面白い子どもがいるぞ」
すると、馬車からひとりの少年が飛び降りてきた。
「うん。今の格好良かった!」
父親譲りの燃えるような真っ赤な髪の少年は青い瞳をキラキラさせて俺の真似をして敬礼した。
「カーレント辺境伯嫡男、ユージニア・カーレント。君と友達になりたい!」
「喜んで!」
敬礼を交わす俺たちを辺境伯はニコニコと上機嫌で、兄上たちはちょっと呆れ気味の表情で見守っていた。みんな優しい。
「挨拶はそれくらいで……中にお入りください」
正気を取り直したお祖父様に誘われて、辺境伯親子は応接間に足を踏み入れた。
「ようこそ、お立ち寄りいただきまして……」
「いや、忙しいところを済まないな」
ヴィルヘルム様は王様の異母弟で、父上とは従兄弟同士になる。
ちなみにカーレント辺境伯のお母上も男。オーランドお祖母様の弟で、先の王の近衛騎士だったそうだ。
結構なガチムチだったけど先の王様がぞっこんだったんだって。想定外。まあ恋愛は個人の自由だしな、ははははは……
先の王様が亡くなってからは息子と一緒に辺境を守っている。ヴィルヘルム様の奥方はかなりの魔法の使い手――魔術師で辺境伯が必死で口説き落としたらしい。まぁ辺境伯はクロードの三割増しの強面だからな。わかる気もする。
息子のユージニア、ユージーンは俺よりひとつ年下だったが、俺より身体がデカい。
真っ赤な髪の色は父親似、顔立ちはもうちょいソフトで綺麗な青い瞳をしている。
「俺は火の魔法も水の魔法も使えるんだ」
ユージーンは母上についてもう魔術の訓練を始めていたそうだ。いいよなぁ……
「リューディスはとっても可愛いのに度胸があるんだね。父上の『威圧』、すごい怖いのに……」
魔法使ってたの? ズルい。
俺だって怖かったわ。てか、可愛いは余計だ。
「俺、強いやつは好きだ。いい友達になれそうな気がする」
「僕も」
硬い握手を交わす俺たち。
まあ、敬礼も言葉遣いもふたりだけの時にしなさいってヴィルヘルム様やお祖父様に釘を刺されたが、なんか前世の仲間に会えたみたいで嬉しかった。
その夜はヴィルヘルム様のお土産のワイルドボア、どでっかい猪みたいなやつのステーキをみんなで食べた。
翌日、お礼に野菜たっぷりの煮込みうどん、もちろん肉入りをご馳走したらすごく喜ばれた。
おやつに例のお汁粉を振る舞ったらレシピまで聞かれた。
辺境はここより寒いから温かい食べ物はご馳走なんだって。
ヴィルヘルム様は館に数日滞在して、俺はユージーンと兄上とたくさん遊んだ。
『おもてなしだから』と言ったら、兄上も機嫌よく相手をしてくれた。
うん、子どもは遊ばなくちゃ。勉強ばっかじゃ気が塞いじゃう。
ヴィルヘルム様が領地に帰る前に「何か欲しいものは」と訊いたから、「美味しいもの」と答えたら笑われた。
けれど言葉どおり、後日、領地館と王都に、でっかい岩熊の肉の塊と鱒だか鮭に近い魚が氷浸けになって届いた。
鍋にして食べたらとても美味しかった。
それよりも俺はユージーンの手作りナイフがもっと嬉しかったけどな。
――『友達へ』
と拙い字で柄に彫り込まれたそれは、俺の一番の宝物になった。
俺は冬が終わるのが憂鬱だった。
春になれば兄上は学園に入学する。
学園は寄宿学校で王都の外れにある。周囲は、騎士学校や魔術学校――これは学園の中等部を終えて専門の分野を学ぶ人たちの学校などがあり、いわば学園都市のようになっているところだ。
週末には帰宅は許されるが、これまでのように兄上とずっと一緒には過ごせない。
俺はほとんど両親の帰ってこない屋敷で独りぼっちで過ごさなければいけないのだ。まぁ、ニコルやクロードはいるが、それとは違う。
「週末や長期の休みには必ず帰ってくるし、時々会いに来るから」
兄上がそう言ってくれるけど、やっぱり寂しい。
「でも、僕、寂しいです」
兄上の膝に頭を乗せて、ぐずぐずと愚図る俺の頭を優しく撫でて兄上が諭す。
「私だって寂しいよ。……でも、私もリューディスも少しずつ大人にならなきゃいけないんだ」
「大人に……」
そうだよな。
いつまでも一緒にはいられない。兄弟だっていずれは別の道を行かなきゃならない。
「うん、わかった……」
俺はごしごし目をこすって、兄上に窘められながら前世の兄弟について思い出していた。
前世の俺は三人兄弟で兄貴と妹がいた。
兄貴は俺より七つ年上だった。そう、今の兄上と同じくらい年が離れていてすごく真面目で優しかったけど、怒るととても怖かった。
前世の家庭もやっぱり両親が共働きで、兄貴が俺と俺の三つ下の妹の面倒をよく見てくれた。
兄貴は俺と違ってすごく頭も良かったが、運動はちょっと苦手で、そこだけは俺が勝っていた。
後から知ったことだが、兄貴は本当は医者になりたかったようだ。
でも家はそんなに裕福じゃなかったし、下に弟妹もいるからって断念した。
でも、国立のすごい偏差値の高い大学に合格してエリート商社マンになった。
俺が高校卒業して自衛隊に入りたいって言ったらものすごく怒って……でも『国を守ってたくさんの人を助けたい』って言ったら何とか許してくれた。
『防衛大に行け!』とも言われたけど、それはさすがに俺の頭じゃ無理だし、幹部になるより現場で人助けがしたかった。
俺が入隊して官舎暮らしになっても、しょっちゅうメッセージが来て、近くに出張に来ると面会申請して美味い飯を奢ってくれた。
会うたびに、
――まだ結婚しないのか?
と訊かれるのには参ったが、兄貴も三十路過ぎて独り身だった。
――忙しくてな……
苦笑いしながら、優しい眼差しで注いでくれた酒の味を俺は忘れられない。
ずいぶんと気にかけて心配してくれたのに『ありがとう』も言えないうちに俺は殉職してしまった。家族には、兄貴にはすごく申し訳ないことをした。
だから、せめて今世の兄上は大事にしたい。
領地の館から王都に帰る馬車の中で俺は寂しくて、でも快く兄上を送り出そうと決心した。
兄上の入学が近づいた冬の最後の日、俺はシェフに頼んで厨房に入れてもらった。
春を迎える春分の祭りの日に食べるご馳走をこしらえる料理人の傍らで、俺は兄上に食べてもらいたい特別な食事の準備をしていた。
必要なものは餅米と小豆。
そう、赤飯だ。
日本人だった俺にできるお祝いの気持ちの表現は、やはりこれだ。
小遣いをはたいてニコルに市場で探してもらい、やっと一升分の餅米を手に入れた。
でも、今回は兄上と俺と周りの人の分だけなので、半分くらいにしておく。
それを洗って三十分水に浸してから一度水から上げ、茹でた小豆とその茹で汁に五時間くらい浸しておく。そうすると餅米に小豆の赤い色が着く。
そして十分に色が着いたのを確かめたら蒸す。
この世界にせいろはなかったから木の枠を組んで目の細かい網を張って自分で作った。
大きな鍋にたっぷりの水を入れて、上に蒸し布を敷いたせいろに米と小豆を乗せて火をつける。
火は魔石という魔力を封じた石を使ってつけるのだが、火加減が大事なので蒸している間は付きっきりだ。
途中でせいろの蓋――これも手作り――を開けて、取っておいた小豆の色のついた汁と酒……日本酒はないので、それに近いような透明な酒と塩を少し足した汁を二回くらい全体に馴染むように振りかける。
手伝ってもらった見習いの料理人は目を白黒させていたが、蒸し上がりを一口食べさせたらすごく感激していた。
俺は作っておいた胡麻塩を軽く振りかけてお握りにした。
「これをご馳走と一緒に大皿に盛って出して」とお願いしたら、やっぱりシェフも変な顔をしたが、ひとつ食べさせたら大きく頷いて了解してくれた。
「僕から兄様への入学のお祝いです」
テーブルに出されたそれを見たみんなの反応は様々だったが、兄上はそれをじっと見つめてためらいなく手に取って頬張った。
「ありがとう、リューディス。嬉しい……美味しいよ」
赤飯のお握りをパクつきながら、俺を見つめる兄上の表情がなんだか涙ぐんでいるように見えた。
結局、俺の赤飯お握りは俺と兄上であらかた食べつくし、残りは兄上がさっさと自分のマジックバッグにしまい込んだ。
――えー、食べたかった!
新しい料理に興味津々だったのに、あぶれてブスくれるニコルとクロードには、俺がマジックバッグに確保しておいた夜食ぶんをあげた。
ふたりとも喜んでパクつき……春の祭りは終わった。
そして兄上は、俺の刺繍の入ったハンカチ数枚と赤飯お握りの入ったマジックバッグを持って、学園に旅立っていった。
ハンカチの最初の用途が俺の涙を拭うため……なんて洒落にもならないけどさ。
兄上が学園に入ってから、俺は退屈だった。
いや、やることはいっぱいなんだけど。
クロードには相変わらず稽古してもらってるし、少しずつメニューも増やしてくれてる。
得意なのは体術と弓。体術はやっているうちにコツが掴めてくれば身体がそういうふうに動く。昔取った杵柄ってやつ?
弓術は早い話が射撃の応用。材質や風向きなんかを考えて、角度とかを計算し直さなきゃいけないけど。でも俺は基本、得意なほうだったから習得は早かった。
苦手なのは馬、馬術。
馬に嫌われている訳じゃないが、相手にも意思や気持ちがあるからコミュニケーションを取りながらの騎乗になる。
そのために馬の世話もするが、いつも舐めまわされて馬丁のジョルジュに笑われた。
――好かれてるんですよ。
そうは言われてもなぁ。
戦車とかの特殊車両を転がしたり、ヘリコプター操縦するほうがはるかにラク。
で、パカポコ、日々苦戦している訳だ。
本当に嫌いじゃないんだよ。つぶらな瞳は可愛いし、ツヤツヤさらさらのタテガミは格好いい。
けどね、なんで美味しく人参食べて、ついでに俺の手まで噛むの?
ブラッシングされて気持ちいい顔をしながら顔をベロベロ舐めるの?
馬の世話のあとはいつも顔と頭を洗う破目になる。
魔術はアミル先生が少しずつ教えてくれた。
基本はイメージなんだそうだが、先生いわく、属性は性格にも現れるそうで、俺はだいたい生活魔法はそこそこには使えるが、雨を降らせたり、火の玉を飛ばしたり、はまだできない。
代わりにアミル先生は俺に植木鉢で花を育てさせたり、紙飛行機を飛ばさせたりする。
理由がわからなくて「なんで?」って訊いた。
先生は「お前の属性はおそらく風と土じゃ。かなり珍しい」と唸っていた。
「珍しいの?」
「土は大地、世界の根幹を支えるものだからな、使いかたによっては世界が滅びる」
ひえぇ……それ怖いんですけど。
それと……アミル先生は、俺が兄上に贈るためにハンカチに刺繍をしていたら、なんだかじっと見つめていた。
「何ですか?」
俺が訊いてもはっきりとは言わず、ニコニコしながら手元を見て頷いている。
何なんだ?
ただ、「カルロスは幸せ者じゃなあ」としきりに言っていたから悪いことじゃないんだろうな。
先生いわく、魔法には無属性のものもあって、修練していくうちに身に付いてくらしい。
魔力の鑑定が終わったら教えてくれると約束した。
普通の勉強もしている。先生はラティスさんといって王立図書館の司書長。かなり物知り。歴代の王や貴族の名前とかエピソードをそらで言える。
残念ながら、俺はそっち方面の記憶力は壊滅的にダメ。前世から歴史の年号とか覚えるの超苦手でさ。その代わり暗算とか数式は得意だった。図形とかの計算も得意な部類。
ラティス先生、実はそっち方面が苦手らしくて、『練習問題』とか言って図書館の予算を計算させる。守秘義務はどうした? 簡単な積算だからいいけど、情報漏洩、心配しないの?
「リューディスくんは真面目でいい子だから大丈夫!」
確かに図書館の予算に興味はないが、三桁の足算、引算が苦手ってどうよ?
問題はダンスの練習だ。兄上としかしない約束だったが、状況が許してくれなかった。
それで、臨時の先生は……クロードだった。
「体幹を鍛える訓練だと思え」
そう言われればそうなんだが、やっぱりパートナーポジ。
「体格差を考えろ」
確かに分厚いクロードの背中にまで俺の手は回りません。ショボン……
しかもリードが上手いんだよ、こいつ。
力あるし、タイミングの掴みかたも上手いからリフトまでできちゃう。バレエじゃねえっつーの。
それだけ技を見せられたら、俺だってやってみたくなるじゃないか。
無理くり頼み込んで、ニコルを相手にリードの練習もした。
――うん、ダンス侮ってました。反省。
背中をピッシリ伸ばして優雅にステップを踏むって並大抵なことじゃないわ。
しかもパートナーに負担をかけないようにリードするって、すごく大変。
クロードが『体幹の鍛練』って言った理由がよくわかるわ。
一日の練習が終わる頃には背中とふくらはぎがバッキンバッキンに張ってもろ筋肉痛。
でも、どんなに頑張っても兄上のいない寂しさはなかなか紛れない。
夜になってベッドに入ると、兄上に読み聞かせしてもらった時のこととか思い出してしんみりしてしまう。
そんなある夜、俺のベッドの脇がふわん……と明るく光った。
「兄様?」
「会いたかった、リューディス」
それは間違いなく兄上だった。転移魔法でこっそり帰ってきたと言う。
「そんなことしていいの? 兄様」
「本当はいけないんだけどね……」
兄上はいたずらっぽく微笑って、ベッドに起き上がった俺の脚の上にガバッと突っ伏した。
「兄様?」
「しばらくこうさせて……」
よくよく見ると、兄上の顔色があまり良くない。
何気に頬も少し痩せて、目元に深い翳が落ちている。
――すごく疲れているみたい……
俺は無意識に手を伸ばして、兄上の髪に触れた。
そうっと撫でると、嬉しそうに目元が緩んだ。
「大変そうですね、学園……」
俺がそう言うと、俺の脚に頬をすり寄せ、兄上がかすかに笑って頷いた。
「でも大丈夫。癒してくれるリューディスがいるから……」
兄上はそう言って、しばらく俺の膝に頭を乗せてスリスリして……満足すると、また転移魔法で帰っていった。
「ありがとうリューディス、愛してる」
俺を抱きしめ、額にキスして……夜の闇に消えていく兄上の背中はやっぱり少し寂しそうだった。
それからも兄上は、時々内緒で膝枕をしに帰ってきた。
まぁ学年が進むにつれ、それも少なくなってはきたけど。
――寂しいのは俺だけじゃない……
そんな陳腐な言葉が妙に胸に沁みた夜だった。
兄上のいない日々にちょこっと慣れてきた今日この頃。
時々兄上は俺の部屋に転移魔法で来るし、長期の休みも一緒に過ごしたんだけどね、アマーティア領で。
俺は八歳になったけど、どんだけ子育ての手を抜くのよ、うちの両親。
前世の俺の両親のほうがまだマシ。
確かに、田舎の祖父ちゃん祖母ちゃんの家には行ってたけど、親父と一緒に釣りなんかして遊んだもんな。ひと夏ずっとじゃないけど。
クリスマスもケーキ買ってきてくれてみんなで食べたし、プレゼントもくれた。サンタクロースを信じない年齢になると、高いものじゃないけど堂々と直接買ってくれた。
正月は家族揃ってお詣りに行った。
少し大きくなると俺たちは友達と一緒に行ったりしたけど、こたつでみんなで御節料理食べてウダウダしたり、ゲームしたり……。家族サービス頑張ってくれてたよ、うん。
ある程度の年齢になると、俺たちも塾や部活や友達と遊ぶのに忙しかったから、逆に寂しがられたけどな。
そう、友達。
…………
…………
「どうしたの? リューディス」
ナンデモナイデス。
すぐ傍らで、俺を見つめて微笑む金髪碧眼のキラッキラの美男子。
そう、今日は第二王子、マクシミリアン殿下の十歳の誕生日会。
俺のほかに呼ばれた本日お集まりの皆様は将来、王子の側近になる予定の方々で五人。
モントレル伯爵子息ラフィエル。その名のごとく天使のような美人だけど、魔法はエグいくらいの使い手。
マッカレー侯爵子息ダニエル。俺の憧れのガチムチタイプ。代々の騎士団団長の家系で騎士を目指している。
リンデン公爵子息ハーミット。黒縁眼鏡のザ・学者さま。
みんな王子と同じ年でつまりは俺より二歳上のおにーさん。
魔力測定も終わった少し大人な方々。
プラス気合いの入った衣装でキラキラの笑みを振り撒く同年齢らしい少年ふたり。名前、覚えられない。キャパオーバーだわ。
「お茶のお代わりはどう?」
俺はふるふると頭を振る。きっと美味しいお茶なんだろうけど、目の前のふたりの香水がキツすぎて香りがわかんないの。出されたマカロンも甘すぎて、俺の口には合わない。
――あー、みたらし団子食いてぇー
俺は和菓子派なのよ。生クリームで胸焼けするタイプ。
それと今日は大事なイベントがあるんだった。
俺は意を決して、王子にペコリと頭を下げた。
「あの……プレゼント、貧相ですみません」
実は、誕生日会の前に王子にプレゼントを贈るのが慣わし。いろんな貴族が贅を凝らした高価な品々を贈る。
うちの両親もなんか考えていたらしいが、あえて俺は断った。断って手作りの品にした。
寄せ木細工の小箱。いわゆるからくり細工のちょっと凝った作りのものだ。
自分で設計図を書いて組み立てた。板を切るのは庭師の爺やに頼んだけど、これはニコルたちに止められたから。
俺だってノコギリくらい使えるのに、「怪我したらどうするんですかっ!」て怒られた。
でも蓋には自分で王子の紋章を彫り込んで、サファイアを嵌め込んだ。
ほら、そこは一応貴族だから。
ほかは接着剤とか一切使っていない。日本の匠の技よ。
中にはタイピンとハンカチを一枚。刺繍はしていない。
俺の刺繍入りのハンカチは兄上だけのものだから。
でも、それを後から知った両親にすごく怒られた。
そりゃそうだよな、みんな高価な、贅を尽くしたものを贈っているんだから。
今日も「王子殿下によくよく謝りなさい!」と言われて送り出された。
んで、今ここ。
項垂れる俺に王子がニッコリ微笑む。
「どうして?」
「あんな手作りのもので……」
クスクスと隣の令息ふたりが嘲るように笑う。
――公爵家はお金持ちでしょ?
――信じられない……
悪かったな、金より心なんだよ。友達なんだから。
「謝ることなんか全然ないよ」
笑顔を崩さない。これぞ王子様スマイル。
「手作りなんですか? ……あの箱」
「はい……」
ラフィエル様、そこで突っ込まないで、凹むから。と思ったら、なんか興奮してません?
「信じられない……。こんな小さな子があんな魔法使うなんて!」
ナンノコトデスカ?
ものっすごくご機嫌な顔で王子が囁く。
「あの箱を開けるとね、空が見えるんだ」
はい?
「昼間は青空だし、夜は星が見えるんだよ」
えぇーっ!?
俺、普通に木の板で組んだだけよ。
「かなり高度な空間魔法ですよね。誰に教えてもらったんですか?」
ラフィエル様の目がキラリと光る。
「そんなこと……してません。殿下は大事な友達だから、喜んでもらえるといいなって思っただけで……」
「それだけ?」
「それだけです」
う~んと唸るラフィエル様。でも王子殿下、ちょっと不機嫌そうな顔になる。
「友達……か」
なんで? 友達でしょ、俺たち。
「まぁ、まだ子どもだから」
ポンポンと王子の肩を叩くダニエル様。
なんですか、その意味深な笑いは。
王子殿下はしばらく考えていたが、小さな声でのたまった。
「リューディス、君の手作りは私だけにしてくれないか?」
はぁ?
「この魔法のことを他人に知られるとまずいだろう?」
確かにそれは面倒くさそう。
「わかりました」
俺はこっくり頷いた。兄上は別だけどな。
もうひとり別枠もいるけど。
「リューディス!?」
「ユージーン!?」
庭園の向こうから手を振っている燃えるような赤っ毛の俺の友達。
王子、何またむくれてるんですか? 背中に俺を隠さないで。
「ご一緒させていいですか?」
付き添う迫力の辺境伯にしぶしぶ頷く王子。
まぁ次代の辺境伯ですからね、重要人物ですよ。
「ユージニア・カーレントでございます。殿下、よろしくお見知りおきを」
「うん……」
渋い顔で頷く王子。
でも、結局、ユージーンの辺境の話を目を輝かせて聞いていた。
……だよねえ、やっぱり。
ユージーンがいる間中、テーブルの下で俺の手を握っていたのは謎だけどさ。
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