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クリスマス・プレゼント
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期末試験が終わった。
もうすぐ冬休み。クリスマス・バカンスだ。
マグリットもルードヴィヒも冬休みだ。マグリットはいつものように家に帰ってくる。久しぶりに彼らといろんな話が出来る。
俺は冬休みが待ち遠しくて仕方なかった。学園祭には来てくれたけど、あまり話せなかったし......。
そんな時、俺はアントーレに呼び出された。
しぶしぶと向かった学園のロビー。みんなが下校して人影の無くなった静まりかえった空間がやけに広い。
その窓際にアントーレが突っ立っていた。取り巻き連中はいない。ひとりきりだった。
心なしか憂いを帯びた立ち姿は、声を掛けるのが躊躇われるほど、絵になっていた。やっぱりイケメンは得だよな。前世の俺じゃこうはいかない。二日酔いかと言われるのが関の山だ。
「王子、ラフィアンです。どうしたんですか?何か......」
背中越しに声を掛けて、俺ははっと口をつぐんだ。
振り向いたアントーレはひどく思い詰めた顔をしていた。なにがあったんだ?
婚約破棄を言い出すんならノープロブレムだ。俺は大歓迎なんだけど.....。
「渡したいものがあるんだ」
アントーレの手がジャケットのポケットをまさぐった。そして、菫色のリボンを掛けた小さな箱を取り出し、俺に差し出した。
「これ......クリスマスだから...」
おおよそアントーレらしくない、か細い消え入りそうな声だった。
俺は一瞬戸惑い、けれど喉から沸き上がる言葉を押さえられなかった。
「受け取れません......。殿下は僕のこと、嫌いでしょ?そういうのは本当に好きな人にあげて.....」
「嫌いなんかじゃない!」
アントーレが、俺の声を遮って叫んだ。俺は急に恐ろしくなって後退りしようとした。けれど、足が動かなかった。
「君に......君に話したい事があるんだ」
アントーレは立ちすくむ俺のすぐ間近に歩み寄り、俺を見つめた。
「あの時のこと......謝りたいんだ」
俺の胸がズキリと大きく痛んだ。
「あの時って......」
「君の八歳の誕生日。私が君を怪我させてしまった」
八歳の誕生日......俺が前世を思い出すきっかけになった、階段から転げ落ちた、あの日。アントーレの言葉にさっきより大きく胸が痛んだ。
俺は何か言おうとした。が、言葉が出なかった。声が出なかった。
アントーレは俯いて、苦しそうな声で、続けた。
「あの日......君に怪我をさせたのは、私なんだ。あの日、私はひどく憂鬱で......すがってきた君の手を振りほどいて.....。そしたら君がよろけて......」
俺は、いや俺の中のラフィアンが息をのんだ。
「君が階段から落ちた......。私が手を差し伸べれば落ちなかったかもしれないのに、私は手を差し伸べられなかった。いや、差し伸べなかったんだ。......謝らなきゃいけないとずっと思ってたけど、怖くて......」
俺の目から滴がひとつ零れ落ちた。
何だか急に胸の中がすっと楽になって、ふっと軽くなって......そしたら、涙が溢れてきた。俺の中の幼いラフィアンの感情と記憶が溢れ出てきた。
俺はアントーレに言った。
「大丈夫です、王子。僕はずっと.....貴方に突き落とされたんじゃないかと思ってました。それが辛くて悲しくて......でも、そうじゃなかったんですね」
ああ、そうか......と俺は気づいた。俺は、ラフィアンは怖かったんだ。アントーレに嫌われて突き落とされたと思ってた。
階段から突き落とされるほど嫌われていたのを認めるのが怖かったんだ。だから心を、記憶を封印してしまったんだ。
「貴方に突き落とされたのでなければ......それは事故です」
俺は涙を拭い、はっきりとアントーレを見上げて言った。
「貴方に振りほどかれた弾みであっても、自分でよろけて落ちたんだ。貴方のせいじゃない」
「でも、私は手を差し伸べなかった」
アントーレは絞り出すように言った。俺は小さく首を振った。
「手を差し伸べれば落ちなかったとは言えません。僕達は子どもだった。怖くなるのは当たり前です。もしかしたら一緒に落ちていたかもしれない」
「しかし......」
俺はもう一度首を振った。
「貴方のせいじゃない。僕はイヤな子どもだった。貴方に嫌われても仕方の無い、イヤな奴でしたから」
甦ってきたラフィアンの記憶は、確かにそういうものだった。
ー周囲の顔色を伺い、大人の言うとおりにすれば、可愛がってもらえる。構ってもらえる。だって僕はいい子なんだから......。ー
小さなラフィアンは賢くて狡くて、傲慢な子どもだった。周囲の抑圧に苦しんでいたアントーレの気持ちなど気付きもしなかった。
「だから......貴方に嫌われても仕方ないんです。こんな僕に気なんか使わないで」
だんだん声がしぼんでいき、今度は俺が俯いていた。ラフィアンは婚約者に嫌われても、イヤがられても当然な奴だった。だが、アントーレは言った。
「違う。私が詫びたいんだ。......私がちゃんと謝りたいんだ。......だから、これはお詫びのしるしだ」
「お詫びの......しるし?」
「そうだ」
アントーレが、俺の手にその小さな箱を握らせた。
「受け取ってくれるね?」
俺は黙って小さく頷いた。盗み見たアントーレの顔が今にも泣きそうだったから、受け取ってあげなければいけないと思ったから。でも......
「でも、僕は何も用意してないから...」
「これでいいよ」
口ごもる俺の両肩をアントーレの手が包んだ。そして.....。
暖かいものが、俺の唇に触れた。
ぎこちないキスだった。
でも、確かに暖かかった。
アントーレは、唇を離すと、
「それじゃ...」
とだけ言って、顔を赤くして足早に走り去った。
顔を上げると、ロビーから見える木の陰からショッキングピンクがチラリと覗いていた。
それから、気配がもうひとつ。一番奥の柱の蔭に。
「先生?」
くるりと振り向くと、シルバーグレーの髪がかすかに揺れた。
「子どもは素直が一番だよ」
魔法の杖を玩びながら、影は小さく微笑んだ。
「レイトン先生.....」
恥ずかしさに上目遣いで睨む俺に、彼はにっこりと笑った。
「私の部屋でお茶でもどうだね?ラフィアン・サイラス」
俺は掌の箱をポケットにしまって、その背中について行った。
正しくは、魔法で引っ張られていたのだが。
もうすぐ冬休み。クリスマス・バカンスだ。
マグリットもルードヴィヒも冬休みだ。マグリットはいつものように家に帰ってくる。久しぶりに彼らといろんな話が出来る。
俺は冬休みが待ち遠しくて仕方なかった。学園祭には来てくれたけど、あまり話せなかったし......。
そんな時、俺はアントーレに呼び出された。
しぶしぶと向かった学園のロビー。みんなが下校して人影の無くなった静まりかえった空間がやけに広い。
その窓際にアントーレが突っ立っていた。取り巻き連中はいない。ひとりきりだった。
心なしか憂いを帯びた立ち姿は、声を掛けるのが躊躇われるほど、絵になっていた。やっぱりイケメンは得だよな。前世の俺じゃこうはいかない。二日酔いかと言われるのが関の山だ。
「王子、ラフィアンです。どうしたんですか?何か......」
背中越しに声を掛けて、俺ははっと口をつぐんだ。
振り向いたアントーレはひどく思い詰めた顔をしていた。なにがあったんだ?
婚約破棄を言い出すんならノープロブレムだ。俺は大歓迎なんだけど.....。
「渡したいものがあるんだ」
アントーレの手がジャケットのポケットをまさぐった。そして、菫色のリボンを掛けた小さな箱を取り出し、俺に差し出した。
「これ......クリスマスだから...」
おおよそアントーレらしくない、か細い消え入りそうな声だった。
俺は一瞬戸惑い、けれど喉から沸き上がる言葉を押さえられなかった。
「受け取れません......。殿下は僕のこと、嫌いでしょ?そういうのは本当に好きな人にあげて.....」
「嫌いなんかじゃない!」
アントーレが、俺の声を遮って叫んだ。俺は急に恐ろしくなって後退りしようとした。けれど、足が動かなかった。
「君に......君に話したい事があるんだ」
アントーレは立ちすくむ俺のすぐ間近に歩み寄り、俺を見つめた。
「あの時のこと......謝りたいんだ」
俺の胸がズキリと大きく痛んだ。
「あの時って......」
「君の八歳の誕生日。私が君を怪我させてしまった」
八歳の誕生日......俺が前世を思い出すきっかけになった、階段から転げ落ちた、あの日。アントーレの言葉にさっきより大きく胸が痛んだ。
俺は何か言おうとした。が、言葉が出なかった。声が出なかった。
アントーレは俯いて、苦しそうな声で、続けた。
「あの日......君に怪我をさせたのは、私なんだ。あの日、私はひどく憂鬱で......すがってきた君の手を振りほどいて.....。そしたら君がよろけて......」
俺は、いや俺の中のラフィアンが息をのんだ。
「君が階段から落ちた......。私が手を差し伸べれば落ちなかったかもしれないのに、私は手を差し伸べられなかった。いや、差し伸べなかったんだ。......謝らなきゃいけないとずっと思ってたけど、怖くて......」
俺の目から滴がひとつ零れ落ちた。
何だか急に胸の中がすっと楽になって、ふっと軽くなって......そしたら、涙が溢れてきた。俺の中の幼いラフィアンの感情と記憶が溢れ出てきた。
俺はアントーレに言った。
「大丈夫です、王子。僕はずっと.....貴方に突き落とされたんじゃないかと思ってました。それが辛くて悲しくて......でも、そうじゃなかったんですね」
ああ、そうか......と俺は気づいた。俺は、ラフィアンは怖かったんだ。アントーレに嫌われて突き落とされたと思ってた。
階段から突き落とされるほど嫌われていたのを認めるのが怖かったんだ。だから心を、記憶を封印してしまったんだ。
「貴方に突き落とされたのでなければ......それは事故です」
俺は涙を拭い、はっきりとアントーレを見上げて言った。
「貴方に振りほどかれた弾みであっても、自分でよろけて落ちたんだ。貴方のせいじゃない」
「でも、私は手を差し伸べなかった」
アントーレは絞り出すように言った。俺は小さく首を振った。
「手を差し伸べれば落ちなかったとは言えません。僕達は子どもだった。怖くなるのは当たり前です。もしかしたら一緒に落ちていたかもしれない」
「しかし......」
俺はもう一度首を振った。
「貴方のせいじゃない。僕はイヤな子どもだった。貴方に嫌われても仕方の無い、イヤな奴でしたから」
甦ってきたラフィアンの記憶は、確かにそういうものだった。
ー周囲の顔色を伺い、大人の言うとおりにすれば、可愛がってもらえる。構ってもらえる。だって僕はいい子なんだから......。ー
小さなラフィアンは賢くて狡くて、傲慢な子どもだった。周囲の抑圧に苦しんでいたアントーレの気持ちなど気付きもしなかった。
「だから......貴方に嫌われても仕方ないんです。こんな僕に気なんか使わないで」
だんだん声がしぼんでいき、今度は俺が俯いていた。ラフィアンは婚約者に嫌われても、イヤがられても当然な奴だった。だが、アントーレは言った。
「違う。私が詫びたいんだ。......私がちゃんと謝りたいんだ。......だから、これはお詫びのしるしだ」
「お詫びの......しるし?」
「そうだ」
アントーレが、俺の手にその小さな箱を握らせた。
「受け取ってくれるね?」
俺は黙って小さく頷いた。盗み見たアントーレの顔が今にも泣きそうだったから、受け取ってあげなければいけないと思ったから。でも......
「でも、僕は何も用意してないから...」
「これでいいよ」
口ごもる俺の両肩をアントーレの手が包んだ。そして.....。
暖かいものが、俺の唇に触れた。
ぎこちないキスだった。
でも、確かに暖かかった。
アントーレは、唇を離すと、
「それじゃ...」
とだけ言って、顔を赤くして足早に走り去った。
顔を上げると、ロビーから見える木の陰からショッキングピンクがチラリと覗いていた。
それから、気配がもうひとつ。一番奥の柱の蔭に。
「先生?」
くるりと振り向くと、シルバーグレーの髪がかすかに揺れた。
「子どもは素直が一番だよ」
魔法の杖を玩びながら、影は小さく微笑んだ。
「レイトン先生.....」
恥ずかしさに上目遣いで睨む俺に、彼はにっこりと笑った。
「私の部屋でお茶でもどうだね?ラフィアン・サイラス」
俺は掌の箱をポケットにしまって、その背中について行った。
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