(転生)悪役令息は、バックレたい!

葛城 惶

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何があった?ーアントーレside ー

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 私はアントーレ・マリウス・フォン・マーラー、このマーラー帝国の第二王子だ。
 当然、偉い。父の皇帝、兄の皇太子に次いでだけど。
 ラフィアン・ガルネク・サイラスは私の婚約者だ。国で一番上位にあるサイラス公爵の三男だ。

 私がまだ幼い頃、ラフィアンがサイラス公爵と王宮に遊びにきた。金色の髪と菫色の瞳の、とても可愛い男の子だった。薔薇色の頬と陶器のような白い肌、まるでお人形のようだった。

 私は思わず『結婚してください!』と口走って大人達の失笑を買った。五歳の子どもだ。あまりにも綺麗な子を見て舞い上がってしまったって、それはアリだろう。子どもなんだから。

 だが、それは失敗だった。いつの間にか私とラフィアンの間には正式な婚約が結ばれていた。

 いや、それ自体はいい。確かにラフィアンは綺麗な子だ。家柄も申し分ない。頭もいいし、礼儀もきちんとしている。

 でも、人形なんだ。
 宮殿に来たり、私に会えば、にっこりとして、きちんと挨拶をしてくれる。
 でもそれだけだった。

 彼は型通りの公爵令息で、大人達に躾けられた通りに振る舞い、大人達の好むような受け答えをする。

 はっきり言って、つまらない子だとすぐにわかった。

『日焼けをするから、庭では遊べない』

『怪我をするから馬には乗れない』

 それでなくても堅苦しい宮廷生活にウンザリしていた私は、彼と婚約したことを心底後悔した。
 尊敬される皇帝の父親、将来を嘱望される皇太子の兄。出来のいまいちだった私はいつも肩身が狭かった。

 ラフィアンとの婚約は子どもの約束に過ぎないのに、いつしか私の『義務』になっていた。

『お前は出来具合が今一つなのだから、配偶者くらいは上出来な相手を迎えないと...』

 私はラフィアンが憎いと思うようになっていた。
 確かに彼は申し分の無い配偶者になるだろう。王子のパートナーに相応しい立派な青年になり、王室の一員としての役目を果たすだろう。
 けれど同時に、私に待っているのは、つまらないだけの退屈な日常だ。

 私は子どもながら、考えただけで息が詰まりそうだった。だから、私はつい......。




 そう、ラフィアンの八歳の誕生パーティーの日だった。
 退屈きわまりない気分で大人達を眺めていた私に、ラフィアンが拗ねて詰めよってきた。 
 正直、この頃はちょっと構ってやるのも面倒くさくて、彼が鬱陶うっとうしくてたまらなかった。

『僕はあなたの婚約者なんですよ。なぜ、口もきいてくれないんですか!』

『うるさい、お前なんか嫌いだ!』

 私はすがってきた彼の腕を振りほどいた。彼はよろけて......階段から落ちた。私はその時、咄嗟に手を差し伸べることすらしなかった。できなかった。

 彼が三日後に目覚めた時、私は心の底からほっとした。そして、彼が記憶喪失になってると聞いて、安心した。
 彼は私がその手を振りほどいたことを覚えていないのだ。

 私は後ろめたさもあって、なかなかラフィアンの見舞いに行けなかった。彼に会うのが怖かった。
 父や母に促されて、かなり日にちが経った頃、サイラス邸を訪れると、そこに彼は、ラフィアンはいなかった。
 いや正確には屋敷の敷地内にはいたのだが......。

 執事に、ラフィアンは庭で遊んでいる、と言われた。私は、執事の言葉に耳を疑った。が、庭に案内されてもっと驚いた。

 木登りをしていたんだ。あのラフィアンが......。

 日に当たることさえ嫌がっていたラフィアンが赤毛の少年と楽しそうに笑いながら......。

『ラフィは木登りなんかするのか?』

と執事に聞くと、執事は大袈裟に肩をすくめた。

『いいえ、お怪我をされる以前は外にもお出になりませんでした』

 私が見舞いを渡し、気遣いの言葉をかけると、ラフィアンは以前と同じように、いや以前より冷ややかな口調で礼を言うと、また庭のほうに走り去ってしまった。

 私はその後も時折、気になってサイラス邸にこっそり覗きに行った。
 彼は、兄のトリスタンと一生懸命、剣の稽古をしていた。あの赤毛の少年とともに。
 また、ある時は、黒髪の少年と赤毛の少年と三人で楽しそうに笑いながら、テラスで魔法の練習をしていた。

 私がかつて一度も見たことの無い、明るい生き生きとした表情で、少年達やトリスタンや教師と語らい笑い合っていた。
 その姿を見るたびに私はかける言葉を探し出せずに、背を向けて帰った。

ー何があったんだろう.....ー

 だが、私にそれを尋ねる勇気は無かった。ただひとつ分かっていることは......。

ー彼にはもう私は必要ないー

 そう思った。そしてすごく寂しくなった。



 
 彼が学園に入学して、あらためて私は強くそれを実感した。

 学園に入学しても、彼は私の側には来なかった。すれ違えば型通りにきちんと挨拶をしてくれるが、いつも同じ学年の少年達と楽しそうに過ごしていた。

 出逢った頃の、倒れる前の儚げで頼りなさげな素振りはそこには微塵もなく、美しい快活な少年が光を放っていた。

ー婚約解消しても、大丈夫だよなー

 彼には私はもういらない。

 私はもう自分の自由にできる。

 けれど、友達を見つけて駆け出していくラフィアンの背中をぼうっと見ながら、なんだかひどく悲しい気持ちになった。


 


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